第24話 地味豚公爵をプロデュース・①

 「あう、あう、でも、その、そばかすは?」

「化粧でどれほどに人が化けるかをご存じないのですね」

「だってあの子は小さくて」

「嫌ですわ、私はあれでも16でしたのよ」

16……一応、この国では成人として扱われる年齢だ。

「だけど、どうして」

王国一の美女に大変身したんですか。

「貴方に婚約を申し込んでも絶対に断られない女になりたくて、磨きましたの」

「磨い、た……?」

「魔法も、教養も、作法も、何もかも徹底的に磨きましたわ」

幸い実家にはお金も人脈もありましたから、って……。

「うふふ」

彼女はほんの少しだけ意地悪そうな顔をして、俺に告げた。

「私は公爵閣下が『地味豚公爵』なんて嘲られていることに何一つ、これ以上、我慢ならないのですわ」

そのために閣下のことをイヤン商会から色々と聞き出していたのですからね。

「私が磨いて差し上げます。幸いマオンに頼んだそのための品々も届きましたから」


 ……例年通りに雨季が明けて、雲間から青空が見えるまで。


「背筋は伸ばす、顎は少し引く!歩く時は前を見る、下を見るのはいけません。ええ、それが最適な姿勢ですわ」

俺は毎日の仕事が終わって一緒に夕食を食べた後……エレーナ嬢に磨かれていた。



 ……家庭教師さえ雇う金がなくて、ほとんど独学で勉強してきた。

酷い猫背だったし、歩く時は下を見ていて、ろくな食事のマナーも知らない。

髪の毛はあまり手入れしていないし、顔は乾燥して荒れて吹き出物だらけ、体毛をきちんと整えることもしなかった。農作業や工事を手伝うこともあったから、手はしわだらけで爪は汚い。

まさか体を洗う石けんと頭を洗う石けんを使い分けた方がいいとか、化粧水やクリームは男も使うべきだとか、ひげそりのコツとか、爪は綺麗に切って磨くものだとか、お湯で体を洗わないと臭いや汚れが落ちにくいとか……体験したことが無かった。

知識としてはあったけれど……俺は理解できていなかったんだ。

だから、グレイグ(を通してレナリアさんから)やクード(こちらも嫁さんから)、ナナオンさんやマオンからも試供品として色々と貰っていたのに、全部困っている領民にあげてしまっていた。


 ――そうだった。

俺はそう言う身だしなみのあれこれやマナーを親や家庭教師から教えて貰う前に、親父が死んで、あの女から息子ではないと切り捨てられたのだった。

うーん……これって虐待の一つじゃないか?

そう悲観的に思ったりもしたが、どうでも良くなってすぐに忘れた。


 だってさ、エレーナ嬢が俺を見ていてくれるんだ。

 俺を磨こうと躍起になってくれているんだ。

 結構厳しい指導だけれども、間違いなく俺のためにやってくれて。

 俺の心の中で一番寂しくて悲しくて辛かった虚ろだった所が、彼女の存在で満たされて癒やされて埋まっていく。

 磨くのって、磨かれるのって、楽しいことなんだなあ……。


 幸いにもテテ河の氾濫も例年通りの規模で済んだので、雨季のほとんどをエレーナ嬢に磨かれながら俺は過ごしたのだった。


 あっ、一度だって俺から触ったりなんかしていないからな!?

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