第6話 地味豚公爵は大活躍していた・①

 うう……メイド二人からの俺への視線が殺意を通り越して駆除すべき毒虫を見るようだ。

俺は我が家のメイド長のアリサさんに、ドミニクが婚約祝い代わりに持ってきた世界樹の葉を少しだけ煎じて、お茶として出すように頼んだ。

香りを嗅ぐだけで万病が癒えて、ポーションに加工して飲用すれば致命傷を負った者でさえ直ちに治癒する力を持っている。旅の疲れなんて吹き飛ぶだろう。

世界樹は魔族にとって何よりも尊いもので、部外者が近付くだけで殺気立つのに、俺の婚約祝いだとわざわざ持ってきてくれたらしい。

「えっと……」

俺が困っている間にメイドが毒味した。エレーナ嬢は穏やかな顔で世界樹の茶を飲んで、

「ええ、そちらの魔族の方とヴィクトル様はどのようなご関係なのでしょうか?」

「義兄弟だ!」ドミニクは胸を張っている。ムキムキの筋肉が盛り上がった。「ヴィクトルはな、魔族の命の恩人だ!」

「命の恩人……ですか?」

「そうだ!」ドミニクは自慢そうに、「邪神を封じてくれた!」

「あら?『邪神を崇める邪教の徒』と私は聞いておりましたわ」

「俺様達が崇めているのは世界樹様だ!あんな邪悪な神などではない!」

……俺はようやく考えがまとまって、口を開くことが出来た。

「魔族は、世界樹の『巫女』を人質に取られて、邪神に従うしか無かったんです」

魔族には代々、巫女が生まれる。生まれながら世界樹の声を聞き、世界樹へ声を届けることが出来る唯一無二の存在だ。魔族にとって彼女は世界樹の代弁者であり、魔王であるドミニクも逆らえない。

今はドミニクの姉のデリアさんが巫女をやっている。

デリアさん曰く――。


 かつてこの世界を創世した『末の女神』は己の作った世界をとある人の体を借りて探索した。だが人の体はすぐに疲れ、彼女は木陰で休みたいと思った。それで彼女は色々な木々に休ませて欲しいと頼んだ。

『少しで良いの、休ませて下さい』

しかしただの人の体をした彼女をどの木も拒んだ。

唯一、歓迎したのは世界樹で、その時は今にも枯れそうな弱々しい有様だったという。

『私の木陰で良ければどうぞ、いつでもいつまでも』

そこで女神は本当の姿を現した。

『ありがとう。お礼に貴方を草木の王にしましょう』

その時に体を借りた人が最初の魔族になり、草木の王である世界樹の守り人となった。

魔族と人は元々は同じだった。寿命や身体能力がずいぶん違ってしまったが、両者の間でも子を成せるし言葉が通じることがその証左だという。

それでも、あまりにも両者の寿命が違ってしまったため、魔族は人とは共に暮らせないと思って世界樹の周りに魔法で幾重にも結界を張り、別の道を歩むことにしたのだ。


 「しかし邪神の野郎、突然出てきた。何でも『末の女神』にも袖にされたとかで、みっともない男の逆恨みをしたらしい。女神の愛したこの世界を痛めつけてやるだとか何だとか……。

巫女や世界樹を守ろうと、先代の魔王だった俺様の父親を含め、魔族の大半が戦った。

だが殺された挙げ句……巫女の姉貴を奪われた。

……それから100年だ。100年も、俺様達は邪神に従うしか無かった。

人間の集落を襲え、何もかも破壊し殺めなければ巫女の姉貴を殺すと言われたら……もう俺様達は抗えなかった」

そんな時にヴィクトルが来た!

おい、大声で言うな!

おまけに勇者か英雄を見るような目で俺を見るなよ、ドミニク!

「俺は……ずっと奇妙だと思っていたんです」

「何を?」

エレーナ嬢が少し興味津々なのは……きっと深窓の令嬢だったから冒険譚に飢えているのだろう。

「オールー公爵領で殺された人間が全員、男だったから。襲撃が始まってから、女性や子供の被害が全くと言えるほど無かったんです」

本当に邪教の徒であったら……うん、あまり言いたくないけれど女性に酷いことをしてもおかしくはないし、子供であろうと面白半分に殺すだろう。

でも、今まで被害に遭ったのは『襲撃に抵抗した成人男性』だけだった。

「しかも破壊した対象は民家だけだったんです。略奪や付け火は、一度も無かった」

食料庫から食料を奪ったり、財宝を奪ったり、家に火を付けたり、そう言う『非道な真似』が無かったのだ。

「最大に俺がおかしいと思ったのは、テテ河の氾濫の被害に遭った集落を素通りした……という話を聞いた時です」

本当に邪教の徒なら、こちらの不幸は好都合だとばかりに襲うだろうに。

「ヴィクトル様は、どうやって邪神に気付かれずにドミニク殿と意思疎通をなさったのでしょうか」

エレーナ嬢は目をキラキラさせている。

ずっと外に出たことなんて無かったんだろうなあ。

「ドアや窓を壊させたんだ!ヴィクトルはな、『はい』と『いいえ』の書かれたドアのある、窓付きの家を作らせたんだ!」


 『あなた方は本当に望んで襲撃しているのですか?』

俺は、ドアの間にそう書いた看板をぶら下げさせた。

『いいえ』

『あなた方は少しでも助けが必要ですか?』

『はい』

『あなた方を苦しめているものは次のどれですか。人間ならば、はい。魔物ならば、いいえ。それ以外ならば窓を破って外に出て下さい』

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