第4話 OB会の化け物共

こうあせり過ぎじゃないか?」



 四方木史郎よもぎしろうOB会長が静かに告げる。というより、告げたことにより静かになった。彼の低い声はよく通り、ただ口を開くだけで周りを威圧いあつする。


 本当にこの人は、政治家向きの声をしている。


 数緒は、背中に垂れる汗に冷え冷えとしながら、必死で表情をとりつくろった。



 学生民主党OB会。



 多賀根学園には大きく分けて二つの学生政党がある。学生民主党(学民党)と友遊党。これら二つの政党が生徒会役員の座を取り合っている。


 その歴史は浅いというには長く、多くの卒業生、OBが存在し、こうして年に数度OB会として現役生の相談会が実施される。相談会といえば聞こえはいいが、実際には現役生へ小言を言う会だ。現役生でこのOB会が好きなものなどいない。暇な卒業生が現役生をいびる会、そう名前を変えた方がいいだろう。


 特に生徒会長への当たりは厳しい。


 講堂にて、ぐるりと取り囲むように席が置かれている。そこには現役生とOBが座る。その中央に生徒会役員。まるで罪人のような配置である。自分がOB会で力をもったらこの配置は変えようと数緒は決めていた。


 数緒の前方には、OB会の重鎮じゅうちんが座る。四方木OB会長とそれに連なる者たち。重鎮と言ってもOB会の役職は40歳までなのでそこまで老いていない。現役の政治家。そのオーラはすさまじく、気迫だけで身がすくんでしまう。しかも今は身内に対する厳しい表情。ポスターの笑顔とは別人だ。ポスターを撮るときは代役を立てているのではないかと疑うほどである。



「税制度改革は慎重に進めるべきだ。急いでやるべきじゃない」


「お言葉ですが、四方木先輩。今回導入を予定している恋愛税は10年以上前から検討がなされています。むしろ機が熟したかと」


「時間ではない。問題なのはタイミングだ」


「おっしゃる通りです。今期で学民党政権は7年目となります。十分な長期政権です。生徒からの信任も厚い。増税するならば今しかありません」


「その信任は浜部学生に対するものではない。歴代の学民党員がなしてきた成果への信任だ。勘違いをするな」



 凄んだ四方木OB会長に対して、数緒は後ろに倒れそうになるのを何とかこらえた。ここで踏みとどまれなければ、増税など夢のまた夢だ。


 綱渡りのような会話。


 実のところ、中身に意味はないと数緒は思っている。四方木OB会長は、数緒の所属する白樺派のOB。だから、無理に反対する気はないはず。つまり、これはセレモニー。


 四方木OB会長が厳しく詰問きつもんして、その問に浜部会長が卒なく答える。敵対派閥の青柳派を納得させるためには、この構図が重要なのだ。


 数緒はメガネを直す癖を我慢して、スッと背筋を伸ばした。



「えぇ、歴代の先輩方には感謝しています。ここにいる皆さまのご尽力のおかげで私はこうして学民党を代表し、多賀根学園第75代生徒会長を拝命することができました。私への信任は学民党への信任です。そして、今がその使い時なのです」


「根拠は?」


「2年後に多賀根学園50周年記念を迎えるからです」


「それがどうした?」


「来年は50周年記念行事の準備で増税を議論する時間はありません。再来年は言うまでもありません」


「ならば50周年記念を終えてからでいい。記念行事を学民党政権で迎えられれば支持率も上がる。その先も学民党は盤石ばんじゃくだ。増税はその後でいい」


「その先はどうでしょうか?」


「その先?」


「増税を終えた後です。増税は毒です。どこかで誰かが飲まなくてはならず、飲んだらむしばまれます。どれだけ支持率が高くても増税すれば学民党政権は倒れるでしょう」


「ふむ。では、どうする?」


「四方木先輩もおっしゃいました。大事なのはタイミングです。毒を飲むならば薬を用意すればいい。だからこそ、今なのです。多賀根学園50周年記念は特効薬、後にも先にもない千載一遇のチャンスです。この機を逃したら、もう増税法案を通せるタイミングはありません」



 そこで構内がざわめく。数緒の反論に共感と反発の声が生まれた。この際、その割合に意味はない。今ここで重要なのは、数緒のスピーチが、OB達のリアクションを得られる程度には響いたということだ。


 

「もしも増税をして政権が倒れたらどうする?」



 四方木OB会長の言葉で、再度、構内は静まり返る。



「2年後、50周年記念を担うのは学民党でなければならない。浜部学生の言う通り増税を行って、次の選挙で敗北したらどうする?」


「勝てば安泰です」



 この問答で重要なのは否定しないこと。四方木OB会長の言うことを否定しないで、自分の主張を正しそうと思わせる。脳をフル回転させろ、ここを乗り切れば道は拓けると数緒は思わずメガネに手をかけた。



「勝負に絶対はありません。だからといって、勝負せずに安全第一で緩やかに衰退する道を選ぶのが、学民党の選択でしょうか。いえ、私はそう教わってこなかった。ここにいる先輩方から何が何でも勝ちに行く、そう教わりました。ならば選択は一つしかありません。増税を通し、選挙にも勝ち、50周年記念も当然、学民党がにまう。総取りです!」



 そこで周囲から拍手が起こった。若干勢いに任せたスピーチにはなったが、ここにいるのはまだまだ若手の議員。少しくらいふかした方が受けがいい。


 数緒は背筋を伸ばして、四方木OB会長の目をじっとみつめる。めちゃくちゃ怖いが、ここでらしたら恰好かっこうがつかない。しばしの間の後に、四方木OB会長は、にやりと笑った。



「失敗は許されない。やるなら必ず成功させろ、浜部生徒会長」



 その表情はポスターのものとは違い、任侠映画に出てきそうな人相であったが、こちらの方がかっこいいと数緒は素朴に思い、素直に返事をした。



「はい!」




★★★




75代生徒会長・・・生徒会長の任期は一年間。しかし、その任期をまともにこなせる者は少ない。生徒会の支持率が低いと任期を全うする前に下ろされる。そのため、学園の継続年数と生徒会長の代数が合わない。ときおり、何が何でも任期を全うしようという強情な奴もいるが、その世代の生徒に嫌われるため、その後の人生で大きなツケを支払うこととなる。

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