野球で党内調整!?

第9話 グラウンドに集う政治家達

 6月の日本海側の気候は、はっきりいって最悪だ。雨が多く、湿気に満ちている。人の住めるような環境ではないと言う者もいるほどだ。しかしながら、数緒は意外とこの気候が好きだった。



「こうやって晴れた日は気持ちがいいだろ」


「私は嫌いですね。蒸していて不快です」


「京都よりは風がある分マシだ。行ったことあるかい、京都。あそこは盆地になっていてね、天然の蒸し風呂になっている」


「地獄じゃないですか。京都人は全員修行僧か何かなんですか?」


「気位が高いのさ。それに長くいると単純に住処すみかが好きになる。君だってあと何年かいればこの気候を愛するようになるよ」


「愛着ですか。私の親は転勤が多かったので、はっきり言ってわかりかねますが、どうせ好きになるなら南国がよかったですね。人工島なのだからどこにでも造れたでしょうに」


「それじゃみんなバカンス気分で勉強に集中できないだろ。学園は教育機関なんだぞ」


「それは、まじめに勉強している人の言うセリフですね。私たちが今やっているのは何ですか?」


「身体を動かすのだって教育の一環さ」


「そうですね、えぇ、運動は大事です。今が生徒総会前でなく、票集めの真っ最中でなければ、ですが」



 人工島の端にある第二グラウンドで、数緒と湊はキャッチボールをしていた。白いボールを握って腕を振る。そして目の前に立つ相手に向かってボールを届ける。たったそれだけのことなのになかなか難しい。



「なぜ私達は野球をしているんでしょうか?」


「それは哲学的な質問だね」


「いえ、効率の話です。今やるべきは青柳派の説得です。こんなところでへたくそなキャッチボールをしている場合ではないかと」


「へたくそとは口がわるいな」


「会長、グローブに向かって投げろとは言わないので、せめて私が動かなくてもいいところに投げてもらえませんか?」


「検討しよう」


「いえ、努力してください」


「難しいんだ」


「腕だけを振るんじゃなくて足で投げるんです。こう、足で反動をつけて、上半身をひねって」


「理屈はわかるんだがな、うまくできないんだ。それにしても君はうまいな」


「野球は小学生のときに2年ほどやっていました」


「昔取った杵柄きねづかか。何がいつ役に立つのかわからんな」


「友達を作るのに都合がよかったんです。親の転勤が多かったと言いましたよね。その度に友達がリセットされて大変でしたから」


「ふむ、よくわかっているじゃないか。団体競技は親交を深めるのに適している」


「だから青柳派と野球で交流試合ですか」


「効率的だろう」


「いえ、はっきりいって非効率です。党議拘束に則って、次の生徒総会に提出する増税法案に賛成票を投じるよう要請するだけ。それだけならば空調のきいた会議室で5分言葉を交わせば済む話です。こんな炎天下で玉遊びに興じる必要などありません」


「君にいいことを教えてやろう」



 暴投をキャッチできずにころころと転がっていくボールを湊は追いかける。気温はそこまでではないはずだが、湿気のせいで実際よりも暑く感じる。ふぅ、と額の汗を拭ってから、戻ってくる湊に向かって、数緒は得意げに告げた。



「人は合理的じゃない」



 すると、湊は眉をぴくりと動かしてボールを強めに投げ返してきた。



「は? 知ってますが?」


「いや、知ってはいてもわかっていない。たとえば、君の言うように青柳派に会談を持ちかけたとしよう。するとどうなると思う?」


「普通に考えれば票を取引することになるでしょう。次の生徒会の椅子もしくは部費などが材料でしょうか。いずれにしろ、私達の方が有利に交渉できるはずです。先日のOB会でうまく立ち振る舞えましたからね」


「やっぱりね。君はまだまだ経験が浅い」


「では、どうなるのですか?」


「会談に来ない」


「は?」


 せっかくボールが手元にいったというのに、湊はボールを落とした。そんなに予想できないことを言ったつもりはないのだが、湊の想定するアクションリストには入っていなかったらしい。



「君が今言ったじゃないか。交渉すると俺達の方が有利だと。だから交渉しないんだ」


「いや、でも、それはあまりに子供染みています。生徒総会までに党内票を取りまとめるため、この交渉は必ずやらなければなりません。それは青柳派にとっても必要なはずです。なのに、不利だからやらないなんて」


「逆だ。老獪ろうかいなんだよ。党内票をまとめる交渉は必要だ。しかし今やったら青柳派は不利。ならば有利になるまで待てばいい」


「!? チキンレースですか」


「うまいこと言うね。このまま交渉ができず党内票がまとまらなければ共倒れだ。それを避けるためにどちらかが折れなければならない」


「……」


「言いたいことを言っていいぞ」


「バカなんですか?」


「率直だな」


「お互いの派閥の小さな利益を最大化するために、党全体の大きな利益を失う危険を冒すなんて、あまりに視野が狭過ぎます」


「人とはその程度のものだ。君は過大評価し過ぎだよ」


「しかし、そうすると困りました。今のところ、主導権を青柳派に握られているようなもの。交渉するのは難しいですね」


「だから野球だ」


「……今、話つながってましたか?」


「言っただろ。人は合理的ではないと」


「はぁ」


「交渉を引き延ばし勝つ確率をあげるならば、今は交渉の場に出てこないのが合理的。だが、好きなものには抗えない」



 第二グラウンドに複数の人の影が集まってくる。学民党の党員達。白樺派だけでなく、そこには青柳派の党員の姿もあった。



「みんな野球が大好きなのさ」






★★★





第二グラウンド・・・多賀根学園の中にいくつかあるグラウンドの一つ。その他、サッカー場、テニスコートなど何でもある。主に運動部を後援会に持っているときの生徒会が作ったもの。人工島はその度に拡張している。あまりに広く、毎年、新入生が必ず迷子になる。ちなみに、湊は今でもたまに迷子になる。意外と地図を読むのは苦手。

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