番外編 詐欺師だった僕・③

 それが閣下と初めて会った時だ。それから僕は3月の間は寝たきりだった。

……最初に驚いたのはこんな貧乏貴族が実在したということだった。

オールー公爵家と言えば、現国王の異母兄が払い下げられた先だ。10年は昔に、水難事故で幼い息子を残して死んだと……そう聞いていた。

長らく魔族の襲撃とテテ河の洪水で衰退する一方の領地だとは知識で知っていたが……仮にもそこの領主である閣下が鍬をふるって畑を耕して自給自足しなければ、食べるものさえ無かったのには本当に驚いた。

金もない。食料もない。治安も悪い。衛生状態も最悪だ。

なのに、借金だけは山のようにある。

「爵位を返上して逃げれば良いでしょう」

僕は思わずそう言った。そうすれば彼だけは生き延びられる。いやしくも王族に連なる者の1人なのだ。何とかなるに違いない。

「えっ、あっ、でも、その。俺が逃げたらみんながどうなるか……俺は腐ってもここの領主だから、それは出来ないんですよ」

この少年は頭が悪い、と反射的に思った。

いや、実際はとても頭が良かったのだ。家庭教師もいないのに古文書まで独学で読めるようになったと言うし、14とは思えないほど肝も据わっている。

何より、

「それに、その、ええと、俺だって貴族なんだから、義務は果たさないと」


 ……貴族なんて全員腐っていると思っていたのに。

この地獄のような所にいながら、閣下はまともだった。


 オールー公爵家に仕える、兄妹だという中年の執事とメイドに聞いてみた。執事とメイドと言っても、つぎはぎだらけの服を着ていて、靴底には穴が空いていて、メイドの方は化粧さえしていない。給料もまともに払われていないのだろう。

それでも文句一つ言わずに忠実に働いていた。

「オールー公爵閣下はどうして……あのような……」

「坊ちゃまは本物の貴族なのです。たった1人の、貴族なのです」

領民のことを考えて必死に務める、己の生まれながらの義務を果たすたった1人の貴族。

「……旦那様が、そうでしたから」

僕がとうとう何も言えなくなった時、手作りの鎧のようなものを身につけた、生傷だらけの若い男がやって来た。

「閣下は……どちらに?」

男はそう言ってうなだれる。

「執務室ですよ、グレイグさん。……また魔族ですか」

執事が忌々しそうに呟くと、

「3人……墓地に埋めて参った」

「……埋葬できただけ、良かったわ」

メイドが泣きそうな声を出してうなだれた。


 「3人かあ……3人も死んじゃったのか」


 閣下がいつの間にか、そこにいた。

悔しそうに顔をゆがめて、泣いていた。

「また守れなかったなあ……」

ああ、この人は領民が死んだら泣く人なのか――それを知った瞬間に、僕はずるい考えを思いついた。


 ここの領民になれば、僕が死んだ後で必ず泣いてくれる。


 「僕を雇ってくれませんか」

打算まみれの考えをまとめた瞬間、僕は申し出ていた。

「えっ、あっ、お金、でも、クードさん、その、」

「僕は王都で罪を働いてきました。貴族を騙して日銭を稼いできたのです」

「あっ、あっ、それで……あの時、刺されてた?」

「ええ、それで流石に懲りました。でも僕は雇ってくれるところがなければ、生きていくために罪を再び重ねなければなりません」

「貴様!閣下を脅すとは!」

グレイグが憤ったことで僕は逆に安心する。この人は憤る価値がある人なのだと。

「えと、何が、」

「文字の読み書きや計算、口も上手いので面倒な相手でも丸め込むことも出来ます」

「でも本当に、その……お金が無いんだ。給料が払えないから騎士団のみんなも困ってて……」

「罪を重ねない方が大事でしょう?」

「あっ……口が上手いのは事実みたいだね」

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