第10話

 突如艦内に鳴り響いた警報音に、エイリーンとアステラの二人は顔を上げた。

 いつでも動けるように準備していた二人は直ぐに行動を開始。エイリーンが部屋のドアに近付く。当然だがドアは電子ロックが掛かっているため開く事はない。勿論そんな事はエイリーンも百も承知だ。

 事前に任せろとは言われていたが、具体的にどうするのかは聞かされていなかったアステラは、ここはお手並み拝見と傍観の構えだ。

「P助。出番だよ」

 何処へともなくエイリーンが声を掛けると、妖精姿のP助が姿を現した。

 軍は船のエネルギー炉を全停止させた事で、妖精も無力化したと判断していた。船に搭載された妖精なら、確かにその対応で間違ってはいなかった。しかしエイリーンは、P助の同期分体を作ってマイクロチップに搭載すると、それを体内に埋め込んでいた。船に何かあった場合でもP助の援護を受けられるようにするためだった。

 元気良くエイリーンに返事をするP助に、早速用事を言いつける。

「このドアを開けな」

「合点承知!」

 P助が気風きっぷの良い返事と共にドアに触れると、ピピっという電子音の後、ガチリとロックが解除される音がした。

「開いたよー」

 P助の言葉通り、エイリーンがドアに手を触れると、ドアは自動的に開いた。

 廊下に出ると偶然、事態への対応に艦内を走り回っていた船員の一人とバッチリ目が合ってしまった。船員が警告と共に銃を抜こうとしたが、アステラの方が早かった。

 船員が咄嗟とっさに銃に手を掛けるよりも早く距離を詰め当身を入れると、船員の手の動きから武器を特定し奪い取り、エイリーンに投げ渡す。苦悶の声を上げる船員に止めを刺そうとするアステラをエイリーンが制止。受け取った銃を非殺傷モードに切替え、船員に向けて発砲し意識を刈取ると自分たちが監禁されていた部屋に放り込んでおく。

 セシリアを助け出しても逃げる足が無ければ話にならないという事で、先ずはペネトレイト号を取り戻すべくハッチを目指して移動を開始する。

 慌ただしく艦内を駆け回る船員たちが、二人の脱走に気付いた様子はまだない。しかし今の混乱が落ち着けば直ぐに気付かれるだろう。とはいえ、セシリアが起こしたこの状況が、直ぐに解決出来るとは思えなかったが。

 アステラが船員たちの気配を探り、最初の一人以外の船員に見つかる事なくハッチまで辿り着くのにそう時間は掛からなかった。

 依然、艦内のあらゆる場所から警報が鳴り響いている。事態の解決に進展はない様で、管理室の船員たちやデッキに居る整備員たちも、あちこち点検したり機材を弄ったりしているが状況に変化はない。そんな混沌とした状況にアステラが一人切り込み、一人、また一人と打倒し、管理室を瞬く間に占拠。エイリーンは銃で意識だけ奪うと纏めて縛り上げて転がしておく。

 管理室の異変に気付いた整備員たちが騒ぎ始めていたが、ここまで来てしまえばこっちの物だ。ハッチの開閉ボタンを操作して開かせる。それを見た整備員たちは急ぎ手動の緊急閉鎖ボタンを押そうとしたが、エイリーンが管理室から銃でボタンを狙撃。見事一発で打ち抜いて破壊してしまった。

「よし。行くよ!」

 現代の宇宙船ふねは安全設計が万全である。特に生命維持に関しては優れている。何せハッチの外は真空の宇宙だというのに、艦内の空気が外に漏れだして行かない。特殊な保護フィールドが常に艦の内と外を隔てており、艦内の空気が漏れない仕組みになっているからだ。

 そして──保護フィールドを通って外に出ると、自動的に体の周囲に保護膜が付与され、一定時間人体への害を防ぎ内部の酸素濃度を維持してくれる。余程の長時間船外に出るのでなければ、最早宇宙服などというものは必要なくなっていた。

 軍艦に乗っている整備員たちは勿論軍属である。多少の戦闘訓練も受けていたが、戦闘要員ですら一蹴するアステラに敵うはずもない。アステラが露払いをしながら一気にデッキを駆け抜けると、二人はそのまま宇宙空間へとダイブした。

「P助!」

「ほーい!」

 全停止が確認されていたはずのペネトレイト号から放たれたトラクタービームで、二人は直ぐに収容された。分体による欺瞞工作だった。

 軍が誤認させられたのも無理はない。それは偏に思い込みである。船付きの妖精が船から離れる、離れられる訳がないと。そしてそれは間違っては居ない。妖精は自分の専属から離れる事はないし、過去に離れた例もなかった。

 軍の勘違いは、ペネトレイト号の妖精たるP助が船付きだと思っていた事に尽きる。

 しかし、それを責めるのは酷というものだ。何せ、妖精を生身の人間が専属にしているなど今も昔も、只の一人も居なかったのだから。そもそもそんな事が可能だという事すら知られていなかった。何故なら妖精の専属化には、ネットワークに繋がる機材が必須である。人間にそれを取り付ける為には体を機械化する必要があったからだ。

 エイリーンはそれを妖精と仲良くなる──これにより分体の生成、及び性能不足のチップへの搭載が可能になった──事で回避し、生身のまま妖精を専属化させる事に成功していた。「そんなんで!?」と驚かれるか呆れられるか、はたまた馬鹿にされるか。往々にして抜け道とはそんな物である。

 ペネトレイト号に戻った二人。エイリーンは操縦室に駆け込むと、ペネトレイト号の全ての機能に火を入れて行く。妖精たましいが戻った船体にくたいに血が通い始める。

 一方アストラは、出入口の近くで待機していた。

 セシリアが囚われている船に接近し、乗り移るためだ。


「艦長! ペネトレイト号が稼働しています!」

「何だとっ!?」

 悲鳴のようなオペレーターの報告に、オーマットは驚愕の声を上げる。

 この事態に乗じて何らかの手段で監禁部屋から脱出。その後どうにかして船まで戻ったのだろう。そこまではいい。いや、決して良くはないが、可能か不可能かで言えば可能な範囲だ。しかし、この短時間で一度沈黙した外宇宙船が稼働しているというのは在り得ない。起動中だというなら分かる。『稼働』しているというのが異常なのだ。余りにも早すぎる。まるでずっと起動していたみたいじゃないか!

 キツネに抓まれた様な顔のまま、しばしオーマットは固まってしまっていた。

 しかし次の報告で意識を引き戻さざるを得なかった。

「ペネトレイト号、こちらに接近してきます!」

「何のつもりだ……?」

 現在ガープス小隊に属する艦艇は全て機能不全に陥っている。減速もしていないため航行速度は維持されているが、ただ慣性に従って飛んでいるに過ぎない。無限に湧き続けるエラーと警告の所為で、自律航行は事実上不可能な状態である。

 今なら簡単に小隊を振り切って逃げる事が可能だろう。

 逃げるのが目的ならば、わざわざ近付いてくる必要はない。それとも何か嫌味でも言いに来るつもりか? などと益体やくたいもない事をオーマットは考えてしまう。

 アウクトの船ならばペネトレイト号に対処が出来たであろうが、指示を出すべき人間が今は指揮艦に居る。そしてその彼からは事情を確認する通信が一度あった切りだ。こちらも忙しさのあまり存在を忘れかけていた。

 そこでオーマットは気付いた。

「いかん! 直ぐにセシリア様を確保しろ! 奴らの目的はセシリア様だ!」

「はっ!」

 オペレーターはオーマットの命令を受け、艦の全権限が敵に奪取された時の為の独立有線回線で、最寄りの船員たちにセシリアを確保せよとの命令を伝える。これ以外の回線は有線無線を問わず全ての方式が使用不可になっていた。

 しかしこの時既にセシリアは部屋から姿を消していたため、駆け付けた船員が見付けたのは縛られ床に転がされたアウクト一人だけであった。


『もう直ぐドアが開くから、開いたらそのまま突っ込みな』

「了解。しかし良くあの船に姫さんが居るって分かったな」

 アステラは正面のドアを睨みながらエイリーンの声に尋ねる。

 操縦席のエイリーンは巧みに船を操り、衝突しないギリギリの所まで船を寄せていく。彼我の距離は僅かに数十メートル。宇宙船の速度を考えればゼロにも等しい距離だ。そんな停止中の船でも難しい操作を、互いに航行中の宇宙船でやってのける。それも鼻歌交じりにアステラと会話しながらである。

『リアから連絡があったからね』

「そうか。無事で何よりだ」

『……本当に銃は要らないのかい?』

「姫さんを回収に行くだけだ。殺し合いに行くわけじゃないんだから、これがあれば十分だ」

 アステラは腕に取り付けられる、小さな盾を装備していた。

 それは通常兵器くらいであれば簡単に防げる、ペネトレイト号の装甲の端材で作った簡易の盾だった。使う事がなくて忘れていたのを引っ張り出して来た物だ。

 セシリアに作ってもらった剣は捕まった際に取り上げられたまま、回収できていない。回収している暇などもなかったし、武器なんか消耗品としか思っていないアステラは、別に何の未練も持って居なかった。

『最後にもう一回言っとくよ。さっき渡した腕輪に触れるとリアの位置が表示されるから、それを頼りに探しな。使い方は覚えてるね?』

「ああ」

『それじゃあ、あの子のこと頼んだよ!』

 エイリーンが言うと同時に、アステラの正面のドアが開く。

 外は当然宇宙空間だが、アステラは躊躇いもなく足を踏み出す。生身で宇宙に出るのもこれで三回目。躊躇う理由など何処にもなかった。しかも今回は移乗用のガイドが打ち込まれている。これは海賊が良く使う代物らしい。

 ガイドの光に手をかざすと、アステラの体がガイドに沿って自動で移動を開始し、何の労もなく指揮艦へ取り付く事に成功した。

 本職の海賊であればこの後壁をぶち抜くなりなんなりする所だが、生憎と今のアステラにそんな工具も武器も持ち合わせはないし、必要もない。取り付いた先は人が出入りする用の外部ドア。ドアの光っている部分に手を当てると、スッと開く。これもセシリアの仕業だ。

「便利なもんだな」

 感心しつつ、素早く船内に侵入する。

 船内カメラもセンサーも全て機能停止しているため、待ち伏せなどはなく、直ぐに駆け付けて来るような船員も居ない。

 早速アステラは渡された腕輪を操作し、セシリアの位置と自分の位置を確認する。

 そこには指揮艦内の詳細な地図も表示されていた。

 地図を頼りにセシリアが居るはずの場所へと向かう。道中幾人もの船員と遭遇したが、問題なく制圧していく。確実にセシリアに近付いていってはいるのだが、セシリアはセシリアで何かしているようで、セシリアを示す光点は止まったり移動したりを繰り返している。

 そんなセシリアの姿を肉眼で捉えたのは、機関室と表示された部屋の中だった。

 機関室には他に人影はなかった。セシリアが倒したとは思えないので、元から居ないか出払っていたのだろう。

「はーっはっはっはっはー!」

 誰も居ないと思っているからだろうか、セシリアはやればできる丸を褒められた時以上のテンションで高笑いを上げながら、辺りの機械をバラしては新しく何かを組み上げている。

 特に気配を消してもいないアステラが入って来ても、ズンズンと近付いて行っても気付く様子は欠片もない。良くこれで今まで見つからずに居たもんだと、アステラは妙な感心の仕方をしていた。

 とはいえこのまま眺めている訳にもいかない。

「おーい。姫様ー」

「うはは! うふふははははは! あーっはっはっはー!」

 まるで聞いちゃいなかった。

 

 ずびしっ!


 と、割と容赦なくアステラのチョップがセシリアの脳天に襲い掛かった。

 突然の衝撃に床に突っ伏すセシリア。

「何をする!」

 痛む頭をさすりながら、謎の襲撃者をキッと睨みつける。

「姫様こそ何してんだ」

「姫って言うな!」

「あー、はいはい。分かった分かった」

「絶対分かってない! もういい!」

「おお! 姫からお許しが出たぞ」

「何でそうなるっ!? あーもう! 何の用だ!」

「何の用って……」

 アステラはふとした思い付きで、一芝居打ってみる事にした。

 片膝を床に着いて膝立ちになると、そっとセシリアの手を取って甲に口づけをするフリをした。死ぬ前にも幾度か機会もあったので、中々に堂の入った演技だった。そして下から見上げる様にして視線を合わせ、眩しい程の爽やかな笑顔で言った。

「お迎えにあがりましたよ、姫様」

 その時代掛かった演技に、セシリアは無言でバシバシとアステラの頭を叩く。

 少し、セシリアの頬が赤い様な気がした。

「じゃあ、さっさとズラかるぞ」

「あ、待て! 折角作ったんだぞ!」

「あー、はいはい」

 機関室の床に散らばっている幾つかの完成品を拾い上げると、セシリアに手渡し、そのセシリアごとアステラが抱え上げた。

「よし。良いな?」

「そうだ。これはお前が持ってろ。どうせやればできる丸は取り上げられただろう?」

 と差し出された物をアステラは素直に受け取る。

 形状はやればできる丸と同じだった。

「もっとできる丸だ。使い方は一緒で、機能と性能が上がっている。気に入っていたみたいだからな、作っておいてやったんだ」

 フン。と抱え上げられた状態で顔を背けるセシリア。

「おう。ありがとう。助かるよ」

 アストラが礼を言うと、耳が少し赤くなっていた。照れているらしい。

 セシリアは自分が作った物で素直に喜ばれた経験がなく、感謝される事に慣れていない様子だった。

 アステラは抱えたセシリア(+怪しげな機械たち)の重さも苦にする事なく、一息に艦内から走り去って行った。


「おーう。おかえりー」

 何も心配していなかったと言う様に、エイリーンは操縦席のシートにぐたぁとだらしなくもたれたまま、右手を頭上でヒラヒラさせて二人を出迎えた。

「そんじゃ、とっととズラかるよ!」

「あいあいさー!」

 P助の景気のいい返事に、誰も「サー」じゃないなんて野暮な事は言わなかった。

 ペネトレイト号は加速を開始すると、慣性航行しか出来ないガープス小隊をあっと言う間に置き去りにして行く。そしてそのまま銀河間を移動する長距離ワープへと移行する。ワープの為のエネルギーを貯める時間は十分にあった。行こうと思えば隣の銀河団にまでだって飛べるくらいには。

 目指す銀河系は、今いるカプト銀河から五百万光年ほど離れた、同じ銀河団所属の銀河系だ。銀河団の端っこの方に位置する辺境の銀河だ。

 辺境と聞くと紛争地帯か田舎を思い浮かべやすいが、特にそういう事はない。むしろとある大企業のトップが暮らしている事で有名で、銀河団の中でも有数の銀河である。

「ワープアウト予測地点オールグリーン! いっくよー!」

 ペネトレイト号に搭載されている最新型の長距離移動用ワープドライブ──その名も、セシリアドライブが唸りを上げる。開発者はもちろんこのセシリアだ。

 ワープ航法には幾つかの種類があるが、それは積んでいるワープドライブの種類によって決まる。時空湾曲航法や亜空間ゲート航法が大半を占める中、セシリアドライブは電脳仮想宇宙航法と呼ばれている。その名の通り、電脳仮想宇宙へダイブして目標地点まで一気に転移する航法である。この際、船とその内部全てを損失なく完全に情報化し、一時的に物質世界から消失する所が大きな特徴だ。電脳仮想宇宙には距離も時間も存在しない。そのため、情報の位置を書き換えるだけで目標地点に移動する事が出来る。これが電脳仮想宇宙航法の大まかな原理だ。最も速く、最も安全に、最も遠くまで飛べる。そして──最もエネルギーを消費する航法でもあった。

 因みにペネトレイト号にはセシリアドライブ以外の二種も搭載されている。短距離のワープではこちらを使った方が単純に燃費が良く、状況に応じて使い分けが出来るからという点と、ワープドライブの故障で人通りのない外宇宙に孤立する事を回避するためでもある。

 セシリアドライブが駆動した次の瞬間には──

「はーい。着いたよー」

 眼下に目的地であった銀河が広がっていた。

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