第15話 シーの話④

 デビューしてから、シーは事務所に都内のマンションに移り住めと命じられた。電車の使用も禁止され、自分専用の運転手が与えられた。


 ようやく取れた休みの真昼間。シーは千智に電話した。


「ごめん」


 シーは千智に携帯の電話口で言った。


「大丈夫、って言ったら嘘になるけどね」と千智は相変わらず明るい声で言った。


「今度握手会やるから、ファンのふりしてきてよ」

「行かないよ〜」千智が笑っていることが電話の向こうからでも十分にわかった。

「私が行ったらファンに悪いでしょ」


「じゃあ会いに来てよ」


「窓から外覗いてみて?」


 自室の窓から外を覗く。そこには水色の軽の自動車が止まっていた。運転席に座っていたのは、千智ではなかった。


「裏手に駐車場あるから、そこの702号室が俺の部屋だから」

「ほらほら、簡単に個人情報を言わない。有名人さん」千智は明るく言った。


 シーが急いで駐車場に降りて行くと、702号室用のところに停められた、水色のバンの後部座席に乗り込んだ。

「え、うん?あれ、もしかして愛?」とシーは運転手を見て言った。

「そう、倉田愛ちゃん。よく気づいたね。やっぱり売れっ子アイドルは物覚えが違うなぁ」と千智は笑った。

「もうすぐ桐崎愛になるかもしれないんだけどね」と愛は言った。

「でも愛って中学の途中で引っ越さなかった?」とシー。

「うちは父親が転勤族だったからね」と愛は笑った。

「そっか、小4くらいで仙台から引っ越してきたっけ?」とシー。

「よく覚えてるね。千智だけが変わらず連絡取り続けてくれたんだよ」

「ここにいるのもなんだし、うち上がる?」

「え?いいの?」愛はにこりと笑った。「あ、でも、ちょっと待って、男性の家に上がるって彼氏が許すかな?」

「え、何、そんなヤバい人なの?」と千智が言った。

「うーん、まぁ、一応?握手会もさ、行くって言ったら、一瞬嫌な顔されたんだよね」

「え、僕らの握手会来てくれるの?」とシー。

「残念、私はティーのファン、あ、でもいらないから、サインとか」

「どっちにしろ、ティーはサインとかする人じゃないよ。僕連絡先も知らないし」とシーが言った。

「彼氏の許可とかいらない。ほんと愛はお嬢なんだから。ほら、あがろ」と千智は愛の腕を引っ張った。

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