第13話

「街へ行こう!」

 翌朝、開口一番アステラはエイリーンを誘った。

「はあ? 行きたきゃ勝手に行ってきな。お金はあんたの取り分は振り込んであるから、社員証の電子タグ……おう。それそれ。それで何処でも買い物出来る。良い稼ぎだったからね、店で買い物する程度の額なら好きなモン好きなだけ買えるさ」

 至極面倒臭そうに断りながらも、最低限の説明は欠かさない所はエイリーンの性格だろう。しかしアステラは「そうか」と答えはしたが、一人で街へ行く様子はなかった。

 その様子をエイリーンがいぶかしんでいると、無言で迫って行った。

 磨き抜いた戦闘技能を無駄に活かして、エイリーンを壁際へと追い込んで行く。エイリーンの背中がドンと壁にぶつかった所で、左手で逃げ道を塞ぐように壁に手をついた。アステラ本人にはそういう意図はなかったのだが、壁ドンと呼ばれる事もある行為だった。

「な……何だい……?」

 アステラに真剣な目でじっと見詰められ、エイリーンも少し狼狽え気味だ。好色な目でジロジロと身体を嘗め回す様に見られる事には慣れているので、今更どうとも思わない……どころか存分に利用しているのだが、エイリーン自身を見透かすような視線は苦手だった。

 いつもの何処か飄々とした態度は霧散し、恥ずかしそうにしている。寝起きのだらしない格好が気になってきているのかもしれない。

「デートをしようって言ってんだ」

 アステラの予想外の返答に、エイリーンはまん丸に目を見開いた。

 そして言われた事の意味を理解すると、少女の様に頬を紅く染めた。

「な、な、な……、何であたしがあんたと……っ!」

 動揺も露わにアステラの体を押し返そうとするが、地に根が生えたかのようにどっしりとしてビクともしない。単なる筋力、体重差だけではない何か──恐らく武術、体術の類の技術を使っている。

「理由か? それは俺がお前とデートしたいからだ」

 どストレートを投げ込んで来るアステラからは、一切の照れ、てらいが感じられない。

 むしろ凄いやる気、熱気が感じられる。

「ぐっ……」

 こいつマジか……。

 エイリーンはその眼差し、圧に押されて渋々といった様子で頷いた。

 着替えて来るから! と言うと、アステラはすんなりと解放してくれた。

 自室に戻ったエイリーンは、クローゼットから衣裳を引っ張り出して吟味を始める。この隙に逃げるのはどうだろうかと一考もしたが、相手はアステラだ。直ぐに気付かれ、この寝間着姿で引っ張り出される可能性すらある。流石に昼日中の繁華街を寝間着で歩く様な真似は避けたい。いつ、どこで、誰に見られているかわからない。エイリーンはその類稀なる美貌が自分の武器の一つである事を十分に理解している。その価値を下げる様な真似は避けなければいけない。

 そう自分に言い訳をして、自身を納得させていた。

 季節、土地柄、相手の趣味に合わせられるよう、エイリーンが所有する衣裳の量はかなりの物だ。その中からアステラが好みそうな物で、かつリゾート地の繁華街でデートするに相応しい衣裳を選び出す。

 そんな事にはならないはずだが、衣裳とシチュエーションに合わせた清楚系の下着をチョイスする。見せる予定の有無にかかわらず、細部にまで拘る事が重要なのだ。

 これらは普段ペネトレイト号の中で着ている物と同じ様に、状況に応じた戦闘服。戦いを有利に進めるための戦略である。手を抜くなどという選択肢はエイリーンにはない。

 早速着替えを済ませると、メイクを施し全体の調和を整えていく。出来るだけシンプルで控えめ。すっぴん感が出る様なナチュラルメイクで完璧に仕上げていく。

 作業開始から一時間。正面に自身の姿を投影してぐるりと再確認し、「よし」と合格点を出す。

 アステラの度肝を抜いてやろうと、足の運び、仕草の一つ一つにまで意識を配りながら部屋から出てアステラを探す。流石に一時間も部屋の前で待っていたりはしなかった。

 アステラは共有の休憩所で、ソファに腰掛けP助と雑談しているようだった。

「お待たせしました」

 喋り方も変える、エイリーンの徹底振りだった。

 後から現れたエイリーンの姿に、振り返ったアステラの口がポカンと開いた。

 膝丈の白無地のワンピースに派手過ぎない赤のパンプス、両手には黒の可愛らしいデザインのレース・グローブ。髪はストレートに下ろし、鍔の広い白の帽子をセット。帽子にはアクセントに水色のリボンが巻かれている。

 所謂ところの、深窓の御令嬢といった風情だった。

 そのあまりの変貌ぶりに、アステラも開いた口が塞がらないといった様子で、その反応にエイリーンはしてやったりと内心でほくそ笑んでいた。

 しかしエイリーンが得意気で居られたのはそこまでだった。

「おー! 良いな! うん。良いと思うぜ。『惚れ直したわ』」

 アステラの素直な感想。素直な賞賛。素直な……告白!?

「んなっ! ……なっ! おまっ! ……なんっ」

 全くの想定外の反応。

 言葉に詰まり、顔が赤くなるのを自覚。俯き帽子の鍔で顔を隠す。

「美人エージェントって感じからここまでお嬢様に変わるとは。最初見た時から美人だとは思ってたが、そういうのも似合うんだな。いや、服に合わせているのか?」

 先の発言が愛の告白でない事は理解したが、それでもこういった下心のないストレートな賛美はどうにも照れ臭い。

「いいだろどっちでも。お前がデートだって言うから、それらしい格好にしただけだ」

 口調も元に戻ってしまっていたが、気にする者は居ない。

「そうか。ありがとう」

「ふん。準備は出来てるんだろうな? さっさと連れて……い……」

 エイリーンの言葉は最後まで紡がれなかった。

 顔を上げたエイリーンの目が、脳が、今のアステラの格好を初めて認識した。

 黒地に金糸の龍が脚に絡みつくような格好で刺繍されたスキニーパンツに、ファイアパターンが全体にプリントされたド派手な深紅のシャツだった。


 結局二人が船を出たのはそれから更に三十分後。

 爆笑するP助と名残惜しそうなアステラをどやしつけて着替えさせたら、また変な服で現れたので、結局エイリーンが服をチョイスする羽目になった。

(どこからあんな服見付けて来やがった!)

 アステラは見てくれは良いし、身体は鍛え上げられ引き締まっている。普通の服ならどんな物を着せても似合うはずなのだ。ゴテゴテ飾るよりシンプルな物が良いだろう。

 結果として、ベージュのチノパンに淡い青シャツを着せておいた。白のシャツでも良かったが、自分のワンピースと色が被るので避けた形だ。

 爽やかな好青年の出来上がりである。

 最初の服のアステラと出掛けようものなら、エイリーンとの対比で歩いているだけで通報されかねない。

 一銭にもならない厄介事など、御免蒙りたかった。

 街まではエアカー──宙に浮かぶ車輪のない箱型の乗り物の総称。動力は様々──で移動。目的地を設定すれば自動で運んでくれる。

 街に着いた二人は周囲の注目の的──という事もなく、溶け込んでいた。

「どこへ行くのかしら?」

 口調を直したエイリーンの手を、アステラが自然な動作で取る。

「色々だな」

 手慣れているのか、緊張した様子も照れた様子もなく、アステラはエイリーンの手を引いて歩き出す。それもエイリーンが合わせやすい速度で。

 実の所、ただ楽しむためだけのデートに慣れていないエイリーンは凄く緊張していた。上手く悟られない様にはしているつもりだったが、アステラ相手にどの程度通用しているか。余裕綽々といった態度のアステラに、妙な対抗心というか面白く無さも感じていた。

 アステラ達はアクセサリーショップや宝飾店をハシゴ。

 実際に手に取って質感や光の反射具合、表面の仕上げ加工などをじっくりと観察。時には店員を質問責めにして困らせ、専門の技術スタッフが応援に駆け付け質疑に応じるといった場面も見られた。

 そうして多くの商品の中から選び抜いた物を、エイリーンに合わせてみる。実際に着けて見てもらいどう映るかを確認する。

 これで何も買わずに帰ったのなら酷く面倒な客だっただろうが、アステラはエイリーンに合わせて見て満足いった物は全て購入した。値段を聞きも見もせずに。その位の金はあるとエイリーンが言っていたので、自分への先行投資と割り切って出し惜しみはしないつもりだった。

 そうして一軒、二軒、……と店を回り、エイリーンは気付き始めていた。

(こいつ……、あたしをマネキン代わりに連れて来やがったな……!)

 マネキンとまでは考えていなかったが、着用モデルとして連れて来たのは事実で、エイリーンの読みは的を射ていた。

 わざわざ「デート」と言ったのも、アステラが見た事のあるエイリーンの姿はペネトレイト号で常用しているいつもの奴だけで、あれではアステラが考えているイメージにそぐわない。そこで一計を案じた結果だ。案の定、いや、アステラの想定を超えた女性らしい服装で現れたエイリーンに、思わず見とれてしまったのは想定外だった。

 ともあれ、素晴らしいモデルを得たアステラは意気軒昂。好奇心で一杯の目を爛々と輝かせる様は、まるで少年の様でどこか可愛らしくもある。

(つまりこのしっかりと握られた手は、『逃がさないぞ』ってこったな……)

 エイリーンはこれが本当のデートではなかった事をどこか残念に思っている自分に気付き、いやいやいや! と一人首を振って否定した。

(仕方ない。今日一日くらい付き合ってやるか)

 と、諦めにも似た覚悟を決める。

 逆にそうと決まったら、その範囲の中で最大限楽しんでやろうと開き直っていた。

 エイリーンの方からも良さげな物を選んでみたり、調子に乗ってポーズまで決めてみたりした。初めの内は照れがあったものの、やっている内に段々と楽しくなってきていた。しっかりとアステラの選んでいる物を観察してみれば何となく傾向も掴めて来るし、アステラの目に留まらなかった物の中からこれぞという物を見付けた時の、アステラの驚く顔を見るのも楽しかった。

 午前の戦利品を自動配送に預けた後、通り沿いの店で空いたお腹を満たしていると、楽しいデートを邪魔する闖入者が現れた。

 アステラの向かって正面から歩いて来たので直ぐに誰か分かった。昨日の連中だ。

「おう兄ちゃん。今日も女連れとはやるじゃねえか。ところでよぉ、昨日の女、何処に行ったか知らねぇか? なあ」

 アステラを見かけて近付いて来たのだろう。

 どうやらエイリーンを探しているようだ。昨晩の復讐にでも来たのだろう。

 お探しのエイリーンはアステラの正面に鎮座ましましているというのに、少し……と言ったら流石に語弊がある。かなり雰囲気が違うとはいえ、ここまで接近しても気付かないとは節穴にも程がある。

 やる事はやったのだから、黙って大人しくすっこんでいれば良いのに。

 というのがアステラの素直な感想だ。

 リーダーの男がわざわざテーブルを回り込み、アステラに近付き顔を寄せて来る。

 何故この手の連中は顔を近付けて来るのか。

「さっさと答えた方がお互いのためだぜ?」

「「へっへっへ」」

 取り巻きの二人が追従ついしょうし、ニヤニヤと下心丸出しの笑みを浮かべている。

 視線は完全にエイリーンお嬢様の胸元だ。

 折角の楽しい一時を邪魔され酷く虫の居所が悪くなっていたアステラは、今回は見逃す気も泳がす気もサラサラなかった。

「殺しちゃダメよ」

 アステラが動き出す前に呟かれたエイリーンの言葉がなければ、男たち三人は物言わぬ骸に成り果てていた事だろう。

 アステラは座ったまま器用にリーダーの男を足だけで転ばせると、腹を思い切り踏み抜いた。座ったままなので、アステラとしてはかなりの威力減だが、この程度の相手ならその位の威力で丁度良かった。

「ぐげっ」

 潰されたカエルの様な姿で悶える男を、アステラはもう見ていなかった。

「てめっ!」「ぶっ殺す!」

 衝動的に懐から何かを取り巻きの二人は取り出した。

 周囲から悲鳴が上がる。

 アステラは見慣れぬその道具を、周囲の反応から武器の類と断定。飛び道具なら少し面倒だが、今の自分ならまあ問題ないだろうと見ていた。

 男たちが取り出したのは小型のビームナイフ。柄は掌に収まる位に小型で、携帯に便利なため広く普及している。小型とは言っても性能は十分。人間程度なら何の抵抗もなく骨までスパスパと斬れてしまう。そのため、この手の荒事にも広く使われていた。

 男たちが刃を出力した事で未知の武器は既知へ。最早警戒すら必要のないレベルへと下がってしまっていた。

 ナイフを振り翳す男たちは隙だらけ。アステラにとっては欠伸が出そうな程退屈な相手だ。左右同時に襲い掛かって来た男達に目にも止まらぬ速さで当身を一撃、出鼻を挫くと、手首を捻りナイフを握った手をそのまま振り下ろさせた。

「「ぎゃああああああああ!」」

 上がる二つの悲鳴。

 ナイフは男たちの太腿に、ズブリと根元まで深く突き刺さっていた。

 二人を突き飛ばすついでにナイフを引き抜くと、地面をのたうち回るリーダーの男に向かって投げつける。バターに熱したナイフを突き立てる様に、スっと二本のナイフが男の顔を掠めて地面に突き立っていた。

「ひいっ!」

 悲鳴を漏らす男を、椅子から立ち上がりもせず三人を制圧したアステラが見下ろす。

 そんなアステラにそっとエイリーンが耳打ち。少し怪訝な表情を浮かべたアステラだったが、直ぐに表情を戻すと怯えた目でアステラを見上げる男に、椅子から離れて近付いた。

 地面に突き立ったナイフを一本抜いて、右手に持つ。男から良く見える様に。

「次、その顔を見せたら容赦なく殺すぞ。死にたくなかったらとっととこの星から出て、二度と俺たちに近付かない事だ。分かったか?」

 男はガクガクと何度も何度も頷いた。恐怖のあまり言葉が出なかったからだ。

 断れば、直ぐにでもあのナイフが自分の命を刈取るだろう。

 むしろまだ命がある事が不思議なくらいだ。男もそれなりに裏の世界で生きて来た人間だったが、死を実感させられる程の殺気を宿すような相手は初めてだった。

「行け」

 アステラが短く命令すると、男はバネ仕掛けのおもちゃの様に飛び起き、仲間の二人に肩を貸し、這う這うの体で退散していった。

「こんな感じで良かったか?」

「ええ。ありがとう」

 エイリーンに振り返ったアステラの顔は、先程までが嘘の様に普段通りに戻っていた。

 エイリーンもにこりと微笑んでいた。ただ、そのうしろには──

「お客様……!」

 笑顔を引き攣らせた店の従業員が立っていた。

 

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