第11話 桐崎涼②
タワーマンションの最上階。そこが涼の家だった。部屋に帰ってコートを脱ぐと、愛は涼のコートを受け取った。
「愛、あとで話があるんだ」
「わかった」
愛が作った手料理はいつも美味しかった。しかし今晩のハンバーグはどうも味がしなかった。愛が息子を寝かしつけている間に、涼はシャワーを浴びた。
愛は息子を寝かしつけると、テーブルの椅子へと座った。涼は愛に対座するように腰掛けた。
涼は覇気のない顔で、いくつか写真を取り出した。愛は無言のまま、じっと写真を見つめていた。
「つけていたのね」愛はやっとのことで絞り出すように言った。
「いいや、買ったんだ」涼はまるで他人事かのように言った。
写真には、ティーと2人でいる愛や、ティーの家に入る愛の写真だった。
「買った?」
「『ティー、人妻と不倫。お相手は大手メガバンク役員の娘』で記事にする、と記者から脅された。だから僕は……」
「いくらだったの?」と愛。
涼はため息をついた。
「愛、僕はおろかだったね。ティーの握手会に行きたいという君を止めればよかったんだ。僕は正直、その時から嫌だった。できれば行ってほしくなかった。でも、相手はアイドルだし、芸能人だし、と思って、それくらい許さなきゃって思ってしまったんだ」涼は頭を抱えた。
結婚してから文句ひとつ言ったことのない愛が、唯一自分から意志を示したのが握手会だった。その強力ともいえる意志にいつもとは違う様子を感じ取らなかったわけではないが、それだけアイドルを推しているのだ、と言い訳して、涼は愛を送り出した。
「一つだけ信じてほしい。不倫はしてない。家に行っただけ」と愛はぽつりぽつりと話した。
「僕は信じるよ。もちろん。でも世間は、それだけじゃ信じない。もうティーの家に行っちゃダメだよ」
「もう行かないよ。行けない」と愛は震える声で言った。「としやは、もう帰ってこない」
「としや……それはティーの本名だね」涼は頭を抱えたまま、つぶやいた。
「としやは私の幼馴染なの」と愛は言った。
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