第8話 悪役貴族はE級の昇級試験を受ける
俺たちはギルドマスターのジークに連れられて、冒険者ギルドの裏手にやって来た。
昇級試験を酒の肴にするためか、はたまた新人を見定めるためか。
酒場でジョッキを呷っていた冒険者たちも付いてきた。
うーむ。
いきなり昇級試験を受けられるのはありがたいけど、流石に目立ちすぎか?
俺はジークに話しかける。
「ジークさん。冒険者になっていきなり昇級試験を受けるのって、やっぱり珍しいですか?」
「ん? そうだな。頻繁にあることではないが、珍しいことではないぞ? 昇級試験を早々に受けられるのは、優秀な冒険者であればよくある話だ」
ふむ。なら問題はない、かな?
「さて、E級昇級試験の内容は難しくない。この大岩を欠けさせたら合格だ」
「え? それだけ、ですか?」
ジークが指差した先。
冒険者ギルドの裏手の広場の中心には、大きな岩が一つあった。
デカイ。
アオイやアカネの本来に匹敵するであろう大きさの岩である。
「この岩は少し特殊でな。普通の岩よりも重く、硬い。並大抵の攻撃では欠けさせることもできないぞ。さあ、誰からやる?」
ジークが挑発的な笑みを浮かべる。
最初にE級昇級試験を受けるべく前に出たのは、アオイだった。
「ご主人様、ここは私が」
「だ、大丈夫? いけそう?」
「この程度、問題ありません」
自信満々に言ってのけるアオイだったが、俺たちの様子を見ていた冒険者たちが野次を飛ばしてくる。
「おうおう。自信満々じゃねーか、あのメイドの嬢ちゃん」
「ま、誰だって最初はそう言うんだよなー」
「俺たちもE級になるために、必死にあの大岩を割ろうとしたもんだぜ」
「オレは不合格に賭けるぜ!!」
「じゃあアタシは合格にかけるわ!!」
どうやら冒険者たちはアオイが不合格になると思っているらしい。
……どうなるかな……。
アオイなら多分欠けさせるくらいはできると思うけど、俺はいまいち彼女の実力を把握できていないからなあ。
ちょっぴり心配なのが本音だ。
「では」
アオイが大岩の前に立ち、大きく息を吸う。
すると、アカネが何かに気付いて俺の背後に音もなく立った。
「あらあら……。ご主人様、ちょっとお耳を塞がせてもらいますねー」
「え、あ、う、うん」
俺の頭にアカネの大きくてふわふわの柔らかいものが押し付けられる。
お、おお、これは中々良いですな。
フェロモンでも出ているのか、めちゃくちゃ甘い匂いがするし、無性にアカネのことを意識してしまう。
しかし、その次の瞬間。
「ウルァ――――ッッ!!!!」
アオイの咆哮が大地を震わせた。
俺はアカネが耳を塞いでくれていたお陰で平気だったが、アオイに野次を飛ばしていた冒険者たちはその場で倒れてしまう。
大岩は粉々に砕け散っており、欠けるどころの話では無かった。
竜の咆哮、ドラゴンロアーって奴か。
至近距離で咆哮を食らったはずのジークが、その場で平然と立ち上がる。
流石はギルドマスターだな。
突然の爆音に困惑した様子ではあるものの、気絶まではしていなかった。
「ぐ、うぅ、い、今のは、魔法か何かか? 驚いたな。まさかあの大岩を完全に破壊してしまうとは。できれば事前に言って欲しかったな。見ろ、冒険者たちが気絶しちまってる」
「この程度で気絶する方が問題です。冒険者というのは有象無象の集まりなのですね」
「はっはっはっ。威勢の良いことだ。君は合格。こりゃD級、いや、C級昇級試験の準備もしておいた方が良いかな?」
アオイは問題なく合格だった。
「うふふ、流石はアオイね。なら今度は私の番かしら?」
「そうだな。大岩は砕け散ったが、まあ、内容は同じだ。この岩を欠けさせてみろ」
粉々に砕け散った大岩の破片を、ジークが指差して言う。
破片と言っても、俺の背丈を優に超える岩なので難易度は変わらないだろう。
まあ、アオイが余裕だったわけだし、アカネも問題無いだろう。
「えいっ」
可愛らしい掛け声と共に、アカネが素手で岩を握り潰した。
アオイがぱちぱちと拍手する。
「お見事です。流石は姉様」
「……合格だ。なんで素手で岩を握り潰せるんだ?」
アカネが握り潰して粉々になった岩を、ジークが手に取って確かめる。
当然ながら、岩には種も仕掛けも無い。
アカネも無事に合格を貰い、最後に俺の番がやって来た。
ちょうどそのタイミングで気絶していた冒険者たちも意識を取り戻す。
「うっ、あ、あれ? 俺ら、何してたんだっけ」
「たしか、新人がいきなりE級の昇級試験を受けるって聞いて……」
「そ、そうだったな。大岩はどうなって――」
「ええ!? ちょ、大岩が砕け散ってる!?」
「嘘だろう!? まさかあのメイドたちがやったのか!?」
うわあ、め、目立ってる……。
いや、気にしない。それは許容したからな。
そもそも二人が目立つことは大した問題にはならないのだ。
勇者に見つかってはならないのは、あくまでも俺だけだからな。
逆に考えれば、アオイとアカネのお陰で俺の存在が霞むはず。
何も問題は無い。
むしろ、俺の正体を隠すなら都合の良いことこの上ないだろう。
「最後は君だな。……君はあの二人よりも強いのか?」
「ええと、俺は――」
ジークが不安そうに訊ねてくる。
すると、俺が何か言う前にアオイとアカネが何度も首を縦に振った。
「当然です。私たちはご主人様の足元にも及びません」
「うふふ。たったの一撃で負けちゃったしねー」
「いえ、至って普通です。少し魔法が得意なだけですから」
「そ、そうか?」
余計なことを言う二人には後で説教だ。
まあ、諸々の事情を話していない俺も悪いし、そこら辺も説明しないとな。
「じゃあ、この岩を欠けさせてみてくれ」
ジークが砕けた岩の中でそこそこの大きさのものを指差す。
最初のと比べたら小さくなったなあ。
「分かりました。――〝
俺は氷の弾丸を撃ち出す魔法で岩に当ててみたが、砕けなかった。
どうやら初級魔法一発では壊せなかったらしい。
これを咆哮と片手でぶっ壊したアオイとアカネが凄すぎるな。
四、五発ほど氷弾を当てたところで、岩の一部がポロッと欠けて地面に落ちた。
「……ふむ、合格だ」
心なしかジークはホッとしているようだった。
周囲の冒険者たちも、アオイとアカネのことに驚きながらも、俺を見て鼻で嗤う。
「な、なんだよ、あのガキは大したことねぇのか」
「ま、まあ、あの歳でE級になるのはまあまあ凄いけどな」
「強いメイド二人に寄生するとか、何様のつもりだっての」
「気に入らねーな!!」
「ま、どうせすぐ危険地帯の魔獣の餌になるだろうさ」
ふむ。
たしかに俺が二人に依存して冒険者をやろうとしているように見えなくはない、か。
ま、変に目立つよりはそっちの方が良いかな。
と思ってたら、冒険者たちの一部がひそひそと話している。
見たところ魔法使いみたいで、どうやら俺に関する内容らしい。
俺は魔法でこっそり聴力を強化し、盗み聞きする。
「なあ、どう思う?」
「凄いな。魔法を使う瞬間、魔力が全く漏れ出ていなかった。予備動作が無いから攻撃を察知できない。魔獣を奇襲するなら相当有利になるぞ」
「何より魔力操作が完璧だな。あの子、まだ実力を隠してるんじゃないか?」
「まあ、岩を欠けさせたら合格の試験だし、本気を出す必要も無いからな」
「治癒も戦闘もこなせる魔法使い、か。欲しいところだな」
「いや、勧誘は無理だろ。あのメイド二人が強すぎる。強い前衛がいるのに、わざわざ他と組むメリットが無い。せめて友好的な関係でいたいな」
おっ、どうやら俺と同じ魔法使いの冒険者からの評価は高いらしい。
いや、まあ? これでも王都では『神子』と呼ばれるくらいの天才魔法使いですしぃ?
……いかんいかん。慢心は敵。
俺はもう以前のイヴとは違うのだ。もっと精進さねば。
「よし、三人とも合格だ。晴れてE級になったわけだが、無理はしないようにな。クエストは失敗したら違約金が発生するし、命は一つしか無い。頑張れよ」
「ありがとうございます、ジークさん。ほら、二人もお礼言って」
「ご主人様の命令ですので感謝してあげましょう。光栄に思いなさい」
「うふふ、ありがとねー」
こうして、俺は無事にE級冒険者となった。
――――――――――――――――――――――
あとがき
な、何者なんだ、あいつ!! って言われるのが主人公ではなくヒロイン。主人公は一部の人に実力がバレるパターン。作者は良いと思います。
作者のモチベーションに繋がりますので、「面白い!!」「双子が強すぎる」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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