捜査 大野家
玄関
中島は遺体を町に運んでいった。遺体は町で機関に引き渡され、検死が進められることになっている。
祖母を気にかけ、帰ろうとする田原を、四辻は思い出したように呼び止めた。
「すみません、田原さん。もう何点か確認することがありました」
「なんでしょう?」
「消えた遺体は、全員発見されていますか?」
「報告漏れの心配でしょうか? 今日発見した田畑さんも含め、消えた村人6人とそちらの捜査官1人……間違いなく、7人全員発見されています」
「では、事象が始まる前から行方不明になっている人はいませんか?」
「え? えっと……いないと思います。捜索願は出されていなかったと思うので。……どうしてそんなこと聞くんです?」
「すみませんね。報告書の作成に必要なんです。……ちなみに、独居していて、最近見かけない方は?」
「いないと思います。最近は俺と中島さんで、毎日村人全員の顔を見るようにしているので」
「ありがとうございます。呼び止めてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、とんでもないです。……あ、そうだ」
大野が逢と話していて、こっちを見ていない事を確認すると、田原は声を潜めた。
「大野さんは知らなかったと思いますが、豊美子さんの遺体が発見されたのは、大野さん達が寝室として使っていた部屋です。天井裏からロープを垂らして、首を吊っていたんですよ」
「おや、それはまた……。大野さんには内緒にしてあげたい話ですね」
「豊美子さんが自殺したことも、事象が起こるまで知らなかったみたいですしね……。
ご存じかもしれませんが、豊美子さんのお兄さんの——池田恵吾さん——と、大野さんは同じ会社に勤めていたらしいんです。恵吾さんは、もう何年もこっちに帰ってきていません。家の管理をしたくないから、事情を隠して大野さんに売り払ったって噂ですよ。
事象が起ったあと、さすがに悪いと思ったのか、家を買い戻すことにしたらしいですけど」
(大野さんから聞いた話と矛盾はないな)
豊美子の遺体が見つかった場所、恵吾と大野の関係と家について、四辻は事前に大野から聞き出していた。田原は気を遣ったようだが、既に大野夫婦は寝室で不幸があったことを恵吾から打ち明けられており、酷くショックを受けていた。
「ところで、豊美子さんはどうして亡くなったんでしょう?」
「……俺も、理由はよく知りません。ひきこもり気味の女性だったので……。でも、自殺の半年前にお母さんが亡くなっているので、跡を追ってしまったんじゃないでしょうか。
俺があの家について知っているのは、これくらいです」
————————————————
大野は四辻と逢を家に案内すると、様子を見に出てきた近所の人の目を恐れ、逃げるようにホテルへ帰って行った。
背の曲がった男性は石を握り絞め、大野が立ち去るまで彼を睨み続けていた。彼の車が見えなくなると、今度は四辻と逢に同じ類の視線を移した……が——
「こんばんは。警察の依頼で調査に来ました」
——逢が国家権力を盾にしたので、男性は石を持ったまま足早に帰っていった。
「……逢さんのそういう図太いところ嫌いじゃないよ。でも、できれば話を聞きたかったな~」
ぼやく四辻の隣で、逢は恰幅の良い女性と、ほっそりとした女性が、道の端からこちらを見てひそひそ話しをしているのに気付いた。四辻の袖を引っ張ると、意図を察した四辻はコクリと頷く。
「こんばんは」
四辻が
——————
野次馬にお引き取り願い、大野家の玄関へ。
逢はドアに見覚えのある札が貼られているのに気が付いた。
「これ、四辻さんのお
「今朝、何人か寄越して貰って、家の窓や出入り口に外側から貼っておいてもらったんだ」
「内側から貼らせなかったのは、襲われるリスクを減らす為ですね」
霊は天井裏に隠れている。室内にいれば、襲われる可能性が高い。
「もし豊美子さんが問題の霊なら、彼女はこの場所と深く結びついているはずだ。その証拠を探そう。あわよくば、遺体を盗んだ理由も分かるといいんだけど……」
「あの……さっき言っていた、呪いって、霊が遺体を降らせる事と関係があったりするんですか?」
「ん、呪い? 村人が勝手に信じてるだけだよ」
「……え!?」
「降らせること自体に呪いの効果はない。仮に呪いだったとしても、一般人の豊美子さんが、こんな大掛かりな呪いの儀式を知っているのは違和感がある。僕が呪いって言葉を出したのは、確かめたいことがあったからだよ」
「何ですか、それは?」
「この村が、まだ忌々しい風習に囚われているかどうか」
四辻は端末を操作して、メールを確認したあと、首を横に振った。
「呪いを怖がる理由も、自殺の理由も、おそらくこの村に残る風習が関係している。でもそれは、おみとしさまの記録の閲覧許可が下りてから話そう。その部分、ちょうどフィルターに隠されてるんだ」
「申請してくれたんですね。ありがとうございます」
「内容はかなり凄惨だ。あまりにも辛ければ、ノートに書かかなくていいよ。捜査が終わったら、すぐに忘れていいからね」
「忘れるのは得意分野なので大丈夫です!」
屈託のない笑顔で言われ、四辻は少し苦い顔をした。
「じゃあ、今のところ、遺体がこんなことになってる理由の方は、全く分からないんですね?」
「困ったことに、そうなんだ。……はぁ」
四辻は少し下を向いて「お腹空いたな」と零した。
「……もし本当に豊美子さんが霊になったなら、この家のどこかを異界に繋げて、遺体を隠していたのかもしれません。そこに行けたら、何か分かるかもしれませんよ」
「遺体を異界に隠した?」
下を向いていた四辻の目が、まっすぐに逢を捉えた。
「だって、遺体は亡くなってすぐの状態で発見されました。時間の流れが違う異界に置かれていたせいだって、四辻さん、さっき言ってたじゃないですか」
四辻は何かを考え込むように虚空を見つめた。
少しして、考えがまとまったのか、庭の方へ歩き出した。
「先に庭を調べよう。結界にほころびがないかも見ておきたいしね」
大野家の庭は、積み重ねられた石や、松の木が美しい日本庭園だった。
「立派なお庭ですね——わっ」
四辻は転びかけた逢を支えると、足元に目をやった。
「昼に雨が降ったせいで、地面がぬかるんでいるようだね」
四辻は庭に怪しいところがないと分かると、札を確認しにいった。窓や裏口に貼り忘れはなさそうだった。
「結界でどのくらい怪異の力を抑え込めるんですか?」
「結界っていうのは、簡単に言えば壁みたいなものだからねぇ……。壁を破ろうとする怪異の力が強ければ強い程、結界の効果は弱く、持続時間も短くなる。でも、今回は運がいい」
四辻は玄関に鍵をさしこむと、得意げに笑った。
「この結界を作って貰ったのは、今朝だ。霊が空き家で事象を起こしたのは夕方。その間、結界が破られた形跡はない。つまり……あの霊には、結界を破るほどの力はなく、今この家の中にはいないということになる。
霊の力を封じる為に結界を作ったつもりだったけど、外に閉め出せたのは嬉しい誤算だった。中に霊がいなければ、加藤捜査官達のように襲われたりしないはずだよ」
「少し気が楽になりました」
逢が安堵の溜息を吐いたのと、四辻が素早く後ろを振り返ったのは同時だった。
「先に中へ」
いつの間に取り出したのか、四辻は数枚の札を手にしていた。
逢は素早く中に入ると玄関の電気を付け、外の様子を窺った。明かり届くところには何も見えない。
少しして、四辻も外を警戒しながら中に入り、ドアを閉めると幾重にも札を貼った。
——バンッ。
見えない何かが、ドアにぶつかった。
バンバンバンバンバンバン!
いや、ぶつかったのではない。叩いている。
姿の無い何かが、玄関を、窓を、裏口を、屋根を叩き回っている。
声にならない悲鳴を上げる逢の肩を抱き寄せ、四辻は家の周りをグルグル回るモノの気配を追った。
「……遠ざかる。諦めたらしいな。……あれ?」
「ど、どうしました? 結界、壊されちゃいましたか?」
「結界は無事だよ。
今更だけど……ここが住処だとすれば、やけにあっさり引き下がったな、と思ってね。縄張りをこんな形で奪われたら、もっと激しく怒ると思うんだけど……。
それに、朝も。怪異は外で何をしていたんだ?」
「う~ん……。
遺体を探して回っている内に閉め出されて、何度試しても結界を破ることができなかったから、諦めがついた、とか?」
「……かもしれない。とりあえず、今はこの家の捜査をはじめようか」
「はい! 巫女として、しっかり四辻さんをサポートします!」
逢がノートを片手に意気込みを見せると、四辻はようやく表情を和らげた。
「頼りにしてるよ」
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