第17話

 アステラが目を覚ましたのは、治療カプセルに放り込まれてから一時間後の事だった。

 P助から連絡があり、エイリーンが急いで駆け付けるとそこには、傷一つないアステラが体の具合を確かめる様に、身体を動かしたりストレッチしたりしている姿があった。何故かアステラが全裸だったので、エイリーンはそんな場合でもなかろうに、思わずまじまじと眺めてしまった。

 見惚れる様な肉体美。機能性だけを追求したような、一切無駄のない筋肉。戦いの中で余分な肉は削ぎ落とされ、真に必要な物だけが残った。そんな印象を受けた。

 カエル君で蘇生した時も全裸だったのだが、その時は二度ともセシリアに部屋を追い出されていて見る機会がなかったのだ。

 そんなエイリーンに気付いたアステラは特に恥じるでもなく、そのまま身体の調子を確かめていた。完全に回復した事を確認すると、P助に頼んで服を用意してもらう。

「どのくらい寝てた?」

「一時間くらいだね」

 チラリと時刻を確認して答える。

「一時間もか……」

「たった一時間の間違いだろ」

 治療カプセルといえど、アステラが負っていた怪我は「何故これで生きているのか?」というレベルで、表示された完治までの目安時間はおよそ一週間だった。

 それが僅か一時間で完治して出て来るとは思いもしていなかった。

 エイリーンは今の今まで、アステラ抜きでやるか諦めるか考えていた所だった。

「状況は?」

 寝過ぎてしまった事を今更気にしても仕方がないと、気持ちをサッと切替えたアステラは、あの後がどうなったかをエイリーンに尋ねた。だが、アステラほどあっさりと気持ちを切替えられない者も居た。

「お陰さんで悪くない。ただ──」

 パチーン! と乾いた音を響かせて、エイリーンはアステラの頬を張った。

「二度とあんな無茶な戦い方をするな……! 社長命令だからな!」

「あ……ああ……」

 痛みは大した事はない。避けようと思えば簡単に避けられたが、避ける気にならなかった。ただ、突然の事に驚くばかりだった。

 アステラにとって、戦いとは常にああいう物だった。あそこまでの事をしなければ、魔王軍とは戦いにすらならなかったからだ。

 だからこれまで通り当たり前の事を当たり前にやったら、何故か本気で怒られた。

 するなと命令までされてしまった。

 戸惑いから反射的に頷いてしまったが、そう悪い気もしていなかった。

(そうか。あのやり方は当たり前ではないのか)

 エイリーンに心配を掛けてしまったのだと、そこで初めて気付いた。

 無茶な指示を出したのはお前だろうに。という思いもあったが、その指示以上に無茶をしたのはアステラ自身だった。アステラとしてはそれほど無茶をしたという感覚はなかったのが、より一層根が深い問題なのだが。

「じゃあ、今の状況を説明するぞ」

 そう言ってエイリーンはアステラに見せる為に現在の戦況を表示した。

 アモルの防衛線は崩壊し、戦場はアモルの邸宅へと移っていた。

 セシリアの受け渡しに訪れた時とは異なり、敷地を取り囲むようにして強固な壁が出現していた。壁は外宇宙船の装甲板と同じ素材で出来ており、あらゆる地上兵器を無効化する事が可能だ。その上で特殊なフィールドを発生させており、専用の工作機械による破壊行動を妨害していた。そんな壁が幾重いくえにもそびえ立っている。

 設置費と維持費、そしてこうして運用する費用を見れば、財務官などは泡を吹いて卒倒しかねない額が掛かっている。こんな事が出来るのはアモルだからこそであった。

 そんな最強無敵な壁も、所詮は壁である。

 かなりの高さを有しているといっても限度があり、この時代空を飛ぶ手段に困る事はない。上から飛び越してしまえば良い。

 上空にも敷地を覆う形でバリアが展開されてはいるが、壁に比べれば強度は低い。

 こちらは時間を掛ければ、通常兵器で十分に突破する事が可能だ。

 当然そんな事はアモル達も分かっている。敷地内には幾つもの対空砲火があり、上空からの侵入者に備えている。それに加え、敷地を囲む壁が外にいる敵に向かって無数のビームを一斉に放ってくる。それも発射口は固定ではなく、壁をランダムに移動する。今のアモル邸は、文字通りの要塞と化していた。

 連邦軍はアモル要塞を遠巻きに取り囲み、断続的に攻撃を加え続けていたが余り成果は上がっていなかった。

 そして連邦軍の状況は刻一刻と悪化していた。

 アモル艦隊の先鋒──足の速い小型艦ばかり──一万隻超が星系外縁に姿を現し、二二二艦隊と交戦を開始したのだ。

 数の上でも、火力の上でも圧倒している二二二艦隊だが、アモル艦隊は機敏な動作で回避に専念。ならばと無視して攻撃を控えれば、すかさず痛撃を加えて来る。被害は軽微だが無視出来るほどではなく、かといって相手をしてもかんばしい成果は上げられず、時間と弾を無駄にするだけに終わる。そうこうしている間に、戦艦などの大型艦を含む本隊が姿を現すのも時間の問題だろう。

 それらの状況を実際の映像を使ってアステラに説明をし終えたエイリーンは、アステラの理解度を量るかのように問いを投げかける。

「では、我々は次にどうしたらいいと思う?」

「姫さんを助けに行けばいいだろ」

「うん。ソウダネー。で、どうやって? 何から助けるんだ?」

「壁をぶっ壊して、アモルの野郎から助けるんだろ」

「はい。ブブー。不正解!」

「うぜえ……」

 エイリーンは出来の悪い生徒に教える様に──教えた事など一度もないが──改めて映像を示し、ヒントを出す。

「この壁は壊れません。というか壊せません。違う方法を考え──」

 しかしそこでエイリーンの予想外の言葉をアステラが放つ。

「いや、壊せるぞ」

「……? 壊せるの?」

 コクリ、とアステラは頷く。

「あー……マジかー……。え? マジで言ってんの?」

「疑うならP助に聞いてみろよ」

 と言われ、P助を呼んでみるとあっさりと、「うん。サクーって斬られたよー」と。

 どうやらエイリーンの知らない間に『もっとできる丸』の試し切りを、ペネトレイト号でやっていたようだった。この時は斬っただけだったので、驚異の形状記憶で直ぐに元通りになっていたため、今言われるまでエイリーンは気付いていなかったのだ。

 これは『もっとできる丸』が凄いのか、アステラが凄いのか。

 エイリーンが使わせてもらった時は、普通の鉄の板すら斬れなかったのに。

「くそ。どうなってんだこの勇者様バケモンは。いいよもう! それで!」

「何で怒ってんだよ」

 本当ならここはエイリーンが、シスターに仕込まれた知識と技術を活かし、華麗に壁を無効化する算段だった。その為の仕込みは済んでおり、後は実行するだけという所まで進めてあった。

 とはいえ、これはあくまで一時的な物だ。物理的に壊せるなら壊した方が、その後の展開が楽になる。となればどちらを採用するかは明白。手間暇掛けた仕込みが、脳筋野郎にパアにされたエイリーンが面白いはずがなかった。しかもその選択を自分がしなければならないのだ。二重で面白くなかった。

「後な、アモルから助けるんじゃねーから! 今、リアはアモルのモンで、リアの意志でアモルの味方をしてる。おっと、じゃあ軍から助けるんだな。何て馬鹿な事言いだすんじゃねえぞ。今回の仕事では、あいつらは終始あたしたちの敵だ」

「じゃあ誰から助けるんだよ……ん? 仕事?」

「そもそもその『助ける』って前提が間違いなんだよ。リアは助けに行くんじゃない」

「じゃあ何しに行くんだよ」

「攫いに行くんだよ!」


 アモル要塞を取り囲む軍の一角を薙ぎ倒し、壁を次々と斬り倒して突破口を切り開いたアステラとエイリーンは、その足でアモル邸内部へと侵入していた。

 二人に続くように連邦軍も便乗して雪崩込み、アモル邸内部は混沌とした様相を呈している。そこかしこで銃撃戦が繰り広げられているが、武装もしていない二人は殆ど気にされる事はなかった。多少不審に思っても、皆それどころではなかった。

 事ここに至り、アモルも避難を拒んでいた天使こどもたちを強制的に、自身が所有する別惑星に転送していた。

 他の天使こどもたちを全員送り出し、最後に残ったのは地下最下層に研究室を構えているセシリアだった。最後になったのは、単純に距離が一番離れていからだ。

「リィ──アモル邸でのセシリアの呼び名だ──。緊急事態でね。お邪魔するよ」

「どうしましたか、お父様」

「リィならもう知っているかもしれないが、二二二艦隊の兵がそこまで迫っている。君で最後だ。早く避難しなさい」

「お父様はどうされるのです? 彼らの狙いは間違いなく私でしょう。私がここから居なくなってはお父様に危険が及びます。私はお父様の盾になるつもりです」

「おお……リィ……! いや、ダメだ! 君は、君たちは私の宝だ! 私の命などより余程大切な……大切な大切な宝物だ! 私などの為に万が一の事があってはいかん。私の事は良い。早く避難するんだ。なあに、私の艦隊も到着しつつある。あの程度の数にやられはせん。まだまだこちらの戦力は十分にある。負けはせんよ」

 アモルの言葉通り、敷地内での戦闘はアモル側が優位に進めている。壁が壊されたのは想像の埒外らちがいだったが、壁はあくまで防衛設備の一つでしかない。壁が突破され、内に侵入される事態は想定済み。敵を的確に誘導し、罠に掛け、確実にその数を減らしていっていた。

 万全を期してはいるが、それをアモルは過信してはいない。この宇宙に完璧などという物はない。こちらの想像もしない何かが、全てを突破して害を為す可能性を排除してはいなかった。

 だからこそ万が一、億が一に備えて強制的に避難させていたのだ。

 避難を拒否してアモル邸に残った子達以外は、皆二二二艦隊が現れた時に避難させている。本当ならあの時に全員避難していて欲しかったくらいだ。しかし、残ると言った彼らを振り払えなかった。

 邸宅内なら安全性には問題なく、各部屋に緊急避難が可能な転送装置も設置してある。それに何より、「アモル様を残して行けない。行きたくない」と言われたのが嬉しかった。只々、純粋に嬉しかったのだ。

「ですが、お父様……」

 尚も避難を渋るセシリアを愛おし気な目で見詰めたアモルは、そっと、しかし力強くセシリアの腕を取ると、強引に転送装置へと引っ張って行こうとした。

「嫌です! お父様! 私は最後まで……っ!」

 セシリアは必死の抵抗を見せたが、その頭脳とは違い肉体的には普通の少女。鍛えてはいないと言っても、大人の男であるアモルの力に抗するべくもない。

 アモルの指が転送装置のドアを開くスイッチに触れた時だった。


 ガラーン! ガラーン!


 金属と金属がぶつかり合う音が、大きく響いた。

「何だっ!?」

(戦闘の音はここまでしていなかった。邸内の戦闘はこちらが優勢。宇宙うえの方も今は地上したに目を向けている暇はあるまい。であれば、何らかの兵器で壊されたとは考えにくい。地上部隊が防衛の隙間を抜けて来たのか?)

 連中の目標はアモルを排除する事ではない。あくまでもセシリアの奪還がその主たる目標だ。地上や宇宙での交戦を陽動とし、特殊部隊が密かに救出に向かう。如何にもありそうな話だとアモルは考えた。

 アモルは侵入者の姿を確かめようとはしなかった。

 そんないとまも惜しいとばかりにセシリアを転送装置へ押し込み、外からロックする。後は外か中にある起動スイッチをどちらかが押すだけだ。

 先程までの様子ではリィが自ら押す事はあるまい。とアモルがスイッチに手を伸ばす。

 中からはセシリアが「お父様! 開けて下さい!」とドアを叩く。勿論、そんな事でドアも装置も壊れたりはしない。

 アモルの指がスイッチに触れようとしたその瞬間、不可視の刃がスイッチを、そしてセシリアを避けて転送装置をも切断していた。

「な……何が……っ!」

「スキル〈虚空斬り〉だ」

 その声に振り返ったアモルが見た物は、もっとできる丸を構えたアステラと、にこやかに手を振るエイリーンの姿だった。


 時は少し遡る。

 敷地内に侵入した二人は、アモルの私兵──アンドロイド兵等も含む──達を蹴散らしながら邸内へと突き進んだ。

「それで、これから何処へ向かうんだ!」

「リアの所だよ!」

 二人は怒鳴る様に喋っていた。邸内の兵にバレそうな物だが、そうでもしないと銃撃戦の音で声が聞こえないのだ。気付かれるとかないとか言える状況ではなかった。一応こういう事態は想定内だったので通信機も用意していたのだが、敷地内に入った瞬間から使えなくなった。専用の回線しか使えないようにジャミングされていた。

「だからそれが何処だっつってんだろ!」

「あたしが知る訳ないだろ!」

「ハア? まじ……かよっ!」

 声を聞きつけて現れた兵士達を、魔法で瞬間移動して背後に回り込み一息で仕留める。「何か当てくらいないのか!」

「それをこいつらから聞き出すか盗み出すかしようと思ってたんだけどねえ!」

 皆、物言わぬ姿に変わり果てていた。

「ちっ……。まあこういうのは大体一番遠い所に居るのがお約束って奴だろ」

「そりゃどこの話だい?」

「俺が戦ってた頃は、大体そうだった! 〈サーチオーラ〉!」

 一定値以上の魂が有する固有の情報りきばを感知し、敵の居場所を探るための索敵魔法である。索敵範囲は術者を中心とした球形で、広さは術者次第。アステラの最大範囲はおよそ一キロメートルといった所だ。

 アステラはそういった原理は余り理解していなかったが、隠れた敵を見つけるのに便利だからという理由で、使い慣れている魔法だった。当然だが範囲内に居る人間はもちろん、人間以上の知性を持つ生命体にも反応する。人探しに便利な魔法でもあった。

 サーチオーラには無数の反応。そしてその殆どが同じ平面上。距離もおおむね敷地内に固まっている。しかし二つ、特異な位置に反応があった。

 一つはここから数十メートル下。もう一つは絶賛地下に潜って行っている最中だ。

「見付けた!」

 地下に反応が有ったと説明すると、

「それに間違いなさそうだねえ!」

 と、エイリーンは悪そうな笑みを浮かべる。

 二人は昇降機を探し当てると、ドアを破壊し魔法で一気に落下してきたのだった。

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