第2話

「……功……か……」

「も……目……だ」

 覚醒途中の朦朧とする意識の中、二つの声が降って来る。

「……あり……よ」

 更にもう一つ、声が増える。

 俺は生きて……いる……?

 試しに目を開けて見る。

 瞼が重い。

「うっ……」

 飛び込んで来た白い光の眩しさに、思わずうめき声が漏れる。

「おお。これは凄いな。ほんとに起きた」

「成功だ」

 光に慣れて来ると、ぼんやりと滲んでいた視界が鮮やかに彩られていく。

 鮮やかとは言ってみたものの、目に飛び込んで来た部屋は白一色だったが。

 そして上から俺の顔を覗き込んでいる女が二人。

(どうやら俺はベッドか何かに寝かせられているらしい)

 身体はまだ思う様には動かない。

 漆黒の髪と瞳が特徴的な女が繁々しげしげと、無遠慮に顔を覗き込んで来る。

 随分と「やんちゃ」な印象の顔付、年の頃は二十は過ぎているだろうか。纏う雰囲気は以前時々見かけた賊の女頭領に似ている。服装は深紅の上下、襟元からは黒のインナーが覗いている。体に密着するデザインで露わになるラインは女性的魅力を強調し、また独特の光沢がある生地は俺には見た事がない物だった。ド派手な衣装だが、何故かしっくり来る。

 もう一人の女──いや、少女は明らかに十代。それも下手をすれば前半かという幼い容姿。見た事もない緑の髪に透き通る様な蒼い瞳。幼い容姿とは打って変わり、黒髪女とは違って高い知性を感じさせる。足首まである白のローブの様な物──いわゆる白衣だ──を着ているためその下を伺い知る事は出来ないが、見た目にそぐわないという事はなさそうだ。

 その蒼い瞳は今、虚空を見つめながら一定の周期で上下し、左から右へと動いている。まるでそこにある何かを読み込んでいる様に。

 この部屋に居るのはこの二人と俺の三人だけのようだ。

 ──ん? 確かもう一人居たような気がしたが、気のせいか……?

「あたしはエイリーン。エイリーン・真田・バールってんだ。で、あっちのちっこいのが」

「セシリア。リアで良い」

「で、あんたの名前は?」

「アステラ……。アステラ・クテナ……だ……」

 重い口を開き、何とかそれだけ口にする。

 俺のたどたどしい返事に、エイリーンはニカっと人好きのする笑顔を浮かべる。

「ようこそアステラ! 未来の世界へ!」

 これが俺の不運の始まり。エイリーンとセシリア、二人の爆弾娘との出会いだった。



「未来……?」

 エイリーンが何を言っているのか分からない。というよりも、何言ってんだコイツ、みたいな表情を浮かべるアステラ。

「ここはお前が死んでから九八七二年と十一か月──」「一万年後の世界さ」

 具体的な数字を並べ立て始めたセシリアを遮って、エイリーンがざっくりと纏める。

「一万年……」

 まるで想像もつかない年数を出されても、ちっともピンと来ていなかった。

「見れば分かる」

 セシリアがそう言って壁のパネルを操作すると、一面が真っ黒な世界へと切り替わった。

 真っ黒な世界には無数の、それも数えきれない程の光の粒が浮かんでいた。

 アステラはその神秘的な世界に目を奪われながら、言い知れぬ怖さも感じていた。

「宇宙だ。宇宙は分かるか?」

「空の……もっと遠くだって聞いた事は……ある」

「そう、その宇宙だ。そしてここはその宇宙を旅する宇宙船、それも銀河団を超えて行く外宇宙探査船の一室だ」

「銀河団? 外宇宙探査船?」

「うん? 言語機能に異常があるのか? インプットは完璧な筈だが」

「いやいやリア。そうじゃない、そうじゃない。もっと分かりやすく説明しないと」

「むう」

 セシリアはエイリーンの指摘に不満そうな顔を浮かべ黙ってしまった。

「いいのか?」

「大丈夫。これ以上どうすれば簡単になるのかとか考えてるだけさ。それより、だ。ここは宇宙を移動するための船、その中の一室さ。ここまではいいな?」

「ああ」

「因みにこの船は私の船だ。凄いだろう?」

「いや、知らないが」

「つまらん反応だなあ。まあ良い。さっきも言ったけど、ここは一万年未来の世界だ。そしてあたしらがこの時代にあんたを蘇らせたんだよ、勇者・さ・ま」

「やはり俺は死んだのか……」

 アステラは悔しさを滲ませる声で呟いた。

 自分の姿は記憶にある、魔王と最後に戦った時のままだったからだ。

「幾つか……聞いても良いか?」

「おう。勿論。何でも聞け。何でも答えらえるとは限らないけどね」

「じゃあ早速で悪いが──」

 アステラが無数にある疑問の内、特に気になっている幾つかを尋ねようとしたその時、ビー! ビー! と耳障りな音と共に部屋が赤く染め上げられる。

「どうしたP助!」

「空間振動波を検知。距離は10SS──基準を定めた星が所属する星系の、恒星から外縁惑星までの距離。過去に使われていた言語の略称。正式名はStarSystemスターシステム──。来るよ! 数は──十!」

「チッ! 空気の読めない奴らだな!」

 エイリーンは軽く舌打ちしていたが、言葉とは裏腹にその顔は獰猛どうもうわらっていた。

「済まないね。ちょいと急用が出来たから席を外すよ。あんたはそこでリアと見てりゃいい。余計な事はするなよ!」

「早くしてねー」

 P助と呼ばれた謎の声に、「分かってるよ!」と怒鳴り返し、改めてアステラに振り返る。

「あんたを生き返らせた理由が、コレさ」

 そう言ってエイリーンは部屋を後にした。


 エイリーンが船の操縦席に戻ると、背中に二対四枚の羽根を生やした掌くらいの小さな人型をしたモノ──所謂妖精の姿をした何かが、腕を組んでエイリーンを待ち構えていた。

「遅ーい!」

「船の操縦くらいP助がやってくれりゃあ良いのにねえ」

「ダメダメ。僕ら電脳知性体は人間さんのサポートをするだけって決まってるんだから。現実世界じぶんたちの事は現実世界の人間じぶんたちでやらなきゃね」

「へいへい。わーかってますよって。言ってみただけさ」

 この外宇宙探査船にブリッジはない。あるのはこの操縦席だけだ。電脳知性体──通称妖精──による手厚いサポートがあるので、人間は操縦桿を操作するだけでいいからだ。

「んで、やっこさんらは今どうしてる?」

「もうワープアウト済ませてこっちをロックオンしてるよ」

「げっ。マジかよ」

「マジマジ。って言ってたら通信来たよー」

『識別番号LCOP-7531287218、外宇宙探査船ペネトレイト号に告ぐ。直ちに停船されたし。繰り返す。直ちに停船されたし。これは銀河法に基づく命令である。停船の意志が認められない場合は、機関部ないしは船体の破壊も辞さない。これは脅しではない。速やかに停船し、此方の指示に従う事を望む』

 メッセージは音声だけ一方的に送られて来た。合成した音声でなければ相手は壮年の男性。相手方の艦長辺りだろう。

「って事だけど、どうする……って聞くまでもないか。この船ぼくに武器は付いてないもんね」

「ああ。逃げるに決まってんだろ!」

「ヨーソロー!」

 ペネトレイト号は推力を上げ逃走を開始した。


「艦長! 目標、加速を開始しました!」

「今度こそ絶対に逃がすな。砲撃を許可する。第一射は威嚇だ。当てるな」

 十隻にも及ぶ艦隊の砲が一斉に逃亡を図るペネトレイト号へと向けられる。

「てぇっ!」

 艦長の号令一下、ペネトレイト号の周囲に向けて一斉射が行われる。

 これで相手が減速、停船しなければ、機関部を狙った精密射か、接近、接舷してからの白兵戦だ。相手は船長一人と判明している。白兵戦となれば負けはない。

「電子戦の状況は」

「相手の防壁が堅く突破は現実的ではないかと」

「構わん。続けさせろ。妖精の力を削げればよい」

「はっ!」

 こちらの妖精はこの指揮艦に居る一人だけだ。その妖精は艦隊全ての運航と火器管制の補助、そして今は電子戦も担っている。

 一隻だけに集中している相手の妖精と電子戦で渡り合うのは困難だった。

「簡単にはいかんものだな」

 艦長は前方スクリーンに映るペネトレイト号の後姿を睨んでいた。


「砲撃来るよー! 動かないでねー」

「了解! 威嚇を入れてくれるなんて、お上品な軍隊様のやる事は違うねぇ」

「ねー」

 船を包むように周囲を貫いていく閃光を、二人は気楽気に眺めていた。

 だがのんびりしていられるのもここまでだ。次は当てに来る。いきなり大破させには来ないだろうが、捕まればどの道宇宙の藻屑になるのと大差ない運命だろう。

 エイリーンは少し真面目な表情でP助に尋ねる。

「次のワープが出来るまで、後どの位掛かる?」

「短距離なら行けるよ。長距離はまだ暫くかかりそー」

 ここでP助が言う短距離とはおよそ十万光年未満、長距離とは百万光年以上千万光年未満を指す。

「短距離を二回、出来るかい?」

「うーん……距離を三分の一くらいにすれば……うん。行けそう」

「良し。じゃあそれで行こう」

「直ぐに追いつかれるよ?」

「だからな……(ごにょごにょ)。出来るかい?」

 誰も盗み聞く者など居ないのに、小声で内緒話をするエイリーン。

「あはっ。面白い事考えるね。いいよ。やってみよう!」

「じゃ、次の砲撃を躱して挑発してから決行な」

 ニシシと楽しそうに笑うエイリーンにP助も便乗する。

「何の必要があるのか分かんないけど、いいね! 面白そう!」

 楽しそうな操縦室とは打って変わり、只々状況を眺めているしかないアステラとセシリアはというと──。

「なっ……! 大丈夫なのか!?」

「大丈夫。死ぬときは一瞬だから」

「それは大丈夫じゃねえ!」

 アステラのツッコミに不思議そうに首を傾げるセシリア。

「くそっ。我慢できねえ……。どうやったら外に出られる?」

「出てどうする」

「俺が何とかしてみるさ。勇者だなんて呼ばれてたのは伊達じゃないんだぜ」

 意識がハッキリしてからは身体も思う様に動かせる様になって来ていた。

 本調子とはいかないまでも、見たところ真っすぐ飛んでくる攻撃を弾く位は出来る筈だ。

「分かった」

 セシリアが指を虚空に走らせると、エイリーンが出て行ったのとは別の壁が開き、一本の通路が現れた。

「真っすぐ行けば外」

「おおう。マジか……。何か良く分からないが凄いな……。じゃあちょっと行って来る」

「行ってらっしゃい」

 一目散に通路を掛けて行くアステラの背中を、セシリアは静かに見送った。

「良いデータが取れる、かも?」

 そしてその事に船の本体と言っても過言ではないP助が気付かない筈がなかった。

「あれ? 外に出る扉が開いたよ?」

「は? 何でだよ……って、えええええええええええ! 何やってんだアイツ!」

 船の外部映像を映すとそこには、着の身着のままの姿で船の上に立つアステラの姿があった。何やら両腕を突き出して構えているのは分かる。

「さっさと連れ戻せ!」

「保護膜がされてるし、だいじょーぶ!」

「問題はそこじゃない! リアも何してんだ!」

「あ、砲撃来るよー!」

「ああもう! 馬鹿ばっかりかっ!」

 悪態を吐きながらも、エイリーンは巧みな操船で次々と砲撃を躱していく。

「あいつ振り落とされてないか!」

「ちゃんと支えてるからだいじょーぶ! でも、あれだけ振り回されて姿勢を崩さないのは凄いね!」

「よーしよし! この調子なら問題なく切り抜けられそうだ……あっ」

 一条の光がペネトレイト号を掠めるように虚空を灼いて行った。

 外宇宙探査船であるペネトレイト号の装甲は非常に強固だ。亜光速でのデブリ衝突が前提の装甲は、軍艦をも圧倒する。砲撃が掠めたくらいでは傷一つ付きはしない。付きはしないが……。

「ゆーしゃ君消し飛んじゃったよ……」

 そこにアステラの姿はなかった。

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