第11話 マウンドの上で悪だくみ
「無茶言わないでくださいよ、浜部くん」
「そこをなんとか頼むよ、世良くん」
グラウンドのピッチャーマウンドに二人が立っている。一人は数緒。もう一人は
「野球の交流試合組むのだってたいへんだったんですよ。もう十分でしょ。これ以上は上が怖いんですよ」
「嘘つくなよ。野球の話はわりとノリノリだったって言ってたじゃないか。おまえんとこのはみんな野球好きだろ」
白樺派と青柳派の決定的な違いは、派閥に属するクラス代表を支援している部活の違いと言ってよい。白樺派は主に文科系の部活、そして青柳派は主に体育会系の部活だ。他高校への外交戦略、大枠の経済政策に関しては一致しているものの、部活動への予算の分配という点において、二つの派閥は決定的に対立する。特に青柳派の上層部は野球部連中で占められており、彼らの影響力が大きい。
だから野球しようという誘いには容易に乗ってくる。政治家としてどうなんだと思わなくもないが、野球選手としてのプライドが逃げることを許さないのだろう。とはいうものの仲介は必要で、その役を果たしたのが世良であった。
仲介役の世良に、数緒は追加で要求をしていた。
「急に言われても無理ですって。白樺派と青柳派の混合チームで試合しようなんて」
泉谷は言った。白樺派と青柳派の混合で準備運動をすればよいと。それならば野球の試合も混合チームでやればいいじゃないかと数緒は考えた。単純な話だ。混合チームにすれば、青柳派と同じベンチに入ることができ、交渉する時間が十分にとれる。
だが、世良は表情を隠さず明らかに嫌そうな顔を見せた。
「世良くんならできるよ。まだ試合は始まってないんだから」
「何て言うんですか。もうみんな打倒白樺派って盛り上がっているのに」
「そこをうまく誘導してくれ。この交流試合がうまくいかなかったら困るのは世良くんも一緒なんだからな」
「わかってますよ。僕だって可決してほしいんです。でも、
「青柳派の上層部は俺が説得する。世良くんは場を作ってくれればいい」
「うーん。材料をください」
切り替えが早いのは彼の長所だ。そして野球部にしては思考が柔軟。もともと力で押すタイプの投手ではなかったのだろう。数緒の話に反論をちゃんと出しつつも、やると決まったら全力で協力してくれる。その辺りの柔軟性を数緒は買っていた。険しい顔を浮かべる世良に、数緒はボールをひょいと渡した。
「簡単だ。こっちは女子が多い」
「……それだけ?」
数緒はベンチの方を指さして告げた。単純に後援団体の男女比率の問題。運動部と文化部で男女比率が決まるかどうかは知らないが、現実として白樺派の党員の方が女子率が高い。
白樺派のベンチはきゃっきゃと華やいでおり、制汗剤と香水の匂いが入り混じっているが、青柳派の方は男ばかりで離れていても汗くさいとわかる。
「それだけで十分だろ。青柳派は男所帯でむさくるしい。女子と混合チームになるのを嫌がる理由がない」
「いやいやいや、それだけじゃ無理ですよ。確かに若い子らは乗り気になるかもしれないけれど、うちの親分が誰かわかってます? そんなナンパなこと言ったらぶん殴られますよ」
「そのときは診断書をとって訴えろ」
「戦闘機に竹やりで突っ込めって? 絶対嫌です」
「待て待て。じゃ、ナンパじゃない理由を用意しよう。そうだな、このままじゃ試合にならない」
「どうして?」
「言っただろ。こっちは女子が多いんだ」
「あぁ」
「男女平等うんぬん言っても、体力差は
「なぜ、それで交流試合をしようとしたのかと言いたいところですけど、まぁ、そちらの方が筋は通ります」
「男女比率が同じになるように調整しよう。試合というのは実力が拮抗しているほどおもしろい」
「浜部くんが言うと白々しいですね」
「言うのは君だ、世良くん。こう、武士っぽく言ってくれ。弱い敵を倒してもつまらん、みたいな」
「それは武士っぽいですか?」
「あと、女子用のハンデを考えてくれ。サッカーで言うなら、男子のワンプレーでのタッチ回数制限とか、シュート禁止みたいな。俺は野球の方はわからん」
「ベース間隔を短くしましょうか。あと女子へは下投げとかそんなところでしょうか。まぁ、その辺はみんな理解ありますよ」
「よし、頼んだ」
「わかりました」
ボールをミットにバシッと当てながら、世良は自分に気合を入れた。その姿は様になっており、あまりにマウンドに似合っている。
「やるだけやってみましょう。失敗しても恨まないでくださいよ」
「恨まないさ。成功するまでやるからな」
「はぁ、本当に恐ろしい人ですよ、あなた達は」
★★★
青柳派・・・学園開始時は、政党はなく、クラス代表の単純な多数決だった。しかし、学園創立から5年後、国の政治を真似して政党ができあがる。初期メンバーの一人が青柳一郎であり、彼の系譜を継ぐ者が青柳派。運動部を中心とした派閥で、長い間、学民党の中心にいた。しかし、あまりに運動部中心の政策が続いたため、反旗を翻したのが白樺派である。現状では、白樺派の方がやや優位だが、伝統ある青柳派を無視した政治はできない。
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