第7話 エスの話⑤
デビューから5年が経ち、ユニットが日本のトップアイドルとして盤石になってきた頃、イーの熱愛報道が出た。
「お前さ、マジでいい加減にしろよ!」とエスがイーに事務所の一室で詰め寄った。「今が一番大切な時期なことわかってんだろ!」
「何がわりぃんだよ」とイーが言った。
「アイドルなんだから自覚持てって言ってんだよ」
「俺より人気ないお前に言われたくないな」
いつもは間に入るシーも今日ばかりは黙り込んでいた。
「ほら、そこまでよイー、社長が呼んでるから行ってきて」香里奈が部屋に入ってきて言った。
イーは何も言わずに部屋を出て行った。
「それと、エス。あなたにドラマの主演の話が来てる。詳しくはまた後で話す」香里奈はそれだけ言うと、部屋を出て行った。
「ちょっと、新見さん!」エスが呼び止めても香里奈は帰ってこようとしなかった。
しばらくの後、イーは謝罪文を出し、しばらく活動を休止した。当然のようにユニット活動も休止になった。
エスの主演したドラマはまずまずの視聴率と専門家からの高い評価は得たものの、イーの一般評価を超えることはなかった。
「エス君、お酒飲まないの?」
ドラマの打ち上げに出ていたエスが共演者にそう言われるたびに、この子お酒弱いんです、と香里奈が頭を下げ代わりに飲み続けていた。
「ごめんなさいね、イーはよく飲むのだけど」と大塚社長が言った。
「イー君はそろそろドラマどうなの?」といかにも偉そうな50代くらいの男性がいった。
「禊は済んだと言えるようになれば、かしらね」と大塚社長。
「もったいない。去年は映画祭で主演男優賞にノミネートされたというのに。うちで今度やりましょう。もういいでしょう」
エスは自分が何をしたかったのか完全に見失った。話があるの、という香里奈の呼び出しも受けず、自宅に籠りきり、気がついたらユニットを脱退し、事務所を辞め、マンションを引っ越していた。
事務所を辞めてからは仕事のオファーが全く来なくなった。それどころかメンバーから心配や引き留めのメールさえも来なかった。
貯金は十分にあったが、仕事がないのはいささか困った。勢いで辞めてしまったものの、このままではいずれ生活が立ち行かなくなる。
そんなある日、香里奈から一通のメールが届いた。
「話したいことがあるの」
香里奈が指定した場所は、都内の高級ホテル内のバーだった。行くべきか、行かざるべきか、二つの考えでエスはせめぎあった。
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