久しぶり

 うるさい子供が嫌いだ。

 特に女は、声も高く口も達者である。俺の容姿をことごとく馬鹿にしては、下品に口を広げ金切り声で嘲笑ってきた小学校の同級生たちを思い出す。大層なものもついていないというのに、一丁前に下着を透かせ偉そうにしていやがった。今でもしっかりと、それは年下の女性嫌いとして、小さな子供嫌いとして、俺の中に棲みついている。


 ───お兄ちゃん!久しぶり。やっと遊びにきてくれたのねぇ。待ってたのよ。


 遠い親戚の少女は今年で小学四年になったが、先に述べた当時の同級生どもとは違った。

 田舎育ちだからか流行りの言葉にも疎く、恥ずかしげなどこれっぽちもないと言うように白いTシャツを着て、汚してしまったら怒られちゃうかも、とはにかむのだ。

 それでいい。俺の事を慕い、下手な下着など透かさず、ただ静かにふふと笑っていればいい。


 この地域一帯の風習で、靴は室内に持ち込まねばならない。先に近くの林で少女とかけっこをしたので、スニーカーの底溝から渇いた土がぽとりと落ちた。

「もう、お兄ちゃんったら。あとで掃除機かけなくちゃ!」

 黄桃色の扉の前で、小さくジャンプしながら少女は言った。入って、の声に誘われ、俺も後に続いた。

 何年ぶりかもわからないくらいの再会だが、会話が尽きることはなかった。四年生には難しいだろうと思いながらも、俺は社会の愚痴をたんまりと零した。新卒が使えない話、その中でも特に女は駄目だという話、通勤電車に乗り合わせる学童たちの喧しさ、そしてどの話も最後に必ず、少女はこうならないんだぞと付け加え頭を撫でた。撫でる度少女は照れくさそうに身を捩り笑った。

 少女も色々な話をしてくれた。けんしゅうせいの先生の話、クラスの男の子に消しゴムを貸したら穴が空いて返ってきた話、音楽の時間にひとりずつ発表するリコーダーが、どうも苦手だという話。どれも懐かしい感性で穏やかな気持ちになれた。

 穏やかな頭と裏腹に、穏やかでない部分も現れた。俺が今まで感じたことのない熱だった。


「兄ちゃんが教えてやるよ。」




 少女の顔が唾液と涙でぐちゃぐちゃになっている。真っ赤に頬を腫らしている。切りそろえられた前髪が汗と涙で方方に張り付いている。白目はうすら桃色に充血していた。

 もう止まらなかった。少女も俺を止めなかった。手は震えていたが、俺の芯は直立を保ったまま少女に突き立てられた。

 痛いとすすり泣きながらも、やめてと言わない少女。やめようと思わない俺。お似合いだと思った。目の前の光景に慣れてきた頃、限界を迎え少女の腹の上にぶちまけた。



 俺も少女も少し眠ってしまっていた。

 少女は腹をさすりながらまだ微睡んでいる。部屋はすっかり暗かった。電気をつけようと思ったがスイッチは見当たらず、俺は少女の親の帰宅がそろそろかもしれないと恐怖し、そっと家を出ることにした。

「じゃあ…俺は帰るよ。」

 この呼びかけに少女は小さく弱い声で、しかしはっきりと返した。


 ───本当はとても好きなものを、隠していかなくちゃいけないなんて、お兄ちゃんはかわいそうだね。


 ───さようなら。



 踵を踏んで走り出したスニーカーの中にざらりとした感覚があったので、脱いで確かめてみると赤茶けた土が出てきた。廊下に落とした土塊を踏んだのかとも思ったが、色を見てふと少女の下腹部の鮮血を思い出した。

 あの時はあざやかに赤く、潤いも纏っていたが、空気に触れた血液は固まって砂のようにボロボロと落ちる。

確かに俺はずっと文句を言ってきたものにひどく高揚し、理性と対話する余裕さえ持たなかった。だがもう隠す必要などないだろう。少女だって俺を拒まなかったのだから。

俺はこれからもずっと、足元に少女の凝血をざらりとこぼしながら歩いていく。潰れた踵は俺の良心によく似ていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る