第16話

 その頃、ペネトレイト号の面々は──

 まだペネトレイト号の中に居た。

 激しい砲撃戦が繰り返されるなか、じっと地上に留まり時を待っていた。

 対索敵用シートとP助による全索敵迷彩が施されたペネトレイト号を発見するのは困難を極める。あらゆるレーダー、センサーは勿論、肉眼にすら対応した迷彩は余りにも便利過ぎたが、反面、一切の活動を停止させる必要があるのが欠点でもある。

 しかし今は只待つだけの時間。その欠点は欠点足りえず、その恩恵にだけ与っていた。

 誰にも見付かる事はなかったペネトレイト号だったが、逆に認識がされていない所為でガンガン流れ弾が直撃し、爆風に煽られもしていた。

「おいおい。大丈夫か?」

 とアステラがエイリーンに尋ねると、

「この船は亜光速でのデブリ衝突が前提の外装だぜ? こんなヘボい砲撃じゃ傷一つ付かないよ」

 との返答。P助も、

「よゆーよゆー」

 と全く気にした様子もない。

 亜光速でのデブリ衝突とやらがどの程度の威力なのかはアステラにはさっぱり分からなかったが、まあとにかく大丈夫そうな事は理解した。

 二人の視線の先にある戦況は、徐々に膠着しつつあった。

 練度は勝るが急造の二二二艦隊地上部隊と、地の利もあり充実した装備のアモル地上部隊との戦いは拮抗していた。いや、正確に言うならば艦隊側が攻めあぐねているというのが実情だろう。

 アモルの側は無理攻めをしてまで送り込まれて来た地上部隊を殲滅する必要はない。この地上戦すらも時間稼ぎの一つでしかないからだ。

「うーん。これは良くないねえ。……ったくだらしない連中だ」

 アモルの重厚な地上戦力に、陣地に釘付けにされてしまっている連邦軍の体たらくに、エイリーンは嘆かわしいと頭を振る。そしてお遣いでも頼むかのような気楽さで言ってのけた。

「アステラ。ココとココとココ、どれか潰してきてくれ」

 アモルの地上部隊の、特に火力の高い場所を三点、指し示す。

「は?」

 何言ってんだお前は? 頭いかれてんのか? と一言で尋ねると、

「は?」

 言葉も理解出来ないのか? さっさと行けよ。と一言で返って来た。

 はあーっと大きなため息を一つ。アステラは今もばかばかと砲撃を続けている部隊を指さして主張した。

「無理だろ。どう考えても! 俺は一人! あっちはどんだけ居ると思ってんだ!」

「完全武装の兵士が数百と攻撃型アンドロイドが数千体に、自律型銃器ドローンが……そこら中に一杯だな」

「素晴らしい分析をありがとう! だったら分かるだろうがっ!」

「なぁに、全部倒して来いって言ってんじゃないんだから余裕だろ? この内の一つをちょちょっと混乱させて来れば良いだけだ。後はお空の連中が何とでもするさ」

「そう思うんならお前がやってみろよ!」

「あははは。馬鹿言いなさんな。あたしがそんな強そうに見えるかい? これはあんただから頼んでるだよ。あたしは魔法もスキルとやらも使えないんだからね。ささ、早く早く。リアが待ってるよ」

 それを言われてしまえば是非もない。

 失敗しても知らないからな! と捨て台詞を吐くのが関の山だ。

 口ではそんな事を言いながら、アステラは失敗する気など微塵もない。

 船を出る前にありったけの強化魔法とバフスキルを使っておく。お陰で戦い始める前から疲労が凄いが命には代えられない。カエル君はそのまま船の中に置かれているが、ちゃんと動かせるのはセシリアだけなので、使い物にならない今は当てにはできない。

 それに──とアステラは過去を振り返る。

 この程度の疲労は魔王軍と戦っている時はいつもの事だった。

 血反吐を吐き、千切れた四肢を魔法で繋ぎ、失った臓腑の機能をスキルで肩代わりさせ、仲間たちの屍を踏み越えて戦い続けた。あの頃の死地に比べれば、ここは幾分かはマシだ。

 アステラは〈サイレントムーブ〉を発動させると、音もなく走り出した。


 膠着した戦線に異常が発生した。

 その事に真っ先に気が付いたのは、統合制御室から戦場全体を監視していたアモルだった。

 自軍を示す光点が急に減り出したからだ。それもある一箇所に集中して。

 全体から見ればその数は些細な物だったが、場所が問題だった。そこは戦線に程近い自軍の補給拠点の一つだったからだ。あそこを叩かれては良くて後退、最悪の場い一気に戦線が崩壊する事さえ有り得る。

 補給施設は索敵欺瞞された地下にあり、宇宙そらからその場所を知る事は出来ない。

 ピンポイントでその場所を掴むのは容易な事ではない筈だった。少なくともこんなに早く露見するのは想定外であった。

 しかし現実に、その秘密の拠点が何者かに襲撃されている。

 この事実を無視する事は出来ない。

 アモル自身は戦争も戦闘も素人に過ぎない。直接の指揮はそれぞれ信頼できる指揮官に任せてある。アモルがする事は全体の流れを把握し、方針を決める事だけだ。余計な指示や、状況の確認などは控えていた。

 それに──

『取り急ぎ現状を報告。現在何者かの襲撃を受け応戦中。敵は一人、もしくは一体と思われるも、尋常ではない強さで苦戦を強いられている。該当する兵装はアンノウン。連邦の新兵器の可能性もあり。場合によっては拠点を破棄し後退する』

 こうして然程待つことなく報告も上がって来る。

「分かりました。時機はお任せします」

 それだけ答えると、アモルは無数にある内の最も近い拠点の稼働準備に取り掛かる。

 たかが一匹の鼠に何をしているのか!

 などとアモルは考えない。

 彼らは常に最善を尽くしている。それをアモルは知っている。だからこそ彼らの言葉をしっかりと聴く。彼らが「後退が必要」だと言うのなら、つまりはそういう事だ。

 それに襲撃者の強さが異常である事は、アモルの居る統合制御室からでも嫌でも分かる。分からされてしまう。

 通信が切れてからも光点の減少は留まる事を知らなかったからだ。

 程なく襲撃された補給拠点から光点が撤退を始めると、光点の著しい減少は止まった。

 アモルは映像を解析して襲撃者の特定を試みた。

 通常の速度では全く認識できない速度で移動している事が分かった。コマ送りにしても残像の様な姿が映るばかりで、1000fpsまで速度を落としてやっとその姿を鮮明に捉える事が出来た。

 それは見知らぬ男だった。その筈だ。

 アモルはどこか引っ掛かりを覚え、記憶を漁ってみたがやはり思い当たる節がない。

 ならばやはり知らぬ男なのだろうと、早々に見切りをつけた。

 男の映像を解析させた結果、人間である事が判明した。それも一切の改造なしの、完全に生身の人間だ。だと言うのに、強化装甲で完全武装した兵士やサイボーグ手術を受けた兵士よりも人間離れした速度で、武装アンドロイド兵よりも人間離れした挙動で、屋外では地を宙を自在に、基地内では壁や天井を縦横無尽に駆け回っていた。

 これが普通の人間だというのだから馬鹿げた話だ。

 しかも使っている武器と言えば、ビームガンを改造したとおぼしきビームソードとでも呼ぶべき物、ただ一つ。

 そんな相手に、最新鋭かつ最精鋭の部隊が、手も足も出ずにやられていく。

 そうして謎の男の解析を進めている最中にも、新たな補給拠点が件の男の襲撃を受けていた。

 そして結果は先程の場所と変わらなかった。

 襲撃者の情報は共有され、襲撃に備えていたにも関わらず、だ。

「一体何だ……。あのバケモノは……?」


「大佐。奴らの動きが……」

「気付いたか。弾幕の密度が少し下がった……か?」

 銃撃の雨は変わらず続いていたが、その微妙な変化を見逃す様な間抜けは居なかった。

 そこに最前線の指揮官から報告が上がる。

『こちら一〇二五ヒトマルニゴ小隊。正面の敵が後退を始めた。状況は不明』

「暫く様子を見ろ。誘い出す罠かもしれん。追って指示を出す」

『了解』

「どう見る?」

 拠点に設置したモニターに映る敵兵を示す点も、報告通り撤退を始めている事を示している。しかしこれはあくまでも索敵レーダーが捉えた敵兵の姿に過ぎない。機械を騙す方法など幾らでもあり、欺瞞情報である可能性は決して低くない。何せここは全てが敵の陣地。何があってもおかしくはなく、敵の掌の上で戦っているようなものだ。

 隣に居る補佐官は進軍を具申した。

「我々を撃破する事が目的であれば物量で押し込めばいい話。奴らの戦い方は時間稼ぎが目的でしょう。ですので、今のこの事態は好機とみるべきかと」

 宇宙そらからの砲撃が止んでいるのは、ひとえに味方の部隊が居るからに他ならない。

 地上部隊が壊滅すれば砲撃は再開され、アモルの地上部隊も大きな打撃を受ける事になる。そうなれば更なる降下部隊の投入に対処する事は困難となるだろう。

 即ち、誘い出しての殲滅という作戦を採る可能性は極めて低い。

「よし。全部隊に通達。一〇二中隊は正面を突破、敵戦線の背後を取れ。第一の他中隊は〇二中隊を援護。二から四までの大隊はそのまま正面の敵を釘付けにしろ」

 大佐の号令一下、連邦の地上部隊は一気に攻勢に転じた。

 これを契機に、戦況は再び大きく動き始めた。


 アモルに忘れられて──いや、覚えられてすらいなかったアステラは、エイリーンが示した三つの拠点を壊滅させ、ペネトレイト号へと戻って来ていた。

 船内に入るやいなやバタリと倒れ込んだアステラの身体からは大量の血が流れ、床を朱に染め上げていた。慌てて駆け寄ったエイリーンが、血に汚れる事を僅かも躊躇わずアステラを担ぎあげると、ボロリと右足がもげた。

 流石のエイリーンもこれには度肝を抜かれ、担ぎあげたアステラの身体を落としかけていた。あわやという所で支え直し、そっと医療カプセルへと運び入れる。もげた足も拾い、一緒に入れておくのも忘れない。

 完全に意識を失った状態で治療を受けるアステラの身体には、無数の弾痕とビームの貫通痕が残っていた。一体どれだけの弾を浴びたのだろうか。それでも、ただの一つも頭部には傷跡がなかった。そこさえ無事であれば魔法とスキルで誤魔化せる、誤魔化せるなら戦える、だから頭以外は全て勝利のための道具として使い倒す。これがアステラの本来の姿。魔王軍との戦争で『勇者』とまで呼ばれる様になった男の在り方だった。

 アステラも回避を試みなかった訳ではない。

 ただ、圧倒的火力の前に全てを完全に回避し切る事は、超人的能力を有するアステラにさえ不可能な事だったというだけだ。ひたすら致命傷を避ける事だけを念頭に置いて、とにかく攻撃を優先した。防御に回ればひとたまりもない事は明白だったからだ。

 何とか目標を達成した頃には、攻撃を喰らっていない場所を探す方が難しいほどの惨状だった。足も魔法で無理矢理くっつけているだけで、とうに千切れている。何とか船まで戻らなければという一心で意識を保ち、帰還したのだ。

 エイリーンはその一部始終を、アステラに着けたリングからモニターしていた。お陰でこうして直ぐにアステラを治療する事が出来たのだ。そうでなければ手遅れになっていた可能性も大いにあった。何より、ここまで冷静に対処できたかどうかも怪しい。

「流石勇者様だね……」

 一箇所混乱させるだけで良いと言ったのに、エイリーンが示した三点を全て壊滅させてしまった。出来るなら確かにその方が良いのだが、流石にそこまでは求めていなかった。戦争に関しての勘所が良いのも困り物だ。

 エイリーンはアステラの無茶な戦い方に驚き、呆れ、笑い、涙した。

 アステラの戦う姿に、何故か自然と涙が零れていた。そしてそれは、カプセルで治療を受けているアステラを見ている今も……。

 己の身を顧みないかの様な戦い方が、何故か無性に哀しかった。

 記憶の奥底に沈む別人格かこの記憶のせいだろうか。

 そうだ。そういう事にしておこう。

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