A&A ー萬相談承り〼ー

はまだない

第1話

 晴れ渡る空の下、数キロに渡って真っすぐ綺麗に舗装された道を奔り抜ける一組の男女──いや、正確には三人組だ。少女が一人、男の肩に担がれている。

「絶対に逃がすな!」

 遠くから叫ぶ男たちの声が聞こえて来る。

 その声を追い越す様に、複数の機械音が凄まじい速度で三人を猛追する。

「おい! どうすんだコレぇ!」

 男は隣を走る女に怒鳴り声をあげる。

「どうするもこうするも、逃げるしかないってね!」

「そんな事は分かって──あぶねぇ!」

 グイっと強引に隣を走る女を引っ張り寄せる。瞬間──、女が走っていた空間を一条の光が貫いて行った。

「ひゅ~。ありがとさん。やっぱり勇者様は頼りになるねぇ」

「言ってろ。──〈グラビティシールド〉!」

 咄嗟に展開した不可視の重力場が、男を狙った光を明後日の方向へ弾き飛ばす。

「マジかよあいつら。俺は姫さん担いでるってのに狙って来るか? 間違って姫さんに当たったらどうする気だ!」

「今時の銃は狙いが正確だからね。滅多な事じゃ狙いを外さないよ。ま、それでも普通は撃ったりしないけどね。形振り構わなくなって来たねえ」

「……っち。当たったら当たったで構わないって事かよ!」

 相手のやり口に憤る男。その男の背中を担がれた少女が抗議する様に叩く。

「何だ姫さん。今忙し──」

「姫言うな。リアって呼べ」

「はいはい! で、それだけか!」

「追いつかれた」

 担がれた姫──リアがそう告げると同時、キィィィィンという独特の高音を小さく響かせながら二台の単座式自動浮遊車──通称バイク──が三人を挟み込んでいた。

「それを先に言ええええええええ!」

 足で地面を駆ける二人と、宙を疾走するバイクでは勝負にならない。

 男は運転手の二人が銃を抜く間も与えず、目にも止まらぬ速さで剣を振り抜き先ずは近くのバイクを斬り裂くと、反対側のバイクに向かって刃を弾の様に射出し破壊する。

 柄だけになった剣を男が操作すると、再び刃がその姿を現した。

 淡く光る刃は金属ではなかった。

「電池(エネルギーパック)が切れるまでは使える」

 とは、これを作ったリアの言だった。

 なんちゃらエネルギーで刃を形成しているとか何とか、良く分からない事を言っていた事だけは覚えている。

 男にとってはどうやったら使えて、どうなったら使えなくなるか、それだけ分かっていれば十分。武器とは常に消耗品だったからだ。

 爆発、炎上するバイク。運転手がどうなったかなど気にする余裕はない。

「次。来てる」

 リアの言葉通り、次々と背後からの機械音の数が増しているのが嫌でも分かる。

 上から三……いや四。下からは……一杯だ!

 上空を行く複座式のバイクから、三人の行く手を阻む様にやや前方に向けて掃射。

 分間千発を超える銃弾の嵐が地面の舗装を無惨に抉り取っていく。

「このまま突っ込め!」

「信じるよ!」

 しかし走る二人の足は微塵も鈍る事はない。

 止まればそれこそハチの巣どころの騒ぎではない。

「〈グラビティウォール〉!」

 広範囲に展開された不可視の壁が、陸空の区別なく背後からの攻撃を防ぎ、

「〈アイヴィオブアイス〉!」

 続く氷のつたが背後から迫る陸空のバイクを絡めとる。

 だが、バイクはその質量と動力を威力に変えて次々と氷の蔦を打ち砕いていく。

「おいおい。大して効いてないぞ」

「いいんだ、よ!」

「水。広範囲」

 リアがぼそりと漏らす言葉を聞き漏らさず、男は次の魔法を放つ。

「〈ミスト〉!」

「止めに風」

「はいよ。〈ゴッドブロウ〉!」

 大量の細かな水が張り付き、それらが氷の蔦で瞬く間に凍り付いて行く。

 魔法で生み出された霧の空間は風で消える事無く、水分を供給し続ける。

 それでも軍用のバイクは止まる事はなかった。

 しかし乗っている人間まではそうはいかなかった。

 止めどなく吹き付ける極寒の吹雪に飲み込まれ、視界を奪われ、体温を奪われ、思考を奪われた。

 次々と落車し、乗り手の居なくなったバイクは空のまま、空しく三人の傍を通り過ぎていくだけだ。

「一台くらい拝借しても良かったかもな」

「やめとけやめとけ。軍のなんて何が仕込まれてるか分かったもんじゃない」

「時間があれば」

 どうとでもしてやると言いたげなリアだったが、今はその時間とやらがない。

「エイリーン! 船はまだかっ!?」

「そこを曲がったら見えて来るはずだよ!」

 並んで走る女──エイリーンは男にそう答えると、手首の辺りをトントンと二回叩く。

 すると妖精の様な姿をしたホログラムが現れる。

「P《ピー》助! 準備は出来てるかい?」

「もっちろん! いつでも行けるよ! あ、ただ気を付けてね」

 三人が目的の場所を曲がるとそこには──

「兵隊さんたちが先回りしてるから──って遅かったかー。まあ頑張ってねー(ブツン)」

 道を塞いでズラリと、盾と銃を構えた兵隊達が待ち構えていた。

 これには流石の二人(+一人)も足を止めざるを得なかった。

 前列に透明な盾、中列は銃を屈んで構え、後列は立って銃を構えている。

 その更に後ろには幾つか移動砲台の様な物も見えている。

 たった三人を捕らえる為とは思えない、完全なるオーバーキル。それだけ彼らの本気度が窺えるというものだった。

「止まれ! 今投降すれば裁判を受ける権利だけは保障してやる!」

 隊の指揮官と思しき人物が声を張り上げ投降を促す。しかしその内容は投降させる気があるような物ではなかった。

「あんな事言ってますぜ、アステラの旦那。どうしやすか?」

「何だその口調……、くっそうぜぇ。下っ端のフリしてんじゃねぇよ。社長はエイリーン、お前だろうがっ!」

「つったって流石にあれはなあ……」

 ボヤくエイリーンにリアが指摘する。

「どうせ捕まれば裁判で死刑」

「だよねえ」

「どの道突破するしかないじゃねえか」

「「よろしく」」

「くそがっ!」

 口を揃えて全責任をおっ被せて来る女性陣に、アステラが悪態を吐くのも致し方なし。

 だが、かつて勇者とたたえられ、今は勇者と揶揄からかわれているアステラに二人を見捨てるという選択肢は浮かびもしていなかった。

 返答がない事を以て投降の意思なしと判断した隊の指揮官が手を上げると、一斉に銃のトリガーに指が掛かる。

「撃て!」

 指揮官の命令と共に振り下ろされる手。引かれる引鉄。その一部始終が、ハッキリとアステラの目に捉えられていた。

 降り注ぐ光の銃弾の中、アステラの絶叫が響き渡る。

「クソったれえええええええええええええええええええええええ!」

 何で俺がこんな目に遭わなくちゃいけないのかという、アステラの魂からの叫びだった。

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