第3話 生徒会長と書記の不穏な関係

 文吾が帰ったのを見計みはからって、書記の湊衣夏みなといなつがこほんとわざとらしく咳ばらいをした。



「元気な方ですね」


「気を遣わなくていい」



 無表情な湊に、数緒はかるく突っ込む。彼女の口調にはほとんど感情が乗っていないのでフォローなのか皮肉なのかわからなかったが、とりあえずフォローと受け取っておく。


 小柄だが姿勢がいいので大きく見える。お手本のように制服を着こなし、そこには皺の一つもない。わりと長い髪をきれいに後ろでまとめあげており、大人っぽい印象を作っている。その印象を補強するような薄化粧と鋭い目つき。ただ唇が厚くて、子供っぽさがぬぐえないことを少し気にしているらしい。


 湊は扉の方をちらりと見てから、こちらに向き直った。



「タイミングがわるいのはお互い様でしたね」


「まったくだ。このくそ忙しいときに」


「それにしても妙ですね。恋愛税の発表は明日のはずでしたが、どこから情報を得たのでしょう。緊急ニュースが流せるのは第一新聞部ですよね」


「さぁな。青柳派のリークか、それとも情報流出したのか」


「一日早くリークすることに何の意味が?」


「そんなんでも新聞屋はうれしいんだよ。あとは単純に俺への嫌がらせだな」


「はぁ。最近わかってきたんですが、会長は


「君も見習うといい。なかなかスリリングな人生を味わえるぞ」


「はっきり言って願い下げです。まぁ、それで生徒会長になれるのでしたら考えますが」



 したたかな女である。これで2年生だというのだから将来有望と言えよう。湊が生徒会長になる頃には数緒は学園にもういないだろうが。



「そろそろ時間か」



 腕時計を確認して、数緒は立ち上がった。正直、気が重いのだけれども、そうも言ってられない。これから行われる会議は、おそらく恋愛税導入においていちばんの障害。気を張らなければ。



「湊、身だしなみを見てくれ」


「校章が右に傾いています。あと帽子もずれていますね」


「これでどうだ?」


「あとネクタイ、似合っていますが形を直した方がいいですね。私がやりましょうか」


「いや、いい。自分でやろう」

 


 姿見の前で数緒はネクタイを直す。会議において重要なのは話す内容、というのは理想論だ。もちろん内容も大事だが、人の考えることなどそう大差ない。少し考えれば同じところにたどり着く。本当に重要なのは見せ方である。誰がどのように伝えたか。結局のところ人はそれしか見ていない。歳をとればとるほどその傾向は強く、もはや自分の頭で考えられなくなる。つまり、数緒が最も気にかけなくてはならないのは身だしなみだ。


 

「はぁ、いつも思うのだが法案を一つ通すのに無駄なプロセスが多すぎる」


「手続きは民主主義の基本では?」


「それは公平性と正当性を担保するためのものであって、プロセスを無駄に長くしていいという理由にはなっていない」


「手続きが長い方が高尚こうしょうな気がしませんか?」


「君は校長の話が長いほどありがたいと思うのか?」


「ほう。スピーチとスカートは短い方がいいと?」


「言ってない」


「セクハラですね」


捏造ねつぞうするな」


「ところでこのジョークどこがおもしろいんですか?」


「深く考えるな。こういうのは様式美なんだ」


「なるほど。では、法的手続きも様式美と考えてはいかがでしょう」


「つまり考えるなと。手続き的民主主義の弊害へいがいだな。こうやってみな思考停止していくんだ」



 そして、これから会いに行く奴らはまさにその化身。思考停止した成れの果てのような奴らである。だからこそ億劫おっくうでつい愚痴ぐちをこぼしてしまう。



「よし、行くか」


「はい」


「ふぅ。のどあめ持ってるか?」


「会長、緊張されてますか?」



 湊が間髪入れずに出してきたのど飴を受け取って、数緒は頬張る。手が少し震えていたが、袋は既に湊が開けていたので手間取らずに済んだ。こういう些細な気遣いをさらりとこなすところは見習いたいものである。


 かるく舐めてから、数緒はガリッと飴を割った。



「してないと言ったら嘘になる。なんせ相手は化け物だからな」


「化け物とは、言い過ぎでは?」


「言い過ぎではない。経験も権力も上。こちらからは手の出しようがない恐怖の対象。そういう存在を化け物と言うんだ」


「なるほど。では化け物退治というわけですね」


「そう言われると勇者の気分になってきた。演劇ではなぜかいつも悪役をやらされていたが」


「お似合いですね」


「どっちがだ?」


「化け物退治に赴くのに勇気が出ないのでしたら、どうぞ、お好きにしてください」



 そう言うと湊は数緒の前に立ち両腕を広げてみせた。顎をくいとあげ、そっと目を閉じて見せる。



「ハグしていいですよ」


「唐突だな」


「古今東西、男はいくさおもむく前に女を抱くと言います」


「誰だ、そんなこと言った奴?」


「きっと緊張をほぐすためでしょう。はっきり言って男というのは短絡的な生き物だと呆れますが、会長が失敗すると私も困ります。どうぞ、好きなだけ抱きしめてください」


「やめろ」



 寄ってきた湊の肩を押して、数緒はぐっと退しりぞけた。



「今夜、千恵美ちえみと会うんだ」


「あぁ、戦の後がお好みでしたか」


「何を言ってるんだ? とにかく今日は俺に触るな。君の匂いがつくと千恵美が不機嫌になる」


「……、ネクタイ、やっぱり変えた方がいいですね。それ、ジジイ臭いです」


「年寄は地味な色の方が好きなんだ。こういうのは相手によって変えないと。そうだ、今度、千恵美とデートするときは選んでもらおう。君はセンスがいいから」


「……チッ」


「今、舌打ちしたか?」


「してません」



 どうしてそんな明らかな嘘をつくのかと数緒は目を二回まばたかせる。冗談なのか本気なのか。3秒だけ悩んで、今、そんなことは数緒にとってはどうでもいいことだとメガネを直す。



「あのバカと君のおかげで舌がほぐれた。いい準備運動になったよ。さぁ、戦といこうか」


「ご武運を」





★★★





ネクタイ・・・5年前まで制服のネクタイは指定のものがあったが制服改革により自由となった。だからこそ、どのようなネクタイを着用するかでセンスが問われる。学園が配布するネクタイもあるが、自分で選ばずに、それを着用する者はチキンと呼ばれる。数緒はネクタイにこだわりがあり、式典の前には必ず新しいものを購入している。だが、千恵美にはいつもダサいと言われる。

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