第12話
アステラが駆け付け──もとい。暫く間を置いてからのんびりと歩いて顔を出した時には、男たちは仲良く床に伸びていた。
そこはとあるホテルの一室。壁一面を切り取った窓から見える景色は絶景だろう。生憎ともう陽が沈んでしまったので、真っ黒な海が広がるばかりだったが。
エイリーンはいつもの服を着ていたが、男たちは裸のままだ。ベッドのシーツは乱れ、そこで何があったかを物語っている。
「いやーん。怖かったあ」
突然のぶりっ子でアステラに抱き付こうとするエイリーンを片手で制する。
「やめろ気持ち悪い」
「おいおい、そりゃないぜブラザー」
拒否反応を示すアステラに顔を抑えられながら、エイリーンはヤレヤレと呆れてみせる。
するとまた表情を作り、
「見殺しにするなんて、ヒドイ!」
瞳をウルウルさせて抗議の視線をアステラに向ける。
もしかして本当は……。なんて勘違いをアステラはしなかった。
他人の吐瀉物でも見る様な目と態度で引いていた。
「次やったらぶん殴るわ」
決定事項としてエイリーンに伝える。
「少しくらいノッてくれても良いだろうに」
「なら、もっと身の丈に合った冗談にしろ」
アステラはベッドに歩み寄るとシーツを引っぺがし、男たちを一纏めにして縛り上げる。
「それで? こいつらはどうするんだ」
「どうもしないよ。話ならベッドの上で散々聞かせて貰ったしね。そんな事よりさっさと部屋でも取って寝たいよあたしは。流石に三人相手は疲れたからね」
本当に何もする気がないのか、男たちに見向きもせずエイリーンは部屋のドアへ向かって歩いて行く。その途中、ソファの背もたれに投げ出されていた男の服に、アモルから渡されたVIPカードを忍び込ませたのを、アステラは見逃さなかった。
エイリーンに続いて部屋を出てドアを閉めると、二人はそのままホテルを後にした。
ホテルを出た二人は今、ペネトレイト号に帰って来ていた。
ホテルから人気の無い道へ移動すると、アステラの帰還魔法で帰って来たのだった。
そう。アステラはこの星に来てから、魔法が使えるようになっていた。不具合を起こしていると思われたステータスが、正常に機能しているという事だ。
なぜ急にステータスが復活したのか?
その疑問に答えをくれたのは、セシリアだった。
アモルが所有するこのリゾート惑星、通称アモル星が所属するプリームス星系、これを擁するアルミラ銀河の直近にワープアウトした後、短距離ワープと推進航行での移動の際にアステラがセシリアに尋ねたのだ。
「ステータスが使えないんだが、何でだか分かるか?」
と。
普通の現代人なら「は?」(何言ってんだこいつ。ゲームとリアルの区別もつかねえやべえ奴か?)というありがたい一言を頂戴する所だが、セシリアは違った。
セシリアはアステラを蘇生するに当たり、アステラのありとあらゆる情報を取得している。
記憶や経験、遺伝情報からシナプス回路、細胞の一欠けらも余す所なくである。その中には当然ステータスや、それに付随するあらゆる魔法やスキルも含まれていた。
更にそのデータを足掛かりに、セシリアはステータスの仕組みにまで踏み込んで調べ上げ、その全容を解明するに至っていた。
だからセシリアは答えた。
「情報密度が低いから」
だと。
セシリアなりに分かり易く、端的に纏めた素晴らしい回答だったのだが、現代人であるエイリーンは勿論、ステータスを駆使する当のアステラにも理解されていなかった。
「何だって?」
全く意味が分からなかったので、アステラは素直に聞き返した。
「はあ~」
わざとクソデカ溜息を吐くセシリア。小ばかにした視線をアステラだけに向ける。
するとアステラは躊躇なくセシリアのおでこにデコピンをかました。
それも鍛え上げられた身体能力をフルに活かして、回避も防御も許さなかった。
パチン。
なんて生易しい音ではなかった。バチコーン! と室内に響き渡る程だった。
これはアステラの対妹決戦用、『音だけ凄い、悶絶デコピン』だった。
悶絶させておいて、音だけとはよく言ったもので、本気で今のアステラがデコピンをかませば悶絶程度では済まないからだ。まず間違いなく頭蓋が砕け散る。
「~~~~~~………………っ!」
余りの痛みと衝撃に声も出せず、額を抑えて床をゴロゴロとのた打ち回っていた。
程なくして痛みが引いて来たセシリアは起き上がると、涙目のままアステラに抗議する。
「何をする!」
「デコピンだ。知らないのか?」
シュッシュと素振りをするアステラに、額をガードして後退るセシリア。
そんな二人をエイリーンは「仲がよろしいこって」と、傍観者を決め込んでいる。
「で? 何だって?」
「待て。分かった。順を追って説明するから、デコピンは止めるんだ」
余程痛かったのだろう。というか、そもそもデコピン自体された事などなかったのだろう。
あんな目に遭うのは御免だとばかりに、セシリアは態度を
「じゃあ説明を始めるからちゃんと聞け。お前がステータスと呼んでいるソレは本来、お前の能力を数値化したり、スキルとやらを発動させる為の物じゃない。ソレはネットワークと繋がる為のインターフェースだ」
ここまでは分かるか? と理解度を確認する。
それにアステラはコクリと頷く。
「とは言っても、私たちが使っているようなネットワーク端末とは異なる。人間を素体にしているせいで出力が弱い。よって、何処でもネットワークに繋がれる訳ではない。繋がるためにはネットワークにある情報の密度が一定以上である必要がある。そして宇宙空間の密度はその基準に達していなかったという事だ」
「じゃあ何処ならその情報密度ってのが高いんだ?」
「それは当然──」
セシリア曰く、『一定数以上の生命が存在する事』だそうだ。
魔法やスキルはステータスを通してネットワークを疑似的にオーバーライドして物質世界を改変しているのだとか、うんぬんかんぬん。本当に順を追って一から十を通り越して二十くらいまで説明していた。最早それは説明と言うより講義に近いものだった。
正直途中からアステラは話の半分も理解出来ていなかったが、うんうんと頷いて理解している体で話を聞いていたのを思い出していた。
あれから少しの時間が経ち、アステラが覚えている事と言ったらもう、『生命のある星の近くじゃないとステータスが使えない』という肝心要の部分だけだった。
ペネトレイト号に戻って早々、エイリーンは自室で寝てしまった。
アステラは魔法で酔いを覚ましてしまっていたので、何だか眼が冴えてしまっていた。
惑星時間はまだ日付を跨いではおらず、深夜とは言ってもまだ浅い時間。何となくまだ寝る気にはならず、アステラはペネトレイト号の屋根に上るとゴロンと寝転がり夜空を見上げた。
アモル星から見上げる星空は、故郷のそれとは違うのだろう。
しかし学のないアステラには故郷の星の並びが、星座の位置が、知識として存在しない。
こうして眺めていても、星が一杯で綺麗だなーくらいの感想しか浮かんで来ない。
自分が暮らしていた星が、人々が、その後どうなったか。
今更、魔王に敗れて死んだ人間が、一万年も経った後に気にした所で何の意味もない。守りたかった人たちは既になく、憎かった敵も生きてはいない。国も、世界も、文明も、全ては移ろい流され消えていく。最早自分を知る者はこの
だがこうして慣れ親しんだ大地に足を着け、そこで暮らす人々の営みに触れる事で、アステラは自身が感傷的になっている事を自覚していた。宇宙に居る間は何だかんだと荒事ばかりで、気を紛らわすのに丁度良かったのだなと、今更ながらに気付き、一人苦笑を浮かべた。自分がどれだけ戦いにどっぷりと浸かっていたのかも自覚してしまったからだ。
(父さん母さんが、今の俺を見たらどう思うだろうか……)
国一番の細工師を志していた少年はもうどこにも居ない。
誰かを喜ばせるはずの手は、敵を殺す事に慣れ過ぎてしまった。
アステラの力一つでは広がる嘆きを止められず、敵の悲しみが
アステラは戦いの中で気付いていた。魔王達にも自分たちと同じ様に、怒り、憎しみ、そして悲しみがある事を。友を、仲間を、家族を、思う心がある事を。
それでもアステラは彼らを斬る事を、殺す事を、可哀想だとは思わなかった。仕方ない事だとも思わなかった。躊躇いも逡巡も……。その頃にはもう、何も感じる事はなかった。敵だから殺す。ただそれだけがあった。
世界の時間だけが過ぎ去り、自分の時間はその時からまだ僅かの時間しか経ってはいない。だが心の整理はついていると思っていた。
魔王との戦いに敗れ、死んだ実感があった。
悲願を果たせず無念に思う気持ちはあった。しかしそれと同時に、ああ、これで終われる、終わったんだと、重荷から解放された気持ちがあった事も確かだった。
だから生き返ったのだと知った時は正直、余計な事をと思ったのは事実。そして生き返った先が自分が生きた時代の遥か未来と知り、安堵としたのもまた事実だ。
(解放されたと思ったのに、結局は戦いの中に身を置いている方が安心するなんてな)
アステラが酷く感傷的になっているのは、何も地上に降りたからだけではない。
船からセシリアという一人の少女が居なくなった事も要因の一つだった。
見た目も背格好も、表情も仕草も、思考も喋り方も全く違っているのに、アステラはどこかセシリアに妹を重ねて見ていた。
アステラが本当に守りたかったもの。最後まで守り通せなかったもの。
そして今度もそれは、アステラの掌から零れて行った。
セシリアは別に死んだ訳でもないし、誰かに、何かに強制されて隷属したのでもない。本人が望んで行ったのだ。他人であるアステラがとやかく言う事ではない。
せめてアモルが酷い人間であれば良かった。
己の感情に任せ、アモルをぶっ飛ばしてセシリアを助けてやればいい。
その後の事など知った事か。
そう言って暴れ回る事も出来ただろう。
そうしてやろうと思って見たくもない取引現場にも付いて行った。
そしてそこで見たアモルは、性的指向が特殊なだけの男だった。セシリアに接する態度に悪意は欠片もなく、あるのは溢れんばかりの『愛』だけだった。アモルは善人……かどうかまでは分からないが、少なくともアステラの知るどの悪人にも当てはまらなかった。
「はあ~……。これからどうするかなあ……」
戦いばかり繰り返して来たアステラの悩みとは、つまる所、敵という明確な目標、目的がなくなって何をしたらいいのか分からなくなってしまった事だった。
夜空を眺めていても何かいい案が浮かぶわけでもないし、降っても来ない。
そもそも、この時代の事など何も分からないのだ。
この時代において自分に何が出来、何が出来ないのか、何をしてはいけないのか。
そういった抽象的な事から、もっと切実なお金の稼ぎ方まで。
この星に着いて改めて文明の高さを実感させられた。自分の暮らしていた世界とは隔絶した技術の高さに驚かされはしたが、それには直ぐに慣れた。そこに生きる人たちの営みには、それ程の差はなかったからだ。
道具が幾ら進化した所で、いや──道具が目まぐるしく進化するせいで、それを使う人間は大した進化をしなかった。する必要がなかったからだろう。
店には精緻な細工の施された多種多様な宝飾品や装飾品が並べられ、それらはこの時代においても人々の目を楽しませていた。裕福そうな貴婦人たちはそれらを手に取り、身に着け、買い求めてもいた。
戦いに明け暮れてはいても根は職人だ。未知なる高度な科学技術品よりも、そういった物にばかり目が行くのは必然だった。
細工の技術、デザイン、色彩。見るべき所、学ぶ所は幾らでもある。
生憎と、持ち主の性格なのだろうか、ペネトレイト号にはその手の類の物は一つとしてなく、実用一点張りだ。機能美というのも悪くはないが、やはりアステラとしては少し物足りなさを感じてしまう。
「ふーむ……」
夜空の星々に、街で見掛けた無数のキラキラをイメージとして重ね合わせる。
もう消え去ったと思っていた子供心が、新たな芽を出していた。
それは、周りが迷惑するほど自分のやりたい事を全力でやりたいだけやる、その為には手段を択ばないセシリアという強烈過ぎる存在に出会ったせいだったかもしれない。
短い時間だったが、セシリアの放つ熱は太陽の様に熱かった。
折角生き返った命だ、今度は自分が本当にやりたかった事をやってみるのも悪くない。
アステラは虚空に向かって手を伸ばすと、何かをつかみ取る様に拳をぎゅっと握りしめた。
「よし!」
今は不思議とよく眠れそうだった。
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