第二話ふたつめ、しるすこと 「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」其の十八 精介のヤケクソに結三郎に相撲を挑む事に就いて記す事

第二話ふたつめ、しるすこと

「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」

 「其の十八 精介のヤケクソに結三郎に相撲を挑む事に就いて記す事」


「本っ当に申し訳ないっっ!!」

 精介の叫び声につられてしまい、結三郎も思わず頭を下げ大声を上げて再び謝った。

「な・・・。何っ・・・何スかそら! 穴を開けて繋ぐって・・・。」

 暗がりの中で深々と頭を下げ続ける結三郎の姿を呆然と見ながら、精介はまだ驚いたままその場に立ち尽くしていた。

 専門的な事はよく判らなかったものの、取り敢えずはこのまま元の世界に帰されてそれっきりと言う事にはならなさそうだ――という事だけは、何とか理解し始めていた。

「・・・その。時空の穴とかが繋がるってコトは、俺の世界と日之許と行き来が出来るってコト・・・でいいんスよね・・・?」

 精介の問い掛けに、結三郎は頭を上げて答えた。

「ああ。穴の大きさの範囲内ならば、人や物の行き来は出来る・・・筈だ。」

 今まで迷い人を送り返す時に使用していた装置をそのまま流用すると茂日出は言っていたので、結三郎の経験から穴の出入りは問題無かった筈だし、今頃は奥苑で茂日出が喜々として装置の安全性に関する最終確認をしている筈だった。

 結三郎の答えを聞き、暫くの間精介はその言葉を頭の中で何度か反芻していた。

 それを段々と理解していき――頭の中にきちんと染み込んできたところで、ふらふらとその場にへたり込んでしまった。

「山尻殿!?」

 急に座り込んだ精介の様子に結三郎は思わず駆け寄り、慌てて肩や背に手を回して体を支えた。

「・・・てっきり、こっちのみんなと二度と会えないもんだと思い込んでて・・・。俺の覚悟と決意、何だったんスか・・・。もう・・・!」

 結三郎に軽く支えてもらいながら顔を上げ、精介は恨めしそうに唸ったがその声には力が無かった。

「す、すまない・・・。もっと早くにきちんと話が出来れば良かったんだが・・・。」

 精介の脱力した様子に結三郎はまた謝った。

「ま、まあ・・・俺も結三郎さんとの話は避けてたから、お相子的なあれッスけど・・・。」

 精介は申し訳無さそうにしている結三郎の顔を見ながら大きな溜息をついた。

「と、兎に角、帰す準備は出来てる筈なんだ。明日にでも一度高縄屋敷の方に来てもらって細かい話をして・・・。」

「もう! うるせえ! 説明はもういいッスよ! 明日聞く!」

 説明を続けようとしていた結三郎の言葉を遮ると、精介は結三郎の手を振り払って立ち上がった。

「え?」

 精介に遮られて戸惑いながら見上げてくる結三郎へと向けて、精介はヤケクソの様に声を張り上げた。

「取り敢えず今は! 何か色々むかつくし、ほっとしたし、ワケわかんねぇけど! 兎に角俺と相撲を取れ!!」

「え? あ、・・・はい・・・。」

 怒鳴る様に声を上げて見下ろす精介の勢いに押され、結三郎は取り敢えず頷いた。

 声を荒げてはいるものの、幸いあの時の様なきつい怒りは感じられず――どちらかというと癇癪を起した子供の様な雰囲気だった。

 そのまますぐに便所の臭気が届かない所へと、本堂の裏から少し離れた林の方へと精介は歩いていき、結三郎もそれに従った。

 精介は適当な所で立ち止まると結三郎を振り返り、足で地面の上に一応の仕切り線らしきものを描いた。

「――あ、この様な暗がりでは線が見えないのでは・・・?」

 本堂の方から洩れる光も既に行灯が一つ程度の薄明かりになっており、結三郎と精介の居る辺りを照らす事は出来なかった。

 一応は微かに月の明かりがあったものの――辺りは人の顔も地面の様子もよく判らない様な暗がりに沈んでいた。

 結三郎の指摘は尤もな事ではあったが、自棄になっていた精介はそんな事にも構わず草鞋を脱ぎ捨てると仕切り線の前に踏ん張る様にして立った。

「うるせえよ! さあ! ほら! 構えて構えて!」

「あ、ああ・・・。」

 精介に急き立てられ、仕方無く結三郎も仕切り線の場所を何となく見当を付けて精介の前へとやって来た。

 精介の勢いに困惑しながらも、取り敢えず結三郎も草鞋を脱いで、仕切り線らしきものの前に腰を下ろし、片手をついた。

 精介も腰を下ろして身構えたところで、取り敢えず立ち合いの口上を述べた。

「あー、見合ってー見合ってー・・・。」

 困惑していたせいもあり、結三郎は何処か棒読みの口調で言ってしまった。

「何だそら! ちゃんとやる気あんのか! 真面目にやれ!」

 結三郎の棒読みに精介は腹を立てた様で、部活の監督の様な口調で咎め立てた。

「す、すまん。」

 思わず肩を震わせてしまい、結三郎は反射的に精介へと謝ってしまった。

「見合って――手をついて待った無し!」

 精介の掛け声に、結三郎も真面目に――今までも決して不真面目という訳ではなかったが――目の前の精介の顔を見据えて身構えた。

 仕切り線に両手をつくのは暗くてはっきりとは見えなかったので、一応は手をつきつつも、そこはお互いに掛け声に呼吸を合わせて立ち合おうと暗黙の内に通じ合った様で、

「――っけよい!!」

「――よい!!」

 二人はお互いに声を上げると、同時に足を蹴り前へとぶつかっていった。

 精介はかなり本気で――ヤケクソとも言うが――頭から結三郎へと飛び込んでいったが、結三郎は軽く腕を広げると正面から精介を受け止めた。

 精介の本気の突進も結三郎を後ろに退かせる事は出来ず、何処か精介を抱き止める様な体勢で結三郎は足を軽く踏ん張るだけだった。

「クソ! やっぱ強ええな、結三郎さん。」

 着流しの胸元が少しはだけ、結三郎の裸の胸に顔を押し付けながら精介は思わずそう漏らした。

「・・・あー・・・。ええと、もっと腰を落としてから右足を蹴って頭から・・・。」

 暗い中でも何とか見えた精介のぶつかってくる様子を分析し、結三郎はつい稽古の時の様な調子で指導してしまった。

 精介は思わず顔を上げ、結三郎を軽く睨み付けて抗議した。

「うるせえよ! 稽古付けてもらってるんじゃねえんだ!」

「あ、す、すまん・・・。」

 結三郎は太い眉を大きく下げて戸惑いの表情を浮かべ、精介をどう扱ったものかと見下ろした。

 結三郎が困っている間にも精介は再び姿勢を低くして、結三郎の体を渾身の力を込めて押し続けた。

 お互いに着物姿だったので、マワシの時の様にはしっかり相手を掴んだり組み合ったりする事が却って行ないにくく、精介はひたすら押しの一手に徹していた。

 しかし佐津摩のお抱え力士が押し相撲に対応出来ない訳が無く、結三郎はさっと体の軸をずらして精介の勢いを躱すとあっさりと精介の体を地面――一応は土俵と見做した場所へと転がしたのだった。

「っ! くそっ!」

 悔しがる間も惜しんで精介はすぐに立ち上がり、結三郎の前に戻ってきた。

「もう一回!!」

「え? ええ~!?」

 精介の言葉に結三郎は再び困惑の表情になってしまった。

 最早仕切り線が何処かも判らなくなっていたので、精介は結三郎を正面に見据えながら適当に後ろに下がった。

 まあ、精介の気が済むのならば・・・と、結三郎は精介の勢いに押され、再度相撲を取る事にした。

 その場に結三郎が腰を落とすと、精介も体を屈めて再び身構えた。

「――はっけよい!」

 今度は真っ直ぐに突っ込み掛けたところで、精介は結三郎にぶつかる直前で素早く横に回り込んだ。

 しかし結三郎もすぐに精介の方へと体を向け――振り向き様に放った張り手一発で精介は吹っ飛ばされてしまった。

「っっ!!」

 重い塊が胸元を直撃し、精介はまた地面へと転がされてしまったのだった。

 暗いので見えなかったが、恐らく今、手形とまではいかなくとも精介の胸には結三郎の赤い手の跡が付いていると思われた。

「――手形欲しいって言ったけど、この手形はキツイっス。」

 胸を摩りながら精介は苦笑を浮かべ、よろよろと立ち上がった。

「す、すまん、つい・・・。」

 結三郎は謝りながら精介の所へとやって来た。

 きちんとした試合であれば、実力差のある精介相手でもきちんと立ち合う心積もりはあるものの、今夜の相撲は結三郎にとってはどうにも稽古を付けてやっているという気分が抜けなかった。

 立ち上がった精介は、懲りもせずに結三郎を睨み据えると、

「もう一回御願いします!!」

「えええええ~~・・・・・・!」

 結三郎は軽く肩を竦め、小さな溜息をついた。

「これで最後だぞ・・・。」

「はい!!」

 結三郎の少し疲れた様な口調に一応は申し訳無くも思いながらも、精介は嬉しそうに返事をした。

 結三郎の方は殆ど疲れてはいなかったが、転がされたり吹っ飛ばされたりしていた精介の方は大分呼吸が乱れ始めていた。

 精介の疲労を気遣いつつも、どうせ言っても聞かないだろうと結三郎は何も言わずにその場に屈んで身構えた。

 ぜいぜいと息が乱れ始めていた精介の顔が、微かな月明りに照らされて辛うじて結三郎の目に映った。

 精介の額には汗の粒が浮き出て、幾筋か頬を伝い流れ落ちていた。

 ヤケクソではあっても真剣に結三郎の顔を見つめる精介の顔は、意外と精悍で男らしさを感じさせる事に今更ながら結三郎は気が付いた。

 ほんの僅かの間、精介の真剣な表情に気を取られてしまったが、精介の掛け声にすぐに集中し直した。

「――っけよい!!」

 息切れしながら掛け声を上げ、精介は最後の取り組みに再び正面から全力で結三郎の胸へと飛び込んだ。

 最初の時と同様に結三郎には受け止められてしまったが、精介はそのまま結三郎の腰へと手を回し――着物の帯と褌ごと掴み、きつく握り締めた。

「っ!」

 普段の取り組みならばマワシを掴まれたというだけだったが、帯や褌の幅や締まり具合はマワシと違いがあり、乱暴に掴まれると変に伸びたりずれたりしてしまい――足の踏ん張りや体勢を保つ感覚に結三郎は違和感を感じてしまい戸惑った。

「――というか、帯が解けるっ。」

 また不浄負けになりはしないかという思いも一瞬結三郎の脳裡をよぎってしまった。

 思わず呟きを漏らし、解けるどころかちぎれはしないかと心配しながら、結三郎は自分の帯と褌を握り締める精介の手をマワシを切る要領で振り払おうとした。

 しかしマワシと違って完全に手の中に納まって握られてしまっている為、精介の手を振り払う事は出来なかった。

「っ!!」

 お返しという訳ではなかったが、結三郎も体勢を立て直す為に半ば仕方無しに精介の帯と褌へと手を伸ばすと、ちぎれたり傷んだりしない様に気遣いながらもしっかりと握り締めた。

 精介は必死で結三郎へとしがみ付く様にして足を踏ん張り、結三郎の帯を引っ張り続けた。

 結三郎もまたそれなりに力を込めて精介と四つに組み合った。

 少しの時間、精介と結三郎はそのまま膠着していたが――疲労の大きい精介の方が先に踏ん張りを維持出来なくなり、足先が僅かに震え始めた。

 積極的に攻め込むつもりは無かったが、取り敢えず結三郎は精介の足のふらつきに合わせて、精介を転ばせようと軽く体勢をずらした。

「っ! 」

 体勢を変える結三郎の動きに合わせて精介は何とか足の位置を変え、足先に力を入れ直して踏ん張り直した。

 二、三度、そんな攻防とも言えない様な遣り取りを続け――精介は体勢を立て直そうと少しだけ後ろへと下がり、地面を強く踏み付けた。

「――あっ!」

 疲れがあったのと、暗くて足元が判らなかったのとで、精介はどうやら大き目の石を間違って踏み付けてしまった様だった。

 足裏の軽い痛みに反射的に思わず片足を上げて体を震わせてしまい、大きく姿勢を崩し――精介は後ろ向きに倒れていった。

「山尻殿!」

 結三郎は思わず声を上げたが、精介の倒れる勢いに引っ張り込まれ――四つに組み合ったまま結三郎も精介に覆い被さる様にしてそのまま地面へと横倒しになってしまった。



「いってぇぇぇぇ。」

 背中を打ち付けてしまった痛みに思わず精介は声を上げてしまった。

 暗くて判らなかったが意外と地面には大小の石が散らばっており、着物越しに石の角がちくちくと体に当たっていた。 

「――大丈夫か?」

 仰向けに倒れた精介を気遣う結三郎の声が聞こえてきた。

 何となく結三郎の声が近いと思っていたが、結三郎に抱き抱えられる様な形で二人共地面に倒れてしまっていた事に精介はやっと気付いた。

 精介の頭は結三郎の手に抱えられる様に包まれ、精介の顔は結三郎の胸板に埋まっていたのだった。

「頭打ってないか? 大丈夫か?」

 精介が無防備に地面に後頭部から倒れようとしていたのを、結三郎が咄嗟に手を伸ばして抱え込む様にして庇っていたのだった。

「あ、だ、大丈夫ッス・・・。」

 今更ながら結三郎に抱き抱えられ、地面の上とは言え横になって密着している状態に精介は思わず顔を赤らめた。

 夜の暗い中だったので、目を開けても閉じても結三郎の胸元の様子は見えなかったものの、自らに覆い被さる形になってしまっている結三郎のがっしりとしつつも柔らかな弾力のある胸板の温もりや息遣いを――却って生々しく精介には感じ取る事が出来ていた。

「そうか。それなら良かった。」

 精介の頭上から、結三郎のほっと安心した様子の声が聞こえてきた。

 庇って抱えていた精介の頭からそっと手を離し、結三郎は立ち上がろうと地面に手をつき直そうとした――が。

「ん?」

 四つに組んだ時の結三郎の着物の帯と褌を握り締めたまま力を入れ、精介は結三郎が立ち上がろうとするのを阻んだ。

「んん・・・?」

 結三郎が戸惑いの声を漏らす間にも精介は帯から手を離すと、そのまま結三郎の背中へと腕を回し、しっかりと抱き締めていた。

「お、おい?」

「――あ、あの・・・。昼間は、ホント、すんませんでした・・・。」

 地面に仰向けになった体勢とは言え一応は結三郎を抱き締め、その胸元に顔を埋めたまま精介は改めて結三郎へと謝った。

「あ、ああ・・・。その事はもう、お互い謝ったのだしいいじゃないか。」

 まだ謝り足りなかったのか、と、結三郎は自らの体の下で抱き着く様な体勢のままの精介を微笑ましく思いながら言葉を掛けた。

「――ホント、すんません・・・。あんなに泣くなんて・・・。俺、あんなに結三郎さんのコト傷付けるつもりじゃなかったのに・・・。」

 結三郎にしがみ付く様にしながら精介は謝り続けた。

 植え込みの茂みからそっと結三郎と祥之助の様子を窺った時の――、子供に戻ったかの様に大声で泣き続ける結三郎の姿が思い返され、精介の胸を何度も締め付けた。

「ええっっ!? 何? 戻って来てたのかっ!? ていうか、見てたのか!?」

 精介の言葉に思わず結三郎は体を震わせ、自らの胸元に顔を埋める精介を覗き込んでしまった。

 あのみっともなく大声で泣いて祥之助にもたれかかってしまった事を鮮明に思い出してしまい、結三郎は恥ずかしさにあっと言う間に顔を朱に染めた。

「そ、それもすんませんっっ!! 覗くつもりは無かったんスけど・・・! 何か出て行き辛くて。ホント、すんませんっ!」

 結三郎の慌てる様子に精介も慌て、更に必死に謝った。

「うう・・・うん・・・。」

 結三郎は唸る様に溜息を漏らした。

 精介も決して悪気があって覗いていた訳ではないのは結三郎も判っていたが・・・。

 結三郎にしがみ付いたまま何度も謝罪を繰り返す精介の様子に仕方が無いという思いも湧き、結三郎の顔の熱も次第に引いていった。

 己のみっともない姿を見られたのは祥之助と精介の二人だけで助かった――と、無理矢理に納得し、何とか落ち着きを取り戻していった。

「――まあ・・・謝っているのは判ったから、そろそろ離してくれないか。」

 言い聞かせる様に結三郎は言葉を掛けながらそっと精介の坊主頭を撫でた。

 そうして精介の返事を待たず両手をついて立ち上がろうと結三郎が上体を起こしかけるが――背中に回されていた精介の手はまだ力が込められたままだった。

「お、おいおい。」

 一旦は精介を胸元にくっ付けたまま――しがみ付かせたまま途中まで体を起こしかけたものの、やはり流石に体勢が悪く、立ち上がる事は出来ずに結三郎は再び地面に倒れてしまった。

「すんません・・・。もうちょっと。・・・もうちょっとだけ・・・。」

 精介の懇願する様な言葉が結三郎の耳に届いた。

 仕方無く結三郎はそのままなし崩しに地面の上で横になり――二人はお互いに横に向かい合って抱き合う様な形になってしまっていた。 

「――ちゃんと元の世界には帰るけど・・・。またこっちに来れそうっていうのも判ったスけど。・・・まだちょっと気持ちが落ち着かなくて。」

 結三郎の胸に顔を埋めたまま、精介は結三郎へと語り掛けた。

「うん・・・。」

 結三郎は何処か子供をあやす様な気持ちを感じながら、精介の話に耳を傾けた。

「・・・男色でもちゃんと相撲取れる様になるって親方が言ってくれたけど、・・・でも、やっぱ、いざ元の世界の生活に戻るってなると、何か不安で落ち着かなくて・・・。」

 佐津摩や杜佐を初めとして日之許ではまだ幾つかの藩では男色は当たり前のものとして残っていた。そんな空気の中で生まれ育った結三郎には、精介の悩みや怯えを完全には理解する事は出来ないかも知れなかったが――。

「そうだな・・・。無責任な事は言えないが・・・。でも、山尻殿の力にはなりたいとは思ってる・・・。それは部屋の人達も、武市殿も・・・きっと長屋の人達も、同じ気持ちだと思うよ。」

 結三郎の言葉に精介は黙ったまま、結三郎の胸の中で頷いた。

 暫くの間、結三郎と精介はそのまま地面に横になったまま抱き合っていた。

 結三郎の腕の中の精介の体は意外とがっしりとしており、相撲の稽古でぶつかり合ったりもしたがこうして抱き合っていると、改めて精介の体の筋肉質な感触が結三郎には感じ取れた。

 ときめきを感じないでもなかったが、しかししがみ付いてくる精介の頭をそっと撫でていると、どちらかというと弟とか子供を慰めているかの様な感覚の方が強くなってしまっていた。

 そうやって暫くの間、結三郎は添い寝の様な形で精介と抱き合って横になっていた。

「――すまん。流石に腕が痛くなってきた。」

 石の散らばる固い地面の上で精介の頭や体を抱いていたので、流石に結三郎の腕も痛みや痺れで悲鳴を上げ始めていた。

「あ、す、すんません・・・。」

 名残惜しくはあったが精介はやっと結三郎から離れ、体を起こして地面に座った。

 結三郎もよろよろと体を起こし、痺れた片腕を摩りながら地面に胡坐をかいた。

「すんません・・・。」

 結三郎の横に座り精介は結三郎の腕を取って摩り始めた。

「あ、大丈夫だよ。そんなにひどくはないから。」

 大袈裟に腕を摩り始めた精介の様子に、結三郎は苦笑を浮かべた。

「で、でも。」

「大丈夫だよ。」

 自分のせいで腕が痺れた事に精介は申し訳無さそうにしていたが、結三郎はふっと優しく笑い、精介の坊主頭を軽く撫でるとゆっくりと立ち上がった。

 精介も立ち上がると乱れた着物の帯を締め直し、暗くてよく見えなかったが汚れているであろう土埃を払いのけた。

 それから精介が軽く背伸びをして上を向くと、夜空は晴れ渡っており沢山の星が輝いている事に今更ながら気が付いた。

「あ、天の川・・・? って、こっちの世界も星座――というか、星の位置とか同じ感じなんスかね?」

 星空の一角には星の輝きが集まり流れる筋があり、精介の世界では天の川と呼んでいるものが日之許の世界にもあった。

 精介の住む町も都会という訳ではなかったが一応は地方都市ではあり、建物の照明に遮られて満天の星空や天の川等は精介は普段の生活では見る事は無かった。

 輝く星空を結三郎と見上げていると、天体観測デートでもしているかの様な――そんな胸の高鳴りが精介の中に湧いていた。

「どうだろう・・・。犬や猫とか鳥とかに見立てた星座は日之許にもあるが・・・。今度山尻殿が来る時にそっちの世界の星の本とか持って来てもらって見比べるのも面白そうだな。」

 精介と共に星空を見上げながら結三郎は茂日出譲りの学問好きな顔付きになり、夏にしか見えない星の幾つかを探し始めた。

「あ! 俺が帰ったりこっちに来るコトばっか考えてたけど、結三郎さんが俺の世界に星空見に来たり――遊びに来たりしてもいいッスよね!?」

 自分の思い付きに精介は楽しそうに目を輝かせて、星空を見上げる結三郎の横顔を見た。

「そういえばそうだったな・・・。まあ、大っぴらには難しいだろうが、山尻殿の家の近所位は探検してみたいな!」

 まだ見た事の無い異世界を自分が探検出来るかも知れないと言う事に、結三郎は嬉しそうに笑いながら精介を見た。

「近所だけだなんて! 人種も言葉も文字も殆ど一緒だから、俺の着替え貸せば結三郎さん、全然違和感無く出歩けるッスよ! 俺と一緒に色々出掛けましょうよ!」

 結三郎と一緒に自分の住む町や色々な場所を出掛ける事が出来るかも知れない――いや、出掛けたい、と精介は思い、結三郎の手を無意識に取ってはしゃいでしまった。

「それに、今度七月頭に部活で大会があるんで結三郎さんや部屋のみんなに応援に来てもらえたら、スッゲエ嬉しいんスけど・・・。――あれ? 七月・・・? 七月・・・?」

 結三郎の手を取りそんな事を言いながら――精介は今まで無意識に考えないようにしていた事柄に、今更ながら気付き始めていた。

「どうした?」

 結三郎が、暗くていまいち判りにくかったものの、段々と青褪め始めているらしい精介の様子に首をかしげた。

 先刻までの嬉しくはしゃいだ気持ちで結三郎の手を取っていた精介の手が、緊張に汗ばみ始めていた。

「あの・・・ええと。俺、こっちの世界に来て一週間位経ってるけど・・・元の世界で、俺、一週間行方不明ってコトッスか・・・? もしかして・・・。」

 緊張に微かに体が震え始め、精介の手は縋る様に結三郎の手を握り締めた。

 異世界転移だの春乃渦部屋の助っ人だの・・・そして何より、男色に悩み、元の世界には余り戻りたくはないという気持ちが頭の中を強く大きく占めていたせいで、元の世界で何日経っていたかと言う事がすっかり意識から追い出されてしまっていたのだった。

「え、えええ・・・。学校無断欠席だし、部活も・・・。おじさん達、警察に捜索願とか出してる・・・よな・・・。」

 改めて元の世界での自分の行方不明事件を考えると、精介は一体どうしたものかとすっかり途方に暮れ、力無くその場に座り込んでしまった。

「ああ・・・。そうだったな・・・。一週間経っていたものな・・・。」

 結三郎も、兎に角今回の迷い人と接触して現地協力員として説得をするという事ばかりが頭にあったせいで、精介の元の世界の時間の流れ等については全く頓着していなかった事に今更ながら気が付いた。

「と、取り敢えず、明日義父上や帝にその辺りの事は相談してみよう! 私も大雑把にしか聞いていないが、世界によっては時間の流れが違っていて、元の世界に戻ったら然程の時間は流れていない場合もある・・・らしいという話、も・・・。」

 性格的には曖昧ではっきりとしない事を言いたくはなかったが、余りに精介がうろたえ青褪めた様子だったので、結三郎は思わず慰める様な事を口にしてしまった。

 異なる世界の間では時間の流れ方が違う事も多いという話は、茂日出や奥苑の鳥飼部達から聞いた事はあった。

 流石に逆の場合――元の世界に帰ったら数百年が経過していた場合もあるという話については、結三郎も今の精介にする事は自粛したが。

「兎に角、明日、義父上と帝に相談だ。きっと何かしらの知識がある筈だ。」

 自分にも言い聞かせる様な口調で結三郎は精介へと言葉を掛けた。

「は、はい・・・。っていうか、帝? って、この国で一番偉い人とか・・・ですよね? そんなヒトが何で佐津摩藩邸に?」

 結三郎の義父は佐津摩藩の前の代の藩主だという事は、この一週間の生活の中で何となく結三郎から聞いていて漠然とは覚えてはいた。

 しかし、帝? 将軍とかは日之許には居ないのだろうか?

 佐津摩とか杜佐とか、藩邸やお抱え力士と言う様な単語を耳にしていたせいか、精介は日之許が江戸時代の様な世界だと思い込んでいたが――。

「そういや、藩主がどうとかは聞いてたけど、将軍とかは・・・?」

 そう言えば、この日之許の国は精介の世界でいうところの幕末や明治の様な雰囲気に近い様だったが、地名に当てられた漢字を初め、何もかもが似ている訳ではない事に精介は今更ながら気が付いた。

「将軍? 征夷大将軍・・・の事か?」

 精介の問いに結三郎は首をかしげた。結三郎の方は将軍という言葉に馴染みが無い様子だった。

「そ、そうッス。俺の世界だと、民主主義になる前の昔の時代は、サツマとかトサとかみたいな藩をまとめるのは帝じゃなくて将軍で、将軍が政治とか仕切ってて・・・ええと・・・。」

 精介の話に異世界の歴史や政治体制の話を聞きたくなってしまい、結三郎はまた茂日出譲りの学問好きな顔付になりかけたが――何とかその気持ちを一先ずは抑え、脱線しかけた話を戻す事にした。

「す、すまん。色々と興味深い話なんで詳しく聞きたくはあるが、後にしよう。取り敢えず、日之許の帝も今回の様な異世界から迷い込む人間への対策について力を入れていて、佐津摩藩前藩主と協力して色々と事業を行なっているんだ。」

「は、はい。」

 結三郎からの説明に精介も一先ずは口を閉じて話を聞く事にした。

「何にしても色々な詳しい話は明日になってしまうが、取り敢えずは、山尻殿の家の何処かに小さな時空の穴を開けて日之許と繋いでもいいかどうか――その返事を明日までに考えておいて欲しい。」

「はい!」

 結三郎の話に精介は頷いた。

 明日まで待つ必要は無く、精介の中では既に承諾の気持ちは固まっていたが。

 けれども今精介がそれを言っても、きちんと手順を守ろうとする結三郎は考え無しに安易に承諾するな、とか、明日まできちんと考えろ、等と言いそうだ――と、一週間の付き合いではあったが精介にも判る様になっていた。

「あ、それはそれとして――そういや、結三郎さんのそういう異世界関連の仕事の話、まだちゃんと聞いてなかったッスね。」

 佐津摩藩前藩主の養子だとかお抱え力士だとか、そうした表向きの事は一応は聞いていたものの、異世界からの迷い人に関しての仕事の話を精介はまだ詳しくは聞かされていない事に気が付いた。

「・・・って、まあ、俺からあんまり結三郎さんに近寄らなかったからでしたけど。」

 自分で言っていて自分で気が付いてしまい、精介は苦笑しながら頭を掻いた。

 元の世界に帰されたらもう二度と日之許の皆とは会えなくなるのだと思い詰め、結三郎とそうした話をする事を避けていたのは精介の方だった。 

 そんな精介の様子を結三郎は苦笑しながら眺め、

「まあ、それも明日詳しく高縄屋敷で説明するよ・・・。あ、それで、奥苑の――私の異世界の仕事については一般の人達や、武市殿にも秘密にしなければならない事なので、その事は気を付けておいて欲しい。」

「え? 武市様にもッスか?」

 一般の人達――春乃渦部屋や力士長屋の人達には秘密にしなければならないというのは理解出来たが、祥之助にも、という事に精介は驚いた。

 相撲観覧デエトだのお慕い申し上げ御座候云々の話は精介は勿論知らなかったが、それでも祥之助が結三郎の事を何かしら好ましく慕わしく思っているらしい――というのは今までの様子を見ていて精介にも薄々は理解出来ていた。

「? そうだが・・・?」

 結三郎は精介の言葉に不思議そうに首をかしげた。

 あの号泣の後で祥之助に自分や実父の身の上話をした時に、奥苑の事も何もかも祥之助に話をしたくなったりはしたものの――あれから取り敢えずは色恋と仕事とは区別しなければ、と結三郎なりに気持ちに折り合いを付けていた様だった。

 そんな結三郎の折り目正しくけじめを付けている様子に、精介は少し祥之助の事が気の毒になってしまっていた。

「あ・・・、はい。誰にも言いません。」

 祥之助に同情しつつも、異世界転移の事情は軽々しく言い触らす事ではないと精介も判っていたので、精介は真面目な表情で結三郎に頷いた。

 精介としては祥之助の事も、性的にも普通の意味でも好ましく思っていて、憧れの気持ちもあり出来れば隠し事も無く三人仲良くしていきたいとは思っていた。

 しかし祥之助に対しても隠し事をしなければならないというのは、自分と結三郎だけの秘密というほんの少しの優越感と罪悪感が入り混じり――少しだけ精介の心を重くさせていた。

「まあ、何とか時間の流れの事とか行方不明の事とか解決したら、私だけでも大会の応援に行こう。そっちの世界の普段着に着替えたら、何とか誤魔化せるみたいだし・・・。」

「!! ほんとッスか!? やった!! すっげえやる気出て来た!! 絶対勝って、結三郎さんにいいとこ見せるッスよ!!」

 現金なもので、結三郎が応援に来るという言葉で祥之助への優越感も罪悪感も、精介の中で全部後回しになってしまっていた。

「そ、そうか・・・。」

 精介のとても嬉しそうな様子に圧倒され、結三郎は苦笑した。

「――そろそろ本堂に戻ろうか。明日は忙しくなりそうだし、もう寝よう。・・・あ、草鞋は何処いった・・・。」

 結三郎は精介を促しかけ、そう言えば自分達がまだ裸足だった事に気が付いた。

「あ、こっちの方っス。」

 精介は辺りを見回し、月明かりに照らされた二足分の草鞋を何とか見つける事が出来た。

 二人は草鞋をつっかけると本堂へと戻る事にした。

「ホント、楽しみッス。大会の応援以外にも、色々と出掛けましょう! 俺の世界のトウキョウ観光も――。あ、俺の世界ではトウキョウは東の京って書くんスよ・・・。」

 結三郎と歩きながら心から楽しそうに精介は自分の世界の事をあれこれと結三郎に話し掛けていた。

「――ああ、楽しみだな。観光地じゃなくても、むしろ普段の生活をしている町や村の方の様子も私は色々と見て回りたいな・・・。」

 結三郎もまた、やはり茂日出譲りの好奇心や探求心に目を輝かせながら精介へと楽しそうに語り掛けた。

 元の世界での一週間の行方不明がどう解決するのかと不安は強かったが、結三郎との元の世界での外出を楽しみに思う事で精介は一先ず心を落ち着ける様に努めた。

 きっと大丈夫だ――根拠がある訳ではなかったが、結三郎がこうして側に居てくれると、何故か何とかなるだろうと精介は思えるのだった。


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メモ書き


 さて三月も半分以上が過ぎてしまい年度末の締切りに向けてお仕事とか色々と慌ただしい日々ですが皆様如何お過ごしでしょうか。

 相変わらず三寒四温の寒暖差にヲカマのオッサンは大ダメージです。やる気が出なくてしんどいです。


 それはそうと、「な×う」の作者ページ表示とかマイページとか色々とリニューアルされましたね。正直な所便利になったとも不便になったとも実感はないのですが、ひとつだけやはり今時のインターネット表示らしく広告表示がうざくてわずらわしいですね。成人向けっぽいお色気系マンガ・ゲームの広告表示ばかりでほんとクソうざいというか、もっというと目障りですわー。

 機械に疎いのでどういう仕組みで広告分野が選択されてるのか知りませんけど、女キャラの何やかやのお色気系広告なんてミスマッチも甚だしいワヨ全くもう。

 イモ臭い雄臭いガチムチ兄ちゃんの広告を出しやがれ!等とブツブツ言いながらインターネッツをしているヲカマのオッサン、今年の秋で52歳になります。

 まだ化粧品とかサプリとかガーデニングとかそっちの広告が頻繁に出るのならば、ああ、検索とか閲覧データを元にしているのかしら、とも納得できるのですけども。

 ほんと、「な×う」の運営、どういう設定をページに仕込んでるのかしら全くもう!(オッサンの的外れな言いがかり)

 お色気ゲーム広告出すのならば放××とかクレ××とかその辺りにして下さい。

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