第14話

「いやー、怒られたな」

 そう言って笑うアステラだったが、よく怒られただけで済んだなとも思っていた。

 確かに血で汚れたテーブル一式買い替えられる分と迷惑料を含めて多めに払っておいたが、普通なら警察を呼ばれてしかるべき事件だ。絡んで来たのは三人組の方とはいえ、流血沙汰にまで発展させた以上、「ごめんなさい」では済まない筈だった。

 店を追い出された二人は、取り敢えず食事は済んでいたので、その足で次なる店へと向かっていた。その道すがらアステラの疑問にエイリーンが答える。

「この星はアモルさんの私有惑星。それも一から開発して居住可能にテラフォーミングされたデザイン惑星です。この星に警察は存在しないんですよ」

「その割りには随分平和だな」

「それは誰もアモルさんを敵には回したくないからでしょう。何せ銀河政府の年間予算を一日で稼いでいらっしゃるという話です。生活必需品から政治・軍事まで、アモルさんの息が掛かってない分野なんて存在しないといっても過言ではありません。この銀河団で真っ当に暮らしたければ、アモルにだけは絶対逆らうなと言われるくらいです。まあ、勿論例外も居るけどな」

 最後だけいつもの口調に戻りニヤリとお嬢様らしくない笑みを浮かべる。それに、とエイリーンは続ける。

「ここには居ねぇが私設の宇宙軍は下手な星系軍以上だって話だし、地上こっちにはプロ顔負けの警備の兵と警備ロボがゴロゴロ居るからな。相応しくないと判断されたお客人は奴らがご退場願うようになってるのさ」

 まあうちらにはコレが有るからそんな心配はないけどな、とエイリーンは例のカードをヒラヒラと見せびらかす。

 そのカードは昨日、エイリーンが男たちの服の中に忍ばせていたのをアステラは確かに見た。しかし今エイリーンはそのカードを持っている。そういえば同じカードを男たちも持っていた事を思い出す。

(すり替えた?)

 それが真っ先に浮かんだ答えだった。

 しかし何のために?

 一瞬浮かんだ疑問はしかしさして重要には取られず、アステラは直ぐに忘れ去った。

 それより気になっている事があったからだ。

「アレで良かったのか?」

 結局見逃す事になった男たちの事である。

「ええ。十分です。貴方が散々脅した男、昔大変お世話になった方でして、流石に目の前で死なれますと寝覚めが悪いですからね」

 今はまだな、とエイリーンは心の中でだけ呟いた。

 エイリーンは語らなかったが、幼少期を裏の世界で過ごして来た事は想像に難くない。アステラは確信を持っていた。エイリーンが纏う気配が、アステラの良く知るそれと同じだったからだ。

 つまるところ、あの男は昔の兄貴分。しかも日常的に肉体関係を持っていたと思われる。それが何年前の事かはアステラには分からないが、エイリーンが少女と言っていい頃の話だろう事は容易に想像できた。

(やはり殺しておくべきだったか?)

 今からでも追い掛けて止めを刺してきそうな気配を察したのか、エイリーンがアステラの右腕を取って両腕を絡ませると、胸をむぎゅっと押し当てる。

「ふふ。さ、行きましょう」

「あ、おい!」

 突然の事に気勢を殺がれたアステラは、エイリーンに引かれるまま歩き出した。

 この後二人は午前と同じ様に、最後の店が閉まるまでハシゴしまくったのだった。


 翌朝も出掛ける支度をしているアステラを見て、「うげ」とエイリーンは呻いた。

「ああ。今日は一人で行って来るから大丈夫だ」

「ああそう。そりゃあようござんした。いってら~」

 ヒラヒラと振られている手と反対の手は、寝間着のズボンに突っ込まれてボリボリと何処かを掻いている。

 昨日のお嬢様姿とは雲泥の差があるだらしない姿に苦笑を浮かべはしたものの、特に注意したりはしなかった。

 一人街に繰り出したアステラは、昨日店で聞き込んだ工房や工具を扱っている店を訪れていた。とはいえ個人所有のリゾート惑星のリゾート街。販売店は数あれど、それを作る工場や工房は数える程しかなく、従って彼らを相手にした工具店は只の一店舗しかなかった。では仕入れはどうしているのかと言えば、少量であればネットワークを介して転送で、多量な物は輸送船で運んで来るそうだ。

 工場はアステラが思っていた感じとは全く異なり、作業は全て自動化、何やら見た事もない機械が凄まじく精密な動作で、人間には不可能な工程を経てあっと言う間に製品を作り上げていた。そしてその機械を監視、修理、点検も別の機械が行い、出来上がった製品のチェック及び出荷作業も機械がしていた。人の手が入っていたのは唯一、製品のデザインデータだけであった。

 これは参考にならんと早々に工場を後にし、今は工房を見学させてもらっていた。

 なんでも新進気鋭の職人らしく、彼女が描き出す数々の完成図は神秘と独創の融合。緻密にして大胆。その絵図面だけでも一角ひとかどの芸術品だ。しかし彼女を銀河団有数の職人足らしめているのはその絵図面ではない。その再現不可能とも思えるような超難易度の絵図面を立体として完成させてしまう、その技術力の高さこそが彼女の実力を物語っている。

 素気すげ無く断られる事も承知の上で申し込んだ見学は、実にあっさりと承諾を得られた。

 話を聞いてみると、彼女もまたセシリアと同じ、自らの意志でアモルの所有物となった人物だった。

 それとなく待遇やアモルについても尋ねてみたら、出るわ出るわ、賛美の声が。

 かれこれ契約を交わして十年以上になるらしいが、未だに活動支援は続いており、金銭面、人脈、販路に至るまで手厚い援助が行われている。お陰で自分の才能を磨く事だけに集中できていると言っていた。

 ではその成果をアモルが、主人の当然の権利として享受しているのかと思えば、それは一切受け取らないのだと言う。しかしどうしてもアモルに渡したい彼、彼女たちは、『後輩』たちの為に使ってくださいと言って何とか受け取ってもらっているのだとか。

 口ではそう言いながら裏では……と疑う者は多いのではと尋ねると、彼女は笑って答えた。

 別にそれでも構わない、と。それ以上の事をしてきてもらっているから、と。

 ただ、その辺りもアモルは徹底していた。受け取った額と援助に回した額を明確に、且つ詳細に記載した帳簿を、支援金を提供してくれた子たち全員に当然の義務として配布していた。

 アモルが愛し、所有する彼らは『アモルの天使たちアモルズチルドレン』と呼ばれ、その才を認められた証として、今では一つのブランドとなっていた。

 そんな彼女の仕事を生で見られるのはまたとない機会だった。振るわれる超絶技巧にただただ圧倒され続け、感嘆から嫉妬、そして絶望を経て神格化しかけていた頃、一息ついた彼女がアステラに声を掛けた。

「お兄さんもどうです?」

「いやいや、俺なんか全然──」

「でも、お兄さん、出来る人でしょ」

 否定しようとしたアステラを遮ってニカっと笑って言う。

「しかも依頼じゃなくて見学だって言うんだから、自分で何か作りたいんだと思ったんですが、違いましたか?」

「──っ! いや! ……まあ、その、な……」

 図星を突かれて思わず否定しそうになったが、彼女に対して別段秘密にするような話でもないので、歯切れは悪かったが肯定した。

 その様子から何を察したのか、彼女は顔をパッと輝かせた。

「なるほど! 分かりました、分かりましたよ! 皆まで言わないでください。そういう事なら私が全力でサポートしますよ! いえ! させて下さい! 良いですよね! 良いに決まってます!! 嫌とは言わせませんよおおお!」

 作業に取り掛かっていた時以上の熱を持って迫る彼女の圧は、それはそれは凄まじいもので、圧倒されたアステラは反射的にコクコクと頷いてしまっていた。

「道具も材料もここにあるのを好きなだけどうぞ! 場所? どうぞ!」

 それまで自分が作業していた場所を、ガサーっと乱雑にどかして空けてしまう。

「あ、ちょ……いいのかそれっ!?」

「ああ、あれは銀河団コンクール用の奴で商品じゃないのでどうでもいいです。そ・れ・よ・り!」

 どう考えてもどうでも良くなさそうにしか聞こえなかったが、本人は既に目もくれていない。

「デザインの案はもう決まってますか!」

「え? あ、まあ……一応……」

 昨晩自室で紙に描き上げていたラフ画を取り出す。

 それをペラペラと捲る彼女の顔は真剣そのもの。一通り見終わると「なるほど、分かりました」と言ってからが大変だった。製作者の意図を完全に読み取り、原案を維持しながらの怒涛の修正である。その際もアステラの意見を一つ一つ引き出し、取り入れ、更に修正修正修正。そうして半日で仕上げてみせた。

 出来上がったデザイン画にはアステラも目を見張った。自分だけでは到底思いつかなかった様な表現、意匠が散りばめられた素晴らしい出来だ。彼女も満足気だ。

「では、明日から早速製作に取り掛かりましょう!」

「お……おう……!」

 ここまで来れば覚悟を決めるしかない。

 翌日から工房は、臨時休業と相成りました。


 アステラが工房に通い始めてから一週間。

 元々の才に加えステータスによる技能の押上、そこに臨時の師匠による付きっ切りでの指導も加わり、勘を取り戻しながらアステラはるみる内に上達していった。

 朝から晩まで、果ては朝から朝まで。ひたすらに打ち込み、のめり込んだ。上達の早さと集中力の高さ、持久力には師匠も目を見張っていた。

 幾度もの失敗を重ね完成させたそれは、師匠も「いいね!」と太鼓判を押してくれた。

 自分でも、自分が作ったとは思えない程の出来栄えに、達成感以上に夢じゃないかと疑う気持ちの方が強かった。しかし確かにそれは自分の手の中にあり、確かな輝きを放っている。思わず頬が緩むのも致し方がない。

「んー……惜しい。実に惜しい……」

「何か至らない所でもありましたか?」

 自分の実力でこれ以上はないという会心の出来だったが、師匠からすればまだまだ未熟に過ぎるという事だろうか。

 傷がつかないように丁寧に布で包み、緩衝材を詰めた箱に納める手を止めて聞き返す。

「勘違いさせちゃって御免なさい。それは私から見ても素晴らしい出来です! でも、だからこそ、惜しい!」

 くぅ~っと拳を握り締めて悔しさをアピールしている。

「これでお兄さんとお別れだなんて! この短期間でこの上達振り。何より作業に打ち込むお兄さんの情熱に、私も燃え上がってきちゃってるんですよ! どうです? 一緒に工房やりませんか!」

 熱烈な勧誘にアステラはタジタジとしながら、ここで働く自分の姿を想像していた。

 師匠の下で研鑽を積み、幼いころの憧れだった世界に名だたる一流の職人になる夢。贈る人、贈られる人、身に着ける人、それを見る人、皆を笑顔にするそんな職人に──。

 甘い幻想を振り払う様にアステラは首を横に振る。

 今回一念発起して取り掛かって気付いた事があった。

 やっぱり自分は細工師の仕事が好きだという事。

 だからこそ我武者羅に、無我夢中で完成させたコレに比べて、如何に自分の手が汚れているかをまざまざと思い知らされた。

 自分の穢れに侵されなかったのは、偏に師匠のキメ細やかなサポートがあったからに他ならない。

 アステラはそう信じて疑わなかった。

 確信は問いとなって外に向かう事はなく、ただアステラの心を蝕むだけだった。

 もう昔の様に純粋な気持ちで作品と向き合えない事を再確認してしまっていた。

「ん~、残念。でも、いつでも遊びに来てくれて良いですからね。それと……コレを」

 そう言って直接本人に繋がる連絡先のデータをアステラに渡す。

「その気になったらいつでも連絡ください」

「ええ。その時は是非。短い間でしたがお世話になりました」

 アステラが深々とお辞儀をしてこれまでのお礼を述べ、工房を後にしようとした時だった。


『こちらは銀河団連邦政府所属二二二宇宙艦隊提督バルバロッサである。アモル・キカートリクスに告ぐ。我々はセシリア・ベーガ・ヒューレリア・プリオーン王女の即時解放を要求するものである。要求が認められない場合、実力行使へと移行する事をここに宣言する。返答期限は明日までとし、要求が拒否された場合、三日の猶予の後地表への攻撃を開始する。繰り返す……』


 突如アモル星全土に響き渡った音声が、地獄の幕開けを告げた。

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