第9話 イーの話②

 イーはデビューからドラマのオファーが絶えなかった。香里奈が率先してイーに仕事を回していることくらい、イーに理解する脳はあった。


 正直、芝居は好きじゃないし、別に自分が上手いとも思わない。どの作品も俺が演じた俺でしかない。向いていない。そんなことくらいわかっていた。ただ香里奈はなぜか俺に仕事を振り続けた。俺の顔か?それともスタイルか?そんなのがファンにウケているんだろうか。俺の演技力で作品を汚しても、視聴率が取れればそれでいいんだろうか。


 でも、出演するとファンが喜ぶ。社長も、そして毎回撮影現場に来てくれる新見香里奈も、テレビマンもみんな喜ぶ。イーはその顔を見る時間が好きだった。


 ファンレターに書かれている、ドラマ楽しみにしています、の言葉。ドラマを見て刑事を目指しました、という言葉。自殺しかけていたけど、あなたの作品を追いかけるために生きています、という言葉。俺の演技は確かに誰かの役に立っている。むしろ、そのためだけに俳優業をこなしていたと言っても過言ではなかった。


 誰かのために、それが俺の大義だ。


 でもそんなこと口にするのは恥ずかしいから、すましたキャラで押し通す。


 エスが脱退してから、改めて4人でデビュー曲『トップ・シークレット』を撮り直した。4人でもクソダサいことに変わりはないが、それでも思い出深い一曲だ。発売から5年。リセールでやっとミリオンセラーになった。案外、4人でもなんとかなりそう、そう思ったのはイーだけではないだろう。


 ある日、焦った顔で、シーが事務所にやってきた。

「香里奈さんが、事務所を辞めた」

「は?」イーは絞り出すように言った。

「だから……」

「いやわかってるって、だから、は?っつってんの」

 理由は誰もわからない。誰にも知らせず、香里奈は突然事務所を退所したのだ。今どこで、どんな仕事をしているのかわからない。


 敏腕マネージャーの電撃退所を世間は大々的に報じた。ネットには色んな噂が立った。社長と喧嘩した、エスについていくつもりだ、独立の準備だ。


 そのどの理由も、イーの知らない新見香里奈だった。一回、真実を聞きに香里奈の家まで行こうとシーに詰め寄ったが、シーはいよいよ居場所を教えてくれなかった。


 それでも仕事は続く。相変わらず窪田はうざいし、映画賞を取った俺に対抗するかのように演技の仕事を増やそうとしている。明らかに窪田の方が上手いが、なぜか視聴率も映画の興行収入もイマイチ。俺だって、なんで俳優が向いてるのかさっぱりわからない。だからそんなに、ライバル意識を持たないでほしい。

 

-あー、そうか、俺の熱愛報道も、窪田のせいか


俺は唐突に理解した。だって、あの人気女性アイドルとの関係を見られたのは窪田だけだったもんな。新見香里奈に相談したら、香里奈が窪田を説得するって言ってたっけ。


「わからないよ。香里奈さんが僕らの味方だなんて保証はどこにもないよ」

 ことの詳細を唯一シーに話した時に言われた言葉だ。


 この世界は恐ろしい。誰が何を考え、誰が味方なのかさっぱり目に見えない。それどころか、液体みたいに流動的。4人の人気は広がるばかり。



「でも、やっぱり君も、香里奈もいないのは寂しいよ。」


 イーは、早朝の報道をテレビで見ながら、養成所時代からこれまで5年間のことを思い出していた。


ー俺たちどうなっちゃうんだろうなぁ


 イーはファンレターで溢れかえった部屋の隅にあるベッドの上になんとか場所を見つけて横たわり、エスが罪を認めたという速報を聞いていた。

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