第35話 彼だけがバッドエンド

 クーデターが成功し、後始末もほぼ済んだ3週間後。


 俺達は王宮の一区画に滞在していた。

本来なら一昨日にはオールー公爵領にいったん戻る予定だったが、エレーナ嬢が体調を崩していたため出立を延ばしていたのだ。

毎晩のように酷くうなされているのだと、サマンサとミアナが打ち明けてくれた。

特にウルリカさんの名前を何度も呼んでいるそうで……。

きっと、今まで無理をして押さえつけていたものが溢れているのだろうと思う。


 「エレーナ嬢……」

俺はやつれた彼女と向かい合ったまま、何て言って良いのか……言葉が出なかった。

ウルリカさんは貴女を人として慈しんで下さったのですね、とは言えない。

時として言葉は刃だ、弱っている心を切り刻む。

「……。サマンサとミアナにとっても姉のような人でした。私が恐らく『まとも』なのは彼女のおかげです」

……。

どこでウルリカさん達が眠っているのかさえ、もう分からないのだろうな。

だから、俺は提案してみた。

「オールー公爵領に彼女達のお墓を作っても良いでしょうか」

驚いたように俺を見つめてくる眼差しに、何度も頷いて返した。

「せめて魂だけでも弔わせて下さい」

「……よろしいのですか」

エレーナ嬢は覇気の無い小声で言って、黙った。

「全員分、作りましょうよ。墓地は幸い空いていますから」


 もう魔族の襲撃で殺される男も、飢えて病気で死ぬ女性も、追い剥ぎに殺される老人も、捨てられる赤ん坊もいない。死体の味を覚えた野良犬が人を襲うことも無くなった。

だから墓地は、もう空いているんだ。


 え?

 魔物はって?

 ドミニク達が魔石の元だと大喜びで狩ってくれた所為でオールー公爵領ではほとんど見かけなくなったよ。


 何より、あの墓地には親父が眠っている。

 きっと彼女達の魂だって守ってくれるだろう。

 俺と違って、親父は何処までも自己犠牲的だったからさ。



 「あのう……もし宜しかったら、私達の墓も作りませんこと?」

エレーナ嬢に言われた言葉が理解に追いつかなくて、俺はあうあうと言うしか出来ない。

「……えっ!?あっ、えっ、嘘っ、病気っ、そんなっ、嫌だ、それだけは、あっ、」

まさかそんなに重篤な病気なのか、ストレスが原因か、恐怖と混乱で俺の頭がぐるぐると回る。

――たっぷりと俺が怯えながら狂乱している顔を楽しそうに見つめてから、

「出来れば隣同士だと嬉しいのですけれども……いけませんか?」



 …………そうだな。

 何をやらかしたのかは全く分からないけれど、確実に俺はやらかしたらしい。

 でなきゃエレーナ嬢が逆プロポーズしてくるはずがない。


 ああ、そうだ。

 何であれ間違いなくやらかしたのだから、俺はその責任を取る必要がある。



 俺はひざまずいて彼女の手を取り、美しい白い手の甲にキスをした。

 この世で最も優しくて気高いものに俺から触れた恐怖と歓喜に体中が震えそうになりながら、彼女を見上げて懇願する。


「どうか俺と一緒に生きて下さいませんか。貴女のその夢をも成し遂げるために」

「心の底から『喜んで』お受け致します」



 ……そのほんの少し後。

庭園へ俺を引きずり出して、上機嫌で大喜びしながら俺を胴上げするドミニクとグレイグとクードに、いつもなら止めてくれるはずのマオンやアズーランまで加わった。

そのくらいにしましょう、と抑えてくれる人が一人もいなかったのが実にまずかった。

目が回って下ろして欲しいと頼んでも俺は胴上げされまくり……ドミニクなんて何度も何度も、俺を空中高く、ボールみたいに放り投げるんだせ?

どうにか地面に下ろされた後には立ち上がることさえ出来ずにその場に倒れる。

…………。

最終的には【トイレ】に俺は顔を突っ込み、エレーナ嬢に背中をさすられながら盛大に吐くことになった。


 まだ気持ち悪い、うええ……げぷっ!

 あ、回復魔法ありがとう、さすってくれてありがとう……うっ!?

 あっ、あっ、まだダメだ、これは。

 うげえええ―――――――!!!



 庭園で咲き誇る草花を通してその有様を見ていた世界樹が『全く……』と呆れ半分のため息をついたのは、幸いにして誰も知らない。

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