第5話

「ああ。こいつが例の」

「そ。リアの婚約者」

「父が勝手に決めただけだ。私は認めてない」

 ツーンとそっぽを向いたまま、セシリアの態度は素っ気ない。

「見た感じそんな毛嫌いするほど悪い奴には見えないが? 姫様の相手に選ぶくらいなんだから、こいつも貴族とかそんなんなんだろ?」

「姫言うな!」

「そそ。アポロジカ王家の第三王子。末の王子で兄弟からは甘やかされてる、らしい」

「それで性格が我儘だとか?」

「うんにゃ。評判は悪くないみたいだよ。キザったらしい喋り口には辟易するが見た目は良し。地位も釣り合ってるし、経済力もバッチリだ」

「それだけ聞くと悪くない相手のようだが。俺の認識だと貴族王族の結婚なんて政治絡みで相手を選ぶモンだったが。いい年したオッサンに嫁ぐのも珍しくはなかったな。その点こいつは随分とマシな部類だろう。年もそんなに離れてないだろうし、何がそんなに不満なんだ?」

 アステラの感覚からすれば、結婚とは家長が相手を見付けて来る事が大半だ。既に意中の相手が居るなどの理由がなければそれに従うのが、庶民の間でも一般的だった。

「……一度だけ見合いをした事がある」

 ポツリ、ポツリとセシリアが語る。

「私は尋ねた。『私の研究室はあるか?』と」

「「んん?」」

 見合いの時の具体的な話はエイリーンも初めて聞くようで、セシリアが真面目腐った顔で語る内容にアステラと同じく疑問符を浮かべる。

「奴は答えた。『君にはもっと相応しい場所がある。それは僕の隣さ』と」

 それに対しアステラは「成程」と頷き、エイリーンは「オエー」と吐くフリをしている。

「私が唯一提示した条件を呑めないと言うなら、断固拒否だ」

 それはセシリアが父である王に厳守するよう伝えた要求だ。しかし王はその要求を無視。むしろセシリアの研究に全く興味がない相手を選び出したのだ。

 セシリアは王家の中でもその異才振りから腫物扱い。かといって下手に外に出せば何を創り出すか分かったものではない。だからこそ、上手く飼い殺しにしてくれる相手を探し出し厄介払いをしたいとの思惑があった。

 見合いの当日、セシリアは直接その唯一にして絶対の条件を伝えたが、アウクトが意に介さなかったことで決断を下す。直ぐ様逃走を図ると、こうなるだろうと予想していたセシリアは事前に依頼しておいたエイリーンによって回収され、そのまま惑星外、星系外、そして銀河外まで来た所で追って来た軍に初めて捕捉されたのが数日前の事だった。

 アウクトも急ぎセシリアを追う手筈を整えたのだろうが、全力逃走中の宇宙船を追いかけ捕まえるのは埒外の事だ。そこで自身が所有する妖精を使い手に入れた情報を意図的に撒き、その道に慣れた海賊を利用した。その策は見事に功を奏し、こうして今軍を出し抜いてペネトレイト号を捕まえる事に成功していた。

 映像の向こうで尚も変わらずアウクトは、セシリアに対する美辞麗句を歯が浮くような言葉遣いで並べ立てていたが、やはりペネトレイト号の面々は誰一人として聞いていない。

 当人を前にして(音声は切ってあるが)、エイリーン達はこの状況をどう打破するか話し合っていたからだ。

「さっきみたいに相手の船を乗っ取れないのか?」

「むしろこっちが乗っ取られない様にするので精一杯だよー」

 P助がそう言うのならそうなのだろう。

 どの道妖精同士の電子戦において、人間が介在する余地など存在しない。

 そんな事までアステラが理解している訳ではないだろうが、P助の言葉を疑う様子はなかった。

「なら、今度はこっちから乗り込んで全員斬って来るか」

 事も無げに言うアステラにセシリアは、

「グッジョブ」

 それは名案だとばかりに、サムズアップで全肯定。

「では、姫の思召おぼしめすままに」

「姫言うな。──任せた。行け!」

 トントン拍子に進む二人の会話に、エイリーンが待ったを掛ける。

「ちょいちょいちょーい! 待て待て、行くな行くな!」

 全力で止めに入るエイリーンに二人は、

「「冗談だ」」

 ニコリともせずに声を合わせる。

「ウソだ! 絶対嘘だ! あたしが止めなかったら本気で行く気だっただろお前!」

「は? 当たり前だろう」

「当たり前じゃねえんだよ相手は腐っても王子だ王子! 海賊共を正当防衛でぶっ殺すのとは訳が違うんだよ!」

「私が許す」

「家出娘は黙ってろ! そんな権限ねーだろが!」

「分かったよ」

「おお! アステラ。お前は話せば分かってくれると信じて──」

「誰にもバレずに殺せば良いんだな」

「誰がんな事言ったよ! 直ぐに殺そうとするんじゃねーよ! 何でそんなに殺したがるんだよ!」

「「手っ取り早い」」

「変な所は気が合うなお前ら!」

 ゼーハーゼーハーと息を荒げるエイリーン。他人を本気でこんなに怒鳴り散らしたのは何時振りだろうか。

 取り敢えずエイリーンの反対を押し切ってまで殺しに行くつもりはないようで、そこには一安心をしながら、エイリーンは一旦呼吸を整える。

「いいか。さっきも言ったがあのキザヤローは腐っても王子だ。それもセシリアと結婚させようかという程度には権威もある王家だ。そんな相手を殺してみろ。直ぐに銀河中──いや、銀河団中に指名手配だ。賞金首だ。大犯罪人だ。捕まったら即死刑。抵抗するようなら殺してもいいし、デッドオアアライブだ。分かったか!」

「しかしお前はもう、王女誘拐犯だろ? どのみち極刑では?」

「誰が誘拐犯だ!」

「お前」

 スッと指をさすアステラの手を、エイリーンはバシっとはたき落とす。

「誘拐犯じゃねーわ! 何でも屋の仕事だよ! し・ご・と! 安全に家出を成功させるっていうな! 最初に言っただろうが!」

「本当か?」

 アステラがセシリアに尋ねると、セシリアはコクリと頷く。

「そうとも言う」

 その様子をジッとアステラは観察していた。

「嘘……ではなさそうだな」

「アンタ……あたしをそんな目で見てたんかい……」

 そこでハッとエイリーンは気付く。もしアステラが自分を誘拐犯だと断定していたら……。敵だとなれば直ぐにバッサリ行くこいつの事だ、自分も真っ二つにされる所だったのでは……? と。事情がまだ完全には掴めていないから泳がせていただけなのでは、と。

 とはいえ、これでその『誤解』も解けた事だろうと、エイリーンは胸を撫で下ろす。

「じゃあこの状況、どうするんだ? 良く分からんが、逃げられないんだろ?」

 そんなエイリーンの心中を知ってか知らずか、アステラは話を元に戻す。

「逃げられないとは言ってない」

「じゃあ逃げたらいいだろ」

「逃げられるとは言っていない」

「どっちだよ!」

「逃げられないとは言っていない(逃げられない)!」

「うぜぇ……」

 エイリーンにも特に良い案はないようだった。

「姫様はどうだ?」

 性懲りもなく姫と呼び続けるアステラに、セシリアは無言でゲシゲシとすねを蹴りつける。

 だが少しも痛がる素振りも堪えた様子もない。やはりセシリアの足が痛むだけの結果だ。

「ぐぅ……。案ではないが気になる点はある」

 そう前置きしてセシリアは指摘する。

「あの男は父側の人間のはず。何故軍と協力せずに海賊などを使った?」

「軍を出し抜きたかったんじゃないか?」

「それだ!」

 エイリーンが何か閃いたらしい。

「P助! それと無くこっちの位置情報を軍が感知出来るように出来るか?」

「そりゃ出来るけど、軍が直ぐにこっちに来ちゃうよ」

「来てもらうんだよ!」

「アディがそう言うならやるけど、後がどうなっても知らないよー」

 特に何かが変わった様子はないが、じきにペネトレイト号の信号を捉えた軍が駆け付けて来るのだろう。

「どういう事だ? 軍から逃げてたんだろ。呼び寄せて良いのか?」

「良くはないが仕方がない。ここは漁夫の利作戦で行こう」


 方針が固まるとエイリーンは改めてアウクトと通信を再開。余裕の表れだろうか、音声はなかったとはいえ映像越しに目の前で行われていた作戦会議も、アウクトの方に気にした様子はない。エイリーンは体中を這い回る悪寒に耐えながら交渉と言う名の時間稼ぎを開始した。

 そして程なくその時は訪れた。

「アディ。来たよー」

「ふぅー……。やっとか」

 P助の報せにエイリーンは安堵のため息を零す。

 アウクト側もその存在に気付いたのだろう、急に映像の向こう側が慌ただしくなっていた。

 そして両者に対し軍からの強制通信が入る。

『こちらはカプト銀河ベーガ星系軍ヒューレリア第七宇宙艦隊所属、ガープス小隊指揮艦長オーマットである。この通信を受け取った船は直ちに停止行動に移れ。指示に従わない場合は抵抗の意志ありと見做し撃沈する事も止む無しと判断する』

 映像、音声共にさっき追いかけて来ていた艦隊の隊長と同一人物。一応念のためP助による解析もかけて確認済みだ。

 今回は軍の指示に従い船を停止させるべく減速に入る。

 現状、P助がアウクトの側の妖精との電子戦に全力を注いでいるため、どのみちAIによる補助もなく、エイリーン一人での操船では真面にワープが使えない。発見されてしまえば逃げ切る事は不可能だった。

 ペネトレイト号の減速に合わせ、アウクトの船も減速を始めた。そうしないと一人先に行ってしまう事になるからだ。

 二隻の宇宙船が停止し、それを囲むようにしてガープス小隊の艦船が停泊する。

 直ぐにペネトレイト号は四隻の巡洋艦級によって上下左右から拘留され、システムに電子ロックも掛けられ起動できなくされた。

 ペネトレイト号の船内にはまだ軍は踏み込んで来ていなかった。

 軍は直ぐにもセシリアを“保護”するつもりで居たのだが、そこに待ったを掛ける人物が居たからである。そう、セシリアの正式な婚約者であり、アポロジカ王家の第三王子であるアウクトだ。

 ペネトレイト号が停船したため止む無く停船したが、彼が軍に従う必要も義務もない。

 軍──ここでは艦長のオーマット──は法的にはアウクトに命令できる権限を持っていたが、下手な事をすれば国家間、いては星系間の問題にまで発展しかねない。政治的問題に対し、一軍人の判断で実力行使に及ぶ事は出来ないのが実情だった。

 その上、アウクトの行為に明らかな不法、不当行為は見受けられず、むしろ婚約者を誘拐犯の魔の手から自ら救い出そうという英雄的行為ですらある。

 そしてその事をアウクト側は十二分に理解している。

 軍から非難される謂れはなく、むしろ感謝される側だと。

 これが他の銀河、他の軍であれば先ずは軍から感謝を述べ、然る後本人の意思を含めどちらが家まで送り届けるか、穏やかに話し合いがもたれた事だろう。しかし現実に現れたのはヒューレリア所属の、つまりプリオーン家子飼いの軍である。当然にして王の息が掛かっている。そして捜索、追跡に当たっていた部隊にはある命令が密かに下されていた。それは、


【セシリアは必ず軍が確保せよ。生死は問わない】


 という物だった。

 政治利用される事が明白なこの状況下で、「はい。ありがとうございます」と手柄をアウクト側に渡すわけにはいかない。いわんやセシリアの身柄をや、である。

 軍の──オーマットの最優先は先ずセシリアの身柄確保。これは絶対だ。生死は問わずとはあるが、あくまで死んでしまっても仕方がないという程度の物で、殺してしまって良いという事ではない。如何に邪険に扱っていようともそこは父としての最後の良心か、はたまた王として子殺しの汚名を被りたくないだけなのか、それは本人にしか分かり得ない。

 特にこの状況では事故を装う事も不可能である。

 オーマットはセシリア王女を乗せた船を確保した事。その場にアウクト殿下が居る事を上官に報告し、今後の対応について指示を仰いだ。

「上から何とか手を回してみるが期待はするな。現場での交渉は一任する。必ず成功させるように」

 との、全く有難くない返答をいただいていた。

 要は、

「若造なんぞ適当に言い包めてさっさと姫を回収しろ。失敗は許さん」

 というクソみたい内容だ。

 通信が切れた途端オーマットがブリッジから一時離れた事を咎める者は居なかった。

 そのオーマットは今、アウクトの船に移乗しアウクト本人と直接面談していた。

 内容は当然、どちらがセシリアを『保護』するか、だ。

「プリンセス・セシリアは私がお連れしますよ。軍人に囲まれているより婚約者である私の隣に居た方が心安らかで居られるだろうからね。むしろこのまま私の星までお越しいただいて、婚礼の儀までの日を過ごしていただくのも悪くない。いや、むしろそれが良い。そうは思わないかね?」

「はは。御冗談を。まだ正式な日取りも決まってない内から、婚約者とはいえまだ輿入れの準備も出来ていない姫をお預けする様な不躾な真似は致しかねます。捜索の『御協力』には感謝致しますが、我々が責任をもってセシリア様を御実家までお送り致します故、御心配なく。また近い内に婚礼の日取りや諸々の支度が済みましたら、陛下の方から御連絡がある事でしょう。どうかそれまで心安らかにお過ごしくださいますよう」

「はっはっ。面白い事を言うね艦長。あんな何処の馬の骨とも知れない犯罪者の船一つ捕まえられない君たちを信用しろと? それは出来ない相談だね。また直ぐに逃げられでもしたら流石の私も黙っては居られないよ?」

「いやはや。これは手厳しい。それを言われると我々も辛い所です。しかし殿下には一つ大きな誤解がある様ですね」

「ほう。私がどんな誤解をしていると?」

「捕まえられなかったのではない、という事です」

「は! 泳がせていたとでも言うつもりかい?」

「ええ。全くその通りです。セシリア様が一体何処へ逃げようとしておられるのか、それを突き止めようとしていた訳です。まさか捜索に出ている部隊が我々だけだなどと思っては居られないでしょう?」

 これはオーマット艦長のハッタリだった。

 確かにセシリアの逃亡先は気になる所ではあったが、さっさと捕まえてしまえば何処に逃げるつもりであったかなど、後から幾らでも調べようがある。とはいえ、その方法は軍や警察の者しか知らない類の方法である。また、捜索隊は確かにかなりの規模で投入されてはいたが、捜索の範囲も広く、この宙域に居る捜索隊は実の所ガープス小隊だけである。しかしその事を知っているのはヒューレリア第七艦隊だけである。他国の王子でしかないアウクトにはオーマットの実しやかな言が虚言であると見抜く事は困難であった。

 その為、アウクトはオーマットの言葉を別の意味に捉えていた。

「それはそれは。君たちの仕事を邪魔してしまったという事かな? だからプリンセス・セシリアは渡せないと? ──ふざけるな!」

 怒りを露わにしたアウクトの反応を見て、オーマットは密かに安堵の溜息を漏らしていた。

「いえいえ邪魔だなどと、とんでもない。その様な事は決して。──ただ、そもそも何故我々が動かなければならなくなったかを思い出していただければ」

「それは──っ! ぐっ……」

 アウクトは痛い所を突かれた様に言葉を詰まらせる。

 見合いの場は新郎側に配慮して、アウクト側の料亭を使った。当然その警備を担当していたのはアポロジカの警察だった。

 セシリアの逃走を許したのは、其方そちらの不手際でしょうと責め立てられれば反論も弁解のしようもなかった。そしてその事をプリオーンは公表していない。表向きは両国の未来を考え事を荒立てる事を良しとしない、などと綺麗事を並べてはいたが、一つ大きな貸しを作るつもりである事は明白だった。

 アウクトは知る由もない事だが、そもそもを突き詰めれば、全ての原因はプリオーン側にある。セシリアの要求を無視し、意に沿わない相手を用意した事。家出を計画している事も、詳細はともかく計画自体は把握していた。そしてそれをアポロジカ側には通達しなかった。むしろ裏から手を回し、見合いからの逃亡に手を貸すまでしていた。

 家出を請け負った何でも屋が軍や王家の想定を上回る匠の技で、用意周到に待ち構えていた捜索隊の輪を掻い潜り、慌てて追いかけたものの、一時とはいえ振り切られた時には、軍の上層部は顔を蒼くしたり赤くしたり大変な有様だった。

 ただの小隊指揮官であるオーマットはそこまで事情に明るい訳ではなく、単なる事実を意味有り気に言っただけである。

 アウクトの頭が冷静であればまだ反論の余地は幾らでも、知恵者、口達者であればオーマットをやり込める事も出来ただろう。しかし今のオーマットは感情的で、経験も浅く、末の王子として甘やかされて育って来ており、あまり我慢強い性格ではなかった。

「分かった! プリンセス・セシリアの護衛は貴官らに任せる! これで良いのだろう!」

 アウクトは苛立ちも露わに吐き捨てる。

 目標の何でも屋の船と同時にアウクトの船も居ると判明した時点で、アウクトの事を調べていたオーマットが情報戦で勝利した形であった。

 思わずほくそ笑みそうになったオーマットの顔が、次のアウクトの言葉でとても迷惑そうな顔へと変わってしまった。

「但し! 貴官の艦に私も乗せていただく!」

 これを拒否し切るだけの口実が、オーマットにはなかった。

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