第14話 シーの話③
「今日は紹介したい人がいます」
ある日、練習室にいる、シーら4人に、香里奈は唐突に言った。「ほら、入ってきて」
香里奈が手招きして入ってきたのは、顔の青白い、細身の男性だった。くしゃくしゃのグレーの髪に、黒いマスクをつけている。目元しか見えないものの、鋭い眼光は、まるで人を殺したことがあるかのようだ。
真っ黒だった。それもモヤのかかったような黒色。何かを隠しているのか、それとも隠さずにこうなのかはわからないが、とにかく嫌な感じがした。
「ティー君です」と香里奈は言った。
新しいメンバーとして追加する、ティー、という芸名だけでシーは瞬時に理解した。
「ん?」とイー。飄々としている態度が瞬時に変わり、何も言おうとしないアール。そして、詰め寄るエス。
「香里奈さん、今きっとみんな混乱しているんだと思います。僕らは4人であまりにも長い時間やってきてしまったものですから」シーは言った。
この黒色は香里奈にも見えているはずだ。その香里奈が新たなメンバーとしてティーを受け入れるというのだから、シーはそれを信じるほかなかった。足りないものを埋めてくれる、そうシーはエスに言ったものの、まさかこんな形とは思いもよらなかった。
「ティー君、ちょっと踊ってみて」
香里奈がかけた曲は窪田のデビューシングルだった。ティーは、大鏡の前で、しなやかに、艶やかに踊った。ティーの黒色が光に反射し、窪田と同じ漆黒に光った。まるで窪田が乗り移ったかのように完璧にだった。黒いもやは、見る者たちに襲いかかるように舞った。そして、まるで洗脳されるかのように、もやの中に皆が取り込まれた。これが、芸術というものなのだ。
シーは確信した。ティーが鍵なのだと、我々がデビューするために必要な鍵だ。
「いいっすね……」とエスは思わず言葉をこぼした。
「リーダーがそういうなら、5人でやってみようよ」とシーが言った。
晴れてユニットは5人組になり、大塚プロのサマーフェスタに候補生ながら出場した。5人はキララと光る、青い衣装を着た。ティーのみは口元を灰色で竜型のマスクで覆っていた。口元を派手に隠しても、鋭い眼光は衰えを知らなかった。
ティーは無口だった。挨拶も、頭を下げるくらいで、声を聞いたことがない。しかし、一度歌い始めると、皆を虜にする不思議な力を持っている。黒いモヤに光が加わる。
ティーをセンターに置いたサマーフェスタ。観客の色が赤色から、深紅に変わるのをシーは見た。それも、燃えるような深紅。シーは自分の心が確かに震えるのがわかった。ちらりと香里奈を見ると、香里奈もシーと同じ深紅の光景を見ているようだった。シーはデビューを確信した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます