第4話

「挟まれたー」

 その言葉通り、ペネトレイト号は突如現れた二隻の宇宙船に左右を抑えられていた。

 どちらも元は派手だったであろう塗装があちこち剥げていて、長年使われて来た事を物語っている。ただ一点、船の側面に描かれたドクロのマークだけは綺麗に残されていた。

「海賊か……! いやこの場合は宇宙賊か?」

「海賊だよ! 来るよ! リアはアステラの傍に居な!」

 コクリと頷いたセシリアはトテトテと素直にアステラの背中に隠れる。

 落ち着いてくれたのかと思ったら、背後から未だ興奮冷めやらぬセシリアがブツブツと何かを呟いているのが聞こえてきて、アステラは心中穏やかでは居られなかった。

「しかし連中、どっから湧いて出やがった。P助!」

「動力反応も熱源反応もなかったんだからしょうがないでしょー」

「海賊がよく使う手だからな……。戻って来るだろうと読まれてたか……。加速した後動力を落として慣性航行で待ち伏せってところか……」

 エイリーンは誰に聞かせるでもなく呟く。

「それで、これからどうするんだ?」

「アステラは乗り込んで来た野郎共をヤってくれるだけでいい。狙いはリアだろうから、船を派手に攻撃してくることはないよ。むしろこの状況なら船も傷付けずに手に入れ様と欲をかいてんじゃないかね」

「因みにだが、ヤるってのは『どの程度』だ?」

 含みを持たせたアストラの質問に、エイリーンは凶悪に相貌を歪ませ親指で喉を斬る仕草をしてみせ、床に向けて突き出した。

 つまりは、みなごろしだ。

 その事にアストラもいささかの驚きも見せない。時代は大きく違うが、図らずも賊に情けは無用という概念は共通していた。

 ペネトレイト号の対応が概ね固まった頃、海賊の船長と思しき男から直接通信が入る。

 これは船体同士を有線で繋いで行うため、外部からの干渉を受けにくく、秘匿性も高い。つまりコッソリ相手を脅すのに向いているという事だ。

 海賊船長の言い分はというと、

「大人しく姫を渡せば命は助けてやる。船はいただくし、お前は俺たちの性処理係になってもらうがな。がっはっは」

 とまあ、要約するとこんな所だ。

 宇宙海賊に捕まった者の末路としてはありきたり。

 なんやかんやと脅し文句をつけてはいたが、内容もありきたりで欠伸が出る。

 船内カメラはハックさせてないし、外宇宙探査船の船内をサーチ出来る様なセンサーを海賊如きが持って居る筈もなし。軍の電子戦艦クラスでもなければ抜く事は出来ないだろう。

 つまり海賊たちにはアステラの存在を知る術がない。

 直近の出港記録にある船長のエイリーン一人と、密かに連れ出したセシリア、女二人だけがペネトレイト号の乗員だと思い込んでいる。

 そしてそれ以上に、海賊たちは大きな間違いを犯してしまっていた。

「P助、合図したらあいつらの船の権限を全て掌握しろ。出来るな?」

「そう言うと思って、もう全部抑えてあるよー。いつでも権限を書き換えられるからね!」

「よーしよし! 流石相棒!」

「でへへー」

 エイリーンに褒められてP助は相好を崩す。

 宇宙船の権限を握られるという事は即ち、生殺与奪、全ての権限を握られる事と同義。

 海賊たちの大きな誤りは、妖精を乗せた船を相手に有線を繋いでしまった事だ。

 それでなくとも、あらゆるセンサーやレーダーの類からでも侵入し電子戦を仕掛けられる妖精相手に、多少の防壁があるとはいえ物理的に接続するなど自殺行為に等しい。その可能性を考慮していなかった海賊側の大きな油断であり、大勢はこの時点で決していた。

 しかし敢えて誘い込むのには理由があった。

 海賊たちは荒事に慣れてはいるが軍の様に連携が取れている訳ではない。基本、個々の力量頼みで、総体として軍より遥かに与しやすい。アステラがこの時代の戦闘でどの程度実力を発揮できるか、また、肩慣らしの初陣として丁度良いという点。

 そして情報の入手手段や、情報がどの程度広まっているのか、その辺りを聞き出したい。

 船を盾に脅してもいいが、いよいよ命がヤバいとなれば救命艇で逃げるだろう。それよりは叩きのめして実力の違いを分からせた上で、『お話を聞かせてもらう』という古典的やり方のほうがこういった連中相手には効果的だ。

「移乗始めたよー!」

 P助の報告通り、外部映像にはペネトレイト号の扉に取り付き、何か操作している人の姿が複数映っている。

「扉は適当な所で開けてやれ! 連中じゃ一生掛かっても開けられないだろうからな!」

「あいあいさー!」

「それを言うならサーじゃなくてマムだ! ってこっちが海賊みたいじゃないか」

「似たようなもんでしょー」

 待ち受けるエイリーン達は気楽なものだ。

「じゃ、アステラ。連中の事は任せたよ。敵のボスだけは生かしといてね。連中はそこの扉から部屋に来るからね」

 エイリーンは部屋に幾つかある扉の内、一つを指さすと自分もアステラの後に隠れる。

 アステラはやればできる丸を剣にして構え、集中力を高めて行く。

 何と言っても生き返って初の実戦だ。しかも完全に未知の相手。どんな攻撃が飛び出してくるか予想の立てようもない。だから、どんな攻撃にも対応出来るように全神経を尖らせていく。

「来たよー!」

 P助の合図から数秒、アステラが見つめる扉がスーッと横に音もなく開く。

 と同時。一、二、三──。と目で数を数えながら踏み出す。

「────」

 先頭に居た海賊の一人がアステラの姿を認識。口を開き何か言葉を発しようとした時には既に光の刃がその首を斬り飛ばしていた。

 正に電光石火の一振り。

 続けざまに放たれた蹴りが首無しの胴体を後に弾き飛ばす。

 上には広いが横幅は大人二人分程しかない狭い船内の通路だ。何が起きたのか理解出来ていない後続の海賊たちは、飛んできた胴体に巻き込まれて通路に倒れ込んでしまう。

 当然アステラは二人が態勢を整えるのを待つ筈もない。二人に覆いかぶさる首無しの胴体を踏みつけ、倒れ込む二人を逃がさない様にして剣を射出。それぞれ一撃ずつ撃ち込んで頭部を破壊し確実に息の根を止めて行く。

 アステラが海賊三人を倒すのに要した時間は僅か十秒にも満たなかった。

 余りの手際の良さと容赦の無さに、エイリーンは目を見開いていた。そこに浮かぶのは驚きか、興奮か、はたまた恐怖か。

 セシリアは「ふむ」と零し、当然だなといった表情でやればできる丸を、やればできる丸だけを見ている。死体に驚く事も、アステラの強さにもさして興味はないようだった。

 そんな勇者の強さの一旦を見せつけたアステラは、さてこの邪魔な死体をどうしようかと思案していた。

 するとそこに、海賊のおかわりが現れた。

 今度はそれなりに纏まった数だ。通路が狭いため奥まで見えないが、気配から察するに十人は居るだろう。

 彼我の距離は十メートル程。直ぐに銃を構える事が出来れば、横に避ける事も出来ない狭い通路の事だ、アステラに一矢を報いる事も出来たかもしれない。

 しかし彼らはそうしなかった。彼らの選択は──

「てめぇがやりやがったのか!」

 という、見れば分かる事を怒鳴るという最悪の一手。

 そしてそれが、彼の──彼らの最後の言葉となった。

 一足飛びに間合いを詰めたアステラは、その勢いのまま先頭の海賊の心臓を一突きすると、その生死を確かめる間も惜しむかのように飛び上がり、男の体を踏み台にして前方へと跳躍する。

「あ」「へ?」

 という海賊たちの間の抜けた声を後目に、海賊たちの背後に着地するや集団の最後方に居た一人を振り返りもせずに貫いた。そして振り返る動作で、刺したままの剣を振り更に一人を斬捨てる。

 漸く事態を吞み込み始めた海賊たちが各々武器に手を伸ばそうとするが、時既に遅し。女二人だけの船だと舐め、油断しきり、武器も構えずに敵船に乗り込んで来た代償はその命でもって支払う事となった。

 瞬く間に十人居た海賊の集団も、只の一人としてその武器を振るう事無くアステラによって斬り倒された。アステラの圧勝だった。

 アステラは油断なく視線を走らせ全員の死亡を確認すると、何か納得行かない様子で「うーん……」と首を捻っていた。

 そこにエイリーンとセシリアが顔を出す。

「済んだか。それにしても派手にやったな」

「こんなもん子供に見せるな」

「レディに向かって失礼な。私は大人だ」

 セシリアが大人のレディかどうかは置いておくとして、全く動じた様子がないのは確かだ。まるで興味も関心もないのか碌に一瞥もしない。これはこれでどうかと思うアステラだった。

「子供は皆そう言うんだ」

 なので敢えて茶化す。

「む!」

 出会ってまだ間もないが、こういう素直に感情を表す所は故郷の妹に似て可愛らしく感じる。この時代に生き返ってから慌ただしくて気が回っていなかったが、その妹にももう会う事は出来ないのだなと気付き、一抹の寂しさもアステラは感じていた。

「はいはい。まだ終わった訳じゃないからね。アステラは一先ずご苦労さん。P助!」

「はいはーい。のホイっと。はいおっけー」

「よし。じゃあ向こうのさんのブリッジに繋いでくれ。あ、あとこの死体の掃除もよろしく」

「ほーい。外にポイしとくねー」

 P助が請け負うと、何処からか数台のロボットが現れ、テキパキと死体をどこかに運んで行く。血で汚れた壁や床も、別のロボがあっという間に綺麗にしていった。のだが、船内の保全ロボの活躍を見ている者は居なかった。

 アステラ達は死体の傍に居て気分が好いものでもないので、さっさと場所を移していた。

 場所は操縦室。席は一人分しかなく、あまり広くもないが、まあ三人入れない事もない。

 全員が良く見える様に、正面に映像を投影していた。映って居るのは海賊の船長だ。

「やあやあご機嫌よう。折角の御招待だったが、エスコートの仕方も知らない連中ばかりだったのでね、丁重にお断りさせてもらったよ。だけど折角お誘い頂いたのに、無下に断るだけじゃあ申し訳ない。そこでプレゼントを贈らせてもらったんだが、気に入ってもらえたかな?」

「てめぇ……! 何をしやがった!」

「さあ? 何をしたんだろうねえ。でも、今の自分たちの立場は分かってるんじゃないかい?」

 ペネトレイト号での一方的な蹂躙の様子は海賊船の方でもモニターされており、送り込んだ船員達がどうなったかは聞くまでもない。

 そして今、海賊船二隻の全システムが乗っ取られ、制御不能と化している。

「なあに、少し落ち着いてお話がしたいだけさ。こっちにはあんた達のタマをもらって喜ぶ奴は居ないんでね。けど……、悲しむ奴も居ないって事を忘れるなよ?」

「くっ……。分かった。それで、何が聞きたい?」

「何処で、どうやって『情報』を仕入れた?」

「宇宙港の職員に仲間が──」

「下手な嘘は止めな。今すぐ死にたいってんなら、ウチのにエスコートさせても良いんだよ。あの世までね」

「本当だ! 嘘だという証拠がどこに──」

 尚も言い逃れをしようとする船長の言葉をエイリーンが遮る。

「ウチの船は『妖精付き』なんでね。宇宙港のセキュリティ程度じゃ隠蔽を見破れやしないよ。だからね、あたしとリアはネットワーク上で直接遣り取りをしていた。あんたら程度じゃリアがこの船に乗っている事を──いや、リアが逃げた事すら知っているはずがない。この事を、一体どう説明する気だい?」

「ば……な……妖精だと……。おめぇらこそ、何でそんなモン乗せてやがる!」

「そりゃあ乗せてるに決まってるだろう。この船は外宇宙船だぜ? 知らされてなかったみたいだけどね。あんたら、捨て石にされたんだよ。ホレ、分かったらさっさとゲロっちまいな。もう義理立てる必要もなくなったろ?」

 名前も存在も知ってはいるが、現物を見た事がある人間はあまり居ない。見ていたとしても、外見上の差異は特にないためそれと気付かない。それが外宇宙船である。必然、その性能や各種装備といった全容を把握している者はより僅かだ。

 外宇宙船はその名にある通り、外宇宙──ここでは銀河団、超銀河団の外──を旅するために造られている。なので基本銀河団の外を飛び回っている。団内の船に比べると、装甲の厚さ、ワープ性能、有害物質に対する防御機能などは顕著に差があり、決定的に違うのは、外宇宙船には妖精が必ず付いているという点だろう。これは未知の場所を行く事も多い外宇宙船には、妖精によるナビが必須であるからだ。

「この船って実は凄い船なのか?」

 元からマイクはオフにしてあるアステラの疑問に、エイリーンはバッサリと要約して自信たっぷりに一言だけ、マイクをオフにして振り返らずに答える。

「宇宙一、な」

 それだけでアステラは「ほー」と感心した声を漏らし、満足したようだ。

『ぐぬぬぬぬぬ……』

 唸る船長の顔には逡巡と葛藤、そして恐怖。

 もう一押しで落ちるなとエイリーンは見て取った。

『ああ、もう喋っていただいても構いませんよ』

 そこに初めて聞く男の声が割り込んで来た。キザったらしい喋り口は妙にエイリーンを苛立たせる。映し出された顔、姿は見覚えのあり過ぎるものだった。

「チッ!」

 エイリーンは苛立ちを隠そうともせず、大きく舌打ちして見せる。

『お初にお目に掛るねミス・バール。そして私の愛しのフィアンセ、プリンセス・セシリア』

 まるで気にした様子もなく、キザ男は優雅に口上を述べる。

 それに対しエイリーンは寒気が走るとでも言わんばかりに自らを掻き抱き、当のセシリアに至ってはそっぽを向いて見もしていない。

『先ずは手荒な真似をしてしまった事を謝ろう。こうでもしないと君達には上手く逃げられてしまうだろうからね。それと海賊の諸君、働きには感謝するよ。報酬には見舞金を上乗せしておこう。報酬を確認したら速やかにこの場から離れたまえ』

『そうしてぇのは山々だが、制御を奪われて──』

 海賊船長の訴えを皆まで聞かず、キザ男は頷くとパチンと指を鳴らす。

「あ! お頭! 動かせますぜ!」

「本当かっ! よし、とっととズラかるぞ!」

 制御を取り戻した海賊船二隻は、急ぎペネトレイト号から距離を取ると一気に加速し、宇宙の虚空へと姿を消した。

「P助!」

「逃げられちゃったねえ」

「はあ~……。まあもう別に良いっちゃ良いけどな。あいつらにはもう用はないしな。それより──」

「うん。居るよ。向こうにもね」

 それは向こうの船にも妖精が居るという事を意味していた。

『では改めて、お迎えに上がりましたよ、プリンセス・セシリア。あなたのフィアンセであるこのアウクト・リタ・アポロジカがね』

 腰まである金色の髪をなびかせキザ男は名乗りを上げたが、誰も聞いちゃ居なかった。

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