第6話
目の前のドアが閉まり、ピピっと電子音が鳴ると、ドアは固着したかのようにビクともしなくなった。鍵? が掛かったのだろうと推測出来るが、ドアに鍵穴の様な物は一切ない。何なら把手もなく、全面ツルツルで手では開けにくそうだ。
部屋は六帖ほど。窓もなく、一面金属感丸出しで、壁際に人一人分の幅しかない二段ベッドが一つ備え付けられているのみ。机や椅子すら置いていない。客人を
聞けば、これでもまだマシな方だとか。それに手や足は拘束されていない。武器になりそうな類の物は取り上げられているが。
道中は見慣れない道具で拘束されていた事を考えれば、この部屋からは逃げられないと知っているという事だろう。
と、そこまでを理解すると、アステラは下段のベッドにゴロンと横になっているエイリーンにこれからの予定を尋ねた。
「で? ここまでは予定通りなのか?」
「へ? ああ! 全く予定通りではない!」
断言するエイリーンに、呆れ顔のアステラ。
「あのキザ坊ちゃんが思った以上にダメだったからなあ。坊ちゃんを当てにしたのが失敗だったか。やっぱり道は自分で切り拓かないとダメだね」
「誰の所為とかはこの際どうでもいい。ここからどうするんだ? もしくはどうなる?」
「そうだねえ。このまま手を
「そうか。ご愁傷様。短い付き合いだったな」
「ちょいちょいちょーい! 何で私だけ死ぬ事になってんだ!」
「お前、誘拐犯。俺、巻き込まれた人」
エイリーンと自分を、アステラは順に指さす。
「ハッハー! しかーし! そうは問屋が卸さん、卸させん! 貴様の社員証を実は既に作成済みなのだ! これがどういう意味か分かるかな!」
「社員証……?」
「そう! 社員証だ! アタシがやってる何でも屋は正式に認可された会社……会社って分かるか?」
「分からんが」
「ふむ……。うーん、そうだなあ……まあ、ざっくり言うと店だ」
本当にざっくりと纏めるエイリーン。詳しくかつ分かりやすく説明してやろうという気はあったのだろうが、すわ会社の定義とはとか考え出した所で自分もそんなに詳しくなかったわと気付き、考える事を止めた結果だった。
「店か。それなら分かる」
「社員証ってのはその会社の一員ですよって証だ。分かりやすく言うと仲間だな。一味といっても良いかもしれん。特にウチみたいな零細はな」
「は?」
エイリーンの言いたい事を段々と理解してきたが、理解したくない気持ちが漏れ出るアステラに、エイリーンは追い打ちを掛ける。
「つまりアステラ、あんたもアタシの仲間──誘拐犯の一味扱い! 一蓮托生さ!」
「そんなもん! 事情を説明すれば──」
「王女誘拐犯の事情を誰がそんな熱心に聞いてくれるかねえ。よしんば聞いてくれたとして、『僕は一万年前の人間で、生き返ったばかりなんですー。何処の星? 知りませーん』なんて、何処の馬鹿が信じると思う?」
「そりゃお前……何かこの時代の超技術でだな……」
「悲しいお知らせだがな、この時代の技術をもってしても、細胞の一欠けらも残ってない過去の人間を蘇らせる事は出来ないんだ。肉体を復元しても、姿形が同じだけの別人が出来上がる。魂とかが違う……らしいぞ」
「じゃあ俺は
「いや、あんたは本物だぞ」
「いや、今お前が別人になるって言ったんだろ」
「それは『現代の技術』でならって言っただろ。良く聞いとけ。あんたはリアの技術で蘇ったんだ。魂の復元。これこそがカエル君一号の真価だよ。分かるかねチミ」
「ぶん殴ってやりてぇな。しっかし魂ねえ……。本当にあんのかねそんなもん」
「それを僅か五歳の時に、“科学的に”証明したのがリアさ。歴史的発見。宇宙が震撼した……らしい」
「らしいって十年くらい前の事だろ。そんな大発見の事を覚えてないのか?」
アステラの指摘に、エイリーンは不自然に視線を逸らす。
「いやー当時はちょっとね……。あたしにも色々あったのさ。若気の至りって奴だね」
「へー」
「おいおい。淡白なリアクションだなあ。まあ良いけどね。丁度良い機会だ。リアの事を少し詳しく話しておくよ」
そう前置きして、エイリーンは続ける。
「──んんっ。でだ、それに驚いたのはリアの両親だ。まさか娘がそんな研究をしていたとは知らなかったらしい。気付いた時には手遅れ、リアは一躍宇宙中の注目を浴びる事になった。ここまでは当時のニュースを調べれば簡単に分かる事だ。この後の事は仕事を受けるに当たってあたしがP助と調べた事と、リア本人から聞き取りした事のあたしなりの解釈になる。
──リアの両親は当初は驚きながらも娘の才能を喜んでいた。だけどその後リアが研究開発してくる物を見るにつけ、恐怖を抱くようになった。気付いちまったのさ。自分たちの娘がとんでもない化物だって事にね。そんでそれら全ては闇に葬られた。だけどたった一つだけ世に出される研究成果があった。それが魂についての研究さ。こればっかりは関係各所から突っつかれたせいで、隠し通す訳にはいかなかったみたいだね。んで、二年前だったかな、リアの
「(ゴクリ)……」
あのふざけた名前の装置の創作秘話に、何故か思わず緊張が奔るアステラ。
「五歳の時に死んだペットの犬を生き返らせたかったのさ……」
どんな話かと思えば、年相応の可愛らしい話じゃないかとアステラがホッとしていると、ちっちっち! とエイリーンが指を振っている。
「甘い、甘い。砂糖の蜂蜜漬けより甘い!」
「何だよそれ。そんなもんあんのか?」
「ない! リアが魂の存在を仮定するまでにどれだけの犬を蘇生し、処分した事か。蘇生しては『違う』と言って処分してたらしい。試行回数は三桁を超えてる。なお、これはこの後色んな生物で行われてる。最終的には……分かるな?」
つまりは、人間でも同様の事が行われていたと、エイリーンの言葉は示唆している。
その事を察したアステラは、自分の認識の甘さに言葉も出ない。
「初めの頃は色んな検査もしたそうだが、結果は全て正常。精神にも知能にも異常はなし。理性も、倫理観だってちゃんとある。ただ、それら全てを超える知識欲と言うのか研究欲と言うのか、まあそんな感じのモンがリアを突き動かしている」
「それは実質ブレーキがないのと同じでは……?」
「打ち合わせの段階から色々と話をして来たから分かるんだが、根は良い娘なんだよ。だからあの娘自体がブレーキさ。例えばだ、リアが『全宇宙消滅弾』を作ったとする」
「何それ怖い」
「でも絶対にリアはそれを使わない」
「言い切るな」
「言い切るさ」
「……例えばの、話だよな……?」
「例えばの、話だよ」
二人の間に暫しの静寂が訪れる。
絶対作ってる……。アステラは確信した。
「何で使わないのか聞いてみたのか? 例えばの話だが」
明らかに取って付けた“例えば”だったが、エイリーンも承知の上でそれに応える。
「例えばの話だけど、リアが言うには『宇宙がなくなったら研究が出来ない』だとさ」
「あー……言いそう」
このごく短期間の付き合いでも理解させられる、凄く説得力のある言葉だった。
「それ以外にもあれやこれやとヤバいモンがゴロゴロと……。ああ、勿論例えばだけど。厳重に秘匿されてはいるけど、知ってるヤツは知ってる。ヤバ過ぎて誰も漏らさないだけでね。お陰でリアは色んなトコから狙われてる。良くも悪くもね。本人は気にしてないみたいだけど」
「その筆頭が
「まっ、そういう事になるかね。難しい立場だからねえ。一銀河民としちゃリアは弩級の危険人物だ。早々に始末したいだろう。だけど、一父親としてはあれでも大事な娘だ。幸せに暮らしてほしいと思っているだろうが、一王様としてはリアの研究を国益に生かしたいと考える。だ・け・ど、一度リアやその研究が外部に流出すればどうなるかを考えると、中々どうして碌な結末には辿り着かない。色々と、そう十年近くも考え続けた結果が、リアの研究に全く興味がない相手に嫁がせ、リアから研究の機会を奪うってやり方さ。そうして選びに選び抜かれたのがあのキザ野郎さ。生活に一生困らない程度以上に資産があり、政治権力は比較的低く野心もなく、有能過ぎず、程ほどにお馬鹿。そして独占欲は強い。まさに打ってつけの相手を見付けて来た訳だ」
そこまで話すとエイリーンは、横着に寝っ転がったままアステラの肩に手を伸ばし、ポンポンと叩く。
「とまあそういう面倒くさい状況の娘だから、護衛は頼んだよ」
「思いっきり引き離されてるけどな」
軍に捕まって早々にエイリーンとアステラはこの部屋に監禁され、リアが何処に連れて行かれたのかは分からない。そもそも同じ船に乗せられているかどうかも怪しい。別の船に乗せられている可能性は高く、そうなるとリアの救出はより困難となる。
剣も取り上げられ、機械の事など何も分からないアステラは特にやる事も、出来る事もない。焦っても仕方がないとは理解しつつも、自分以上にリラックスしている奴が居るとどうにも「これで良いのか?」と疑念が湧き起って居心地が悪い。
「こんなのんびりしてて良いのか?」
と、ついつい口を付いてしまう。
「今は『待ち』の時間さ。チャンスは来る。リアはあれで結構な行動派だからね」
エイリーンにはセシリアがどう出るか、分かっている風だった。
「という訳で今暇なんだ。折角だしアステラの話でも聞きたいなーと、お姉さんは思うわけだが」
「──キモっ!」
ベッドの上でしなを作って見せるエイリーンに、アステラの反応は冷たかった。
「ヘイ! そりゃないぜブラザー」
「誰がブラザーだ。……俺を生き返らせるのにネットワークだっけ? から情報を集めたんじゃないのか?」
「あたしは要件をリアに伝えただけだからね。リアはあんたの事、おぎゃあと生まれた瞬間──いやあ、精と卵が結合した辺りから死に至るその瞬間まで、全て把握してるんだろうねぇ」
「言い直し方がマジで気持ち悪い」
アステラのツッコミに、粘っこい笑みを浮かべていたエイリーンはコロリと表情を変えて、ケタケタと笑う。
足をばたつかせ、狭いベッドの上をゴロゴロと左右に転がってると、勢いあまって壁に膝を思い切りぶつけて痛がっていた。
涙目になっているエイリーンにアステラは呆れた様子だったが、エイリーンが余りにも痛そうにしているので「少し見せてみろ」と言って、ズボンの裾を膝の上まで捲り上げさせる。
「ちょっとだけよ……?」
「引きちぎってやろうか?」
「何を?」
「脚を」
「え、こわっ」
「じゃー黙って大人しくしてろ」
アステラが患部に手を当て意識を集中させる。特に何かが起こった様子はなかったが、打ち身で赤くなっていた箇所が正常な肌色に変化して行く。それに伴って痛みも引いて行ったようで、エイリーンは驚きの表情を浮かべていた。
「何これ、凄いじゃない」
「凄くねえよ。……やっぱりダメだな」
アステラはエイリーンの治療を終えると、丁寧に裾を戻してやる。
その丁寧な仕草が照れ臭かったのか、エイリーンの頬が少し赤い。
「あ、ありがと」
「どういたしまして」
そう言ってベッドから立ち上がろうとするアステラをエイリーンが引き留める。
寝るための備え付けのベッド以外、椅子もないような部屋だ。気にしないから座ってろと、そういう事のようだ。
「それで、何がダメなんだ?」
話すつもりで漏らしたんだろう? お姉さんが聞いてやるよ。とエイリーンの顔には書いてあった。
ベッドにごろ寝してなきゃもうちょっと様になるだろうにと、アステラは残念な物を見る目でエイリーンを見つめる。
エイリーンの言う通り、これは自身の戦力に大いに係わる事で、エイリーンにも伝えておくべきだろうと考えた結果だ。顔と態度がウザイのはこの際我慢した。
「魔法が使えない」
アステラは要点を簡潔に、具体的に分かりやすく伝えた。
「何だって?」
なのに、エイリーンは何を言われたのか分からないといった風情だ。
なのでアステラは、今度は説明の仕方を変えてみた。
「ステータスオープン!」
「ああ!」
アステラの掛け声にエイリーンが反応した。だが何故か慌てた様に誤魔化している。
アステラの正面には、一瞬ホログラムの様な物が現れたかと思うと、像を結ぶ事無く乱れて消えてしまっていた。
「という訳だ」
これで分かっただろ? とアステラはエイリーンを見るが、エイリーンにはやはり伝わっていなかった。
「何だよステータスって。ゲームかよ!」
「ステータスも知らないとかお前大丈夫か?」
「ステータスは知ってるよ!」
「どっちだよ」
「ステータスはゲームのキャラの能力値を数値化したモンだろ! 現実の人間にそんなもんはねえ!」
「お前のいうゲームのキャラとやらは良く分からないが、普通ステータスはあるもんだぞ」
ここに来てまさかの
そしてエイリーンは、ハッと気付いた。気付いてしまった以上、聞かずには居られなかった。
「も、もしかして、……レ、レベルとか、あったりすんの……か……? いや、馬鹿な事を聞いたな。すまん」
恥ずかしそうにするエイリーンを、アステラは一笑に付す。
「あはははは。そりゃそうだよな。レベルなんて──」
「ホント可笑しな事を聞くな。レベルを上げなきゃ効率良く強くなれないだろ」
「あるんかーい!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます