二日目

 家ではバタンと強く扉を閉める音がよく鳴り響く。

 私は家族との接触が少ない。

 単純に親が嫌いなのだ。

 その理由はまさに私が鬱になった中学生時代にある。

 まだ私がいじめに遭っていることを家族が知らない平日の朝のこと。いじめに耐えかねて、布団から出ようとしない私を心配したのか父が部屋に入ってきた。父が私にどんなふうに声をかけてきたのかは覚えていないけど、多分「学校に行かないのか」とか言われてたんだと思う。その問いかけに私は何も答えず、ただ布団を頭の上までかけて寝たふりをしていた。すると、父の優しかった問いかけの言葉に少しずつ棘が出てきた。いくら話しかけても何も言わない人間にイライラするのは当たり前だ。だけどその時の私は自分以外の人間の感情を考えられるような状態ではなかった。

 私も少しずつイライラしてきていた。執拗に問いかけてこないで……と。けれどそのイライラは父の次の行動に全て吹き飛ばされた。

 父が部屋に入ってきて、私が頭までかけている毛布を取り払い、怒りに満ちたような、でも冷淡な口ぶりだった。

「なんで何も言わないんだ」

「うるさい、ほっといてよ」

「なんだその態度は」

「……」

「何か言ってみたらどうだ」

「……」

 何か言いたくても、もう何も言えない様な雰囲気を作ってしまった。そうしてずっと黙っていると父は私の頬を一振り、パチンと叩いた。ビンタって結構痛い。

「喋らないと何もわからないだろ」

 そう言われても私は喋りたくなかった。いじめられているから学校には行きたくないなんて。それに、私の心を覆う様なナニカ、ズッシリとした重いナニカ、胸に深く落ち込んでいるようなナニカ、夜の暗闇と混ざり合う不安のようなナニカ、劣等感ナニカ違和感ナニカ孤独感ナニカ……。その……全部ナニカを、喋りたくはなかった……。

 何も言わない私を叩く父。一回、また一回と叩かれるたびに気持ちが晴れるような、曇るような。体感で一時間くらいだろうか、叱咤とビンタを受けたが、父は仕事に行くため私は解放された。

 これが私の不登校生活の始まりだ。

 父は普段無口だ。だから感情を読み取り辛いところはかなりある。けれど、私に対して怒りを表した時のように、父は怒ると、とことん怖い。

 過去母に対して怒った時もそうだった。母がお金を母方の祖母に借りた時のことだったと思う。その時には母が祖母や祖父からお金を借りることは常習的になっていた。学費なんかはほぼ全て借りていたようだ。そして、父がなぜそれに怒ったかは私の推測だけど、多分母がお金を常習的に借りていたこと、母のお金の借り方があまりにも軽く、面と向かって頼むのではなくメールで頼んでいたこと、そして父が自分の仕事で家族を養えない不甲斐なさもあって怒ったのだと思う。父が怒る気持ちもわかるが、その怒り方、言葉の掛け方には感心しなかった。強く人格否定をするような言葉を浴びせていたからだ。それも、母方の祖母を呼んで。その後母は病院で処方されていた薬を大量に飲んで救急車で運ばれた。今思うとオーバードースは母親譲りなのかも。ふふ。

 そして私が不登校になって二ヶ月目くらいのことだろうか。母がヒステリックを起こした。どうしてその様な状況になったのかは覚えていないが、私がリビングのソファに座っていて、母が私の前に立って、私にすごく怒っていた。一連の罵声を放って、母は近くに掛けてあった金属の線ファスナー付きの服で私を数回叩いた。その時、私の頬に線ファスナーのスライダーが当たった。あれはかなり痛かったな。内出血してずっと骨にジンジンとした痛みがまとわりついたように残っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る