天井裏
大野家は平屋の小さな家だ。玄関から入れば、すぐ目の前に物置が見える。右側に夫婦の寝室があり、壁を隔てて子供部屋がある。廊下の奥に洗面所、風呂、トイレがあり、その向かいに居間、隣に台所と裏口があった。
大きな家具はそのままにされていたが、荷物が入った段ボールは物置にまとめられていた。大野は着々と引っ越しの準備を進めているらしい。
加藤捜査官達が襲われた現場、台所では、床の一部が大きく割れて血痕が付いていた。霊はただ物を落とすのではなく、天井から射出しているようだ。
ざっくりと家の中を見て回ったあと、逢は呻いた。
「5人の遺体を盗んだ理由って、何なんでしょう。今さらですが、この家を探して見つかるものですか?」
「それはまだわからない。でも、もしかしたら、8人目の遺体が見つかるかもしれない」
「え?」
「一つ、可能性を思いついた。逢さん、僕達がさっき立てた【遺体と怪異の関係】についての仮説を読んでみてくれる?」
逢はノートの朗読を始めた。
「最初に遺体が盗まれた5人の内、怪異が関わっていそうなのは、交通事故でなくなった3人のみ。5人の共通点は機関が調べた結果、この村の人間ということだけだった。
5人が選ばれた理由は、偶然だった? 霊が欲しい遺体は、どこの誰でもよかったのかもしれない」
読み終えた逢は視線を四辻に戻した。
「あくまでも、霊の目的は遺体を盗む事だった、ということですね……。でも、どうしてなんでしょう。何かの儀式に必要だったとか? 霊は遺体を降らせて邪神を召喚としていた! ……とか」
「豊美子さんは一般人女性だよ」
「うっ……。儀式の可能性は全くないって言いたいんですね……。じゃあ、四辻さんの意見を聞かせてください。『8人目の遺体』って、どういうことですか?」
「さっき逢さんが、『遺体を隠す』って言ったのを聞いて、霊の動機が分かったんだ。霊は、遺体を盗みたかったんじゃなくて、隠したかったんだよ」
「……隠したかった?
じゃあ、やっぱり、盗まれた5人の遺体の中に、豊美子さんと深く関わっている人がいたんですね……。でも、どうして隠すんです?」
「人間が遺体を隠したいときって、どういう時だと思う?」
「え? えっと~……人を殺してしまったとき……とか?」
四辻が頷いたのをみて、逢は寒気を感じた。
「交通事故に、豊美子さんの霊が関わってるってことですか? でも、どうして霊が人間の遺体を隠して罪から逃れようとするんでしょう……」
「殺人に関わったのが、自分にとって大切な人だったとしたら?」
「……それが、自分の命よりも大切な人だったら、庇ってしまうかもしれません」
「豊美子さんには、そんな人がいたのかもしれない。
でも、そうすると、おかしな点があるんだ。事件性があるとすれば、交通事故だけなのに、それが起こる前に、佐藤千代子さんの遺体が消えてるんだよ。
だから……もしかすると、本当に隠したかった遺体は、別にあったんじゃないかな」
「本当に隠しておきたい遺体が他にあったなら……5人を盗んだ時から、霊は飢餓状態で、村人の恐怖を煽るために盗んでいたってことになるかも……。
もしかして、それを確認する為に、田原さんに『最近亡くなった人はいないか、生きている人間で、行方不明になっている人はいないか』って聞いたんですか?」
「さっきは、あくまで可能性を広げる為に、豊美子さん以外の人間が霊になっていないかを確認しようとしたんだ。でも、君が遺体を隠すと言ったから、この仮説を閃いた。……村人は、誰も消えていないらしいけどね」
「誰もいなくなってないのに、誰かが殺されていなくなったって……。新しい事象ですか?」
「こういうのはどうだろう——殺害されたのは、村の外の人間だった。
豊美子さんの霊は、その殺人に関わった、この村に住む誰かを庇う為に、殺害された人間の遺体を異界に隠し続けている。
霊として存在を保てなくなれば、その人を庇えなくなるから、村人に危害を加えることで、彼女は村に留まり続けている」
「ひと月前にこの村を訪れた人に、捜索願が出されていないか確認します!」
「ありがとう。でも、たぶん出されてはいないよ」
「どういうことです?」
「捜索願が出されていたら、警察官が知らないはずはない。つまり、行方不明になった人間を探す人は……誰もいなかったんだ。
でも、加藤捜査官達が、池田一家の捜査を機関に依頼してくれていた。もうじき結果が届くはずだよ。豊美子さんが今回の騒動に関わっていれば、何かわかるはず。
だけど、もしこの家に何もなくて、豊美子さんが庇うような人物も見つからなかった場合……彼女は、この事象の容疑者ではなくなる。霊は、別の誰かということになる」
四辻は視線を子供部屋の方へ向けた。
「もし、豊美子さんの霊がここを住処としているなら、彼女はこの家のどこかを異界に繋げて、8人目の遺体を隠しているはずだ。まずは、事象が起った子供部屋から始めようか」
佐藤千代子の遺体と、太田捜査官の遺体は、子供部屋の天井からぶら下がっていた。
逢はハンディターミナルのような機器を片手に頷いた。照魔機関が開発したこのハンディ機器は、霊媒研究の集大成。怪異が発するエネルギーを数値化することができる。
二人は部屋に入ると、まず天井を見上げた。
「大野さんの一番下のお子さんは、部屋の天井を見上げて笑っていたそうですね。春子さんは、お子さんが異変に気付いていたんじゃないかと、気にしていましたが……」
「笑っていたのは、天井の木目が動物みたいに見えたからじゃないかと、大野茂さんは言っていたけど……」
見上げれば、確かに動物の顔のような木目が見えた。
「ネコ」「イヌ」
「事象とは、関係ないのかもしれませんね」
「だね」
次に、分かれて壁や床を調べ始めた。ぐるっと部屋を一周すれば、二重に調べられたということになる。
しばらくして。
「異常ありません。四辻さんはどうでした?」
振り返ると、四辻はうつ伏せに横たわっていた。
「えっと……何してるんですか?」
「床下の気配を探っているんだ。次の部屋に行こう」
廊下を這いながら移動する四辻を追い越し、「動きづらい。脚があともう4本欲しい」とぼやく四辻の為に、逢は寝室の襖を開けてあげた。
次の部屋でも二人は同じことを繰り返し、やがて全ての部屋を調べ終えた。
「何もありませんでしたね」
「あとは——」
四辻は立ち上がり、天井を見上げた。
「この上かな」
「下から明らかな危険がないことは確認できましたが……行くんですね?」
「霊は天井と深く結びついているから、下からじゃ分からない事が分かるかもしれない。それに……彼女の死因は天井と関係している」
今から半年前、豊美子は天井裏からロープを垂らして、首を吊って亡くなっていた。
「行くなら、着替えが先ですよ」
逢はバッグから作業着を取り出し、四辻に渡した。既に床を這いずり回っていた所為で服は埃塗れだが、着替えさせないよりはマシだと思った。
作業着に着替えた四辻に、逢はライトとカメラ付きのヘルメットをかぶせた。さらに、手には軍手、口にはマスク、目にはゴーグルを装備させていく。
「大袈裟じゃない?」
「何言ってるんですか。足りないくらいですよ」
「えー……」
天井裏に上がる方法は、あらかじめ大野から聞いていた。寝室の押入れの天井を押し上げると、四辻は点検口から天井裏に消えていった。
「どうですか?」
「梁にロープをかけた痕跡がある。
豊美子さんはこの梁にロープをかけ、点検口から外に出し、押入れを背にして首を吊った。この高さなら、そこの窓から様子が見える」
逢は視線を、押入れから右の方へ向けた、ちょうど手を楽に置けそうな位置に、長方形の窓がある。
「さっきのご婦人方は、押入れから豊美子さんの下半身が、不自然にはみ出しているのを見たと言っていた」
「春子さんも気にしていましたが、家の中を覗かれるって、何だか落ち着きませんね……」
天井から大きな音がした。
「四辻さん!?」
「大丈夫。蜘蛛の巣に引っかかっただけだよ……」
「あたしの方がびっくりしました! 無理しないでくださいね」
「埃の量も酷い……でも、子供部屋まで行ってみるよ」
四辻が動くたびに、天井から音が響く。逢は四辻の気配を追いながら、子供部屋に入った。
「四辻さーん! 何か見つかりましたか?」
しばらくの無音のあと、
「霊の犯行手段が分かった」
四辻が道を引き返す音が聞こえ始めた。
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