第23話 地味豚公爵のやらかしたこと・②

 「……あのう」

深呼吸しながらお茶を冷ましてから一気に飲み干し、俺は思いきって聞いてみた。

どうして初対面の俺に婚約を申し込んでくれたのか。

「いえ、初対面ではありませんわよ?婚約の時にも『お久しぶりです』と申し上げたでしょう?」

「えっ」

「マサムルン伯爵の夜会で私を助けて下さったではありませんか。庭で吐いていた『エリー』です」

「……」

まさか、だった。


 本来なら俺とユーファニア嬢が顔合わせするはずだったあの夜会、俺は誰からも相手にされない上、可哀想なものを見るような貴族からの視線が怖くて、庭に逃げていた。

夜の闇の向こうから、優しいホワイトローズの香りが漂ってくる。売れ筋の魔道器である【無火灯】が庭のあちこちでほんのりと光っていたが、流石に庭の隅で俺が座っているベンチの辺りには設置されていない。

「『地味豚公爵』だもんな……俺」

ここから窓越しに広間の様子がよく見える。

眉目秀麗なジドールがユーファニア嬢と楽しそうに踊っていた。

……こりゃ、俺の婚約は間違いなくダメになるだろうな。

「今夜は婚約者の俺との顔合わせのはずなんだけど……ジドールと踊っているユーファニア嬢なんて、本当なら俺も嫌だし……」

ブツブツと独り言を言う。

寂しくて、少しだけ悲しくて。

誰も周りにいないだろうと、安心していた。

「これでも破産直前のオールー公爵家の借金を完済したんだけどなあ……でも俺1人の頑張りじゃないから、仕方ないか……」

ベンチに体を預ける。

「……頑張ったつもりだったんだけどなあ、俺。あの時には親父の葬式だって出来なかったのにさ」

親父の葬式もやり直し、と言うか仕切り直して、しっかりとした墓碑も作って貰った。

少しは親父も浮かばれていると思いたい。

その時、背後で誰かが酷く吐き戻す音がして俺は飛び上がった。

生活魔法の【ランプ】を使って背後を照らすと、小さな女の子が芝生の上に吐いていた。

「どうしたの!?」

「うえ……ええ……お酒……気持ち悪い……」

こんな小さな子に酒を飲ませたのか!?

幸いにも、酒が大好きな癖に一口で吐くクードのために開発した魔道器【酔い覚まし】を持っていたので(俺はこんな楽しくない酒は嫌で飲んでいなかった)、その子のために使った。

「あ、ありがとう……」

「いや、気にしないで。歩けそう?」

「ええ、気持ち悪かったのが嘘みたいです」

そばかすが愛嬌のある子だった。

きっと大きくなれば美人になるだろうなーとか俺はのんきに考えた。

――男性の大声が聞こえる。

「エリー!エリー、どこだ!」

「お兄様」と返事をしかけた彼女の顔が引きつって、己が吐いたものを見る。「どうしよう……!」

俺は可哀想になった。

間違いなく貴族の少女だ、夜会でのこの失態が知られたら一生の汚点になるだろう。

「何を言っているんだ?」

「えっ……?」

戸惑った顔をする彼女に俺は平然と言う。

「俺が吐いたのに、どうして君が気にするんだ」

「でも、でも、そんな、」

少女は見るからに動揺した。

「気にしないでくれ、どうせ俺は『地味豚公爵』だから。それよりも早くあっちに返事してあげないと」

俺は半分、少女の背中を押すようにして彼女を呼ぶ声のする明るい広間へと向かわせてから、夜会のために忙しく歩き回っているマサムルン伯爵家の召使い達の真ん前で、『ベンチの裏で吐いてしまったから片付けてくれ!』とさも酔っているような大声で言ったのだった。

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