第4話 エスの話②

 マネージャーに就任してから香里奈は毎日のように4人の練習を見に来ていた。前のマネージャーはたまに電話が来る程度。その時に比べて大違いだった。シーの考えを、エスは日に日に信じるようななった。


 香里奈は特に口出しをすることはなく、ただじっと4人を見守り、何かをメモ帳に書いていた。毎日その繰り返し。数ヶ月経って変わったことと言えば、香里奈が髪を下ろすようになったことと、スーツが灰色に変わったことくらいだ。


「香里奈さん、お疲れ様です!」そう挨拶したのはアールだった。毎度のことだ。

「おつかれ〜。アール君は今日もよく頑張っているね。期末考査もお疲れ様」と香里奈はくしゃくしゃの笑顔で言った。

「そんなことないですよ!」

「19歳なのにすごいよ。私が19の頃って、まだ大学2年生とかだもん。遊んでばかりだったよ〜」

「え、香里奈さん僕と同じくらいだと思ってました!おいくつなんですか?」

「アール、女性に年齢を聞かない」とシーが言った。

「いいの、いいの。22だよ。3月に卒業したばかりなの」


 そうか新見は大卒の新入社員か、とエスはため息をついた。それにどうやらアールがお気に入りのようだ。気に入りはしないが、デビューのためなら仕方ない、エスはそう思った。


「あ、そういえば今度おすすめの整体紹介しますよ!」とアールが唐突に言った。

「え?」と香里奈は裏返った声を出した。

「だって、いつも、腰押さえてるじゃないですか」

「よく気づいたね!ありがとう!お願いしようかな」

 

 媚を売るのは女だけじゃない、とエスは思った。俺は媚びる人間が嫌いだ。

「ところでなんだけど、今日は紹介したい人がいます」と香里奈は言った。「ほら、入ってきて」


 香里奈が手招きして入ってきたのは、顔の青白い、細身の男性だった。くしゃくしゃのグレーの髪に、黒いマスクをつけている。目元しか見えないものの、鋭い眼光は、まるで人を殺したことがあるかのようだ。

 

 霊感のないエスでさえ、嫌な感じを覚えた。


「ティー君です」と香里奈は言った。

「ん?」とイー。

「ティー君。もちろん芸名だよ。みんなの新しいメンバーです」

 皆、状況が読み込めなかった。練習場は息遣いさえも聞こえないほどしんと静まり返った。

「つまり、それは、俺らだけじゃ足りないってことですか」とエス。

「そうです」香里奈はいたって真剣な表情で即答した。

 エスは何も言えなかった。

「香里奈さん、今きっとみんな混乱しているんだと思います。僕らは4人であまりにも長い時間やってきてしまったものですから」

「ティー君、ちょっと踊ってみて」


 香里奈がかけた曲は窪田のデビューシングルだった。ティーは、大鏡の前で、まるで窪田が乗り移ったかのように完璧に踊って見せた。

 そう言われてみると、この4人はキャラ立ちやルックスはいいものの、飛び抜けて踊りの上手い人はいない。

「いいっすね……」とエスは思わず言葉をこぼした。

「リーダーがそういうなら、5人でやってみようよ」とシーが言った。


 晴れてユニットは5人組になり、大塚プロのサマーフェスタに候補生ながら出場が決まった。ティーは口元を灰色で竜型のマスクで覆った衣装を見に纏っていた。そんなティーをエスは横目で見つつも、実力あるティーに何も言うことができなかった。


 ティーは練習中も練習後も一言も発さない。しかし、絶妙にイライラさせてくるイーよりはましだ。


 そうして、ティーをセンターに置いたサマーフェスタ。観客は熱狂の渦に包まれ、確かな手応えを掴んだ。

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