第10話 三人寄れば閃く悪知恵
「野球にしたのは失敗だったな」
「秒で前言撤回しないでもらえますか?」
白樺派のベンチに座って、数緒はぶすっとした表情をグラウンドに向けた。グラウンドでは、党員が準備運動がてらにキャッチボールをしている。この後、白樺派と青柳派で交流試合が行われる予定である。
「予定通り青柳派の方々を呼び出して、交流試合できているじゃないですか」
「交流試合はあくまでテーブル。目的は話し合いだ。この距離では話ができない」
「敵チームですからね。野球はチームごとに別々のベンチに座ります。同じチームと話す時間はいくらでもありますが、基本的に相手チームと話すことはありません」
「それじゃ意味ないんだよな」
プロ野球の見学とかにすればよかった。観覧席ならばもっと青柳派の近くに寄れた。まぁ、その誘いに乗ってくれたかは別の話だが。
「学生政党のプロ野球観覧ツアーか。シュールだな」
「どうせならフランスに教育関連の研修とかに行きたいですね」
「いいね。それでエッフェル塔の前で写真でも撮るか」
「SNSにアップしましょう」
「大炎上だな。笑えない」
案としては悪くない。研修も交流にはうってつけの場だ。とにかく話をしなくては始まらない。予算と時間があればそれも。今から言っても栓のないことだが。
「そう考えると政治家が皆ゴルフをする理由がわかるな。対戦相手とゲーム中ずっと至近距離にいられる。しかも99%がただの散歩。もはや政治家のために作られたんじゃないかとすら思える」
「絶対違うと思いますけど、ゴルフの方が交流に向くということは確かですね。一つ勉強になりました」
「さらにゴルフは個人スポーツだからな。一緒にラウンドする人たちは敵というよりチームのようにすら思える。一方で野球の場合は、チーム戦だから相手チームは倒すべき敵。いっそう派閥間の対立が深まるまである。これは由々しき事態だ」
「策士策に溺れるというやつですか。
「その
「私は正攻法が好きなんですよね。奇策はちょっと」
「好き嫌いで思考を放棄するな」
「溺れるほど策を出したい場合の正攻法は人海戦術です。三人寄れば文殊の知恵。ちょうどあちらに挨拶をしたそうな顔をしている奴がいます」
「華麗に仕事をぶん投げたな」
数緒が呆れているのを無視して、湊はグラウンドの方に目を向ける。そして、ひょいひょいと手で人を呼んだ。犬じゃないんだからと数緒は思ったが、その子は犬のように駆け寄ってきた。若い白樺派の党員。方で息をする彼は、ぴしっと背筋を伸ばしてから、数緒に一礼した。
「今日は誘っていただいてありがとうございます! 2年の泉谷です!」
トイプードルのようなくるっくると巻き毛の彼は、どちらかというと柴犬のように目をキラキラさせていた。2年生の
「泉谷くん、やる気だね」
「はい! この交流戦、いいと思います! やっぱり仲良くなるには身体を動かさないとですよね! さすがです、浜部会長!」
「そうだね。でも、そんなに声を張らなくても大丈夫だ、聞こえている」
「前々から党内でいがみ合っているのはおかしいと思っていたんです。今日は青柳派と心と心で会話しましょう!」
「意味はわからないが、いい心がけだ」
「あ、だからって手加減はしませんよ。やるからに絶対に勝ちますから!」
「素晴らしい。君は野球経験者なのか?」
「いえ、まったく知りません! 書道一筋です!」
「あぁ、うん。珍しいタイプの書道家だね」
「運動はからっきしですが、気合でなんとかします! 今日はよろしくお願いします!」
いささかあほっぽいが、とにかく元気がいい。このルックスと物怖じしない態度があれば、クラス代表選挙で負けることはないだろう。つまり、泉谷には政治家の才能がある。ただ、その才能は今いらないんだよな、と数緒は湊の方をちらりと見る。彼女はしらっとして突っ立っているので、仕方なく数緒が切り出した。
「泉谷くん、君はよくこの交流戦の意義をわかっている。俺はうれしいよ」
「ありがとうございます!」
「ただわかるだけでは半分だ。政治家ならばより良くするにはどうするかを考えなくては」
「なるほど」
「今回の交流戦、俺はもっと青柳派と話し合う時間を設けたいと思っている。しかしながら、野球ではチーム別に分かれてしまっていてなかなか話ができない。これではせっかくの交流戦が台無しだ。君ならどうする?」
数緒が尋ねると、泉谷は3秒だけ考えてパッと電球のように明るい笑みを浮かべた。
「わかりました! 行ってきます!」
「待て待て、どこへ行くんだ?」
「見てください。今、党員は準備運動をしていますが、白樺派と青柳派は別々でやっています」
「そうだな」
「まだ試合は始まっていないんだから分かれる必要なんてないんですよ。何か混合でできるようなレクリエーションをしようと呼びかけてきます!」
言ってすぐに泉谷はグラウンドに駆けていった。運動はからっきしと言っていたが、バイタリティはあるらしい。彼の後ろ姿を見送りながら、数緒は素朴に呟いた。
「いい子だな」
「あれと話した人はみんなそう言います」
湊がつまらなそうに返答した。
「2年生か。君のライバルだな」
「えぇ、良い駒です。うまく使いますよ」
「駒に振り回されないようにな。良い提案をするじゃないか。短絡的ではあるが瞬発力もある。それに実行力もあるのだから文句なしだ。経験さえ積めばいい政治家になるだろう」
「あれを采配したのは私です。つまり、彼が良い提案をしたのでしたら、それは私の功績ということになります」
「自分で言わなくてもそう見えるようにデザインしろ」
「むぅ」
「ただ不十分だな。結局、くそ長い試合中は話ができない」
「それは野球のルール上、仕方ないでしょう。試合の後、打ち上げを予定しています。野球はきっかけと割り切って、そこまで待つのが妥当じゃないでしょうか」
「ルール上仕方ないね」
湊の言うことは間違っていない。現状をそのまま認識して受け入れるのならば、打ち上げまで待つというのは最善手だろう。ただ、政治家の解答としてはいささか不十分である。ヒントとなったのは、泉谷との会話。
「湊くん、君はこれから何になるつもりだい?」
数緒は立ち上がってメガネをくいと直した。
「愚か者はルールに従う、賢い者はルールを使う。政治家ならばルールを変えろ」
★★★
SNS・・・Tストリームと呼ばれる学内でしか閲覧できないSNSがある。一応匿名性となっているが、端末のIDはすべて学園が管理しているため、全員身元が割れている。そのことは公開情報なのだが、それでも誹謗中傷を書き込むバカは多い。学園外ならば問題ないかもしれないが、学園内では手痛いしっぺ返しをくらうこととなる。人を呪わば穴二つ。
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