7人目
遭遇 上
10月17日 16時24分 天井下がり事象 発生
先程まで逢と四辻は、最初の被害者、
逢は後部座席で揺られながら、ボイスレコーダーから得た情報をノートにまとめていた。
遺体が降った家を地図とを照らし合わせ、あることに気付いた逢は、隣でタブレッドと睨めっこしている青年に話しかけた。
「四辻さん、これを見てください」
地図に現場を書き込むと、事象は最初に遺体が降った大野家を中心にして起こっているようだった。
[https://kakuyomu.jp/users/nihatiroku/news/16817330667613586024]
「村の人が言う通り、祟りなんでしょうか……」
四辻と呼ばれた青年は目を細めた。
「村の神——おみとしさま——の祟りか……。確かに、これだけ見ればこの家に問題があるように見える」
「ですよね! 遺体の回収は警察に任せて、あたし達は大野さんのお宅を拝見しに行きませんか?」
「……残念だけど、その意見は却下。このまま現場に直行する」
「え~……現場は電気も付かない空き家ですよ~。暗い中でぶら下がる遺体を見に行くのは気乗りしないんですけど……」
「安心して。今のところ、事象を目撃した人間に、精神的ショック以外の症状は現われていないから」
「それは、そうなんですけど……遺体ですよ? もし床に体液が零れていて、気付かずに踏んで滑って転んで全身汚染されたりしたら嫌だ~……。感染症怖い」
「あ、そっちの心配か。……まあ、うん。用心に越したことはないけど、注意するのは下より上だよ。落下物に気を付けないと、最悪即死するから気を付けてね」
四辻は再びタブレッドに顔を向けた。その様子を見た逢は、ふと思い出したことを口にした。
「そういえば、おみとしさまの記録を閲覧しようとしたら、あたしの権限じゃアクセスできなかったんですよ。四辻さんが祟りだって断言しないのは、閲覧して何か分かったからですか?」
「ごめん……忘れてた。実は今ちょうど、おみとしさまについて照魔機関が調査した記録を閲覧しているところなんだ」
逢が覗き込もうとすると、四辻は咄嗟にタブレッドを体の後ろに隠した。
「権限を持たない人間が閲覧すれば、ペナルティを科せられるよ。それに、見ただけで精神に異常をきたした例もあるから、許可が出るまではやめておいた方がいい」
「じゃあ情報共有なしですか?」
「ちょっと待ってね。今フィルターをかけて、見ても問題ない文章に変換する——」
言いかけて、四辻は突然前を向いた。その表情は強張っており、まるで何かを警戒しているようだった。
逢もフロントガラスに目を向けた。数メートル離れたところで、道が二本に分かれているのが見える。一本は隣の町に抜けていく道で、もう一本は、みとし村に向かう道らしい。その二本の道の真ん中に、しめ縄が飾られた石が台座に据えられているのが見えた。
「気付かれた」
「え?」
「逢さん、くれぐれも落下物に気を付けておいて」
現場への案内を買って出た大野茂の車を追って、二人を乗せた車が村への道を進んだその時、四辻の体がガクンと前に倒れた。
「四辻さん?」
軽く揺さぶってみても、返事はない。四辻は目を閉じて完全に脱力していた。
「……また失神ですか? お願いですから、現場に着いたら起きてくださいね」
逢は自分の声が震えているのに気付いた。
「う~……落ち着け、あたし! 【天井下がり】は、落下物にさえ注意すれば、半人前のあたしでもギリギリ対処できる事象。ビビるな~」
天井下——天井から落ちてくる怪異。
天井下がり事象——家の天井から村人の遺体がぶら下がり、落ちてくる事象。その他、捜査官を死傷させる落下物が確認された。遺体がぶら下がる様子が天井下がりに似ている為、この名前が付けられた。
現時点では、事象を目撃するだけで影響を及ぼすかは不明。事象の原因も不明。
古くから人間は、原因の分からない現象を妖怪のせいにして、無理やり納得しようとする癖がある。その方法は、特に生命の危機に関わる場面で正気を保つのに有効だ。妖怪を追い払えば、その事象に巻き込まれないと信じられるのだから。
本当にそれで逃れられるかどうかは別として——。
しばらく山道を登り続けると、木々が開け、道の周りに田畑が現れるようになった。分かれ道も現れ始め、道に沿うようにしてポツポツと家が建てられている。
目的地は田んぼに囲まれたような家だった。隣家はなく、一番近い家は村道を挟んだところに建てられている大野家だ。
車が止まると、逢はまだ目を閉じたままの相棒をゆさゆさ揺すった。
「着きましたよ」
しかし、四辻は起きない。
「もうっ先に行きますよ! すみませんが、四辻さんをお願いします」
無口な運転手が頷いたのを確認すると、一人で車を降りた。一度振り返り「早く来てくださいね……」と呟いて、連絡をくれた警察官との合流を急ぐ。
すでに夕闇が立ち込めて辺りは薄暗い。問題の家は、電柱に付いた街灯に照らされてぼんやりとだけ見える。
それは一見、何の変哲もない平屋のようだった。しかし、木の塀で囲まれた家の入り口には、立ち入り禁止のテープが貼られている。
そのテープの前に、大野ともう二人、白髪の男と、青年が立っていた。服装から、この二人が事象の処理を任されている警察官だとすぐに分かった。
「お待たせしました。捜査官の
「ああ。あんたが……。俺は
白髪の男、中島が紹介すると、田原は軽く会釈した。
「それにしても、新しい捜査官が、こんなに若くて可愛いお嬢さんだとは思わなんだ。……で、もう一人はどこだ。照魔機関の捜査官は、2人1組だったはずだが」
「すみません。もう一人は電話対応をしておりまして、あたし一人で現場を見させていただきます」
無論、嘘だ。このタイミングで失神しているなどと言えば、相手に不信感を与えかねない。
「電話対応?」
中島は嫌味ったらしく溜息を吐いた。
「さすが腕利きの捜査官はお忙しいな。だがこの中に入るよりは、ずっと安全な仕事だ。お嬢さんは貧乏くじを引いたな。ここから最寄りの病院まで四十分はかかる」
逢はヘルメットを見せると、わざとらしくニコッと笑った。
「ご心配には及びません。体が慣れていますから。
ついでに言わせていただくと……確かに彼は奇行が多く、原因不明の失神も多いです。でも、事象の解決率で彼の右に出る者は誰もいません。彼は、あたしの師匠です」
「……まあいい。お前達に協力するよう、上から言われているから邪魔はしねぇ。だからお前達も、俺達の邪魔をするなよ」
向けられる視線には、分かり易く棘がある。信用されてはいないのだ。
無理もないな、と逢は思った。
照魔機関の存在は世間に伏せられている。協力関係にあるはずの警察にさえ、事象に関わった場合を除いて、機関の活動内容は公開されていない。
「中島さん!」田原が中島を睨んだ。「照魔機関を敵に回すの、俺は嫌ですからね」
冷や汗をだらだら流しながら抗議する顔を見て、中島は呆れたように溜息を吐いた。
「中島さんが失礼な事を言ってごめんなさい。俺は日暮さん達のこと、信じてますよ。なので……中で何かあったら、絶対助けてくださいね……お願いします」
「……できる限りのことはします」
逢は内心冷や汗を流した。彼女にできる事と言えば、落下物に注意して歩く事くらいだったからだ。
「大野さん、ここまでありがとうございました。お話の続きは、また後日にしましょうか」
「いえ、ここで待ちます。一刻も早く、この怪奇現象を解決して欲しいですから」
事象が起きてから、大野の家族は妻の実家に避難していた。しかし、彼は機関に捜査協力を要請されたため、町のホテルに滞在していた。精神的な疲れが、目の下にクマとなって現れていた。
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