第7話

「あるんかーい!」

 あるんかーいあるんかーいかーいかーい…………。

 エイリーン渾身のツッコミが部屋に木霊した。

 全力でツッコんだ事により、エイリーンは少し落ち着きを取り戻す事が出来た。

「よおし、アステラ。ちょっと待て。一つずつ疑問を解決していこうじゃないか」

「ここまでで疑問に思う所はないはずだが?」

「あるんだよ! ありまくりだよ! お前の住んでた所はどうなってんだ! ずっと黙ってたけどな、本当はお前が未来の進んだ文明に驚く所だろうが! 何であたしが古代の常識に驚かされてんだよ!」

 エイリーンは密かに、物語等で良くある「過去の人が現代に来て、技術の進歩に驚く」姿を期待していたらしい。一万年前の世界から蘇ったアステラはしかし、「へー」とか「ほー」とか言って感心するくらいで、期待したような反応を見せてくれてはいなかった。

 超光速によるリアルタイム通信に至っては、物珍しそうにさえしていなかった。

「わあ! 空中に人がー」

 みたいなのが見たかったのだろうと推測できる。

 エイリーンの気持ちも分からなくもないが、しかしそんな事を言われても困ってしまうのはアステラだ。

「そう言われてもな。いや、凄いとは思ってるぞ。……ただまあスケールは全然違うが、似たようなモンはあったからそこまでの驚きは……」

「(そんなに文明が進んでた様には見えなかったが……)……例えば?」

「魔法で空を飛ぶ船はあったし、魔法で遠くの相手と会話するなんてのは割と普通だったし、魔法で離れた場所に一瞬で移動するとかも……まあそんな感じだ」

「魔法のバカヤロウ……」

 遥か古代の魔法という謎技術(?)にエイリーンは悪態を吐いた。

「あーはいはい。良いよ分かったよ。魔法凄い、凄いねー」

「うぜぇ」

「んで? 何でそのお凄い魔法が使えないの?」

「だからさっき見せただろ」

 アステラとしては先ほどの一連の流れで魔法を使えない理由は明白な様だったが、魔法の使い方など知らないエイリーンには不十分だった。しかしある程度の推測は立つ。

「つまりあれか? さっきのステータスオープン……とかいうのが上手く行かなかった所為か?」

 エイリーンはステータスオープンの所だけ、少し恥ずかしそうだった。

「そこからか……。となると本当に知らないんだな。こっちでは皆そうなのか?」

「皆そうなんだよ。魔法みたいな技術なら幾らでもあるけどな、本物の魔法を使うやつなんて見た事も聞いた事もないよ」

「マジか……。まあそういう事なら一から説明するか。ああでも先に言っておくが、学者じゃないから俺もそんなに詳しい訳じゃないからな」

 そう前置きして、アステラは説明を始めた。

「とにかく先ず全ての基本になるのがステータスだな。ベースになる本人の能力値と、職業ごとのレベルによる加算でのトータルがその人のステータス値の基本になる。職業はメインが一種で等倍、サブは半減で幾らでも。んで、その全てが加算されるから色んな職を熟してみるのもありだけど、レベルが上限に達したって話は聞いた事ないからメインを上げまくった方が良いとされてる。勿論同じレベルならサブがあった方が良いから、相性の好いサブ職を一つか二つ上げておく人が多かったな」

 これがゲームの話じゃないってんだからなあ、とはエイリーンの感想だ。

「あんたはどうなんだ?」

「死んだときのままならメインが魔法士で、サブが戦士と闘士と騎士と薬師と細工師と調理師と……あと何だったかな……」

 記憶を頼りに指折り数えるアステラに、エイリーンが思わずツッコんだ。

「一つか二つじゃねえ!」

「『多かった』って言っただけだろ。とにかく強くなる事と、生き延びる事を前提に鍛えまくってたらこうなったんだよ。どれも本職とガチれるレベルだぜ?」

「あたしはてっきり『勇者』って職なんだと思ってたよ」

「勇者は称号であって職じゃねえ。まあ、何時頃からかそんな風に呼ぶ奴が居たのは確かだけどな」

 そうこぼしたアステラの表情は、僅かに憂いを帯びて居た。

「まあそれももう済んじまった事だ。さ、話を続けるぞ。職にはステータス加算以外にもう一つ大事な要素がある。スキルだ。レベルを上げていくと、鍛え方に応じて様々なスキルを習得する事が出来る。魔法もスキルに含まれるんだが、習得したスキルは職を変えても使用することが出来るんだ。とまあここだけ聞けばサブ職一杯熟した方が良いように思うかもしれないが、結構レベルを上げないと大したスキルは覚えない。それならメインをガッツリ上げて、上級スキルを身に着けた方がよほど良いって訳だ。レベルの上がり具合は個人差が大きいから、ドンドン上がって行く天才タイプはサブ職が豊富になりがちだけどな」

「おっと、流れる様に自然に自慢話をぶち込んで来やがったぞぉ」

 エイリーンに揶揄われて、アステラも自分の発言が意味する事に気付いた。

「……っ! そういうつもりじゃない!」

「でも~、周りからはそう言われてたんじゃないの~」

「──まあ、そんな風に言う奴も……居たな」

 これは分が悪いと踏んだアステラは、早々に一部を認める事で逃げを打った。

 これが功を奏したのか、エイリーンもそれ以上は揶揄っては来なかった。だがその代わりに話を掘り下げに来た。

「例えば?」

「例えば? そうだな……。生まれて初めて天才って言われたのは妹からだったな」

「ほうほう。それでそれで」

「……ウチは両親が櫛屋をやっててな。父さんが櫛を作って、母さんが色付けをしてた。店で売るのも母さんだった。俺は父さんの仕事を見て真似するようになってた。櫛だけじゃなくて色んな小物や細工物を作ってみたりしてたな。で、出来上がった物は妹にやってた。そしたら凄く喜ぶもんだから、俺も嬉しくなってな、張り切って作ってる内に見る見るレベルが上がって、作品と呼べる様な物も作れるようになった。『お兄ちゃんは天才だね!』なんて妹に煽てられていい気になっていた頃だ」

 アステラは当時を思い出すように、視線を少し上に向けた。

「当時俺は十歳。地方の町で暮らしていた。そこに──魔王軍が襲撃してきた」

「…………」

「風の噂で魔王って呼ばれてる相手と戦争してるってのは聞いた事があった。でもそれはどこか遠くの話で、俺たちが住んでいた片田舎には縁のない話だと、当時の俺たちは思っていた。けど、現実はそうじゃなかった。魔王軍の強さは圧倒的で、気付けば町が蹂躙されていた。その時の俺はただの櫛屋のガキで、武器なんか握った事もなかった。当然魔王の兵士たちに適うはずもない。両親は俺たち兄妹を逃がすために立ち向かって殺され、逃げた俺たちも直ぐに捕まった。殺される──そう思って恐怖で体が震えた。妹を守ってやれなくて悔しかった。逃がしてくれた両親に申し訳なかった。──でも少し、これで父さん母さんの所に行けると思うと、それでもいいやと諦めてもいた。そんな時だ」

「颯爽と救いの手がっ!」

 如何にもな勇者の悲しき旅立ちの始まり的な話に、エイリーンはやや興奮気味だった。

「お、おう。まあ、そうだな。そういう見方もあるかな」

「何だよ煮え切らないな」

「颯爽と現れたのが兵士や騎士、それこそ勇者様だったりすればな」

「? じゃあ何が現れたのさ」

「魔王さ。と言っても、その時──というか、知ったのは随分後だったが。空から現れた魔王が俺たちを殺そうとしていた兵士を止めて、何か怒鳴ってたな。全く知らない言葉だったから、何を言ってたかは未だにサッパリ分からんが」

 魔王が現れた直後から、町を蹂躙していた兵士たちは蜘蛛の子を散らしたように逃げ出した。そしてその兵士たちを、同じ様な格好をした兵士たちが次々と殺していった。

 これも後になっての推測だが、魔王軍では略奪行為が禁止されていたのではないかと、そして禁を破った連中を見せしめにしたのではないかと。魔王の軍を人間の尺度で測るのはどうかとも思ったが、それが一番納得のいく理屈だった。

「その後、魔王の軍が引き上げた後駆け付けて来た戦士団に拾われたり、騎士団に入ったり、紆余曲折を経て魔王討伐の任を任されるまでに至った訳だ。魔王討伐なんて言えば聞こえは良いが、要は戦況が取り返しがつかない程の劣勢。もう打てる手が魔王の暗殺しかないって所まで追い詰められていたってだけだ。そんで、魔王と直接対決する事になって……まあその何だ。負けた訳だ」

「その後がどうなったか知りたくないか?」

「生き返って直ぐの時は気になってたが、少し時間が経って冷静になると今更知った所でどうなるもんでもないしなあって思ってる。やれるだけの事はやって、そんで気付いたらそれが全部遥か過去の事になっていて、正直頭ん中がぐちゃぐちゃだったんだが、一暴れしたら何かスッキリした。こっちでも一応やる事が出来たしな」

「そうかい……(あんまりそうは見えなかったが)。まあこの時代もそう悪くはないさ。もしあんたが死んだ後の事が知りたかったら、後でリアに聞いてみな。ああ、それから実はあたしにはそのま──」

「でも、魔王のヤロウがまだ生きてるとしたら、あいつだけは俺の手で倒したい……ってどうしたエイリーン」

 エイリーンは何か言いかけた口を慌てて塞いでいた。

「い、いや! 何でもない何でもない! 何でもないったら何でもない!」

「そこまで否定されると逆に気になるんだが」

「オトメの秘密だ」

「乙女ってガラかよ……」

 まあ秘密にしておきたい事を暴きたてる趣味はアステラにはなかったので、敢えて深くは追及しなかった。

「えーっと、それで何の話だったか……。脱線し過ぎて思い出せ……ああ! そうだ! 魔法が使えないって話じゃねーか! 何で俺の身の上話になってたんだ」

「あたしが聞きたかったから誘導した」

「お前の所為かよ! まあいいや。魔法やスキルはさっき言った通りステータスが前提になってるんだ。だからステータスが開けないって事は、ステータスに依存している全てが封じられたのと同義。つまり今の俺の戦力は、俺本来の肉体の能力分しかないって事だ」

 アステラとしては今の自分は本来の実力からはほど遠いから、もしそういうのを期待してたのならあんまり当てにするなよと、そういう意味を込めた発言だったのだが、エイリーンの捉え方は違っていた。

 海賊との戦闘を見て、流石勇者様は強いぜとか思っていたのだ。

 それがまさか実力の大半を封じられた状態だったとは。じゃあこいつ本当はどんだけ強いんだ? と未だ馴染みのない『まおう』の記憶を掘り起こしていくと、ステータス全開で戦っているアステラは人外としか思えない強さだった。どのくらい強いのかとか測りかねる程だ。

 それは最早過剰な強さだ。エイリーンとしては海賊との戦闘での動きで十分満足していたのだから。

 でもまあ、この先何があるかわからないし、使えるもんなら使える様にしておきたいよねという下心が芽生えたのは仕方がない事だろう。

「それで、そのステータスが開かない原因は何だ?」

「それはこっちが聞きたい。最初は俺が偽物だからかと思ったんだが──」

「それはない。あのリアが『完璧』だって太鼓判押したんだからな」

「じゃあもう俺には分からんな」

 アステラはあっさりと諦めてしまった。

 何か隠したり誤魔化したりしている風でもなく、本気でお手上げの様だったのでエイリーンもこれ以上の究明は諦めた。

 後でリアに聞いてみればいいか、とエイリーンは考えていた。こういう何だか良く分からんモンを調べるのとか好きそうだしな、と気楽に構えていた。

 アステラの話を聞いていてすっかり忘れかけていたが、ふとエイリーンに疑問が湧いた。

「そういやあんた、さっき私の足を治したのは何だったんだ?」

「ん? ああ。『手当』しただけだが」

「手当してくれたのは分かってるよ。そうじゃなくて、魔法やスキルは使えないんだろ。どうやって手を当てるだけで治したんだって聞いてるんだ」

 当然のエイリーンの疑問に、アステラは何故そんな事を疑問に思うのか不思議気だった。

「そりゃあ『手当』なんだから治るだろ」

「いやいや待て待て。手当しただけで治ったりしねーよ」

「ん?」「ん?」

 同じ言葉を使っている筈なのに、何かが嚙み合わない。

 その齟齬の原因に先に気付いたのはアステラだった。

「ああ! もしかして『手当』を知らないのか!」

「はあっ!? 手当くらい知ってるわ!」

「そうじゃない。多分だが、俺が言っている『手当』とお前が言っている手当は別物だ」

「手当に別も何もないだろ!」

「まあ落ち着けって。別に馬鹿にしてるとかじゃないんだから」

 品行方正とは口が裂けても言えないエイリーンだったが、手当も知らない馬鹿だと思われるのは癪に障ったようで怒り心頭だ。それをアステラは努めて冷静にそうじゃないと宥めると、改めてアステラの言う『手当』を実演して見せた。

「『手当』って言うのはだな、身体に気を巡らせて相手の体に触れる事で、触れた部分の気を活性化して治癒速度を上げる技だ。気を身体全体に行渡らせると身体能力が向上するし、特定部位に集中させれば強化も出来る」

「なるほど……。てか、これはスキルじゃないんだな……」

「気は命、活力と密接に関係してるからな、そこをステータスで制限してしまうと命に関わる」

「確かにな。で? それは誰の受け売りだ?」

「──戦士団に居た治癒魔法の得意なおっさんだよ。『手当』の仕方もそのおっさんに最初に教わったんだ」

「へえ」

 アステラの話で『手当』に興味を覚えたのか、エイリーンがむくりと体を起こす。

「それ、あたしも出来るようになんのかね」

「練習すりゃあ出来るんじゃないか」

「ふむ……」

 おもむろにエイリーンは、ベッドに腰掛けるアステラの背中に、胸を押し当てるようにしてしな垂れ掛かり艶めかしい声で耳元に囁いた。

「今丁度ここに、暇を持て余した美女が居るだろう? 手取り足取り、好きにして構わないから教えてくれないかい?」

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