天井下がり事象
引き継ぎ
初動捜査
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10月13日 午前2時34分 みとし村にて 事象発生
被害者は錯乱状態で通報。
約15分後、警察官2名が到着した。
それを見た警察官達は、困惑した顔を被害者に向けた。
説明を求めても、被害者の大野茂は部屋の隅で震えながら、天井からぶら下がったものを指差すばかりだった。
ゆらっ ゆらっ ゆらっ
天井からぶら下がっていたのは、痩せこけた老婆だった。焦点の合わない虚ろな目を見開き、両手を投げ出して、頭から膝までを天井から生やすようにして左右に揺れていた。
血の気の無い青白い肌や、状況への反応がないことから、彼女が既に死んでいることは明白だった。
「なんでこうなったかわかんないっ。わかんないんですけど、佐藤さんのところのお婆さんですよね? 一か月くらい前から、行方不明だった……」
ようやく口を開いた大野は、警察官に縋り付くような勢いで必死に訴えた。
「おっ俺、引っ越しの挨拶をした時に会ったきりで……そんなに面識ないんです。でも、『よそ者は出てけ』って怒鳴られて……。でも、それだけで、その……化けて出るほど恨まれますか?」
「化けて出るって……そんな馬鹿な」
警察官の中島は、天井から逆さまに生えた老婆を困惑した顔で観察した。
(よくわからんが、このままにしとく訳にもいかんだろ)
中島が近づいた途端——ドサッと、老婆が天井から降ってきた。頭が床にぶつかり、首がおかしな方へ曲がっている。
もう一人の警察官、田原が「ひっ」と短く悲鳴を上げて尻餅をついた。
遺体を一瞥すると、中島はおそるおそる天井に目をやった。
もしかすると、穴でも開いているのかと思ったが、そこにはただ何の変哲もない天井があるだけだった。
「中島さん、これって……」
か細い声で中島を呼ぶ田原の顔色は悪い。目の前のできごとが現実だと、受け入れるのが恐ろしかった。
中島は思わず溜息を漏らした。天井から遺体がぶら下がって落ちる原因なんて、とても思い当たらない。しかし、目撃したからには現実を受け入れ、報告する義務がある。
「事象だな……。ちょっとここ見張ってろ、連絡入れてくる」
「ちょっ どこ行くんですか!」
「今のうちに目ぇ慣らしとけ。これで終わりじゃなさそうだからな……。俺も噂でしか知らんが、照魔機関案件ってのはそういうもんらしい。その遺体、動き出さないか見張ってろよ」
照魔機関——超常現象や、異次元の生物による人的被害の対策を行う、非公開の行政機関。取り扱う事件は、怪奇現象や不能犯として報告されることが多い為——事象——と呼ばれる。
事象が発生した当日のうちに、照魔機関の捜査官2名——太田、加藤——が到着。
天井から遺体がぶら下がる様子から、事象を【天井下がり】と命名。
原因について、村の神の祟りも視野に入れ、捜査を開始。
[加藤捜査官の捜査ファイル]
・この村の人間達はよそ者を毛嫌いしている。理由は、村の神がよそ者を嫌うからだそうだ。俺と先輩に向けられる視線も冷たい……。
・村の神、おみとしさまの一部として祀られている自然石は、機関の記録にあるように、辻と村の境界に置かれている。動かされた形跡はない。
・おみとしさまの自然石は、年々増え続けている。記録にある通り、葬式がある度に増やされているようだ。
・大野一家について、彼らの背景を機関に調査依頼。
10月14日
最初に事象が確認された大野家の隣家で、男性の遺体が天井からぶら下がり、落ちた。
この日のうちに、3件の民家で同様の事象が確認される。いずれもひと月前に行方不明になった村人達だった。
[加藤捜査官の捜査ファイル]
・4人の遺体は前日同様に、早急に機関で検死を進めてもらう。先輩は全員死因が違うかもって言っていた。俺もそう思う。
・怪異は、天井をすり抜ける力を持っているようだ。事象を目撃した警察官は気の毒なくらい怯えていた。俺のじゃ気休めにしかならないだろうけど、護身用に札を渡しておいた。
・池田一家についても機関に調査依頼した。【囲】は廃止されたはずなのに、村民は秘密裏に行っているんだろうか……。
・明日からは事象が起った家を捜査する。まずは大野家から。
・長期任務になりそうな予感……。でも、終わったら先輩の奢りで焼き肉。ボイスレコーダーで言質は取った!
10月15日
照魔機関の捜査官2名の内、1名が天井からの落下物にぶつかり、救急搬送される。もう1名が消息を絶つ。
10月16日
6度目の事象が大野家で発生(15日の落下物を数に入れれば7度目)。15日に行方不明になった捜査官が遺体となって発見された。
負傷した加藤捜査官が意識を取り戻す。本部に応援要請。
照魔機関本部は【天井下がり】の危険度を引き上げ、加藤捜査官を任務から外した。
「照魔機関本部から桑原の巫女・日暮逢へ 至急■■をみとし村へ移送されたし」
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