第3話 悪役貴族は古城に突っ込む
「たーのすぃーっ!!!!」
飛翔魔法。
それは腕のある魔法使いなら誰しも使える移動用の魔法だが、その速度は使い手の魔力量によって変化する。
一般的な魔法使いでも時速100km〜200kmは出せるだろう。
しかし、俺が使うとなると話が変わる。
イヴは神の子、『神子』と呼ばれるだけあって、その魔力量は一般的な魔法使いの数百倍はある。
その俺が飛翔魔法を使うと、速度は音速にも迫る勢いだ。
当然、ある程度の結界魔法を使えないと寒さで凍えてしまうに違いない。
結界魔法を維持しながら、速度をどんどん上げて行く。
ここまで来てしまうと限界速度を試してみたくなるもので、火魔法や風魔法など、あらゆる魔法を使って加速させる。
「おお、景色が次々と変わるな!! お?」
数分とかからずして、目的地である辺境の危険地帯、その最奥にある古城を視界に捉える。
さて、そろそろ止まらないと――
「やべっ、停止が間に合わない!?」
どうやら加速し過ぎたらしい。
俺は結界魔法を幾重にも重ねて身を守り、そのまま古城に突っ込む。
ドッゴーンッ!!!!
頭から古城に突っ込んでしまったが、結界魔法で怪我一つ無かった。
我ながらチートが過ぎると思うね。
「でも冷静に考えてみたら、俺って主人公たちが集団で挑まなきゃ勝てないような悪役だしなあ」
主人公ら勇者たちの特性をしっかり理解した上で入念な対策をしないと勝てないように設定されてるらしいし。
そう考えるとこのチートっぷりは妥当なのだろうか。
『……そこの人間』
その声に思わず背筋がゾッとした。
言葉ではないが、脳に直接響くような声で、無理矢理意味を理解させられているような、少し気味の悪い感覚だ。
振り向いた先には、巨大な二つの影があった。
一頭は青色の鱗を持ち、もう一頭は赤色の鱗を持っている竜だ。
え、ちょ、は!? なんでドラゴン!?
『人間。貴方は死ぬ覚悟ができていますね?』
「え? いや、あの……」
なんでこんなに殺気を向けられているのだろうか。
俺が心底疑問に思っていると、青色の巨竜が憤怒を滲ませる声で言った。
『ここは我らの住処です。貴様はそこに無断で立ち入るどころか、攻撃してきた。貴方は我々の敵。そうですね?』
「……あっ」
言われてから気付いた。
たしかに俺は古城に突っ込み、壁をぶち抜いて侵入している。
この古城が巨竜たちの住処なのだとしたら、俺はそこに無断で立ち入った侵入者である。
つまり、悪いのは100%――俺だね!!
「ち、違うんです!! 俺の話を聞いてください!!」
『問答無用ですッ!!』
青色の巨竜が口を大きく開いた。その巨口の奥から熱線が放たれる。
多分、俺がサムライグマに使った魔法よりも遥かに高い威力だ。
直撃したら死ぬ――
「うおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
俺は結界を幾重にも展開し、青色の巨竜のブレスを正面から受け止めた。
良かった!! チートで良かった!! ありがとう神様!!
『馬鹿な……加減したとは言え、私のブレスを正面から受けて耐えた……?』
青色の竜が困惑している。
すると、今まで黙っていた赤色の竜が楽しそうに言う。
『あらあら、思ったよりやるじゃない。貴女は下がってなさい』
『姉様……』
『うふふ、最近は暴れてなかったから運動不足気味なの。――簡単に壊れないでね、坊や?』
そう言うと、赤色の巨竜がその巨体には似合わない速度で俺に接近し、結界に鋭い爪を振り下ろした。
「うわ、や、やばっ!!」
『あら? 案外脆いのねぇ……。あと二、三回攻撃したら壊れるかしら?』
一撃で結界が壊れることは無かったが、微かにヒビが入った。
そして、その事実に慌てふためく俺を見て赤色の巨竜は楽しそうに笑う。
こ、こいつ、俺を甚振る気だ!!
言動は青色の巨竜より物腰柔らかいのに、やってることがえぐい。
このままだとじわじわと嬲り殺しにされてしまうだろう。
ど、どうすれば……。
というか、なんで無人のはずの古城にこんなヤバイドラゴンが二匹もいるんだよ!! おかしいでしょ!!
いや、もしかしてこのドラゴンたちが実装されなかったという、やり込み用ダンジョンのボスキャラなのか?
古城は本来、この二体と戦うためのボス戦ステージだったのだろうか?
どのみちまずい、まずいぞ。
やり込み用ダンジョンは、当然やり込み要素なので全クリしていることが最低条件だ。
つまり、魔王を倒した勇者パーティーが全員で挑む程の高難易度のはず。
勝てない。勝てるわけがない。
ああ、もう!! せっかくサムライグマの襲撃を運良く生き残ったってのに!!
「はあ、もっとゲームの世界を楽しみたかったなあ」
『げぇむ? 何を言っているのです?』
死の直前に思わず漏れ出た俺の言葉に、青色の巨竜が首を傾げる。
それはきっと、『ゲーム』という言葉を理解できなかったが故の発言なのだろう。
そして、目の前に死が迫っているという余裕の無い状況にいた俺は、その発言で理解した。
「いや、そっか。そうじゃ、ないよな」
きっと、ここはゲームじゃない。
俺が『ドラゴンファンタジー』の悪役でも、魔法が使えても、ここは紛れもない現実。
間違いなく、俺の今生きている世界だ。
その証拠として、俺はサムライグマの襲撃を生き残った。
本来ならサムライグマの襲撃で死ぬはずだった俺が生きているのだ。
つまり、全てがゲーム通りとは限らない。
目の前にいるドラゴン二体が、やり込み用ダンジョンのボスに相応しい力を持っているとは限らない。
今後もこの世界で暮らすならゲーム感覚で過ごすのは良くないだろう。
ゲームでは出来るはずのことが、出来ないかも知れないし。
逆に言えば、ゲームで出来ないことが出来ても何もおかしいことではない。
良いね、早速やってみよう。
『うふふ、急に黙り込んでどうしちゃったの? 怖くて怯えてるのかしら? 可愛いわね』
『……姉様。いくら侵入者と言えど、弱者を甚振るような真似は感心しません。即座に殺すべきかと。それが自然の掟です』
『もう、お堅いんだから。少しくらい遊んだっていいじゃない。――え?』
呑気にお喋りをしている巨竜たちの目の前に、太陽が現れる。
無論、本物の太陽ではない。俺が魔法で作り出した擬似太陽である。
「最上級火属性魔法〝
流石はイヴ。
魔法の天才、神子と呼ばれるだけの事はあると自画自賛したいところだ。
まあ、今の俺は人格が前世寄りになってるし、自分で称賛してもおかしくない、かな?
巨竜たちが目を剥いて、慌てた様子で言葉を発する。
『ちょ、ちょっと待って。それは流石に、まずいわねぇ』
『わ、我々の負けです。降伏しますっ』
「お前ら、俺の話を聞いてくれって言った時、無視して一回ずつ攻撃してきたよね?」
『『……』』
まあ、元を辿れば住処に無断侵入した俺が悪いわけだが。
それはそれ、これはこれだ。
「一発は一発!! お返しじゃい!!」
その瞬間、世界が白く染まった。
爆風と閃光が二頭の巨竜を呑み込み、古城の一部が余波で倒壊する。
全てが収まった後には、巨大なクレーターの中心で黒焦げになっている巨竜たちの姿があった。
『ぐ……がはっ、な、なんという……』
『うぅ、全身が痛いわ……』
まじかよ。
死んでもおかしくない威力だったと思うけど、普通に生きてるとは。
流石はやり込み用ダンジョンボス(暫定)だな。
『……お見事です、人間……私たちにトドメを刺しなさい……』
『ええ!? い、嫌よ、私、死にたくないわ!!』
『諦めてください、姉様。弱肉強食、弱き者は強き者の糧となり、その血肉となって共に生きるのです』
『うぇーん!!』
「いやいや、流石に殺しはしないよ」
何やら死ぬ覚悟を決めている青色の巨竜と、泣いている赤色の巨竜に話しかける。
『な、何故です!? 我らに生き恥を味わえとでも言うのですか!?』
「生き恥も何も、元はと言えば二人……二匹? の住処に突撃してきちゃった俺が悪いわけだし。一発攻撃されたのはお返ししたし。その、お家壊しちゃったのは、ごめんね?」
俺は二匹の前で謝罪した。
ついでに治癒魔法で二人に負わせた怪我も治しておく。
人間で言ったら、住居侵入罪と殺人未遂、あと放火だからな。あ、器物破損もあるか。
いくら悪役に転生してしまった俺でも罪悪感というものはあるのですよ。
「じゃあ、俺はこれで!!」
古城は先客がいたし、他に住めそうな場所を探すしかない。
いっそ大陸を渡ってしまおうか。
まあ、『ドラゴンファンタジー』のメイン舞台はこの大陸だし、そもそも他の大陸があるのかも分からないけど。
俺はこれからのことを考えながら、古城を後にしようとして。
『お待ちくださいっ』
『待って、坊や』
「え、なに?」
急に呼び止められた。
うっ、もしかして慰謝料とか要求されるかな? それとも城を直せとか? どっちにしろ、逃げるしかないよね……。
『どうか我々を、貴方様の下僕にしていただけないでしょうか?』
『私たち、初めてなの!! 誰かに負かされたのは!! お願い、私たちのご主人様になって!!』
「え?」
え、いや、意味分からん……。
――――――――――――――――――――――
あとがき
どんな事情があっても一発は一発。これは世界が始まった時からのルールです。
作者のモチベーションに繋がるので「完全に主人公が悪」「姉ゴン怖い」「作者の思想に草」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。
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