第2話 悪役貴族は前世の記憶を取り戻す




 揺れる馬車の中。


 俺は両手を鎖に繋がれた状態で、前世の記憶を取り戻した。



「俺、転生してんじゃん」



 何を言っているのか分からないと思うが、俺自身もまだ分かっていない。


 落ち着こう。まだ慌てる時間じゃない。



「……イヴ・ラストール……」



 俺は現在に至るまでの記憶を掘り起こし、思わず今の自分の名前を呟いた。


 そして、俺はすぐ現状を把握する。


 イヴ・ラストール。

 その名前は世界中で人気を博したRPG、『ドラゴンファンタジー』に登場する悪役のものだ。


 雪を思わせる純白の髪と、ルビーのような真紅色の瞳。

 そして、人形の如く整った美しい顔立ちをしている十二歳の少年。


 その愛らしい外見と相まって、アインザッツ王国の両親を含めたラストール伯爵家の人間は、彼をたいそう甘やかして育てた。


 更に言うと、イヴは魔法の天才だった。


 人間という種の限界を遥かに凌ぐであろう絶大な魔力を持ち、大賢者に師事したイヴは八歳で強大な超魔法をいくつも習得。


 王侯貴族の間では神の子、【神子】として名を馳せ、イヴは全てを欲しいままにする。


 恐ろしく整った美しい容姿と人智を超越した魔法を扱う凄まじい才能、それらの紛れもない現実が、イヴを傲慢に育ってしまった。



「よりによってイヴに転生しちゃってたのかあ」



 『ドラゴンファンタジー』本編でのイヴは、本当に最低なことしかしていない。

 主人公である勇者の幼馴染みを拐って無理矢理犯そうとしたり、仲間の女の子たちを洗脳して侍らせたり。


 時には魔法の練習と称して人を殺し、その家族に見目の良い女がいれば性奴隷として飼ったりするガチモンのクソ野郎だ。


 まあ、キャラデザが良すぎて一部のショタコンファンからは結構な人気があったみたいだが……。


 ルックスって大事だよね。


 しかし、イヴはやりたい放題やりすぎて、人々の恨みを買ってしまった。

 勇者率いる革命軍が反乱を起こし、イヴは捕まった末にその地位を永久剥奪されてしまう。


 そして、子供だからという理由で殺すのを躊躇った勇者によって、凶悪な魔獣が蔓延はびこる辺境の危険地帯に送られることになる。


 そこで死ぬまで魔獣と戦わせられる羽目になるのだが……。



「イヴはその前に死ぬからなあ」



 イヴを移送していた馬車は、大型魔獣に襲われてしまうのだ。


 抵抗できないよう、魔法を封じる魔封じの手枷を付けた状態だったためにイヴは逃げられず、死んでしまう。


 いくら超魔法を扱えると言っても、所詮は十二歳の子供だからな。

 魔法を封じられている状態では無力で、最期は泣き叫びながら命乞いをして死ぬ。


 美少年が糞尿を撒き散らしながら死ぬ様は一部の変態や女性プレイヤーに『最高の最期』として話題になる程だった。


 さて、ここで俺はある問題に気付く。



「死ぬまであと少しじゃん、俺!!」



 イヴの記憶は鮮明に覚えている。


 つい数週間前、俺は勇者率いる革命軍によって捕らわれ、魔封じの手枷を付けられてしまった。


 そして、問題は俺が乗っている馬車だ。


 この馬車は俺を辺境の危険地帯まで移送するための馬車である。

 何日後になるかまでは分からないが、確実に俺の死は迫っているのだ。


 や、やばいよやばいよ!!


 よりによってこのタイミングで前世の記憶とか取り戻すなよ、俺!!



「魔封じの手枷を外せれば……ふん!!」



 当然、力任せでは魔封じの手枷は外せない。


 どうしようこれ、どうしようもねぇだろこれ。俺の二度目の人生、完!!



「いや、まだまだ時間はあるはず!! 俺は諦めないぞ!!」



 しかし、その瞬間だった。


 大きく馬車が揺れ、そのまま横倒しとなって頭を打ってしまう。



「いっ、てててて……。な、なんだ?」



 俺が乗っている馬車は、罪人を移送するためのもので外の景色が見えないよう窓すら無い。

 そのため、外で何が起こっているのか分からなかった。


 しかし、俺を移送する馬車を護衛していた兵士たちの大きな声で状況を叫ぶ。



「サムライグマが出たぞ!! 逃げろ!!」



 サムライグマ。

 刀のような鋭い爪で獲物を斬り刻む、辺境の危険地帯に生息する魔獣だ。


 そして、イヴを八つ裂きにして殺す魔獣である。


 どうやら俺の二度目の人生は、もういきなり終わりに近づいているらしい。


 いや、まだだ。

 俺を移送する兵士たちには、辺境の街まで俺を連れて行く義務がある。


 きっとサムライグマを追い払って――



「くっ、流石は危険地帯だな!!」


「おい、馬車はどうする!?」


「放っておけ!! どうせ死んでもいい奴だ!!」


「だな!!」



 くれるわけないよね。シナリオ通りだもん。



「グオオオオオオオオオオオッ!!!!」


「ぎゃあああっ!! 揺らすな揺らすな!! 俺は食べても美味しくないよっ!!」



 横倒しになった馬車を揺らし、どうにかその中にいる俺を捕食しようとするサムライグマ。


 い、いや、仮にもこの馬車は罪人を移送するためのもの。

 かなり頑丈に作られているだろうし、滅多なことでは壊れないはず!!


 そう思った次の瞬間、俺のすぐ横を何か光るものが通り過ぎた。


 そして、馬車が輪切りになった。



「うっそーん」



 さっきの光るものは、どうやらサムライグマの爪だったらしい。

 あと少し横にズレていたら、俺は頭から真っ二つだったに違いない。


 いや、むしろ今ので真っ二つになっておいた方が苦しまずに死ねて良かったのではなかろうか。


 サムライグマが馬車の中にいる俺を、よだれを垂らしたまま見つめてくる。


 あ、ダメだ。

 このサムライグマ、完全に俺のことを食料としてしか見ていない。



「グオオオオオオオオオオオッ!!!!」


「ひっ」



 地面を揺らす程のサムライグマの雄叫びにビビってしまい、思わず腰が抜ける。


 ああ、本当に終わった。


 よりによってイヴに転生してしまったばかりに、前世の記憶を取り戻して一時間と経たずに死ぬとか最悪すぎる。


 ま、いいや。怖い夢でも見たと思って、適当に諦めようそうしよう。


 サムライグマの爪が目前に迫る。



「いや、無理無理っ!! いくら諦めても死ぬのは怖いからっ!!」



 俺は咄嗟に身を守ろうと、両腕を掲げた。


 パキンッ。


 耳をつんざくような音がして、俺は何事かと自分の手を見つめた。


 そこにあったはずの手枷が綺麗な断面で両断されている。

 サムライグマの爪が、俺の魔法の発動を阻害していた魔封じの手枷を破壊したのだ。



「グオオ――」


「うりゃあああああああああああッ!!!!」



 俺はイヴとしての記憶を頼りに、魔法を直感的に行使した。


 極太のレーザーのような熱線がサムライグマを跡形も無く消し炭にする。

 熱線は空の果てまで飛び、曇り空に穴が開いたような雲の輪を形成する程だった。


 お、おお!! な、何だ、今の魔法!!



「い、いや、色々考えるのは後だ。移送の兵士たちが戻ってくるかも知れないし、早くここから離れないと!!」



 とは言っても、どこに向かおうか。


 辺境の街は危険地帯の魔獣と戦うための戦力を常に求めているから、受け入れてもらうことはできるだろう。


 俺が普通の人間だったら、という注釈が付くが。


 あまり自分で言いたくはないが、俺は最低最悪のクソ野郎だ。

 その顔と名前は国内外に知れ渡っているし、大陸を渡りでもしない限りは俺の居場所などどこにもない。


 目指すなら、誰もいない場所――



「そう言えば、危険地帯の奥には古城があったよな」



 危険地帯は未だに人類が踏み入れていない完全未知の領域だ。

 ゲームでの危険地帯はクリア後のやり込み用ダンジョンという扱いで、最奥に辿り着くと誰もいない古城があったはず。


 本当はそこにやり込みダンジョン用のボスキャラがいるはずだったが、データ容量的な問題で実装されないで売りに出されてしまったらしい。


 まあ、『ドラゴンファンタジー』は家庭用ゲーム機でできるゲームの割に、シナリオの他にもサブクエストやアイテムの数が多いことで有名な超大作だったからな。おかしな話ではない。



「……よし。危険地帯の古城を俺の家にしよう」



 ボスキャラ、すなわち住人がいないなら俺の家にしちゃってもいいじゃない。


 せっかく悪役貴族に転生したのだ。

 ましてや俺はもう破滅して、その役割を終えている。


 残りの人生は野草を採ったり、動物でも狩りながらひっそりのんびり過ごそうじゃないか。


 俺は飛翔魔法で宙に浮かび上がり、辺境の危険地帯の奥地にある古城を目指してひとっ飛びするのであった。









――――――――――――――――――――――

あとがき

ゲームでのイヴ設定

本来はサムライグマに切り刻まれて死ぬ予定だった。性格は非常に傲慢で、見目の良さも相まって好色家な悪役。


作者のモチベーションに繋がるので「この悪役、運が悪いようで良いな……」「面白い!!」「続きが気になる!!」と思った方は、感想、ブックマーク、★評価、レビューをよろしくお願いします。

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