第16話 無力だった過去・①

 「許可なく立ち入ることは出来ませぬ!」

――不意に別邸の門前の辺りからグレイグの大声がした。

グレイグがこんな大声を出す相手は2人しかいない。

ドミニク相手なら「勝手に入るな、貴様!」とグレイグは言う。

丁寧語を使っている……つまり、相手は。

「エレーナ嬢」

俺は手早く説明することにした。休んでいたメイド二人にも出てきて貰う。

「はい、今度はドミニク様ではありませんね。どなたでしょうか」

「俺は6年前に婚約相手を寝取られました」

「まあ」

エレーナ嬢は眉をひそめた。

「寝取ったのは異父弟のジドール、ジドール・ササーニア。オールー公爵家の分家であるイルバス男爵ササーニア家の跡取りです。寝取られたのは……」

「存じておりますわ。マサムルン伯爵ゴールフ家のユーファニア様でしょう」

「はい。ジドールはとにかく俺と俺のやっていることの邪魔をしてきます」

「それも存じておりますのよ。だって公爵閣下を『地味豚公爵』だなんて蔑んで呼び始めたのはあの二人ですもの」

「えっ」

「王宮や貴族の邸宅で開かれた夜会の数々にあの二人は招待されてもいないのに現れて、公爵閣下の功績をさも自分たちが積み上げたかのように語って、その一方で公爵閣下を『地味豚公爵』と嘲っていたのですから」

「あっ、うっ、」

「呆れたことに、誰もがその嘘話を信じていましたわ」

……ずっと俺がオールー公爵領に引きこもっていたから、釈明の機会が無かったからだろうけれど。

「ど、どうしてエレーナ嬢は、えっと?」

俺のことを分かってくれているんだろう?

「後で話しますから、今はあの騒がしい二人を追い払いましょう」

そして彼女はすっと立ち上がって、メイド二人を連れて歩き出した。

「あっ、あっ、まっ……」

俺も慌てて付いていった。

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