日暮逢の捜査ノート

10月17日 

 捜査開始。

 目的……事象の原因の特定し、対処する。



 あたし達が到着したとき、加藤捜査官はまた意識を失ってしまっていた。


 しかし、サイドテーブルにはメモと共に、ボイスレコーダーが置かれていた。彼は常にポケットに隠したボイスレコーダーで、太田捜査官と被害者・村人の会話を録音していたようだ。


 メモには「必ず原因を突き止めて、先輩の仇を討ってください」と書かれていた……捜査に関われない彼は無念だろう。胸が苦しくなる。



〔ボイスレコーダーから分かった事〕

 ・大野一家は村人から嫌われていた。祟りの原因とも噂されている。理由は、村人が、おみとしさまは村の外から来るものを嫌うと信じているため。


 ・『おみとしさまが村人を祟るもんか! 池田■■■←(うまく聞き取れない)の呪いに決まってる! お前達の所為だ!』

 一部の村人が、特定の村人達に暴言を吐いていた。


 ・不可解な事に、加藤捜査官の捜査ファイルが保存されているはずのタブレットは、どこにも見当たらなかった。太田捜査官(加藤捜査官の指導者)の所持品もいくつか消えている。



 四辻さんは、タブレットは持ち去られたと予想。

 襲われたことといい、事象の原因に関わる何かは、捜査官を敵と認識しているようだ。人間と同じくらいか、それ以上の知性を持っている可能性がある。



 以下は、太田捜査官が、被害者の大野春子さんに事情聴取を行った際の音声記録。必要になりそうな部分のみ文字起こしした。


「」は太田捜査官。


 ————————


 何も知りません。放っておいてください!


 ——太田捜査官の説得:現時点で事象が目撃者にどの程度の影響を与えるか不明であり、放置すると危険が及ぶ可能性があることを伝え、事象の早期解決の為に、目撃者の協力が必要であることを説明。納得していただけた。——



 あの……。やっぱりあれは、人間(の仕業)じゃないんですね? 


 忘れられそうにないです……あれのこと……あああ。


 ああああ! だから、私はあんな辺鄙な所に引っ越すのは反対だったのに! 

 うちの旦那はいつも私の意見を無視するんです!


『自然の中で子育てしたい』って、旦那の言い分は分からないでもないですよ。でも、私はあの家が好きではなかったんです。


「『好きではない』というのは? あの家にいると気分が悪くなるとか、小さな異変に気付いたとか——」


 だって、あの家であんな事があったなんて、私達知らなかったんです! 旦那はあの人に家を押し付けられたんです!


 そうじゃなくても、場所が不便で……。人間関係も疲れるからいやなんです!


 ……まぁ、最初のうちはよかったですよ。

 景色も水も空気も綺麗だし。子供達は広い庭で遊べたし、良いところに来たって思いました。


 でも、はじめの内だけです。


 だんだん、耐えられなくなりました……。


 家の近くにスーパーやコンビニが無いのが、こんなに辛い事かと思いました。


 私は免許証を持ってないので、買い物は極力、旦那がいる休日にすませていました。でも、どうしてもっていうときは、バスで麓の町までいかないといけませんでした……。利用者が少ないせいか、本数が少なくて……本当に不便でした。


 近所の人達も……。『何か困ってないか。変わった事はないか?』って聞いてくれて、最初はいい人達だなって思ったんです。色々相談させてもらったりもしました。


 でも、頻繁に訪ねて来られて……。面倒になったから、居留守を使ったことがあったんです。そしたら、その人は庭に回って、窓から家の中を覗いたんです……監視されているような気分になりました。


 ……あの村、何かおかしいんです。


 ある時は、隣の家のおばさんに、私の趣味がネイルアートだって話したら、その日の夕方には村中の人に知れ渡っていたんです。


 会ったことがない人に、『本当に綺麗な爪ね。でも、それで畑仕事できる?』とか『見ておばさんのこの手、土いじりして真っ黒。あなたの手が綺麗で羨ましいわ』って、嫌味っぽいことを言われて……。


 それで分かったんです。あの人達、私達家族を心配してくれていたんじゃなくて、笑う為に来ていたんだって。今まで相談した内容……子供のこととかも、全部、村中に広められていました。中には、全く身に覚えがない、嫌な噂まで流されていて……。


 私、あまり人付き合いが好きじゃないのに……。そんなことが続いたせいで……ストレスで体調が崩れました……。


 そこでさらに、心配事が増えて……。


「心配事?」


 うちの子、きっと異変に気付いていたんです。


「お子さんが、ですか?」


 はい。うちの子は男の子の三兄弟なんですが、最近になって一番下の子が、子供部屋の天井を見上げて笑っていたんです。機嫌よくしているのはありがたいんですが……。


 気になって、聞いてみたんです。でも天井を指差すだけで、何を見て笑っていたのかまでは教えてくれませんでした。……まだ上手く話せないし、静かな子なので……。


 旦那は、『天井の木目が動物みたいに見えるからじゃないか』って言ってました。言われてみると、確かに猫か犬のように見えたんですよ。それですっかり安心して、子供って、よく分からない笑いのツボがあるねって、旦那と笑いました。


 でも、その夜……長男と次男の叫び声で目が覚めました。


 その時、ふと天井の事が頭をよぎりました。二人が寝ていた場所は、子供部屋だったからです。


 真っ先に旦那が飛び起きて、子供部屋に走って行きました。私はぐずり始めた下の子を抱いて、寝室や廊下の電気を付けながら子供部屋に向かいました。


 真っ先に目に飛び込んできたのは、子供部屋の入り口で立ち尽くす旦那の背中でした。次に、オレンジ色の薄暗い照明の中、布団の上で気絶している子供達が見えました。そして……天井からぶら下がった、大きな影をみました……。


 私は咄嗟に部屋の灯りを付けました。今思えば、どうして灯りなんか付けちゃったんだろうって、後悔してます……。


 きっと、明かりを付けながら歩いてきた私と違って、暗さに目が慣れていた旦那には見えていたんでしょう——天井から逆さまにぶら下がった、白髪のお婆さんが。


 …………。


 朝になって、あれが村に住んでいた人の死体だって聞きました。何で天井から降ってきたんですか? 


「原因は現在捜査中です」


 ……何で? 何でよ! 気持ち悪い! 私達家族が何したっていうのよ!


「心中お察しします。……ところで、天井からぶら下がったお婆さんは、天井から畳に落ちたと伺いました。落ちた瞬間は見ましたか?」


 見てません! 子供達と寝室にいました。みんな怯えて泣いてたんですよ!


「お婆さんがぶら下がっていた場所に、穴は開いていましたか?」


 分かりません。あれからはあの部屋に入ってません。


「他に気になることや、気付いたことはありますか?」


 しつこいわね。じゃあ、死体がどんな見た目だったか、教えてあげましょうか?


 皺だらけの青白い顔に、紫の唇。開かれた目は瞬き一つしない。やせ細った両腕は、だらんと床の方へ投げ出されて、風も無いのにゆらゆら揺れていたんです。


「……揺れていた?」


 あの光景が……どうしても頭から離れないんです。


 …………。


 もういいですか? できるだけ早く忘れたいんです。 


 あんな恐ろしい事なんて……。


「ご協力ありがとうございました」

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