第13話 復興と金儲けと慈善と・④

 「閣下!」

「ご多忙の所ありがとうございます!」

まず職員室に行くと、教師役を頼んでいるみんなが立ち上がって迎えてくれる。

「あ、そのままで良いから」

俺はイヤン商会の人達がマオン共々、【筆記板】と【硬筆】を詰めた箱を隣の備品室へ運んでくれている中、レナリアさんに話を聞いてみた。

銀縁眼鏡が印象的な、知的な女性である。

されど侮るなかれ、あのグレイグを唯一ぶちのめせる存在なのだ。

本当に本当に怖いんだぞ、グレイグをしばいている所。

あのドミニクが青くなって俺の後ろに隠れたからな。



 …………。

 ここにいる教師役のみんなは一度は王都で暮らしていた経験がある。レナリアさんもそうだ。

オールー公爵領がメチャクチャだった時、まだ余裕のある平民が家族を王都へ逃がしたのだ。最も生き延びられる確率が高い、若くて頭が良くて健康で見目の良い家族を。少なくとも洪水や魔族は王都まで来ないから。

レナリアさん含む亡命者(と言って良いんだろうか……?)は、王都で働いて家に仕送りをしたくて、少しでもお金を稼ごうと色々とやっていたそうだ。


 でもさ、『へー、何の仕事をやっていたの?』って俺は絶対に聞けないんだ。



 つても金も学もないのに、まともな働き先に就職できる訳がない。

 なまじ見た目が良かったから、騙されて売られて、そういうことをさせられていたらしい。



 オールー公爵領が落ち着いた、もう戻ってきても大丈夫だと伝えるためにレナリアさんに会いに行ったグレイグが、馬を乗り潰すようにしてすぐに帰ってきた。

 青い顔をして俺に土下座してさ、『どうか何も聞かないで金を貸して下され』『これから拙者は無給で働きまする』って言った時点で……俺でも分かるよ。


 酷い状態だった。

ガリガリに痩せていてシラミが湧いているだけならマシ、面白半分に足を折られたり、顔を火傷させられて、でも医者にかかるお金もなかったから、引きずって歩いてたり、顔を隠している人もいた。レナリアさんは肺病をこじらせて死にかけていた。

……オールー公爵領にいた頃は本当に綺麗な人だったんだ。

グレイグが一目惚れして、何人ものライバルと戦って、何度も愛を伝えて婚約して貰ったと酔った時に必ず語るのも容易に納得出来ていたくらい。


 魔族に家を破壊され、一番の稼ぎ手の男を殺され、とにかく貧しくて苦しくて、冬は寒くてひもじくて夏は暑くて辛くて、生きていても楽しいことなんて何もない、一生懸命働いても容赦なく毎年のように洪水で押し流されて。死んでも墓地にただ埋めることしか出来なくて、その余裕さえなかったらそこら辺に置きっぱなしで、大量の鳥の魔物につつかれてさ。

地獄に近いような暮らしをさせていたのに、今まで耐えてくれていた領民のみんなが、レナリアさん達の有様を知って初めて、声を上げて泣いた。



 レナリアさん達は療養所に入った。全員、1年はきっちり療養しなさいと俺が厳命した。幸いもう金も食料も雇用先も余裕があったから、彼らには休んで欲しかった。

ただ、ある程度、体が治ってきて心も落ち着いてきて……そうなるとベッドの上でじっとしているのは退屈になったらしい。でも1年間は働いたらダメだと俺が言ったから、レナリアさん達は考えて、

「何か役に立つことをやってみたい」

見舞いに行ったグレイグからその話を聞いた俺はひらめいた。



 彼女達は元々、優秀だ。

文字の読み書きや数字の計算が出来るようになれば、人手不足で苦しんでいる行政庁やオールー公爵家で働いて貰えるし、それに……。

 最低限の知識や技能がないばかりに、ふざけた契約書に署名させられて、不正に働かされて搾取されて苦しむ領民を二度と出さないため、生きていくのに必要な知識や技能を教える施設を作りたい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る