第9話

 そんな過去の出来事がエイリーンの脳裏を過る。

 部屋は外から鍵の掛けられた密室で、目の前には迫るアステラが居る。力でも技でも勝てる要素はない。逃げる事は不可能なこの状況で、エイリーンが選んだ選択は──

「さあ? 昔の事は忘れたねえ」

 これ以上ないほど堂々としたすっとぼけだった。

「それに、女の過去をみだりに詮索するもんじゃあない。ミステリアスな女の方が魅力的だろう?」

 あくまでも自分の過去は語ろうとしないエイリーンの態度に、アステラは溜息を一つ吐き身を離す。拷問でもすれば吐かせる事は出来るかもしれなかったが、アステラにはそんな趣味もないし、必要性も感じていなかった。

「まあ大方裏稼業でヘマして捕まって、足を洗った口だろ。沢山見て来たからな、予想は付く」

「さあ? どうだろうね」

「はいはい。そういう事にしておくよ。気の訓練は落ち着いたらしてやるから心配すんな」

「ひゅー、さっすがー。気前がいいねえ!」

「なお、報酬は別途戴くが」

「ベッドで戴くだとっ!? やっぱりあたしの体が──」

 いやんとお道化た調子で胸を腕で隠す仕草をするエイリーンに、アステラは冷ややかな目を向ける。

「おいおい。そんな目で見詰めるなよ。濡れちゃうぜ?」

「ハァ──ったく、ホントに俺が襲ったりしたらどうする気だよ」

「本気で女を襲う奴は、大体見りゃあ分かるよ。あたしにはね。その点あんたは安全だ。最後の最後、本気であたしが拒めばあんたは手を出さない。人の良い奴さ、あんたは。そういうツラをしてる」

「そりゃどうも」

 淡白な反応でアステラは、エイリーンの言葉を軽く受け流す。

 アステラはエイリーンから視線を外すと、何となくドアの方に目をやった。

「姫さんの方は今頃どうしてるのかね」

「さあてね。何かをしてるのは間違いないだろうけど、何をしてるかまでは分からんね」

 セシリアのアクションを待つ二人は、暇を持て余していた。



 その頃セシリアはと言うと、アウクトと同じ部屋に居た。

 それと言うのも、アウクトがセシリアを自分と一緒にするようオーマットに強く要求したからだ。そしてそれが、アウクトが軍に対して譲歩した見返りであった。

 セシリアの容姿に惚れ込んでいるアウクトと、本星に着くまでの間同じ部屋に居ればどうなるか、そんな事はオーマットも、他の隊員たちも百も承知である。オーマットはこの事に関しても上役に確認を取り、他言無用を条件に許可を得ていた。

 何分相手は正式な婚約者である。王族同士の婚姻である以上事前に関係を持つのは宜しくはないが、それもあくまで体外的な話である。外に知られさえしなければ花嫁が処女かどうかなど、当事者同士の行為の結果であれば何の問題にもならない。許可がすんなり降りたのも、相手がアウクトだったからである。

 そんな訳で二人は、オーマットの出迎えを受けて挨拶を済ませると、指揮艦にある滅多に使われる事のない客室を、専用の部屋として宛がわれていた。王族が泊まる専用ルームとして盗聴防止は勿論、艦長でさえ中の様子を窺い知る事が出来ないよう、妖精によって接続が遮断されている。連絡は部屋の中からのみ可能となっており、外から出来る事と言えば、精々緊急時のアラームを鳴らす事くらいだろう。

 部屋の広さは五十平米ほど。そこにキングサイズのベッドが一つと二人掛けのソファとローテーブル。後はネットワークを使用出来る端末とテーブル、椅子がある。床には毛深い絨毯が一面に敷かれている。また、外の景色が眺められる様、窓の代わりに天井や壁は全面リアルタイムの映像を映し出し、まるで宇宙空間の中に居るかの様な気分を味わえる様にもなっていた。勿論、体や服を一瞬で綺麗にする浄化装置、趣味の色合いが濃い浴室、トイレも別に備え付けられていて、指揮艦──それもたかだか小隊クラスの──の客室としては十分な広さだったが、アウクトは不満気だった。

 部屋に用意されていた調度品はどれも品質と機能性重視で、装飾や芸術性には乏しく、王族たる自分たちが泊まるにはみすぼらし過ぎる、とアウクトはいきどおっていたのだ。

 一方のセシリアは当然そんな事に頓着とんちゃくなどしなかった。

 何なら、アウクトと同じ部屋、一つのベッドで寝なければならないという現在の状況をすら頓着していない様だった。

 セシリアが部屋に入って一番にした事と言えば、自身専用に開発した特殊なネットワーク接続端末を使って、ネットワークにアクセスする事だった。その端末は自身の脳に直接組み込まれていて、自分の視界に直接画面を表示できるようになっている。また、脳が端末になっている事で、入力は思考による直接入力が可能で、手での操作や声、視線など、何かしらの動作が伴う操作が不要になっているのも特徴だ。

 セシリアは作業により効率良く集中するため、服を着たまま浄化装置に入って体を清めると、次に料理を注文し腹を満たし、準備万端整えるとさっさとベッドに仰向けに寝転がった。この間アウクトは何かとセシリアに話しかけていたのだが、アウクトに一切の興味がないセシリアの耳には届いていなかった。

 一人食事を済ませベッドに横になるセシリアを見てアウクトは、腹を立てているかといえばそうでもなかった。

 幾ら話しかけても無視されるのにはどうしたものかと頭を悩ませたが、セシリアが体を清め、食事を摂り、ベッドに横になる段に至って得心した。

 恥ずかしがっているのだな、と。

 なるほど、それなら仕方がない、と。

 初めての行為に対しての羞恥と緊張。やはり思った通り可愛らしい事だ。私が少しずつ解きほぐして差し上げようと、アウクトは今後の流れをシミュレートし始めていた。

 随分と自分勝手で都合の良い解釈であったが、婚姻を控えた婚約者同士が同衾どうきんするのだから、セシリアの容姿しか見ていないアウクトがそう取るのも仕方がない事だった。

 目を閉じネットワーク上での作業に没頭しているセシリアをまたぐ形で膝立ちし、アウクトはその肢体を眺め卸していた。起伏もくびれもとぼしい幼児体型であったが、それもまたセシリアの魅力であるとアウクトは考えていた。

 セシリアは連れて来られた時の白衣姿のままベッドに横になっている。アウクトがまずその白衣の前をそっと開くとその下は、体にピッタリと張り付く上下一体型のインナーのみ。その浮き上がった輪郭から、下着も付けていない事は明らかだった。

 機能の面から言えば確かに、このインナー一つであらゆる気候に対応できる様になっている。生活必需品と言っても差支えない程浸透もしている。だからと言って、本当にインナー一つで生活している人間はほぼ居ない。自宅でくつろいでいる時などならまだしも、外出時にシャツやズボン、スカート等を着用しないのは、流石に現代でも非常識と見られる。一応白衣で隠してはいたが、むしろそれがより変態性を高めてさえいた。感覚としては全裸にコートを羽織っているのに近いものを感じる所だろう。

 服装に無頓着というか、研究以外に全く興味がないセシリアの悪い癖だった。

 そんなセシリアに対し僅かに驚きの表情を浮かべたアウクトだったが、今は好都合だと切替えた。着飾る楽しさは私が教えれば良い。いや、むしろそれが良い。と美しく、可愛らしく彩られたセシリアの未来の姿を思い浮かべ、アウクトは満更でもなさそうだった。

 そんな薔薇色の未来に想いを馳せつつも、アウクトの手はしっかりとセシリアの体を弄び始めていた。まずはインナーの上から優しく、しかししっかりと体の感触を味わっていく。お腹からゆっくりと手を滑らせ僅かでありながら確かに存在する膨らみへ、そしてそのささやかな膨らみの頂きを。

 一頻ひとしきり胸を堪能すると、今度は体の線をなぞる様に手を下ろしていき、あまり肉付きの良くない太腿へ。そして本命へと。

 よもやと思ったが、セシリアは下も着けていない様だった。

 もしかすると……。

 アウクトは一瞬何かが脳裏を過りそうになったが、努めて無視を決め込んだ。

 浄化装置に入れば纏めて綺麗にしてくれるのだ。入浴も着替えも、今の時代必須ではない。必須ではないが、着替えくらいはするのが一般的であり、「着替えない」などと公言しようものなら白い目で見られる事は避けられない。まして王族ともなると当然であった。

 そして事実、アウクトの予感は的中していた。セシリアはインナーの機能が落ちるまでその一着を着続ける。当然着替えなど全くしない。毎日浄化装置で綺麗にはしているのだが、それはそんな事で病気にでもなって時間を無駄にしたくないからで、綺麗にする事が目的ではなかった。

 セシリアはアウクトの手が全身を這い回るのも気にしていない様子で、作業を中断するつもりも、アウクトとの情事を楽しむ気配もない。だがそれはあくまで意識だけの話で、セシリアの未成熟な体はアウクトの愛撫に敏感に反応していた。

 アウクトはそれを満足げに眺めると、いよいよ直に触れるためインナーを解除すべくセシリアの首へと手を伸ばす。この特殊なインナーは完全に体にフィットしており、第二の皮膚と言ってもいい程に密着している。そのため、普通の服の様に脱着する事は不可能である。インナーに付いた専用の解除ボタンを押す事で小さく収納され、輪に変化し、取り外しが可能となる。大概の場合、誤作動を防ぐため首の位置に付けられる事が多かった。

 アウクトの手がインナーの解除ボタンに触れると、一瞬でインナーは消え、ここ数年碌に外気に触れる事のなかったセシリアの、真珠の様に白くなめらかで艶やかな肌が余す所なく晒される。アウクトは初めての頃の様な興奮を覚えていた。異常なまでに逸る気持ちを抑え、丁寧に、かつ優しくその肌に触れる。大変に貴重な壊れ物を、丁重に扱う様に。

 アウクトは直ぐに事に及ぶつもりはなかった。

 自分一人が楽しんでいてはいけない。相手にも気持ちよく楽しんで貰いたい。特に相手はこういった経験は浅そうなセシリアだ。丁寧に時間を掛けて互いを理解しあう必要がある。幸いにも、その為の時間はたっぷりとある。

 以外にも思えるかもしれないが、アウクトはその点は紳士であった。セシリアを粗略に扱う気はさらさらなく、本気で自分色に染め上げる事が彼女の幸せの為であると信じている。アウクトなりに真摯しんしにセシリアに向き合った結果だった。ただそこに、セシリア自身が望む事、アウクトには全く理解できない情動、衝動が含まれていなかっただけに過ぎない。

 三十分、一時間と、アウクトはセシリアの全身をくまなく解きほぐして行った。セシリアの肌はしっとりと汗を纏い、表情に変化は見られなかったが頬は上気し呼吸も荒くなっている。秘所から流れ落ちた雫が、ベッドに確かな証を残して居た。

 体も心も、そろそろ準備が出来たであろうと判断したアウクトは、行為の初めからずっと屹立きつりつしている分身をそっとセシリアの秘所へと宛がった。セシリアが静かに受け入れたのを良しとして──事ここに至ってもセシリアは作業に没頭していただけなのだが──、セシリアへの負担を確認しながら侵入を始めていた。セシリアのそれはアウクトの労力の賜物か、本人と同じようにすんなりとアウクト自身を受け入れていた。

 このまま一息に一番奥まで──。そうアウクトが決断したその時だった。

 それまでずっと閉じられていたセシリアの目が、パチリと開いた。

 セシリアの意識が肉体に戻り、現在の状況を把握する。

(何故こいつが私の上に居るんだ?)

 というのが一番初めに頭に浮かんだ事だった。

 それというのも、セシリアとしてはとっくに済んでいるだろうと想定していたからだ。これほど時間を掛けて前戯をするのは想定外。まさかまだ挿入も済ませていないとは……。と思わずため息が漏れた。

 意識が体に戻った事で、体の状態に意識も引っ張られる。

 セシリアは体に溜まった熱を、脳が焼き切れそうな程の快感を一気に受け止める。全身が性感帯の様に敏感になっている事を自覚する。開いた目は潤み、口が自然と綻ぶと溜息は熱い吐息へと変化する。無意識の内に背中に回された両腕が、アウクトを引き寄せ肌を重ね合わせる。その様子は愛し合う二人そのものの様だった。

 セシリアのその反応にアウクトが驚いたのはほんの僅かな時間だった。直ぐにふわりと顔を綻ばせると、セシリアの動きに合わせた。アウクトを求める様な背中の二本の腕。そこに篭められた力を、悦びと共に感じていた。

 しかし、アウクトが喜んでいられたのもここまでだった。

 セシリアが意識を戻したという事は、即ち仕込みが終わった事を意味する。

 その仕込みとは何か──それは直ぐに形となって現れた。

 指揮艦内の照明が落ち、けたたましくサイレンが鳴り始めたのだ。それは緊急事態を報せる非常ベルだ。それが艦内中で鳴り響いている。それは勿論、セシリアとアウクトが居る部屋とて例外ではない。

 突如として慌ただしくなる艦内。突然の事態にアウクトは何をどうするべきか判断しかねていた。先ほどまでの濃密な空気は吹き飛び、流石にこのまま続きを……という気分になどなれなかった。

 取り敢えず服を身に着け身形を整えると、艦長に事情を問質といただすべく、艦橋へ通じている通信機へ手を伸ばす。直ぐに艦長の応答があった。

「何事だ! どうなっている!?」

「現在原因を調査中です。艦の生命維持機能に支障はありませんので、そのままお待ち下さい。事態が落ち着きましたら改めてお報せ致します」

 努めて落ち着いた口調で艦長はアウクトに告げ、通信を切った。

 だが、背後から漏れ聞こえたオペレーター達の悲鳴や怒号が、アウクトの心に波を立てていた。かといって部屋から出たところで何が出来るわけでもない。自分の船に戻るにしても、こんな状況ではそれも厳しい。停船中であれば外に出て乗り移る事は容易だが、今は航行中だ。生身で行うにはリスクが高い。

 結局は部屋で大人しく状況が落ち着くのを待つ、という選択肢しかなかったのだが、それがかえって不安を煽っていた。

 鳴り止まないサイレンに、所在無げに部屋をうろつき回るアウクト。

 そこでハッと気付いた。動揺するあまり、アウクトはセシリアの存在を忘れてしまっていたのだ。慌ててベッドの方を振り返ると、椅子を振りかぶっているセシリアの姿があった。

 それをどうするつもりか。どういう意図で振りかぶっているのか。様々な疑問がアウクトの脳裏に浮かび、しかしそれを確かめる間もなく自らの体で答えを知る事となった。

「どーん!」

 セシリアは力いっぱい、遠心力を乗せてフルスイングした。

 狙いあやまたず椅子の脚はアウクトの頭と胴体を横薙ぎにし、特に体を鍛えている訳でもないアウクトは、セシリアの不意打ちになす術もなく床に弾き飛ばされた。

「ぐ……うぅ……一体何を……?」

「も一つどーん!」

 苦痛にうめくアウクトに、セシリアは容赦なく追撃を加える。

 振り下ろしの一撃はアウクトの脳天を捉え、アウクトの意識を刈取った。

 頭蓋が砕けていないか、脳に異常はないか心配になるほどの痛撃だったが、セシリアはアウクトの容態を確かめもせず、そのまま手足を浴室に用意されていたタオルで縛り上げる。そこまでを済ませると、埃を払うように手を叩き額の汗を拭う──仕草をする。

 この部屋で二人が来るのを待っていても良いのだが、セシリアは待っているだけの少女ではなかった。

 部屋のドアを開け、部屋の外に出ようとしたところである違和感に気付いた。

 ドアを開けた事で部屋と廊下の気温の差で空気に流れが生まれ、それがセシリアの肌を撫でて行ったのだ。

 セシリアは、アウクトに脱がされた格好のままだったのだ。

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