第3話
「……き……。おい……起きろ……!」
「はっ! ここは……、俺は一体……!」
見た事のある部屋に、見た事のある女が二人。これが既視感というやつかと、アステラは冴えない頭で反応の鈍い体を動かす。
「うっ……、何も思い出せない……」
「そんなんで誤魔化されると思うなよ」
ジトっと冷めた目でアステラを睨みつけるエイリーン。
「こ・こ・で、見てろって、余計な事はするなって言ったよな?」
「思い出せませーん」
詰め寄るエイリーン。それに対し、開き直って素知らぬ顔でそっぽを向くアステラ。
睨みつける事数秒。ちっとも動じる様子のないアステラに、先に折れたのはエイリーンだった。
「はあ。まあいい。だけど蘇生装置動かすのもタダじゃないんだからな。一回目はこっちの都合だったが、今回の分はツケとくからな」
エイリーンの言葉に、流石のアステラもくるりと振り返る。その顔は真剣そのものだ。
その真に迫った表情は只者ではない。幾多の戦場を駆け抜けた戦士の、直に命のやり取りをして来た者の
「な……なんだ……?」
流石のエイリーンもその迫力に気圧される。
「蘇生装置……だと? この世界にはそんなモンが普通にあるのか……?」
「この世界ってかこの時代な。お前にとっちゃ別世界みたいなモンなんだろうけど、時代が違うだけだからな」
「星から離れればそれは別世界だろ」
「は? 世界はそんなに狭くねえよ」
二人の『世界』に対する認識の違いが浮き彫りになっていた。
アステラにとって『世界』とは自分たちが暮らしていた地上世界の事だ。
だが、当たり前の様にワープが使われる現代の世界において、『世界』とは銀河団、ないしは超銀河団、あるいは宇宙そのものを指す。
「ってんな事はどうでもいいだろ。それより蘇生装置の事だろ」
脱線しかけた話を元に戻す。
「条件付きの物なら医療機関に行けば普通にある。脳が無事だとか、遺体の損傷が激しくないだとか、死後あまり時間が経ってないだとかな。これらの条件を満たさない死人を生き返らせる事は、
「それだと俺がいま、こうして生きているのはおかしいだろ」
「そう。つまりここには、現代の蘇生装置を遥かに上回る物があるって事だ」
「何でそんな物がここに……?」
最もな疑問をアステラが口にすると、それまで静かだったセシリアがこれ見よがしにコツコツと足音を立てて何かの機械の前に移動する。
気にはなったのでそちらを見ると、セシリアが機械に片手を付き、もう片方の手でグっと自分を指さしていた。凄いドヤ顔で。
それがどういう意味か分からないアステラではなかった。
「え? マジで?」
「リアは天才……鬼才……奇才……いや、うーん……変才だな」
「誰が変才だ!」
エイリーンの評価に抗議の声を上げるセシリアだが、エイリーンは取り合う様子もない。
「電脳仮想宇宙──あたしたちは単にネットワークって呼んでる情報世界があるんだが」
「電脳仮想宇宙? 情報世界?」
「言われてもピンと来ないか? 大丈夫だ。あたしも良く分からん。おい、P助!」
「はいはーい!」
エイリーンに呼ばれてポンと現れる妖精のP助。
「これがそのネットワーク上に生息する知性体。妖精って呼ばれてる。基本ネットワークから出て来ないんだが、こうして人間に協力してくれるのも居るって訳だ」
「初めまして! 電脳知性体のペネトレイトだよ! エイリーンが付けてくれたんだよ! 良いでしょー」
「名前がないと不便だからな。テキトーにP助とかPちゃんで良いぞ」
それで、とエイリーンは続ける。
「自己とネットワークをリンクさせられるのはこのP助みたいな妖精だけ……って言われてたんだが……」
今度は両手の親指で自分を指してアピールするセシリア。
顎を少し上げ、フフンってなもんで、ドヤ顔もここまでくれば感心する。
「まあ、見て分かる通り、リアだけが現在確認されている、ネットワークにリンクできる唯一の知的人類……らしい」
「凄いよねー」
「そのネットワーク? ってのにリンクできると何が凄いんだ」
アステラの疑問にエイリーンは真面目な顔で答えた。
「この宇宙における全知になれる」
「は? 神様かよ」
「我、まじ、神」
「いえー! ボク、まじ、神!」
セシリアの周りをP助が飛び回り、カミカミ言いながら二人ではしゃいでいる。
「あんま調子に乗らせるな。ウザいからな。まあ実際当てにならん神様よりはよっぽど役には立ってくれるよ。なんせネットワークにはこの宇宙の始まりから現在に至るまでのありとあらゆる全てが、情報として存在してる。そしてそこには、時間も距離もない。等しく全ての情報にアクセスできる。電脳仮想宇宙なんて呼ばれちゃいるが、別に電脳空間に存在している訳じゃない。初めてその存在を確認出来たのが、ワープを利用した銀河ネットを構築している時だったから、電脳空間と誤認してその名がつけられたそうだ。どっちかっつーと、より高次元の世界って感じか? そんな異次元の世界に生息してんのが妖精で、そこに混じれるのがリアってこった。まあ、出来ると言っても欲しい情報が簡単に見つかるとは言ってないが」
エイリーンはスタスタと蘇生装置の傍に移動する。
「そんでもってリアはその全知を使って何してるかって言うと、研究と発明だ。そうして出来上がった物の一つがこの、『誰でもヨミガエール一号』だ。略してカエル君だ」
「ネーミングセンスが死んでる上に、略称もどうなんだ……」
「文句はリアに言ってくれ。このカエル君はネットワークから情報をダウンロードする事で、過去の人物──つまりお前みたいなのを生き返らせる事も出来るって訳だ」
「俺が生き返ったのは偶然というか奇蹟みたいなものって事か?」
「さてね」
シレっと流したアステラのボールを、セシリアが拾う。
「アディの要望に合う人物を私がネットワークから探した。非常に具体的だったから探しやすかった」
「どういう……」「あーあー! カエル君の話はもういいだろ! 終わり終わり!」
露骨に話を終わらせるエイリーンにアステラは不審な目を向けたが、エイリーンの慌てぶりが何だか可笑しくて追及するのは止めにした。
他に気になっていた事があったからというのもある。
「あれからどのくらい経ったんだ? 随分とのんびりしているが」
「うん? 標準時で一時間くらいだな。また撒いてやったから暫くは大丈夫だろ」
「ワープ痕をなぞって元の場所にもう一回ワープするなんてどこで覚えたのさ」
動物が足跡を誤魔化すやり方みたいだなと、アステラはそんな感想を抱いた。P助のそんな賞賛に対しエイリーンは、
「昔取った杵柄って奴だな。何が役に立つかなんて分からないもんだな」
少し得意気に笑っていたが、アステラはその表情に影を感じていた。
「ともかくこれで少しは時間が出来た。という事で情報共有と行こうじゃないか」
船は慣性航行で次のワープが可能になるまでエネルギーを充填しているらしい。
「あんたは分からん事だらけだろうから、その都度聞いてくれたらいい。先ずはこっちの事情を説明しとくよ」
「ああ。分かった」
「じゃま一応改めて、あたしが『何でも屋』の社長エイリーンだ。でこっちが相棒でこの船の専属妖精のP助だ」
「よろしくー」
紹介されたP助が空中でペコリと一礼。
「あんたが社長……だと……?」
「別にそこは驚くとこじゃねーよ。それに従業員はあたし一人だ。もうじき二人になる予定だけどな。そんで、さっきあんたをジュっと
「軍に……。ふむ……。つまりお前を成敗すれば解決と、そういう話か」
武器は持って居ない筈なのに、エイリーンが(斬られるっ!?)と錯覚するほどの殺気をアステラが放つ。動揺を押し隠し、エイリーンは努めて平静を装って返す。ここで舐められると良くない気がしたのだ。
「そういう話じゃねーよ。何であたしを成敗するためにあんたを生き返らせるんだよ」
「冗談だ」
「冗談は笑えるヤツにしてくれ……。えっと、何だっけ。そうそう、あたしはとあるお姫様から依頼を受けたって話だ。『私を連れて行って欲しい』ってな。どうだ? 勇者様的には燃えるシチュエーションじゃないか?」
「いや別に。俺の使命は魔王を倒す事だけだったし、俺もそれを望んでいたからな」
「ああそう。まあとにかくだ、依頼を受けたあたしは依頼人の姫様を連れ軍の魔の手から逃れている最中という訳だ」
「成程。取り敢えずだが現状は理解し……うん? その説明だと……」
「気付いたか。そう何を隠そうカエル君の発明者にして稀代の研究馬鹿、リアことセシリアこそ依頼人の姫様御本人さ。本名はセシリア……何だっけ?」
「セシリア・ベーガ・ヒューレリア・プリオーンだ。覚えなくて良い」
「ああ、了解だ。姫様」
「姫様と呼ぶな。リアと呼べ」
「分かった。気を付けるよ姫様」
「……どうやら言語機能に致命的な欠陥が生じているようだな!」
セシリアはまなじりを吊り上げにじり寄るが、アステラはそれこそ幼子を相手にするように軽く受け流してしまう。
「はっはっは。そんな怒るなよ。勇者ジョークだ。分かるだろ? 『姫様』」
お道化た調子でふざけた事をぬかすアステラに、セシリアは怒り心頭だ。
「ムッ!」
ポカスカとアステラの体を殴りつけるが、インドアお姫様の拳では戦場で鍛え抜かれたアステラにダメージを与える事は出来なかった。まるで堪えた様子のないアステラに益々不満を募らせるセシリアだったが、自分の手が痛くなるばかりだったので涙目で降参するしかなかった。
その様子を、
「どこまで話したっけ……。ああそうだ、リアがお姫様で、軍に追われているってとこだ。何でリアが逃げ出したかって言うと、強引に望まない結婚をさせられそうになってな。まあ多少は王族だから仕方ないんだろうけど、それでも限度ってもんがあるよなあ?」
アステラがいた世界でも度々耳にした、よくある話だ。
「こんな宇宙を飛び回る様な時代になっても、人間のやる事は大して変わらないんだな」
「言えてるな」
星を飛び出し、銀河を飛び出し、肉体からの束縛を捨て、機械の体で半永久の命を手に入れてもなお──人の心がある限り、欲望の炎が消える事はない。そんな欲塗れの人間を数えきれない程見て来たエイリーンは、苦笑いを浮かべるしかなかった。
「とまあそんな訳で、軍は追っかけて来るわ、婚約を蹴られたお相手さんもカンカンだわ、絶賛モテ期到来中って感じなワケよ。そこであたしゃあ考えた訳さ。『追われる姫様を助けるのは騎士か勇者様の仕事では?』ってな。そこであんたに白羽の矢が立ったのさ」
ポンポンとエイリーンがアステラの両肩を正面から叩く。
「どんな理屈だよ……。それに御期待には添えそうにない結果だった訳だが」
先ほど一瞬で灼き尽くされた事は記憶に新しいにも程があった。
「船同士の戦闘で役に立ってもらおうとは思ってないよ。そりゃあ軍艦なんかを撃退出来るなら是非お願いしたいところだけどね。あんたの役目はリアの護衛さ。リアを捕まえようと思えば必然、この船に乗り込んでくる必要がある。乗り込んでくれば後は人と人の戦闘だ。そこでなら勇者様の力も十分に発揮できるだろ?」
「分からんとしか言いようがない。何せこの時代の人間の強さが分からないからな。因みにだが、エイリーン、あんたはどの位だ?」
「あたしか? そりゃあ荒事も慣れちゃあいるが本職には勝てんよ。素人以上玄人未満。身を守るのは得意だけどね。つまり戦闘では当てにしてくれるな」
「ふぅん……。結構『出来そう』だと思ったんだけどな……」
「まあ、あんたが本来の力を出してくれれば問題──アッ」
「ん? 俺の力がどうしたって?」
「何でもない!」
慌てて何かを誤魔化すエイリーン。その様子を「可笑しな奴だな」と笑いはしても、アステラが特に何かに気付いた様子はない。
「まあ話を聞いた以上はやれるだけはやってみるが……」
「おお! 流石は勇者様! 引き受けてくれるか!」
「勇者様は止めろ。アステラって名乗っただろ。そっちで呼んでくれ。じゃないと本当に……」
アステラは敢えてここで間を取った。そして先ほどの斬る様な鋭い殺気とは異なる、心胆寒からしめる重く冷たい殺気を放ち始める。
ゾクッ!
突如襲った悪寒で、エイリーンの背筋が凍り付く。
矛先を向けられていないセシリアまでペタンと床に、腰を抜かして座り込んでしまっている。その点、何とか二本の足で立っているエイリーンは流石と言っていいだろう。
「本当に……?」
声が震えない様に気を付けながら、おうむ返しに尋ねる。
「────」
アステラからの返答はない。ただ沈黙だけが部屋を支配している。
その沈黙が非常に恐ろしい。エイリーンはゴクリと唾を飲み込むのも苦労するほどだ。P助は状況が分かっているのかいないのか、「ハラハラ、ワクワク、キャー!」と一人楽しそうだ。
「──いや、何でもない」
勿論、何でもないわけがない。
敢えて明言しない事で想像を掻き立て、より強い恐怖を与えようとしている。
そうと気付いたエイリーンは、アステラを本気で怒らせるのはやめておこうと心に誓った。
「うう……自分は私の事を姫って呼ぶ癖に……」
セシリアはアステラに聞こえない様にそっと呟いていた。
「引き受けるのは良いが、何か武器はないのか? 流石に丸腰じゃな」
気付いていないのか、気付いていないフリをしているのか、アステラはセシリアの呟きにはスルーを決め込み、護衛させるなら護衛させるでそれなりの物を用意するようエイリーンに頼んだ。
それもそうだと、エイリーンが倉庫にアステラが使えそうな物がないか探しに行こうとすると、セシリアがそれを制止する。
「そう言うだろうと思って作っておいた」
セシリアが白衣の中から取り出したのは、何らかの金属で出来た短い棒の様な物──にアステラには見えた。長さは二十センチ少々といった所か。
エイリーンは直ぐにピンと来たようで。
「それ、
セシリアはコクリと頷いた。
光線銃──普通は銃とだけ呼ばれるこの武器は、現代では個人が携帯する一般的な武器だ。エネルギーパックの交換式で、エネルギーを弾として単発撃ち、連射、線状と様々な発射方法を、その場その場で切替える事が出来る。形も様々で、古式ゆかしき火薬式銃型や握りの付いた輪っか状の物やら、手の形状に合わせたオーダーメイド品なんかも人気がある。
「私が改造した特別仕様。やればできる丸だ」
武器の改造は、勿論違法である。
そんな真面な倫理観と正義感を持った人物はアステラ以外に居なかったが、アステラは銀河法など知る由もない。つまりは気にする者は誰も居ないという事だ。
ハイとアステラに手渡すと、セシリアは使い方について説明を始めた。
「使い方は簡単だ。握って念じる。それだけだ」
「へえ……」
アステラは言われた通り握って『剣』をイメージしてみた。
すると、棒の先端から光り輝く刀身が現れた。
「おお!」
これにはアステラも素直に感心した。
「へえ」
と、エイリーンも興味深げに眺めている。
「それは本来ただ打ち出されるだけのエネルギー弾を循環させる事で固定させ、剣の形を形成しているのだ。長さも幅も自由自在だ。出したり消したりもな。勿論弾として撃つ事も出来る。古代の勇者だと言うから、剣の方が良いだろう思って用意しておいた」
「ほー、へー、ふーん。良いなコレ。名前はアレだけど」
アステラはセシリアの説明を聞きながら、実際に色々と試してみていた。
流石は勇者と言うべきか、直ぐに扱いには慣れたようだった。
「天才だっていうのは本当なんだな」
「こんな物を褒められるのは不本意極まりない。……極まりない! 在り物を少し改造しただけのこんな……こんな……! 時間と設備と研究費さえあればもっと勇者に相応しい最高の武器を生み出して見せたものを! 宇宙を斬り裂き、時空を斬り裂き、因果の全てを斬り裂く! あらゆる次元を突破し、真に最強の勇者にしてやろう! はーっはっはっはっはっはっはー!」
豹変し高笑いを上げるセシリアに「えええ……」とドン引きのアステラは、助けを求めるようにエイリーンに視線を向ける。それにそんな物騒な
「あたしもこんなリアを見るのは初めてだ。けど、これはきっとあれだね。自分の中でゴミだった物が褒められたのが気に入らないんだな。今のこの船の中じゃ碌に研究なんて出来ないしねえ。色々溜まってたものが爆発したんだな」
冷静なエイリーンの分析に、やはりアステラは困惑するしかなかった。
「どうすりゃ良いんだよ」
「ほっとくしかないね。早いトコ目的地まで送り届ける。これが一番だよ」
「ああ、そういえばそれ、聞いてなかったな」
「ああ。勿論ただいい加減に飛び回ってるわけじゃないさ。ちゃんと逃亡先は用意してあるさ」
そう言ってエイリーンはニヤリと笑う。
「ここからすこーし遠くの銀河にね、リアを受け入れてくれるって御仁が──」
「ごめーんアディ」
P助がエイリーンの話に割って入る。
それは緊急事態の報せだった。
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