第19話
「本当ならまだ使いたくはなかったが……。流石はリィのプレゼントだ。ははは。素晴らしい!」
まだ試射も済ませていなかった新兵器だ。
仕様と性能についての説明を受けただけだったが、これが歴史を変える革新的な兵器である事は理解できていた。
その成果を実際に目の当たりにして、アモルは感動に震えていた。
やはりリィは天才だと。宇宙の未来を塗り替える事ができる人間だと。
そしてそれを一番の特等席から眺めていたい。
「さて、次は避けられるかな?」
その絶大な効果と比例するように、消費されるエネルギーは莫大だ。
だが、生産、供給されるエネルギーもまた無尽蔵。直に第二射が可能なエネルギーは溜まる。
アモルの目はペネトレイト号をじっと見据え、発射ボタンへと手が伸び──
『リア!』
エイリーンの短い問い掛けに、セシリアが応じる。
「アレは私が開発した新型地対宇宙砲。これまでの地上部隊必敗の原則を覆す新型兵器だ。アステラ蘇生で得た知識を
『兵器の解説は後にしな! どうすればいい!?』
「アレの砲撃は現行の科学で防ぐ事は不可能。ネットワーク上にある存在情報を直接デリートするからだ。よって、こちらが取れる行動は、射程外に出るまで
『そりゃあいい! で、その射程はどのくらいだ?』
「100
『ワープできりゃどうって事ない距離だが……』
バリアに多くのエネルギーを回していたので、今はワープ出来る程余裕がない。
そんな余力を残せる様な状況ではなかったので、今更悔やんだ所で仕方がない。
『抜けるまでに何発撃たれる?』
「少なく見積もって十発は。射撃補正に私が組んだ未来予測エンジンを載せてるから、自力で回避出来るのは多分あと一、二発が限度」
『二発目来るよー!』
『だりゃっしゃああああああああ!』
エイリーンの船体の頑強さを活かした無茶な操船で、辛うじて二発目も回避する。
光の筋は肉眼で目視出来てしまう程の至近距離を通過している。次はないだろう。
『クソっ! どうする……っ!?』
「元を叩くしかない」
『叩くったって、こっちにゃ武器なんか積んでねえぞ……』
「アディ。大事な物を忘れてるぞ」
『あん?』
セシリアはクイっとアステラを指さした。
「は?」
状況を見守る事しか出来なかったアステラは、突然の御指名に疑問符を浮かべるしかなかった。
「本当に大丈夫なんだろうな?」
『そのよくできる丸なら、私の理論上は大丈夫だ』
アステラは今、ペネトレイト号の上に『よくできる丸』を手にして立っていた。視線の向かう先はアモル星。セシリアの造った対宇宙魔導砲──名前はなぎはらエイ一号──だ。
よくできる丸は、船外に出る前にセシリアから渡された追加パーツを、もっとできる丸に装着した第三形態だ。
アモルの研究室で開発した新たなパーツには、新開発の魔導回路が組み込まれており、持ち主の魔法やスキルを大幅に増幅する効果がある……らしい。
現状これを有効に扱えるのはアステラだけだ。
セシリアがアステラの為だけにこれを開発したと言っても過言ではない。
あまりアモル星から離れすぎるとステータスが機能しなくなるため、ペネトレイト号は現在アモル星を衛星の様にグルグルと回る軌道を取っている。お陰でアモル艦隊に明確に待ち伏せされているが、それはもう諦めるしかない。
一人宇宙に身を晒すアステラは落ち着いていた。
渡されたゴーグルを装着すると、拡張された視界に様々な情報が映し出される。
それらはアステラにとって意味が良く分からない物が殆ど。邪魔なデータを視界から消し、魔導砲の弾道予測だけを表示する。
弾道とは言ったが、セシリアが言うには何か弾を飛ばしている訳ではないらしい。
あの光の筋も、ただ使用者に分かり易い様に光らせているだけで、あの光に何かの効果がある訳でもないと言う。
現代科学で疑似的に模倣した魔法。
それが対宇宙魔導砲の正体だ。
あれはまだ開発途中で、撃てる魔法は一種類。最も作用の単純な消滅魔法だけ。
だがこれに対抗できるのは、同じ法則に則った力。即ちアステラの
魔導砲に供給されるエネルギーはほぼ無尽蔵。変換効率、使用効率共に極めて低率なのが現状だが、それでも人間一人が保有できるエネルギー量を上回る事は容易である。だからこその追加パーツであった。
(えーっと、普通に全力でスキルを使う要領で良いんだったな)
アステラが力を篭めると魔導回路が光を放ち、その光はよくできる丸全体へと広がり刀身を成す。
更に集中力を高め、限界まで力を引き出して行くと、それに合わせて刀身が長く、長く伸びていく。光の刃に重さはなく、アステラの動きに遅滞なく従う。数度素振りをしてみて問題ない事を確かめると、構えを取った。
「準備は出来た。いつでも良いぞ」
とは言ったものの、本当にこんな離れていて大丈夫なのかとアステラは思う。アモル星は肉眼では大きなボール球くらいのサイズしかない。
セシリアが『問題ない』と言うのだから大丈夫なのだろうが……。まあ俺は全力で剣を振るだけだと開き直っていた。
アモルがセシリアを殺すとは考え難い。それはエイリーンもセシリアもそう言っていた。狙いはペネトレイト号の機関部及び推進装置だろうと。であれば、最悪捕まった後で自分がどうにかすればいい。可能か不可能かは問題ではない。やるしかないなら、やるだけだ。
『エネルギー反応検知!』
『来るよ!』
魔導砲の砲撃による光の筋は光速では飛んで来ない。疑似魔法『弾』が光っているに過ぎないからだ。
しかし宇宙船の速度と比べても、それが高速である事には代わりがない。
拡張視界に映る弾道を受け止める様に、光の刀身を重ね合わせる。
衝撃は──なかった。
しかし、確かな手応え。
それは久しくなかった、スキルのぶつかり合いの手応えだ。
「おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合はステータスに乗って増幅され、真空の宇宙空間を振動させ音を伝播する。
ペネトレイト号を取り囲まんとする艦船はその動きを止め、声の出所を探るが成果はない。ただ一点。聞こえる筈のない雄叫びを上げる男の姿を除いては。宇宙を貫いた滅びの光を受け止める一人の男。たった一人の男の一挙手一投足に目を釘付けにされていた。
「はああああああああああああああああああっ!」
更に輝きを増すアステラの剣が、均衡を崩す。
徐々に引き裂かれ始めた滅びの光。
この機を逃すアステラではない。
「〈虚空斬り〉!」
スキルを発動させ、一気に剣を振り上げる。
スキルによって放たれた不可視の刃。その航跡は引き裂かれていく光が物語る。
その様子は拡張視界からも確認でき、上手く行ったことにアステラは安堵した。
しかし──アステラが一息付けたのは
アステラは知る由もなかった。
アステラが放った虚空斬りは元来、暗殺の為の飛び道具技だ。離れた場所から敵の不意を突いて放つ技で、真正面からぶつけ合う様な技ではない、と思っていた。そのため、こんな使い方をしたのは今回が初めてだった。
だから知らなかった。知るはずもなかった。
虚空斬りは暗殺剣。必殺を
魔導砲に使われたエネルーを全て喰らい尽くしたその不可視の刃は──
「なんっ……」
『は?』
『おお!』
アステラは呆然、エイリーンは困惑、そしてセシリアは己の成果に興奮していた。
その光景に目を見張ったのは何もアステラやエイリーンだけではない。目撃した全ての人間が我が目を疑った。何度目を擦り、頬を
アモル星が一直線に裂けていく、その姿に。
アモル星の直径は約一万キロ。標準とされるサイズに近い岩石惑星だ。
その岩石惑星が真っ二つに裂け──、否。切断されていく。
完全に二つに斬り裂かれるまでに掛かった時間は、僅かに数秒。スキルを放ったアステラには悠久の様にさえ感じさせた。
しかし事はここで終わらない。
二つに引き裂かれた惑星は、二つの巨大な岩石の塊であり、互いに大きな重力を有する。必然、互いが互いの重力に惹かれあい──
衝突した。
衝突の衝撃は一瞬にして惑星全土に伝播し、全ての地殻が捲れ上がり、海水はマントルに飲み込まれ、星は一瞬にして赤熱のマグマの星と化した。
巨額の費用を投じて開発された蒼く煌めく美しい星は、今や全ての生命を焼き尽くす死の星だった。
余りの事態に顔を引き攣らせながら、取り敢えず船内に戻ろうと振り返るアステラ。手には星を真っ二つに斬り裂いた──様にしか周りからは見えない──剣をぶら下げている。その姿を、その場の全ての艦船、そしてその乗員が見ていた。
ズザザっ!
と後退る音が聞こえそうな挙動で、ペネトレイト号を取り囲む艦が後退する。
アステラが剣を仕舞おうと柄を持ち直すと、それを攻撃の為の準備動作と受け取ったのだろう。周囲の艦は一斉に、恐慌を起こし蜘蛛の子を散らす様に逃げ出した。その姿は
「おおう……」
その様子に目をパチクリさせるアステラ。
茫然とした様子のまま、剣を仕舞い船内に戻ったアステラを二人が出迎える。
「やるじゃねぇか! まさか
「誰が宇宙一の犯罪者かっ!」
「居住惑星の破壊は特一級だぞ。逆に死刑にさえならずに未来永劫人体実験に使われるって話だ。おめでとう」
「お前らの所為だろがっ!」
「でもやったのはお前だしなあ。まあワンチャン、証拠不十分って可能性も……。剣で星をぶった切るとか、現代科学じゃ証明出来ないしね。まあ、状況的に取り敢えず捕まえて人体実験送りだろうけど」
「人権とやらは何処に行った!?」
「はっは! 世の中そんなもんさ」
他人事みたいにアステラの肩を叩いて慰めるエイリーン。主犯格は堂々としたものだ。
「一先ずお疲れ様と言っておこう。まあ、私が作ったからにはあれくらいは当然だろう。次の目標は
それなりに満足のいく成果にアステラを労いながらも、何やら物騒な事を呟くセシリア。自分が何を口走っているか気付いていない。
「ひ~め~……! こうなるって知ってやがったな!」
恨みがましそうに睨んで来るアステラに、やっと何かに気付いたセシリアが急に慌てだす。
「い、いやー。アステラの力が思った以上に強かったみたいだなー。うん。まさか星がなー」
あっはっはーと笑いながら回れ右をしてその場から立ち去ろうとするセシリアの頭を、アステラがガシっと鷲掴みにする。そしてそのまま少しずつ、力を籠める。
「い……イタイタいたたたたた、痛い痛い痛い……いたあああああああ!」
セシリアの絶叫が木霊した。
その隙にエイリーンは「じゃ、あたしは船の操縦があるから~」と、そっと操縦室に逃亡を決め込んでいた。
「次からはちゃんと事前に説明しろ。いいな?」
「はい……。うぅ……」
反省の態度を見せた事で、アステラはセシリアを解放する。
まあ、全然反省なんてしてないんですけど。
セシリアはこの場を無事に乗り切るため、全力で反省しているフリをしていた。
そんなセシリアをジッと見詰めるアステラ。
こいつ本当は反省してねぇな。と思ってはいたが、あまりやり過ぎても良くないので気付いてないフリをしていた。
「もしまた黙って実験台にしたら……次は──」
「……次は……?」
「尻でも叩くか」
シュッシュッと素振りをしてみせるアステラ。
ひっ、と短い悲鳴を上げて思わずお尻を抑えるセシリア。少しでもアステラからお尻を遠ざけたいのか、酷く前屈みの姿勢になっていた。
その姿に失笑してしまったアステラ。
「むっ! 笑うな!」
ゲシゲシとアステラを蹴りつけるが、いつもより若干腰が引けていた。
『はいはい、お二人さん。仲が宜しいのは大変結構だけど、いい加減こんな物騒なトコからはおさらばするからね。こけて怪我なんてするんじゃないよ』
『れっつごー!』
P助の景気のいい掛け声と共に、ペネトレイト号は速やかに加速を開始。
アモルが支配する宙域から離れ、
それを追う勇気を持った者は、どこにも居なかった。
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