第12話 剣聖少女は主を探す
「クレナさん。やはりイヴ様のご遺体どころか、血の一滴もありません。それと、これが」
「この手枷は……」
同志である少女が持ってきたのは、魔封じの手枷だった。
これを嵌められた魔法使いは魔力を練り上げることが一切不可能になり、魔法を使えなくなってしまう。
辺境の街、フロンティナで隷属の首輪を嵌めるまでイヴ様が勇者に付けられた代物だ。
その魔封じの手枷が綺麗に真っ二つにされている。
まるで達人が振るう剣によって斬り裂いたかのような断面だった。
「この断面はサムライグマの爪によるものかと。破壊された馬車の近くに焼け焦げたサムライグマの体毛がありましたし」
「そう。イヴ様はサムライグマの斬撃を利用して手枷を破壊し、そのサムライグマを血の一滴も残さず始末したのね。流石だわ」
私の名はクレナ。
女神様から魔王討伐の使命を授かった勇者アベルの仲間〝だった〟女だ。
私を剣聖と呼ぶ者もいるが、そう大層なものではない。
ただ剣を振り回すのが好きなだけの、可愛気のない女である。
「クレナさん。イヴ様は、どこにおられるのでしょうか?」
「私に聞かれても。可能性がありそうなのはフロンティナだけど、私にはイヴ様のお考えを理解することなどできないもの」
私は、私たちはイヴ様の奴隷だ。
剣聖クレナは、二度の過ちを犯してしまった。いや、きっと同志たちも私と同じだろう。
勇者アベルは英雄だ。
女王や姫、高位貴族の女性を誑かし、手籠めにして国を私物化したイヴ様という邪悪な存在からアインザッツ王国を救った英雄。
そして、それは私も同じだった。
「ふっ、笑えるわね」
「何がです?」
「今の私は『一度はイヴに洗脳されて悪に堕ち、主に逆らう者を大勢殺する殺人鬼だったが、屈強な精神力を以って自力で洗脳を解き、勇者アベルと共にイヴを打ち倒した英雄』よ。笑いたくもなるわ」
私は洗脳などされていなかった。
イヴ様はただ私の中にある『人をどれだけ殺してでも剣を極めたい』というくだらない欲望を見抜いてくださった。
洗脳されていなかった。
イヴ様に逆らう者を徹底的に殺して回っていたのは私の意志だった。
強いて洗脳と言うなら、色々なところを開発されてしまったことがそれに当たるかも知れない。
彼に触れられるだけで絶頂するくらいには、彼に調教されていたのだ。
私も、同志たちもね。
「あの時、私がイヴ様を裏切らなかったら、きっと今もイヴ様の下で大いに欲望を満たしていたのでしょうね。無辜の民を斬り殺し、それを嗤いながら、イヴ様に身体を弄ばれる日々……ふふっ、濡れる」
「……では何故、勇者に味方したのですか?」
「そう睨まないで欲しいわ。誰だって一度は英雄になりたいものでしょ?」
でも、英雄は面倒なだけだった。
誰に対しても笑顔を取り繕って、自分が救世主なのだとアピールせねばならない。
実際、勇者アベルがアインザッツ王国を救ってからは気の休まる思いをちっともしなかった。
あれなら人間を斬っている時の方が楽しかった。
「ええ、そうよ。私は英雄という響きに騙されて、『弱者を救い、強者を挫くため以外に剣を抜いてはならない』などとくだらない鎖に縛られていた私を解放してくださったイヴ様を、裏切った」
本当の私は磨き上げた剣技で弱者を蹂躙し、
私の犯した過ちの二つ、一つはイヴ様に躾けられるまで自分の本当の欲望に気付かなかったこと。
もう一つは、イヴ様を裏切ってしまったことそのものだ。
「じゃあ逆に、どうしてまたイヴ様を探しておられるのですか?」
同志が咎めるような声音で言う。
少し居心地が悪いけど、逆の立場だったら私も同じ態度を取っていたと思う。
私のやってることは、自分から捨てたものがやっぱり惜しくなって、また拾おうとしてるってことだしね。
だからこそ、私は正直に答えた。
「簡単な話よ。あの御方と共にいた方が勇者の隣にいるよりも戦えると思ったから。……何より」
「何より?」
「……イヴ様とアベルでは、男としての格が違ったわ」
「ああ、なるほど」
同志の少女が頷く。
「そう言えばイヴ様が革命軍に捕まった後、勇者とヤッたんでしたね。浮気者。イヴ様に言いつけてやります」
「ふふ、別にいいわよ? イヴ様は自分の女に執着するから、きっと可愛がってくれるわ。止めてと泣き叫んでも、私が自分から腰を振って許しを請い、媚びるようになるまで」
「で、勇者アベルとの夜はどうだったんです?」
「はあ、思い出したくもない。全然気持ちよく無かったわ。経験値の差って言うのかしら? 愛撫一つでも違ったわ」
私は溜め息と共に答える。
正直、同じ男でも、あそこまで違うものなのかと失望したわ。
「下手だったんですか?」
「うーん、下手でもないのだけれどね。持久力が無くて。一回で終わっちゃったのよ。まあ、単純にイヴ様が絶倫で上手すぎるというのもあるでしょうけど。十二歳であのテクと体力だもの」
「まあ、女王もお姫様も、高位貴族の女性をまとめてメロメロにしたテクニックですし。それが無くてもあの顔です。迫られたら大抵の女は断れません。今もどこかで女性を手籠めにしているのでは?」
「そうね、イヴ様ならやりそうだわ。さて、雑談は終わりにしましょう」
猥談を止めて、思考を切り替える。
「ここでイヴ様が死んだように偽装しておいた方が良いわね。……イヴ様を移送していた兵士たちは?」
「とっくに始末しました。イヴ様が生存しているかも知れないことを報告するために王都まで早馬を走らせていたので」
「ならちょうど良かったわね。イヴ様が生きてると知ったら、彼に妻や娘を犯された人たちが殺しに来るでしょうし」
もっとも、殺しに来たからと言ってどうにかなるような相手ではない。
あの御方の唯一の弱点を知らない限り、イヴ様を殺すのは不可能だろうし。
「偽装が終わったらフロンティナに向かいましょう。イヴ様がいるかも知れないわ」
「そう簡単に見つかりますかね? あの街、結構な人口ですよ」
「ふふっ、イヴ様は自重しないわ。まだ子供で凄腕の魔法使いがいないか聞き込みをすれば、すぐ見つかるわ」
「なるほど、たしかに」
私たちは壊れた馬車に適当な動物の血を散乱させておき、まるでそこで人が襲われたかのような状況を作っておく。
万が一、アインザッツ王国から兵士が調査に来たとしても、イヴ様が死んだと判断するように。
それから私たちはフロンティナに向かった。
フロンティナは危険地帯を攻略するために集った冒険者たちの街。
ここでならイヴ様の情報が集まるはず。
そう思って冒険者ギルドに来た私は、早速それらしい人物に当たりを付けることができた。
「そのハイドという冒険者、おそらくはイヴ様では?」
「有り得るわね。イヴ様は無駄な魔力を使わない人だし、E級昇級試験の岩砕きを最小限で終わらせると思うわ。気になるのは、イヴ様に付き従っているメイド二人ね」
「ええ、流石はイヴ様です。手が早いこと」
その時だった。
「たーのもー!! ……え?」
不意に冒険者ギルドの扉が開かれた。
聞き覚えのある声に思わず振り向くと、そこにはイヴ様とよく似た背格好の男の子が一人とメイドが二人。
「剣聖、クレナ……?」
私の名を呼ぶ声がした。
ああ、間違いない。この私が見間違えるはずがないとも。
再会に感動する私を前に、イヴ様は。
「あっ」
ばびゅーん、という効果音が出そうな程の勢いで逃げ出してしまった。
え?
――――――――――――――――――――――
あとがき
洗脳されてた女の子が洗脳を解いたと思ったら、実は洗脳とかじゃなくて全部本人の意志だったという、こういうシチュに熱いものを覚えるのが作者です。
作者のモチベーションに繋がりますので、「分かりみがある」「アオイとクレナはバチバチになりそう」「面白い」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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