池田家と囲

 そして今に至るまで、みとし村の人間達は囲の対象を作り出している。


 対象を攻撃することに快感を覚え、たとえそれが囲を知らない人間であれ容赦しない。対象者のプライベートに土足で入り込み、知り得た情報に尾ひれを付けて吹聴する。話のタネに、娯楽のために、ガス抜きのために、輪から外れた人間を作り上げては扱き下ろしている。


「豊美子さんには、精神的な問題があり、ひきこもり気味だったと、田原さんや近所の人達は言っていました。お母さんのすゑ子さんがお世話をしていたとも……」


 囲の内容を知った逢は、浮かび上がった可能性に、薄ら寒い物を感じた。


「記録では、『囲の対象者が出た家は、対象者を座敷牢に閉じ込めねばならない』って……。あの……まさか、池田さん親子は……」


 おそるおそる口を開いた逢。


 四辻は、静かに頷いた。


「豊美子さんはどこかでつまずいて、村人の輪からはじき出された。それからはずっと、いつか囲の対象から外れることを願って家の中に引き籠って暮らしていた。


 母親はそれを咎めず、豊美子さんを世話し続けた。あの親子は、そうすることが当然だと思い込んでいたんだ。恵吾さんが豊美子さんを連れ出そうとしたのに、彼女が拒否した理由もそのせいだと思う。


 ……だけど、豊美子さんは対象から外れることはなく、やがて絶望の中で亡くなった」


「で、でも……村の人達は、そんなことがあったなんて、一言も……」


「言わなかったよ。でも、豊美子さんのことについて、怖いくらい知っていた。知らないのは——彼女の自殺の理由——だけ。中島さんも田原さんも、近所の人達も、本当は何があったか知っていたのに、後ろめたい気持ちがあって、言いたくなかったんだと思う。


 豊美子さんを対象にした囲が行われていたと、考えていいと思う」


 囲は、豊美子が自殺するまで続いた。彼女の死後、村人達は「家の管理をしたくないから豊美子を見捨てたんだ」と兄を貶し、よそ者の大野家が来てからは、大野春子が囲の対象になった。


「こんな事を言うのは、どうかと思うけど……春子さんは、まだ運がよかった。このままこの村にいれば、攻撃はさらにエスカレートして、春子さんは豊美子さんと同じ運命を辿っていたかもしれない」


「……どうして……こんなことを……」


「調査員が考察したとおり、かな。ガス抜きのためと、治安のため。共通の敵がいれば、村の団結力が強くなると考えていたから……。


 でも、そんな方法でまとまった集団なんて脆いもんさ。現に事象が起こってから、豊美子さんをいじめた人間達は、お互いに責任を押し付け合っている。


 事象の原因が豊美子さんの呪いだと恐れられているのは、後ろめたさがあるからだよ。村人達だって、恥ずべき行いをしたと理解しているんだ」


「間違っていると分かっていたなら、どうして、やめなかったんでしょう……」


「『豊美子さんを庇えば、次は自分が対象にされる』と、思っていたのかもしれない。ここまで囲に基づいた風習が続いてしまったのも、同じような理由かな。


 村の老人たちの中には、実際に囲が行われているところを目撃した人間もいるはずさ。トラウマになって、対象にされることを酷く恐れている。

 やめたくても、対象になりたくないから言えないでいる。対象への攻撃を嬉々として行う人もいるから、周りの顔色を窺って、同調するしかないんだ。


 止める人がいないから、この風習は続いてしまった。若者が村から逃げたくなるのも頷ける。

 恵吾さんが大野さん達に家を売ったのは、風習に染まっていない大野さん達が、村を変えてくれると、期待してしまったからじゃないかな……」


 逢が震えるほど拳を握り絞めているのをみて、四辻は言葉を止めた


「これ以上はよそう。あまり気持ちの良い話じゃない」


 逢は小さく頷いた。


「大野一家についても情報が入ってきた。池田恵吾さんと関わるまで、大野さん達は村に関わっていない。彼らが事象の原因と関わっているとは、考えにくい」


「……それなのに……どうして、大野家の周りで事象が頻発するんでしょうか?」


「霊には、あの家を選んだ理由がある」


「でも、池田一家も大野一家も、事象の原因に関わっていないんですよね?」


「うん。……でもね、霊の正体が、ずっとこの村に住み続けていた村人なら、本当の住処から目を逸らさせる為に、必ずあの家を利用するはずだよ。


 そして、今この状況で殺人があった事実を隠しておける人間は、2人しかいないんだ」


 四辻は続けようとしたが、遠くで誰かが叫んだことに気付いて口を閉じた。


「四辻さん、今のって……」


「大野家の方から聞こえた。行こう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る