第6話 エスの話④
デビューが決まってから、突然忙しい日々を送るようになった。振りの練習にレコーディング、取材。お祝儀代わりのテレビ出演オファー。気がつけば、休みなどない、疲弊する毎日を送っていた。
あれだけダンスを練習してきた4人、そして、才能あるティーにとって、デビュー曲の振りはお粗末に思えるほど簡単だった。エスは香里奈の能力を疑いつつ、シーの言葉を信じるために、毎日練習を続けた。
デビュー曲は80万枚売り上げの大ヒット。この記録は、どのデビュー組をも超える枚数だった。オリコンチャートでは、5週連続1位を獲得し、ファンクラブ会員も半年経たずに150万人を突破した。
デビューから一年経ち、個人での仕事が来るものも出始めた。イーはドラマの主演オファーが止まず、出た作品は全て高視聴率を記録した。シーは家庭菜園の教育番組のレギュラーをつかむ一方、頻繁に旅番組へのオファーがあった。アールはバラエティに引っ張りだことなった。ティーにも個人の仕事は来ているようだったが、どれも断っているらしい。アーティストの立場を崩したくない、と言っていた。
多忙な日々にエスは疲弊していった。エスは毎日のように練習室で練習をしていたが、もう誰も来なくなっていた。
「毎日来ているの?」ティーが入口に立っていた。相変わらず黒いマスクをつけており、その中を覗き見たことがない。声を聞いたのも初めてだった。思いの外、高い声だった。
「まぁね」
「すごいよ、だって他の子、誰も練習していない」
「仕方ない、みんな個人の仕事で忙しい」
「君には君の役割があるから」とティーは言った。
5人での仕事は、音楽番組、振り合わせ、レコーディング、ジャケット写真の撮影、囲み取材、そして握手会だった。
握手会で、エスのところは明らかに他の子より列が短かった。エスはちらりと香里奈を見た。仕事の少ないエスは、香里奈に会うのは久しぶりだった。香里奈は今回の大成功で仕事が増え、多忙な日々を送るようになっていた。過労で一度倒れたほどとも聞く。
一方、握手会に最も多くが列をなしていたのはティーだった。ティーは、才能とカリスマ性を、一般的にも広く認められており、ファンは彼を神と呼んだ。
「あ、あの、花壇にチューリップ咲いていますよね?」と1人のティーのファンが震える声で言った。はいお時間です、警備員がファンをティーから引き剥がした。
ーなぜ俺には仕事もなく、ファンも少ないのか
「目の前にファンがいるのにぼおっとしてちゃだめだよ」とシーはやはり優しい笑顔を向けた。「ほら、こんなにもいるじゃないか。僕よりずっと多い」
ー俺は一体何がやりたくてアイドルなんかになったんだろう
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