番外編 詐欺師だった僕・⑤
……閣下が魔族の襲撃に関して奇妙だと言い始めた頃には、僕は冬に水風呂に入っても風邪を引かないくらいにはなっていた。
「何が奇妙なのですか?」
僕はグレイグの生傷を手当てしながら訊ねる。
「……よくよく考えたら……何で男ばっかり殺されているんだろう?」
「邪神を崇める邪教の徒でござるから……」
「グレイグ、本当にそうだったらどうして女子供から殺さないんだ?どうして氾濫の被害に遭った集落をそのまま通り過ぎたんだ?何かおかしくないか?魔族が本当に悪い奴だったら弱い者から殺したり、こっちが困っているところを狙って襲うんじゃないのか」
そして閣下は気が狂ったようなことを言い出した。
「魔族と意思疎通が出来ないか試してみる」
グレイグも大反対した。僕も必死に説得しようとした。口には自信があったから、何としてでも丸め込むつもりだった。
なのに。
ついに閣下は魔王にあっさりと拉致されて、魔族の本拠地へ邪神を封じに行ってしまった。
「……」
眠れない。休むことも出来ない。
かつてない不安と恐怖に何度も襲われる。閣下が執務室に二度と戻ってこないかも知れないと思うと、とても家に帰る気になれない。1人が怖くて勝手に体が震えてしまう。
これなら僕も付いていけば良かったと何度も何度も後悔した。
グレイグは出かけたが、僕は閣下がいない執務室で残された仕事をして必死に理性を保っていた。
夕方になって、グレイグが執務室に戻って来た。テテ河で網を投げたら大漁だったのを、行商人の所で安い酒と引き換えて持ってきたそうだ。
「飲むぞ、クード」
「ああ」
酒は好きだが一口飲んだら僕は吐いてしまう。それでもこの時は2人で黙って飲んだ。何度も吐いて、それでも飲む。苦くてまずい酒なのに止められない。
「……グレイグはどうしてヴィクトル様に仕えている」
沈黙が怖くていつしか僕は口を開いていた。
「母を、墓地に葬って下さったのでござる」
そのためにまた借金を重ねて。
「そうか」
「クードは?」
「これでも貴族の次男坊だった。でも、魔力なしは人間じゃなかったから。12の時に飛び出して、後は金持ち相手の詐欺師さ。閣下に出会うまで貴族なんて全員腐った生ゴミだと思っていた」
「腐った生ゴミであるか」
グレイグは少しだけ笑った。
「この数年、貴様を見張っていた。だが貴様は心から悔い改め……」
「まさか。僕が死んだ後に僕のために泣いてくれる誰かが欲しいだけさ」
だから閣下には死んで欲しくない。
絶対に。
少なくとも僕が死ぬ前には。
「ならば拙者の幼なじみを紹介してやろう」
「は?」
「やや不細工だがとにかく明るくて優しいヤツである」
「……は?」
「貴様が死んだ後、声を上げて泣いてくれるであろう」
「閣下が無事に戻られたら……是非、頼むよ」
結果的に……僕は『やや不細工だがとにかく明るくて優しいヤツ』と、二度と悪いことをしない約束で結婚して貰えた。
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