第二話ふたつめ、しるすこと 「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」其の二十二 精介の元の世界に送還されるに就いて記す事
第二話ふたつめ、しるすこと
「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」
「其の二十二 精介の元の世界に送還されるに就いて記す事」
会議室を出ると、帝を先頭にして屋敷の別棟へと皆は移動していった。
結三郎の隣に並んで精介は自転車を押しながら屋敷の廊下を進んでいたが、すぐ真横を茂日出が歩いていた為に、広い廊下ではあったが随分と気持ちの上でも物理的にも圧迫されてしまっていた。
「――後でまた装置のトコで説明するけど、装置をくぐったら山尻君の世界の今回転移した元の場所に戻る筈やから、そっからは普通に家に帰ってもらわなあかん。結三郎はんもそれについて行って、山尻君の家のどっかに装置を据え付けてもらう――という感じやな。」
帝が歩きながら精介達を振り返り基本的な手順を説明した。
「は、はい。」
精介が隣の茂日出を気にしつつも帝の言葉に頷き、結三郎もしっかりと頷いた。
「――で。シゲやんは何を婿殿に威圧の視線を向けとるんや。」
帝は溜息をついて立ち止まると、精介の隣に立つ茂日出を見上げた。
先頭を歩く帝が立ち止まった事に釣られて皆も立ち止まってしまい、自然と視線も茂日出へと集まってしまっていた。
「っ・・・。まだ此奴を婿だと認めた訳ではないし、そもそも威圧なぞしておらぬ。」
帝や皆の視線に少したじろぎながらも茂日出はそう言って精介をじろりと見下ろした。
茂日出の目に悪意も害意も感じられなかったものの、しかし精介はそれだけで竦み上がってしまった。
例え茂日出が威圧のつもりが無かったとしても、やはり精介にとってはその溢れ出る存在感や気配から放たれる視線は、それだけで射貫かれて殺されてしまいそうな力を感じてしまっていた。
「ですから! 山尻殿を婿呼ばわりしないで下さい。山尻殿にとっても迷惑でしょう!!」
帝と茂日出の遣り取りに結三郎もつい声を張り上げてしまったが、発言の内容に同意する者は誰も居なかった。
「ぜっ、全然迷惑じゃないっス! むしろ光栄です! というか是非御願い致します!!」
停めている自転車のハンドルを握り締め、結三郎の言葉を精介は思わず否定していた。
「・・・山尻殿・・・。」
当の精介からも発言を否定され――というか、どさくさに紛れての今の精介の言葉は婿入りの申し込みをしてきたのではないだろうか。
結三郎は困惑に眉を顰め、精介の顔をまじまじと見つめた。
「山尻殿。婿だの何だのとそんな事を軽々しく口にするものじゃないぞ? 男色であろうがそうでなかろうが、結婚というのは一生の一大事だ。よくよく考えた上で話をしなければならない。今のは聞かなかった事にするから――。」
結三郎がとくとくと言い聞かせるかの様に精介に言葉を掛けてくるのを、精介は残念そうな表情で聞いていた。自分の気持ちが余り結三郎に届いていない様子に、精介はそっと肩を落とした。
「・・・じゃあ、また今度、よくよく考えた上で話をします。」
不満そうにしながらも、精介は真面目な表情になると結三郎をしっかりと見つめた。
「うん。大事な事だからな。よくよく考える事だ。」
結三郎は精介が軽はずみな考えを引っ込めたと思い、満足そうに頷いた。
帝やダチョウは微笑まし気に精介と結三郎の様子を見ていたが、茂日出は面白くもなさそうな表情で唇を引き結んで見下ろしていた。
「その時にはワシもお主が結三郎の婿に相応しいかどうか、よくよく考えさせてもらうぞ。」
「!!」
頭上から降って来た茂日出の低い声に精介は思わず飛び上がってしまった。
「は、はは、はひっ!! よよよろしく御検討下さいっ。」
血の気の引いた青ざめた顔で精介は茂日出を見上げ、それから大きく体を折る様にして頭を下げた。
「――まあ、それは後日の話なので今は良い。それより、お主を送り返す前に少しだけ自転車を見せてもらいたいのじゃが如何なものかのう。」
深々と下げられた精介の坊主頭を見下ろしながら、茂日出は低い声音のまま精介へと問い掛けた。
「・・・殿・・・。」
「シゲやん・・・。」
まだ自転車を諦めていなかったのかとダチョウや帝が呆れた表情で溜息をついた。
「余所の世界の自転車やら自動車やら飛行機やら、図書館の資料でなんぼでも見れるやないか。今更自転車一つに――」
帝が茂日出を窘めようとすると、茂日出は大きく頭を振って否定した。
「お主がそういう事を言うか? どれだけ精緻な映像を見せられたところで、現物をこの手で弄り回す事でしか得られぬ理解や納得と言ったものがあると、お主もよくよく判っておる筈だ。」
「それは・・・まあ・・・否定はせんけども。しかし今日は時間にゆとりはあんまり無いやろ。」
茂日出の言葉を否定は出来ず、帝も自身に置き換えると判り過ぎるものがあったものの――、今日は肯定する訳にはいかず渋い表情を浮かべた。
精介の世界と日之許の世界を繋げるにあたって、昨日までに事前の様々な調査や計測を充分に行ない、今までの事例の中にあった様な座標が消失してしまったり、座標が判っていても二度と穴が繋がらなくなるという様な心配は今回は無いと判ってはいたが、しかし余りに日数を置き過ぎると繋げにくくなる恐れはあった。
精介が日之許に来てから一週間が経過しており、そろそろそうした事を気にしなくてはならない日数となってしまっていた。
長年の悪巧み――いや研究仲間である為に、お互いの好奇心や探求心の強さが判り過ぎている為、帝は困った表情で茂日出と見つめ合っていた。
そこに精介が恐る恐る声を掛けた。
「あ・・・。あの、お金の問題が何とかなったら、ここの研究用に一台買って来ましょうか・・・?」
流石に学生の身分では自由になる金が殆ど無いので、あくまで金策の目途が付いたらの話ではあったが。
精介のその言葉に茂日出だけでなく帝も目を輝かせ、二人同時に精介の方を勢いよく振り返った。
「せやな! 山尻君の世界の通貨を用意する方法を考えなあかんな! 山尻君を送り返したら早速大臣達を招集して検討会や!」
「いやいや、まずは向こうの世界の社会生活の基礎的な情報を集めるのが先じゃろう。金儲けの為には先方の事をよく知らねばならぬ。先日放った探査機と式神の持ち帰った情報の分析と――後は、現地協力員からの聴取じゃな。」
にこやかに精介を見下ろす茂日出の発言に、何となく不穏なものを感じてしまい精介は余計な事を言ってしまったのではないかと後悔した。
「経済が発達した社会やとこういう時やりにくいなあ。向こうの品物、色々と買い漁りたいのになあ・・・。」
「そうさのう・・・。此奴の年齢や身分を考えると多額の金銭を扱うと怪しまれるだろうしのう。」
既に精介を元の世界に帰した後の事を検討し始めた帝と茂日出の様子をダチョウや精介は呆れ、困惑しながら眺めていた。
帰してまたすぐに精介を呼び戻す事は、帝と茂日出の中では既に決定事項の様だと精介とダチョウには思えてしまっていた。
精介は助けを求める様に傍らに立つ結三郎の方を向いたが、精介の目に映ったのは二人の話し合いに混ざりたそうに目を輝かせている結三郎の姿だった。
「いっそ、向こうの世界で何か日雇いの力仕事でもあれば私が働いてお金を・・・!」
結三郎は既に肉体労働で稼いだ金で何を買おうかと思案している様子だった。
藩のお抱え力士でもある結三郎ならば体力には自信はあるだろうし、少々肉体労働をする位は問題は無いだろうが・・・。精介は結三郎も助けにならなさそうな事に落胆し溜息をついた。
「えーと、俺の世界だと多分、日雇いのバイトとかでもあんまり身元不明過ぎる人間は雇ってもらえないと思うっス・・・。」
取り敢えず結三郎の頭を冷やそうと精介は現実的な話をした。
「そ、そうなのか・・・!」
精介の話に結三郎はひどく衝撃を受けた様で、社会の仕組みの違いにしょんぼりと肩を落としていた。
日之許ではまだ良くも悪くもその日限りの日雇いの肉体労働――川辺の治水工事や道路工事等の働き手や現場でのちょっとした雑用係等は、大して身元の詮索をせずに雇われる場合も多かった。
「そうだな・・・。そう都合良くはいかないか。私とした事が思慮が足らなかったな・・・。」
そうした様子を見聞きしていた結三郎は、精介の世界でも同様に何とかなるのではないかと金儲けを安易に考えてしまっていたが大いに反省した。
「まあ、せやろな。日之許やて、ここ十年位の間に段々と雇い入れの時の身元確認はきちんとし始めとるからな。まあ兎に角、山尻君の世界の様子をきちんと調べてからやな。金儲けの話は。」
帝が精介と結三郎の遣り取りを聞き、尤もな話ではあると頷いた。
「うむ。まずはさっさと此奴を元の世界に帰らせよう。色々とやる事や考える事が出来てしまったから急がねばのう。」
先刻まで精介の自転車に執着していたお前が何を言うのか、という皆の非難めいた視線を全く気にした様子も無く茂日出は明るく言い切った。
「――ほな行こか・・・。」
帝はじろりと茂日出を睨むと取り敢えず話を打ち切り、再び皆を率いて廊下を歩き始めた。
◆
奥苑の屋敷の別棟は、主に茂日出や鳥飼部達の研究室や資料置き場として使われていた。
木造ではあるが真っ直ぐ伸びた廊下には同じ様な造りの、出入り口の引き戸とその隣に中の様子が判る大き目のガラス窓が組み合わせられた広い部屋が連なっていた。
「何か学校を思い出す造りっスね。」
精介が自転車を押しながら廊下や長く連なる研究室の様子を見渡した。
「そう言えば山尻殿は学生という身分だったな。普段通っているという学校もこんな感じなのか?」
精介の世界との意外な共通点に興味をそそられ、結三郎は改めて自らは見慣れていた別棟の廊下や研究室を見た。
日之許はまだ学校制度が整備途中であると言う事や、様々な知識の習得という点では博物苑や証宮離宮殿図書館に勝る機関が他に無いという事もあり、結三郎は学校やそれに類する所には通った事が無かった。
「そうっスね。ここみたいな感じで教室が並んでて、決まった時間そこで勉強を教えてもらって・・・。途中、休み時間とか昼休みを挟んで・・・。あ、昼飯は弁当食べたりとか学食行ったりとかして。で午後の授業受けて放課後はそのまま家に帰る奴も居るし、俺みたく部活に行く奴も居るっス。」
取りとめの無い精介の話にも、結三郎だけでなく茂日出や帝も興味深そうに聞き入っていた。
「そうなのか・・・。何だか楽しそうだな。一緒に通ってみたかったな。」
精介の学校の話に結三郎が残念そうにしながら微笑み、溜息をついた。
そんな事を話しながら歩く内に、皆は長い廊下の突き当り近くへとやって来た。
廊下の奥の端にあるその部屋で、何人かの鳥飼部達が忙し気に出入りしている様子が皆の目に入った。
「ここが時空の穴を固定する装置を置いてあるワシの研究室の一つじゃ。」
精介の横に立ち茂日出は精介へと説明した。
「は、はい!」
茂日出は普通に喋ったつもりではあったが、やはり精介は何かしら圧倒されるものを感じてしまい、肩を震わせてしまった。
そんな精介の様子を苦笑しながら茂日出以外の者達は見ていた。
「殿。用意は出来ておりますぞ。」
茂日出達の到着に気が付き、開けっ放しの引き戸の向こうから白い作務衣を着た高齢の鳥飼部が顔を出した。
いつも大広間に詰めて仕事をしている長老格の一人で、異世界と時空の穴を繋げるという今回の試みに大変張り切っており、深い皺に埋もれていながらもその顔は楽しそうに生き生きとしているのが誰の目にもよく判った。
「うむ。」
茂日出も大きく頷き、皆と共に部屋の中へと進んでいった。
「うっわ・・・。」
精介が驚きに思わず声を漏らしたが、この部屋を覗いた事が無かった結三郎も驚きに目を見開いていた。
いつもの大広間にも匹敵する位の広さがある筈の研究室も、中央に立てられた鳥居を思わせる柱を組み合わせた構造物や、それに接続された金属製のパイプや何かしらの呪文や幾何学紋様の刻印された何十枚もの石板によって随分と狭くなってしまっていた。
「あの鳥居っぽいモンの中に鉄線で作った四角い枠があるやろ。まだ仮組みやけどな。あれが時空の穴の通り道になる部分や。」
帝が鳥居風の構造物を指差した。
鳥居の両端の柱には鉄線というには少しだけ太目の物が横に平行に二本括り付けられており、中央部分にも縦に短めの物が二本立て掛けられていた。
それを見た精介は元の世界での鉄筋コンクリートに使われる様な鉄の棒を思い出していた。
縦横の鉄線の枠で囲われた四角形はおおよそ一メートル四方の大きさの様で、確かに結三郎が精介に説明した様な人一人這って通れる程のものだった。
「何とか自転車も・・・斜めに倒して押し込んだらいけるっスかね・・・?」
結三郎達と部屋の中に進みながら、精介は鉄枠の大きさを目測した。
部屋の入口近辺はパイプや石板が雑然と並べられていて、自転車を押して進むのに精介は苦労していたが、奥の鳥居近くに来るとパイプの上に被せる様な形で通路の板が設置されていた。
通路の途中には机や作業台が置かれた広めの場所があり、老若の鳥飼部達が三人、銀板の端末を叩いたりモニターを見たりしながら慌ただしく作業を行なっていた。
帝は一先ず皆をその場所へと留めた。
「ほしたらいよいよ最後の作業してもらおか。」
帝の言葉に三人の鳥飼部達は緊張した表情で頷いた。帝の言葉が聞こえ、他の場所で作業していた鳥飼部達も集まって来た。
「殿、いよいよですね。」
ダチョウも緊張しつつも期待に満ちた眼差しを鳥居へと注いでいた。
「うむ。実に楽しみじゃ。――さ、「門」の設置を。」
茂日出は鳥居を指差し、鳥飼部達に指示を下した。
精介の世界と繋ぐ時空の穴の装置を「門」と呼称する事にした様だった。
茂日出の指示により、長老格の老鳥飼部が先頭を切って鳥居の所へと赴き、他の鳥飼部達と作業を始めた。
鳥居の柱に仮で括り付けていた鉄線の縄を解くと、一本ずつ柱に予め開けられていた穴へと差し込んでいった。
「門」を這って通る様にと想定していたので、鉄線の一本は床のすぐ上の位置に開けられた柱の穴へと通され固定された。
「――穴の大きさは一米(メートル)四方位になる感じやな・・・。山尻君、自転車何とか通れそうかな?」
鳥飼部の作業を見守りながら帝は、緊張した表情で自転車のハンドルを握ったまま立っている精介へと問い掛けた。
「あ、えーと・・・。そうっスね・・・。出来ればもうちょっとだけ大きいと有難いっス。」
帝から尋ねられ精介は恐る恐る答えた。
精介の答えに、茂日出も大きく頷いて加勢する様な調子で口を開いた。
「そうであろうそうであろう! 「門」の大きさは幾らかは余裕を持たせるべきだとこの前から言うておろう。せめて百七十センチ四方にするべきだ。」
茂日出の言ったその数値と茂日出の体格を考え合わせ、精介以外の――作業中の鳥飼部達も含めたこの場の全員が、同じ思いを抱いて茂日出を見つめてしまった。
言う通りの大きさで「門」を設置したとして――。
下手をすると茂日出は毎日の様に精介の世界へと出掛けるのではないか――。いや、きっとそうするに違いない・・・。
「な・・・何じゃ何じゃ皆して。」
皆からの何処か咎める様な視線が一度に集まり、流石の茂日出も怯んでしまっていた。
「――百三十五センチで。・・・そうや、その「二番」と書いた穴や。」
呆れた様な一瞥と溜息を茂日出へと向け、帝は鳥居の柱のすぐ横に居る鳥飼部へと指示を出した。
何か問題があった時の為に適宜「門」の大きさを調節出来る様にと、念の為、鳥居の柱には鉄線を通す穴を幾つか番号を振って開けていたのだった。
「何じゃその中途半端な数値は!?」
帝の出した指示に茂日出は不満に満ちた表情で声を上げた。
帝は茂日出の方を軽く眉を顰めながらうるさそうに振り返った。
「通れん事もないやろうけど、通り抜けるのはしんどいなあという心理的圧迫感を盛り込んだ数値や。好き放題シゲやんに異世界に出掛けられたら、奥苑どころか博物苑全体の仕事が滞るやろ。鳥飼部の連中に恨まれとうはないわ。」
尤もらしい事を帝は述べて茂日出を窘めていたが、もしここに宮内庁副長官が同席していたら精介の自転車を元の世界に返した後は、どんな事をしてでも「門」の大きさをもっと縮めるべきだと強弁していたに違いなかった。
異世界に好き放題出掛けて仕事が滞る心配があるのは、決して茂日出だけに限った事ではなかったのだから。
苦々しい表情で帝の言葉を聞いている茂日出を、してやったとばかりに得意気に見上げていた帝は不意に小さく体を震わせた。
「――何や、帝居の方角から寒気を感じた様な・・・。」
「・・・気のせいではないと思われますよ。帝居の方々から恨みを買わない様に御自重下さい。」
ダチョウは溜息をつき、茂日出と同類の帝へと呆れた眼差しを向けた。
帝居の大臣達や各省庁で働く者達も、博物苑と同様に学問の研究に耽る事を喜びとする気質の者達が多くを占めていた。
そんな彼等にとっては、異世界に自由に行き来してその様子を実際に見聞きする機会があるとなれば、目の色を変えてこの研究室に入り浸る事は想像に難くなかった。
「・・・せやな。出掛けたい時に出掛けられる様に、普段から真面目に仕事は片付けとかなあかんわな。」
自らを見下ろすダチョウへ顔を上げ、帝は苦笑を浮かべた。
そんな話をしている内に鳥居の内側に設置した鉄線の固定作業も終わり、「門」の大きさも百三十五センチ四方として設定される事となった。
「よし。三十分後に「門」を起動するさかい、皆はこのまま待機や。」
帝の言葉に、鳥居の内の作業を終えた鳥飼部達は鳥居から下がって適当な場所に丸い簡易椅子を持って来て休憩する事にした。
帝達の方にも鳥飼部が簡易椅子を運んできたので、帝達はそれを受け取ると時間まで腰を下ろす事にした。
「何でまた三十分後なんスか?」
帝や鳥飼部達の様子を見ていた精介が何となく疑問に思い、隣に座った結三郎に尋ねた。
結三郎も答えに思い当たらず軽く首を捻ったが、茂日出が二人に答えた。
「念の為、いつもの証宮離宮殿での神降ろしの儀の手順に準じて地震警報を今から出すのじゃ。いつも警報を出してから三十分後に神降ろしの儀を行なうからのう。今回も小規模とはいえ時空に穴を開けるし、その為の霊力を証宮離宮殿から地下管を通じて引っ張って来るので、もしかしたらいつもの様に地震が起きるかも知れぬ。」
「成程。」
結三郎は茂日出の説明に納得して頷いた。
日之許国民ではない精介は神降ろしの儀云々についての事はよく判らなかったが、取り敢えずはこの作業によって地震が起きるかもしれないので、警報を鳴らして一般人に備えさせるという事だけは何とか理解出来た。
「しかし、地下の管ですか・・・。一体いつの間にその様な工事を・・・。」
結三郎は頷きながらも、いつ行われていつ完成したのか、高縄屋敷で暮らしていながらも何の気配も感じられなかった地下管工事に首をかしげていた。
「此度の地下工事も日之許の国中から強制徴用した河童の皆さんに働いてもろうて、結三郎はんが相撲大会の手伝いに通っとった一週間の内に突貫工事で行なわせたんや。」
鳥飼部が運んできた湯呑の麦茶に口を付けながら、帝は結三郎へと答えた。
しかし証宮離宮殿書庫で嘘の説明をされた事が記憶にあり、結三郎は眉間に小さな皺を寄せて帝を軽く睨んだ。
「もう騙されませんよ。その様なお戯れはおよし下さい。」
前回騙された事を少し根に持っているのか、何処か拗ねた様に結三郎は口を尖らせた。
「何や、スレてしもうて可愛気が無いなあ。」
帝は結三郎の反応につまらなさそうに肩を竦めた。
「何スか? 河童の工事って。」
「それはやな――。」
結三郎の拗ねた様な表情に興味を惹かれ精介が尋ねると、帝は明るく笑いながら証宮離宮殿図書館の地下書庫の印刷工場で働かされる河童達の話を説明した。
結三郎が帝の話を本気にして河童達に同情していた様子に、精介は笑うよりも結三郎の純真さが可愛過ぎて思わず抱き締めてしまいそうになっていた。
「ゆ、結三郎さん・・・!」
笑いそうにはなりながらも愛しそうに目を潤ませてしまった精介の表情を見て、小馬鹿にされたと勘違いしたのか、結三郎は少し不機嫌そうにむっとした一瞥を返した。
「可愛気が無くて結構。ウチの子は心が清く素直に育ったのだ。つまらぬ冗談で人を嘲笑うヤツの方が良くない。」
帝の隣に座っていた茂日出がむすっとした表情で、結三郎を庇う様に言って帝を見下ろした。
「そ、そうっスね。人間、素直なのが一番っス。ね、結三郎さん。」
茂日出の言葉に迎合し、精介は結三郎の機嫌を取る様に何度も頷いた。
結三郎は麦茶を飲みながら精介の様子を何処か疑わしそうに眺めていたが、他愛の無い冗談にいつまでも機嫌を損ねていても仕方が無いと割り切った様だった。
「そうだな。」
「あ、でも地下で働かされる河童の話は俺の世界でもあるっスよ。何か全国チェーンの寿司屋の地下で寿司を作らされてるとか何とかって都市伝説。何処でも人間考える事は似てるんスね。」
精介が都市伝説を思い出し結三郎に告げると、結三郎はまたしても顔を青褪めさせた。
「何と! 伝説になる程のむごい話なのか? 山尻殿の世界でもそんな悲惨な話が!?」
「いやだから都市伝説ですって! ええと、噂話? 絵空事? すんません帝様! そういうの日之許では何て言うんスか?」
また本気にして心を傷め始めた結三郎の様子に精介は慌てて訂正を入れたが、都市伝説という言葉は大規模な都市がまだ無い日之許では通じにくい様だった。
「あー、それは多分、民間伝承とかそういうのに近い言葉なんかな・・・。そうか。山尻君とこみたいな高度に都市化された段階の社会でも、そんな感じの新しい民話や伝説の発生があるんやなあ。そっちの世界の民話採集の実地探訪も面白そうやな・・・。」
一応は結三郎に勘違いを正す説明をしながらも、帝は精介の世界の探検の計画を幾つか練り始めてしまっていた。
◆
そんな話をしている内に三十分はあっという間に過ぎ、いよいよ装置を起動させて精介を元の世界へと送り返す時間が来た。
「こちらは問題ありませぬ。――起動を。」
鳥居の近くに立って「門」の状態を確認している老鳥飼部の言葉により、モニターを確認している方の鳥飼部が銀板の端末へと手を触れた。
派手な光や音が発生する様な事は無かったものの、部屋の中央に聳えている鳥居を中心に何か大きな物が微かに揺らいで震えた様な、不思議な違和感が一瞬辺りに広がった。
それからすぐに「門」を構成する鉄線が薄青く輝き始め、微細な筆文字を思わせる紋様が浮き上がっていった。
暫くの間、帝を初めその場の皆が鳥居の中に生み出された時空の穴――「門」を見つめていた。
浮き上がった紋様が鉄線に刻印されたかの様に定着すると、鉄線で囲われた四角形の中には結三郎の見慣れた薄青い光の揺らめく幕が展開されていた。
「そろそろええか。――向こうの世界の日時の設定も大丈夫やな?」
作業台の前に腰掛けてモニターを睨んでいる鳥飼部に向けて帝は声を掛けた。
「はい。問題ありませぬ。山尻殿がこちらに転移して来た瞬間から十四分後の先方の世界に接続出来ております。場所も転移した元の穴から六センチずれただけです。」
鳥飼部の答えに帝と茂日出は大いに満足した表情で頷いた。
精介も一週間の行方不明にならずに済んだ事に安心し、笑顔で大きな息を吐いた。
「上出来やな。――ほな、山尻君、気を付けて帰るんやで。結三郎はんの事もよろしゅうな。」
流石の帝もほっと安堵の笑みを浮かべ鳥飼部の肩を労う様に叩き、精介と結三郎へと顔を向けた。
「は、はい。色々とお世話になりました。」
精介が帝と茂日出へと頭を下げる様子を、茂日出はまだ少し緊張の解けない硬い表情で見下ろしていた。
「いや礼には及ばぬ。というか、お主にはまたすぐにこちらに来てもらわねばならん。お主の世界の事を色々と教えてもらわねばならぬからのう。」
茂日出の言葉に精介は、日之許と縁が切れるどころか向こうから強く招かれている事に喜びつつも――その言葉を向けて来たのが茂日出である事に緊張してしまい、複雑な気持ちを抱いてしまった。
「――結三郎。心して行って来い。」
茂日出の言葉に顔を引き攣らせている精介を、苦笑しつつも心配そうに眺めている結三郎へと、茂日出はいつもの結三郎の肩掛け鞄を手渡した。
中にはいつもの和綴じ本の携帯端末機と、今回精介の住居の何処かに設置する為の時空の穴の固定装置――これも見掛けはいつもの水晶製の釘や台だった――が入っていた。
「はい。行って参ります。」
決然とした表情で結三郎は茂日出を見上げ、しっかりとした手付きで鞄を受け取った。
結三郎はいつもは迷い人を送り返し見送る側だったが、滞在予定の時間は短いとはいえ、今回は自分が余所の世界へと出掛ける事となり――いざとなるとひどく緊張してしまっていた。
「二人を送り出したら一旦「門」は閉じるけど、そのまま装置の設定した時間の流れは両方の世界で同期させ続けとるから、向こうで一日経ったらこっちも一日経つ。向こうの世界は面白いモンばっかりやろうけど、今回は寄り道せんと早う帰って来るんやで。」
帝からの注意事項を頭に入れ、向こうで行なうべき事をおさらいしながら結三郎は頷いた。
「そんなに緊張しなくても大丈夫っスよ。基本的には迷子の俺を家に送り帰すだけじゃないっスか。」
精介は緊張している結三郎に笑い掛けた。
「あ、ああ。すまないな気を使わせてしまって。つい力んでしまっていた。」
自分を気遣う精介の言葉に結三郎は肩の力を抜き微笑み返した。
「そ、それに・・・。その・・・もしこっちに戻れなくなったとしても、今度は俺が結三郎さんの面倒を・・・ずっと、見るっスから・・・!」
顔を赤くしながらもしっかりと結三郎を見てそんな事を言う精介の様子に、茂日出は渋面を作って軽く睨み付けた。
「何度も点検と実験をして装置の安全性は問題無い筈だ。帰れなくなるなぞ縁起でも無い。――それにそもそもウチの息子に婚儀を申し込むみたいな言い回しをするな。曽我部のところの四男坊だけでも頭が痛いのに・・・。」
ぶつぶつと文句を言いながら茂日出は静かに溜息をついた。
男色の者が所帯を持つ事自体は杜佐藩も佐津摩藩も問題は無かったが、四男坊で既に養子に出ているとはいえ現役杜佐藩主に血縁のある人間が、養子とはいえこちらも佐津摩藩前藩主に縁付いた人間と所帯の縁を結ぶというのは、金や権力の欲に取り憑かれた一部の人間達がそれを何かに利用してやろうと群がり騒ぐ事が予想されるものでもあった。
「それはまあ後日改めて考えよおか。いざとなったらうるさい連中全部ひっくくって神降ろしの儀を受けさせたらええねん。皆揃うて廃人一直線で静かになってええわ。耐えられたら耐えられたで他人の心の痛みを理解した真人間に生まれ変わるやろうしな。」
茂日出の背中を笑いながら叩き帝は物騒な事を口にした。
それから微笑ましそうな表情で結三郎へと視線を移した。
「まあしかし、流石は帝を睨み付けて怯まぬ佐津摩の益荒男やないか。同じ様な益荒男共に惚れられて実に天晴な事よ。」
「なっ・・・! そんな惚れたの何だのと! 祥之助殿や山尻殿とはその様な事は・・・!」
帝の言葉に結三郎は忽ち顔を赤くさせてしまった。
「はいはい。判った判った。――ほな、ちゃっちゃと山尻君を帰らそか。」
慌てて言い募ろうとする結三郎の背中を押し、帝は二人を「門」の前へと促した。
精介は鳥居の前に自転車を停めると、前籠に積んでいたスポーツバッグを手にして「門」の前へと近付いた。
「で、では・・・。」
いざ「門」をくぐって帰るとなると精介も少し緊張してしまっていた。
薄青い光の幕が下ろされた鉄線の枠の向こうには精介の世界がある筈だったが、元々転移して来た時間帯が夜であった為に、幕の向こうの景色はよく判らない状態だった。
恐る恐る「門」の前に屈み込むと、精介はゆっくりとスポーツバッグを幕の向こうへと押し込んでいった。
バッグは何の抵抗も無く幕を通り過ぎ、元の世界へと戻された。
幕の向こうに押し出された精介の手がバッグと共に向こうの世界の空気に触れた感触があった。
バッグを地面に置くと、その時に触れたアスファルトの懐かしい固さが精介の手に伝わってきた。
帰りたくないとも思い色々と悩んではいたものの――それはそれとして、やはり住み慣れた元の世界は懐かしく、精介の胸には帰れる喜びが湧いてきた。
「背嚢は無事に戻せた様じゃな。」
茂日出は精介の様子から「門」がきちんと作動した事に安堵の息をそっと吐いた。
「は、はい。」
精介も安堵の息を吐き、笑みを浮かべた。
「あ、じゃあ、先に行って俺が向こうで待ってるんで、それから自転車を押し込んで下さい。」
精介は「門」の前に置いた自転車の事を結三郎達に頼み、いよいよ元の世界へと帰るべく「門」の前へと屈み込んだ。
一瞬だけ眼前に揺らめく薄青い光の垂れ幕を見つめた後、精介は思い切ってその中へと頭を突っ込むと這って進んでいった。
「――っ!!」
幕を通り抜ける時にやはり少し怖さを感じてしまい精介は目を閉じてしまっていたが、遠くを通り過ぎる自動車やバイクのエンジン音や近くの家から聞こえてくる話し声、テレビの音声等に気付き、そっと目を開けて立ち上がると辺りを見回した。
精介の足元には先刻押し込んだスポーツバッグが転がっていた。
夜ではあったが街灯や家々の明かりが辺りを照らしており、日之許の科ヶ輪の町の夜とは比べ物にならない位に明るく――そこは精介が住み慣れた元の世界の阿良川の町だった。
このままずっと真っ直ぐ進めば精介の住むマンションまですぐの場所だった。
精介にとってはたった一週間しか経っておらず――この世界の時間では精介が居なくなってから十四分しか経っていなかった。
だが、随分と長い間離れていたかの様な、かなりの長旅から帰って来たかの様な感慨が精介の胸を満たしていた。
「――山尻殿。どうだ? きちんと戻れたか?」
背後の足元から結三郎の声が聞こえ、精介は慌てて振り返ると再び屈み込んだ。
どういう光の屈折の現象なのか、立っている時には判らなかったが、屈んで「門」のあるらしき場所へと顔を近付けるとあの薄青い光の幕が目視出来た。
百三十五センチ四方の幕の向こうに、顔を近付けてこちらに呼び掛けている結三郎の姿が揺らめいて映っていた。
「は、はい! 大丈夫っス。」
「じゃあ自転車を押し込むから。」
精介の返事に結三郎が一旦後ろに退いた。
それからすぐに光の幕の向こうに自転車の前部が現われ、ゆっくりと精介の方へと押し出されていった。
自転車の高さは一メートル前後だったので、概ね問題無く「門」を通る事が出来た。
精介は自転車を受け取ると、倒さない様にゆっくりと「門」の中から引き出した。
完全に自転車を引き出し終えると、精介は一先ず近くの民家のブロック塀の近くに自転車を停めた。
ふう、と大きな息を吐き、精介はスポーツバッグを拾い上げると自転車の前籠へと突っ込んだ。
何となく大仕事を終えた様な気持ちになり――それからやっと、元の世界に帰って来たのだという実感が湧き始めていた。
◆
「あやつは無事帰れた様じゃな。」
「門」の向こうの精介の様子を覗き込みながら茂日出は満足気に頷いた。
「大丈夫な筈じゃが油断無き様にな。」
結三郎へと場所を譲り、茂日出はそっと結三郎の肩を叩いた。
「はい。では行って参ります。」
いつもの肩掛け鞄を襷掛けにして結三郎は茂日出や帝、鳥飼部達に頭を下げると、「門」の前に屈み込んだ。
迷い人を送り帰す薄青い光の幕はいつもと同じ物ではあったが、今日はそれを結三郎がくぐる番となった。
この光の先にある日之許とは違う別の世界を思い、結三郎はほんの一瞬、実父の事を思い出していた。
父もこうやって元の世界へと帰してあげたかった――。いや、共に元の世界へと自分も行ってみたかった・・・。
初めて奥苑での迷い人に関する仕事に臨んだ時以来の――今更ながらそんな感慨を抱きながら、結三郎は精介が行なった様に光の幕の中へと頭を突っ込み進んでいった。
「――結三郎・・・。」
「門」の光の幕の中へと進んでいった結三郎を見送りながら、茂日出はそっと呟いた。
茂日出もまた、結三郎と似た様な思いを胸に抱いていた。
もしも――彼が病に倒れずに今日まで生き延びていたとしたら。
彼の世界の座標を突き止め、彼を元の世界へと帰せたのだろうか。自分も彼に付いて彼の世界を訪れる事が出来たのだろうか。
「喜一郎・・・。」
お前の息子は、お前の様な迷い人を元の世界に帰す仕事を立派に務めておるぞ――。
微かな物悲しさの混じった微笑みを浮かべ、茂日出は結三郎の姿の消えた「門」の薄青い光の揺らめきをずっと見つめ続けていた。
そんな茂日出の横へとそっと近付き、帝は珍しく真面目な表情で茂日出を見上げた。
「――シゲやんの二回目の初恋の君、やったかな・・・。」
いつもとは違って茶化す様な雰囲気ではなく、帝もまた何処か懐かしそうに――しかし微かな物悲しさを湛えた微笑みを浮かべていた。
「うるさい。」
帝の言葉に茂日出はぼそっと呟き顔を背けるとその場を離れ、「門」の鳥居の柱の近くに置きっ放しになっていた簡易椅子へと乱暴に腰を下ろした。
◆
七月五日。その日は県総合体育大会の相撲競技の開催日だった。
精介の通う新川大学付属高校の、大きな道路を挟んだ反対側にある県総合体育館では、この日は相撲と剣道、水泳、陸上競技が行われており、多くの学生や関係者、観客達で賑わっていた。
体育館内に設営された土俵にも、精介達新川大学付属高校相撲部を初め様々な学校の相撲部が集まり試合を行なっていた。
「――っけよい、のこったっっ!!」
審判の掛け声と共に精介は対戦相手へと突っ込んでいった。
ほんの二か月前の新人戦大会の時と比べても精介の動きは格段に良くなっており、力強く、素早く相手の体を捉え、投げ倒す事が出来る様になっていた。
「西、山尻君の勝ち。」
放送席からの声がスピーカー越しに会場に響き、精介の勝利を仲間達が喜んだ。
「大将戦――西、高城孝久君・・・。」
次の大将戦も相撲部部長が勝ち、精介の学校の相撲部は次の試合へと進む事が出来た。
順調に勝ち進んでいる事を部員達や監督も喜びながら、皆は土俵から一旦離れて観客席の隅へと移動した。
観客席の一部は各学校の相撲部の待機場所としてあてがわれており、精介の学校の相撲部も「発気揚々 新川大学付属高校相撲部」と書かれた横断幕を席の後ろのフェンスに括り付けて場所取りをしていた。
「山尻、スランプ脱出か? 今日はスゲエな!」
精介と同じ三年の上西が精介の勝利を褒めながら背中を何度も叩いた。
「ホント、良かったな。心配してたんだぞ。何か急に実力伸びたよな。」
部員達と席に腰を下ろしながら、監督も精介が不調を脱して伸び伸びと相撲を取れる様になった事を喜んだ。
「良かったけど、ホント惜しいなあ。もっと早くにこの状態だったら三大大会全部に・・・いや、そんな事を言っても仕方無いな。お前等の相撲はまだこれからも続くんだ。上西も山尻もウチの大学への持ち上がり組だろ? そこの相撲部でもいいトコまで行けるぞ。」
「おっす! 勿論っスよ。」
この大会が精介達三年生の最後の大会である事を惜しむ監督の言葉ではあったが。
自分達の相撲はまだ続いていく――その言葉に精介も上西も希望に目を輝かせながら大きく頷いた。
「――次回、東、三津浦農業。西、楢崎学園。先鋒戦は東、伊藤君。西、市原君。」
次の試合を知らせるアナウンスが流れ、休憩しながらも精介達は後で対戦相手になるかも知れない学校の試合へと目を向けた。
昼休憩まではまだ時間があったので、軽い水分と栄養補給をしようとスポーツドリンクとプロテイン入りのビスケットを上西は取り出し、隣に座る精介にも渡した。
「あ、楢崎の市原かー。あいつやりにくいんだよなー。」
ペットボトルの蓋を開け、一気に中身を呷りながら上西は先鋒戦で土俵へと上がってきた選手を眺めた。
「んー。でも市原、案外当たりが弱くねえか? あいつあんまり低く屈まないし。」
始まった試合の様子を見ながら精介が上西の言葉を意外そうに聞いていた。
結三郎や祥之助と模擬戦的な稽古をした時の彼等の低く強くぶつかってきた時の事を思い出し、精介は無意識に比べてしまっていた。
「言うねえ山尻君は~。急に強くなったヤツの余裕っスか?」
上西がからかい混じりに精介に笑い掛けた。
「まあなー。ちっとばかし異世界転移に巻き込まれてよー。余所の世界で相撲の稽古付けてもらったからよー。」
精介も笑いながら軽口で返した。
「またまたー。山尻先輩、ラノベの読み過ぎッスよ。」
「異世界物で相撲取りのマンガ、俺、二つしか知らねえッスよ。他にもあるんスか?」
精介の軽口に、近くに座って聞いていた後輩達も笑いながら口を挟んできた。
「こらお前等。騒ぐな。ちゃんと試合見ろよ。」
「はーい。」
監督からの注意に精介達は口を閉じ、改めて他校の試合を観戦する事にした。
先鋒戦、副将戦と終わったところで土俵から少し視線を上げ、精介は自分達の座っている席とは反対側の観客席へと目を向けた。
精介達と同じ様に席取りをしている他校の相撲部や、その家族や関係者、一般客――その中に、結三郎の姿もあった。
精介の物を借りたTシャツにジーンズという結三郎の姿は、ただの一般の観客として全く違和感無く周囲に溶け込んでいた。
精介の視線に気が付いた結三郎は、そっと微笑んで小さく頷いた。
「・・・!」
精介もまた結三郎に笑顔を返した。
次の試合も、応援してくれている結三郎にいいところを見せたい――不純な動機かも知れなかったが、精介は体に力がこもるのを感じていた。
「っしゃー!! 次の試合も勝つぜ!!」
思わず拳を握り締めて精介は声を上げた。
「だから静かにしろって。気合入り過ぎだ。」
急に声を上げた精介に監督が驚き、呆れながら精介の頭を軽くはたいた。
そんな精介達の様子を結三郎は苦笑しながら眺めていた。
午前の試合はまだまだ残っており、勝ち進んでいけば精介が結三郎にいいところを見せる機会はまだまだ沢山あった――。
---------------------------------------------------------------------------------------------
メモ書き
ウヒョー。やっと書き終えました第二話。意外と長くボリュームが出てアタシ自身は楽しかったです。
取り敢えず力尽きたので第二話全体の細かい直しは後日ちまちまとやっていきます。挿絵とかも描きたいし次の第三話のネタ纏めもしたいし。やりたい事ばかり有り過ぎて体力気力集中力が全く追い着いておりませぬ・・・。
ちなみに異世界物で相撲取りの漫画は二つしか知りませんが、どちらも大相撲なのでアタシ的には残念な気持ちであります。誰か・・・誰か、アマチュア相撲でガチムチガッシリ筋肉質体型のイモ臭雄臭男子のBL小説をアタシに恵んで下さらぬか・・・。
――世の中厳しくて、そんな都合の良い物は誰も恵んでくれないので仕方無しに自分で創り出しました。ほんと世の中厳しくて生き辛いワヨね・・・と、しみじみと思う更年期のヲカマのオッサンでございました。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます