第二話ふたつめ、しるすこと 「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」其の十二 結三郎が今朝の図書館の出来事を思い出すに就いて記す事

第二話ふたつめ、しるすこと

「相撲部員 山尻精介の日之許国への迷い込みに就いて記す事」

 「其の十二 結三郎が今朝の図書館の出来事を思い出すに就いて記す事」


「え・・・と・・・。」

  実父の事を知っているらしい目の前の直衣の男性の存在に結三郎が戸惑ったまま立ち尽くしていると、茂日出が結三郎を庇う様に前に出た。

「帝よ。いきなり喜一郎の話をするな。結三郎が混乱しておるではないか。」

 よれよれに皺の寄った直衣を着た男性――帝へと茂日出は咎める様な目を向けた。

「え!? 帝!?」

 茂日出の言葉に、この国の頂点に立つ存在が――ここが幾ら証宮離宮殿の付属施設とはいえ、余りにも気安い様子で目の前に出現している事に、結三郎はただただ驚いていた。

 茂日出に帝と呼ばれた初老の男は、それまでの人懐っこそうな笑みを引っ込めると結三郎へと静かに口を開いた。

「――いかにも。朕は日之許国の帝である。頭が高いぞ。」

 背筋を伸ばし、取り澄ました言葉遣いと表情でそう言葉を賜ると――結三郎の背筋に冷や汗が流れた。

 何か、強く大きな相手に相対しているかの様な――結三郎の感覚では、途轍もなく強い相手と土俵で向き合った時の様な、そんな感覚に近いものが全身に圧し掛かって来た様だった。

 着ている物は皺の寄った直衣でありながらも、確かに隠しようの無い――穏やかではありながらも圧倒的な存在感が周囲の空気を満たしていった。

 思わず結三郎が目を伏せ、深々と頭を下げようとその場を一歩退こうとした時――

「あだっ。」

 がんがんっと何か硬い物が帝の頭に当たる音がした。

「っ! 義父上! 何と言う事を!」

 音のした方へと結三郎が顔を向けると、先刻購入したばかりの本――「相撲鍛錬読本・弐」の背表紙を茂日出が帝の頭へと二度軽く打ち付けていた。

 しかし青褪めていたのは結三郎だけで、当の帝も茂日出も、受付窓口に座っていた職員も大事が起こった様な表情はしていなかった。

「痛いやんか。何や、国民との他愛の無い交流やんか。」

「やかましい! ウチの子供を威圧するな! 可哀想に、怯えておったではないか。」

 茂日出は眉間に皺を寄せながら、背表紙の追撃をいつでも出来る様に本を手に構え帝を睨み付けた。

「威圧やありまへん。謁見の練習ですう。大体、本でひとのオツム叩くよおなヤツに説教されとうはないですう。本は大事にせなあかんて、親御はんから躾られませなんだか? 」

 叩かれた所を摩りながら帝は茂日出に踏ん反り返りながら言い返した。

「残念ながら我が親は書物の価値を爪の先程も理解出来ぬ愚か者じゃったわい。むしろ本が大事だと躾けたのはワシの方じゃ!」

 帝とは、この国の身分制度の頂点に立つ御方ではなかったか。

 そのような御方の頭を本の背表紙で殴打すると言うのは、下手をすると不敬罪に問われるのではないか――。と言うか相手が帝でなくても普通に暴行罪すれすれなのではないか。

 先刻の帝の威圧によるものとはまた違ったものにより、結三郎の背筋に冷や汗がまた流れた。

 しかし、茂日出と帝は言い合いながらも全く険悪な空気では無かったので、恐らくは親しい間柄の友人達のじゃれ合いの様なものだろう――と結三郎は無理矢理思う事にした。

 奥苑でのダチョウや鳥飼部達の会話で、茂日出と帝は若い頃から冠西の京と佐津摩を頻繁に行き来して深い交流を持っていると聞いていたのを思い出し、結三郎の実父の事を帝が知っているのはきっと彼等の間では当然の事なのだろうとは思った。

「ウチの子供・・・か。」

 茂日出の言葉に帝は不意に、それまでと一変してしみじみと懐かしそうな表情で結三郎へと視線を移した。

 何故、実父の喜一郎の事を帝が知っているのかと結三郎が疑問に思っているのも見透かした様だった。

「島津家――、高縄屋敷でも大事にされとる様で良かったわ。まあ、もう子供扱いしたらあかんなあ。――ワテの方はほんの四、五回位しか会うた事はあらへんが、結三郎はんが生まれる前と、二歳位の時とかに佐津摩で喜一郎はんと会うたわ。時空の穴の事で用事もあったさかいな。」

 証宮離宮殿が塔京に建立される以前の時代から、時空の穴による異世界からの望まない転移事故自体は日之許の国内でごく稀に起きていた。

 証宮離宮殿が建立される前は佐津摩の国にも転移事故があり――帝が研究等の為に佐津摩に行く事は当然の流れであり、結三郎の実父・喜一郎の事を知っているのも当然と言えば当然だった。

「そう・・・でしたか・・・。」

 結三郎は帝の言葉を聞きながら実父の事を思い出し、図書室の床へと視線を落とした。

「しかしまあ、もう成人も過ぎて、今はもう立派な佐津摩の相撲取りやな。ほんま、子供が大きゅうなるんは早いなあ・・・。」

 寝不足なのか疲労なのか帝の目の下には濃い隈があったが、優しい視線が結三郎へと注がれていた。

「精進しいや。」

「は、はい!」

 親戚のおじさんが甥っ子を可愛がるかの様な雰囲気で、帝は結三郎に微笑んだ。

 それから茂日出へと顔を向けると、

「――で、シゲやんは今日は何の用や。子供の図書館利用の付き添いだけで来た訳やないやろ?」

 帝の問い掛けに茂日出は頷いた。

「うむ。――ああ、ここでは何じゃし、書庫にでも行かぬか。結三郎もな。」

 受付窓口の職員を一瞥し、茂日出は図書室の引き戸を顎でしゃくって示した。

 流石に職員達の前で時空の穴についての話をする訳にはいかなかった。

「そうやな。」

 帝が空になった荷車に手を掛けると、少し渋い表情をした初老の男性職員の表情が目に入った。

 寄り道せずにさっさと執務室に行けばいいのに――そんな表情がはっきりと表れていた。

「仕事や仕事ぉ。博物苑奥苑絡みの仕事や言うたら判るやろぉ?」

 言い訳染みた言葉を帝が職員へと放つと、職員はそっと溜息をついた。

 図書館職員とはいえ証宮離宮殿に勤める人間であり、ある程度の奥苑の事情は承知している様だった。

「ほんなら来いや!」

「うむ。」

 荷車を牽き戸を開けると威勢良く茂日出に声を掛け、帝は図書室を出た。

 それに応じて付いて行く茂日出の様子は大柄な体格もあって、何かの果し合いへと赴く様な雰囲気が無いでもなかったが。

 兎も角、結三郎も二人に後に付いて図書館の書庫へと向かう事にした。



 図書館は外から見ただけでは地上五階建てだったが、地下にも三階分の施設があった。

 エレベーターもあったがそれは主に大量の本を運搬する為に使用されており、人間は階段を使って上り下りする事が多かった。

 地下三階部分には巨大な印刷工場があり、そこで神々から賜った知識を適宜編集し、書物の体裁に纏めた物を印刷、製本していた。

 出来上がった本は地下一階と二階の書庫に一時的に保管され、本としての外観や内容に問題が無いかを証宮離宮殿にある書籍評定所という機関に運ばれて確認された後に、図書館や隣接の書店棟へと収蔵されると言う手順になっていた。

「――とまあ、そんな感じで基本的には地下は一般人は立ち入り禁止やねん。」

 基本の構造は鉄筋コンクリートではあったが表面にはふんだんに杉や檜の木材が貼り付けられ、出来立ての木造建築を思わせる爽やかな木の香りの漂う階段を下りながら、帝は結三郎へと施設の説明をしていた。

 帝が牽いていた荷車は茂日出が不満そうにしながら片手に抱えていた。

 茂日出の腕力では全く問題は無かったが、余計な荷物を持たされるのは面白い事ではなかった。

「何でエレベーターを使わんのだ。」

「すまんなあ。大臣達から少しでも体動かせ言われとってな。運動不足やからと。」

 茂日出が不満そうに尋ねると、帝は悪びれた様子も無く答えた。

 一応は本当の事ではあったが、先刻の背表紙での殴打に対するささやかな仕返しの気持ちもあった。――勿論それを口にする事は無かったが。

 帝は隣に居る結三郎へと顔を向け直すと話の続きを始めた。

「――で、地下三階の話やったな。地下の印刷工場では、日之許の国中から集められた河童達が一日胡瓜一本の日当で無理矢理働かされ、本が完成するまではずっと地下に閉じ込められるんや。家族ごと連れてきた河童は引き離して違う部署に配置して心理的に逃げられん様にしてやな。ちっとでも怠けたらワテの作った式神が河童のオツムの皿に熱風を当てていたぶって懲罰をやな・・・。」

「何と!? 帝ともあろう御方がそんなむごい事を!? 神々はその様な所業を黙認しておられるのですか!?」

 段々と帝の説明が出鱈目になってきていたが、結三郎は大真面目に驚き、河童達の境遇に胸を痛め涙ぐんでさえいた。

「黙認も黙認。現世ではワテがこの国の王様やからな。ワテが法律や――っあだっっ!!」

 がこんっ!カツンっ!と音がして、帝の後頭部に「相撲鍛錬読本 壱・弐」の二冊重ねられた鋭利な角の部分が二度直撃し、帝の説明は中断した。

 茂日出も流石に荷車の方をぶつける様な真似は自粛した様だった。

「嘘を教えるな! 嘘を! ウチの子供は真面目なんじゃ! 本気にしとるじゃろうが!!」

 額に青筋を立てて茂日出は帝を怒鳴り付けた。

「ええっ!? 帝ともあろう御方が嘘を御吐きになられたのですか!?」

 茂日出の様子から流石の結三郎もやっと帝の嘘に気が付き、違う意味で衝撃を受けた様だった。

「すまんすまん。反応が面白うてつい力入れてしもうた。」

 後頭部を摩りながら帝は結三郎へと笑いながら謝った。

「全くもう・・・!」

 今度つまらん冗談を言ったら荷車の方をぶつけてやろうと茂日出は思いながら、前を歩く帝の後頭部を睨み付けた。

 そうする内にも結三郎達は地下二階へと着いた。

 階段から出てすぐに広い部屋が広がっており、地下でも昼の様に明るい照明の光が満ちていた。

 そうした広い空間に果てしなく書棚が連なるその一角――床の上に無造作に積み上げられた本の山と、橘の花と果実の大きな図柄をあしらった薄掛けの布団のある場所へと帝は茂日出と結三郎を連れてきた。

「まあその辺に適当に座りや。」

 結三郎と茂日出にそう言い、帝は自分の布団の上へと腰を下ろした。

「椅子位用意せんか。」

 茂日出は溜息をつきながら荷車を適当な場所に下ろし、帝の近くに築かれた本の山の前へと座り込んだ。

「ええと・・・・・・。」

 関係者以外立ち入り禁止の書庫とはいえ、一応は公共施設である図書館で床の上に無造作に腰を下ろす事に結三郎は戸惑ったが、

「かまへんかまへん。帝が許しとんのや。御行儀が悪うてもええよ。」

 そう帝に言われ、仕方無く結三郎も茂日出の近くに座った。

 幸いと言うべきか、床は毛足の短い薄茶色の絨毯が敷かれており、尻が痛くなる様な事は無さそうだった。

「――取り敢えずワシの用事は、時空の穴の実験施設の大まかな完成の報告と、実際の運用前の試運転についての話じゃな。これは報告書と申請書じゃ。」

 胡坐をかいて座った茂日出は作務衣の袖から小さな長方形をした一片の水晶片を取り出し、帝へと渡した。

「さようか。」

 帝は水晶片を片手に持ったまま、もう片方の手を敷布団の下へと突っ込んで金属板の端末機械を取り出した。

 銀色の金属板の片隅に水晶を設置し、さっと指を走らせると即座にその内容が空中へと映し出された。

「あー・・・。試運転もやけど、その後の向こうの世界の簡易的な探査が肝心やな。」

 帝は茂日出が書いた申請書へと目を移し、頷いた。

 精介の世界への時空の穴を一回試験的に開いた後、その周辺を探査して日之許の人間が精介の世界に行っても問題が無いかどうかの調査を行ないたいとの茂日出からの提言と、その為に帝が所有している探査機械と式神の貸出を許可してほしいという申請が水晶片の主な内容だった。

 余所の世界の空気の組成や、向こうの世界ではありふれた細菌が日之許の人間に対して致命的な影響が無いか、或いはその逆はどうか等、穴を開けて繋げるにあたって必要な調査だった。

「――まあ、最初の穴が開いた時の観測で概ね日之許と似通った世界やいう話やし、その山尻精介言う子ぉもこっちで何の問題も無く居るそうやから、ほんま、イィジィモォドの練習いう感じやなあ。」

 帝は書類の中身を読み終え、空中に指を走らせて表示を掻き消した。

 精介の場合や第一話の煎賀久寺に転移してきた青年の場合は結果的に問題が無かったので良かったが、世界によっては大気の組成が違っていて窒息してしまったり、日之許の人間にとっては問題の無い細菌でも、違う世界の人間にとっては致死的な病気を引き起こす事も、その逆の事もあり得るのだった。

 全く日之許と環境の違い過ぎる世界への探査は今の日之許の技術では困難過ぎた為、よく似た世界である精介の世界は帝や茂日出達にとっては練習に丁度良いものだった。

「探査機も式神も小さい奴がええやろな。向こうの世界の人間に見つからん様に。――今、帝居の方に書類送信したからいつでも取りに行ってええで。」

 帝が金属板の表面を何度かなぞると、暫くの後に「送信完了」との表示が空中に現われた。

「うむ。かたじけない。」

 茂日出は機嫌良く頷き帝へと礼を言った。

「ほんなら、今日明日位に練習の探査やって、明後日の相撲大会終わってから迷い人の送還と穴の固定の本番やな。それまでに仕事片付けとかんといかんなあ。」

 帝は楽しそうに笑った。

 当日が楽しみで仕方ないと言う表情のまま金属板を布団の下に再び突っ込み直し、帝は薄掛けの布団を羽織ると近くの山積みになっていた本を手に取った。

「そうじゃな。どうせ奥苑にも来るじゃろ。お主の事じゃし。」

 茂日出も何事も無いかの様に言葉を発したが――結三郎は思わず驚きの声を上げていた。

「ええ!? 帝が奥苑に!?」

 しかし帝も茂日出も逆に不思議そうに結三郎の驚いている表情を眺めた。

「今回の穴開けの話はそもそもワテの書いた論文の話やし。書いたもんが責任持って現場の確認するんは当然やろ? あ、ついでに夏祭りと相撲大会の見物もするで。」

「ああ、その方が報告や連絡の手間も省けて良いのう。・・・まあ、大会の方は自動的に帝上覧の相撲大会になるが、まあお忍びじゃし、かまわんじゃろう。」

 当然の様な顔をしてろくでもない事を言っているこの二人は、確かに親しく交流をしている友人同士なのだろう・・・と、結三郎は眉間に皺が寄り始めていたのを自覚した。

「・・・・・・それはそれとして、何じゃその本は。その内複写するする言いながら全然してくれぬ本がこの辺りに結構積まれておるのう!」

 茂日出が帝の布団の近くに積まれていた本を覗き込み、自分が読みたかった物が結構ある事に気が付いた。

「あー。すまんすまん。・・・って何すんねん。」

 十数冊単位で幾つかの本の塊を持ち上げると、茂日出はさっきの荷車に積み込んでいった。

「まだ検閲終わってないモン持ち出したらあかんねんぞ! さっさと下ろしや!」

 掛け布団を纏ったまま帝は立ち上がり荷車の本を指差した。

「検閲なら専門の評定所があるじゃろう! さっさとそっちに回せばよかろう!」

「評定所の長は帝、つまりワテや! 長が仕事して何がおかしいねん! 」

「国の主だった機関の長は慣習上全部、帝ではないか! 仕事の優先順位をもっと考えたらどうなのだ!」

 ――義父上、似た様な事を奥苑のダチョウや鳥飼部の方々から御自分が言われてはおられませんでしたか?

 そんな言葉が喉元まで出掛かったが、帝と茂日出の子供の喧嘩の様な遣り取りに結三郎は呆れ果て、黙ったまま立ち尽くしていた。



 その後は、茂日出からの強い圧力によりその場で茂日出の希望する図書を最優先で評定所に帝が発送し――発送させられたと言うべきか――、再び布団にくるまって読書をしようとしたところに薄墨色や薄水色の直衣姿の初老の男女数人が現れ、帝が抵抗する隙も与えずに慣れた手付きで布団毎荷車に帝を乗せると瞬く間に離宮の執務室へと連行していった。

 茂日出の方はこのまま知代田の町にある帝居の方に寄って探査機と式神を借りて奥苑に戻ると言う事で、結三郎は茂日出と別れ図書館から照応寺へと向かったのだった。

 そうして寺に着く直前で遅れてきた祥之助とも合流し、そう言えば初日の真剣勝負の後の、毎日相撲を取りたいというのが婚儀の申し込みだと親方にからかわれた時の事はいつの間にか有耶無耶になっていた・・・と、今更ながらそんな事を考えながら結三郎は祥之助と寺の門をくぐった。

 その事を思い返すと気恥ずかしさに顔が赤くなってしまうものの、かと言ってその話を突き詰める気にもなれず、一先ずは祥之助が言い出すまではこのまま曖昧なままで保留にしておこうと結三郎は結論付けた。

 ――そんな、今朝の証宮離宮殿図書館での帝と義父の遣り取りの様子等を思い出しながら、結三郎はマワシに着替える為にいつもの長椅子の所へとやって来た。

 すぐ近くの土俵の方では精介を始め皆の稽古も熱が入っており、結三郎が来た事にも気付いてはいない様子だった。

 マワシを締めるのに誰かの補助があった方が良かったが、稽古の手を止めるのも悪いと思い、一人で出来ない事も無かったので結三郎は長椅子の横で手早く全裸になると自分のマワシを取り出した。

「――よし、もう一回!」

「ッス!」

 土俵の上では庄衛門と精介がぶつかり稽古を行なっていた。

 互いにマワシの腹を叩いてリズムと呼吸を合わせ、精介は庄衛門へとぶつかっていき、一息休んでまた――と何度か稽古を繰り返していた。

 何度か繰り返し土俵を行き来している内に、やっと精介の目に長椅子の所でマワシを締めている結三郎の姿が映った。

「――・・・!」

 流石に慣れたもので、結三郎は一人でも器用にマワシの帯をくるくると自分の体に巻き付けていた。

 既に結三郎の股間はマワシの前袋に収まっていたが、まだ中途半端な状態で体に絡み付いている土で薄く黄ばんだマワシのせいか――却って結三郎の裸の体が強調されているかの様に精介には見えてしまっていた。

 庄衛門へとぶつかる為に突進していた精介の勢いが失せ、注意が散漫になってしまい、庄衛門は首をかしげた。

「どうした? ・・・・・・ん?」

 精介の見ている方向を庄衛門も振り返り、結三郎の姿がある事に気付き苦笑した。

「そんなに気になるんなら、夜相撲の稽古でも申し込んだらどうだ?」 

「えっ! いやそんな!」

 庄衛門のからかいの言葉に、精介は一瞬で頭の天辺まで茹で上がってしまった。

「はいはい。今は稽古に集中しろ。」

 庄衛門がぽんぽんと自分のマワシの腹を叩いて精介の注意を自分へと向かせた。

「おっ・・・おっす!」

 精介も気持ちを切り替え、再び庄衛門とのぶつかり稽古を再開した。

 そうする内に結三郎もマワシを締め終えて、軽い準備体操を終えると精介達の所へとやって来た。

「今日は遅くなって申し訳ありません。ちょっと用事があったもので。」

「いえ~。お忙しいのに申し訳無いです。今日もお願いします~。」

「よろしくっすー。」

 結三郎が来ると、明春や精介達が挨拶し軽く頭を下げた。

 結三郎も皆に軽く頭を下げ――精介の方をちらっと見た。

 何とか元の世界に帰す事について、詳しい説明をしなければならないところだったが――稽古には当然皆が集中しており、休憩時間も皆が固まって座っており、中々精介と一対一で長話が出来る様な隙が無かった。

 結三郎が機会を伺っている内に時間はどんどんと過ぎていき、今日の稽古も終了の時刻になってしまっていた。

 稽古が終わった後の夕方や夜に話をすると言う手も考えたものの――稽古終了後は精介は明春と長屋に帰ってしまう為、精介だけを呼び出して話をすると言うのも明春や長屋の者達の目もあり、上手い口実も思い付けず呼び出せなかった。

 結局、精介とは詳しい話が出来ないまま、時間だけが流れてしまい――とうとう、夏祭りの相撲大会は明日になってしまったのだった。



 精介と明春は夕暮れの中、稽古を終えて力士長屋へと帰って来た。

 この一週間はあっという間に過ぎてしまい、とうとう明日は夏祭り――相撲大会となってしまった。

「あ、二人共お帰り! 丁度良かった。今、御飯が炊けたとこだよ。」

 長屋の木戸を二人が入ったところで、慌ただしく夕飯の支度をしていたおかみさん達が声を掛けてきた。

「いつもすみません~。有難うございます。」

 二人分の茶碗に山盛りにされたご飯の乗った盆を、明春が礼を言いながら受け取った。

「あ、二人共帰って来たんだね。アタシんトコも煮物出来てるよ。持って行きな!」

 表の話し声が聞こえた様で、別のおかみさんが腰高障子を開けて顔を出した。

 手にしていた椎茸と蒟蒻の煮物の入った皿を精介へと手渡した所で、腹を空かせたのか小さな子供の泣き声が聞こえ、

「ああ、はいはい。今行くからね。――あ、じゃあ若様も明春さんも、しっかり食べて明日の大会は頑張りなさいよ! じゃあね。」

 そう言って子供が泣く様子に慌てながら部屋の中へと引っ込んでいった。

「あ、有難うございます!」

 精介が礼を言ったものの中の子供の泣き声に遮られて聞こえていなかった様だった。

 おかみさん達にもう一度頭を下げ、精介と明春は盆を手に自分達の部屋へと戻った。

「今日もお疲れ~。冷めない内に食おうか。」

「はい。」

 部屋に上がって腰を下ろすと、稽古で疲れて空腹になっていた事もあり明春は早速箸を手に取った。

「いただきまーす。」

 精介も明春の向かいに腰を下ろし、食事を始めた。

 少し麦の混ざった飯に、少し濃い目の醤油で味付けされた煮物は、最初は少し食べにくくも感じてしまっていたが、今ではすっかり慣れてしまっていた。

 あちこちほつれて傷んだ古い畳敷きの四畳半に明春と二人雑魚寝する生活も、時々精介が一方的に明春の事を意識して落ち着かなくなる事もあったものの、随分前から長屋で生活していたかの様な錯覚を感じてしまう程に馴染んでしまった――。

 少し硬い蒟蒻を噛み締めながら、精介は向かいに座る明春を見た。

 相変わらず呑気に見える垂れ目がちの目を細め、明春は美味そうに飯を掻き込んでいた。

 便利な道具も設備も何も無いここでの生活も、もうすぐ終わるのだろう。

 結三郎はここ何日かずっと、精介に元の世界への帰還の為の詳しい話をしようと機会を伺っていた。

 その様子は精介にも判ってはいたが、しかし、部屋の皆との稽古や帰宅してからの長屋の人達の目があるのを言い訳に――いや、それをいい事にして、精介からは結三郎には無理には近付こうとはしなかった・・・。

 どうやら結三郎は、無理には元の世界には精介を帰そうとはせずに、相撲大会の日までは待ってくれているらしいというのは漠然と感じ取れはしたものの。

「――どうした? 」

 余り食が進んでいない様子の精介に気付き、先に食べ終わった明春が箸を置きながら尋ねた。

「あ、いえ・・・。明日はもう相撲大会なんだなって・・・。早いなあってハハ・・・。」

 精介は誤魔化す様に笑い、再び飯を食べ始めた。

「そうだな~。早いよなあ。いきなり自転車で俺の部屋に飛び込んできてからもう一週間か。あれにはホントびっくりしたよなあ。」

 明春は笑いながら精介の背後の、今はもう修繕された戸板の方へと目を向けた。

 夜に寝ていたら見た事の無い車輪のカラクリに乗った、シャツとズボンを着た若者が戸板を突き破って飛び込んできたのだから――見た目は呑気そうにはしていても明春なりに随分とその時は驚いていたのだった。

「そ、その節はすんませんでした・・・。」

 精介は慌てて謝った。

 精介にしても夜、帰宅途中に道の角を曲がったらそのまま異世界へと転移してしまったのだから、転移事故の被害者ではあったが。

 見も知らぬ――しかし少しだけ元の世界と似た様な日之許の国でのこの一週間の生活は、精介にとって忘れられない、離れ難いものとなっていた。  

「まあ、明日は頑張ろうな~。優勝しような~。」

 明春も明日の事で少しは緊張しているのか、自分に言い聞かせるかの様にそう言って精介に笑い掛けた。

「は、はい! 」

 ――自分は本当に元の世界に戻りたいのだろうか。

 それについてはいつまでもはっきりとした気持ちが定まらないまま、精介は食事を続けた。 

 


 祭の日は朝から良い天気で晴れ渡っていた。

 祭の会場の覚証寺(カクショウジ)は科ヶ輪の町の隅にある小さな寺ではあったが、今日は多くの露店が寺の前の通りに並んでおり次第に賑やかな声が上がり始めていた。

 今回の夏祭りとその中の相撲大会は、経営難に苦しんでいたこの近辺の覚証寺と照応寺、科矢輪(シナヤワ)神社、科葉(シナバ)神社の四つの小さな寺と神社が共同で開催をして少しでも金を稼ごうと企画したものだった。

「――とは言っても、諸々の経費や相撲大会の賞金を差し引いて、更にそれを四等分か・・・。一人――いや、ひと寺ひと神社の取り分はほんと少ないよな・・・。」

 老婆と孫娘が商う饅頭屋の屋台の設営を手伝ってお礼に貰った饅頭を頬張りながら、祥之助は段々と営業の始まっていく幾つかの屋台を結三郎と共に眺めていた。

 他の飴屋や蕎麦屋、お面屋等の屋台は明春や利春、庄衛門、春太郎達が準備を手伝っていた。

 結三郎も、春乃渦部屋の者達も、流石に祭当日も何も手伝わないと言うのは居心地が悪く落ち着かなかったので、余計な気を使わずにぎりぎりまで稽古をしておればよいと言う親方の言葉を聞かずに朝から出来る事については手伝いに覚証寺へとやって来たのだった。

「そうだな・・・。」

 祥之助から分けてもらった饅頭を一つ口に放り込み、結三郎は溜息をついた。

 経営に困っている寺社は勿論ここの四つだけではないとは結三郎達も判ってはいたが。

 しかし人情として、一先ずは目に付いた所に何か手助けになる事があればと考えてしまうのも無理は無い事だった。

「まあ、今回は間に合わなかったが、義父上も小規模な寺や神社が困窮していると今回の事で知ったので、博物苑として何か協力出来ないかと考えておられた。」

「へえ。博物苑が。」

 結三郎の言葉に祥之助はまだ饅頭を食べながら返事をした。

「ああ、出張動物園とか、薬草の展示販売とか。後はダチョウの鉄板蹴りの見世物・・・あ、いや。まあ動物に芸をさせたりとか・・・。で、集まったお金は全て寺社への寄付をしたりとか・・・。」

 奥苑のダチョウが見世物の口上を楽しそうに言っていたのを思い出しながら結三郎は、茂日出がきっとまた博物苑の普段の仕事を保留にして熱心に取り組みそうだという予感を抱いた。

「そりゃ面白そうだなー。博物苑なら色々と珍しい動物も多いし、客も大勢来るんじゃねえか。集めた金を寄付ってのも、佐津摩の殿様らしくて豪気じゃねえか。」

 祥之助はすっかりその企画が近い内に行なわれるかの様に思い、目を輝かせながら楽しそうに結三郎を見た。

「折角、部屋の皆や寺とかとも縁が出来たんだしな。祭が終わったらそれっきりっていうのも不人情だしなあ。」

「そうだな・・・。」

 そんな事を話しながら、結三郎と祥之助は何とはなしに門前の道に並ぶ屋台を眺め歩き出した。

 ――皆の相撲は、この先もまだまだ続いていきます。

 祥之助の今の言葉や、先日の親方の言葉が結三郎の中で何度か思い返されていた。

 今更ながら振り返ると、結三郎には身内の者や博物苑の者以外には長く縁を持った者が余り居なかった。

 奥苑での仕事にしても――今まで数人だけの事とはいえ迷い人を元の世界に送り返す仕事は、彼等を送り返してしまえばそれっきりのもので、誰かと縁を繋ぐ性質のものではなかった。

 元々がこの世界とは縁があってはいけなかった者達なので、それは仕方が無い事ではあったが――。

 亡き実父への思いも強く抱きながら奥苑の迷い人に関する仕事をしてきたせいか、この日之許の国で誰かと関わりを持ち――それが長短の違いはあっても、後に続いていくと考えられるのは結三郎にとっては何とも新鮮で、嬉しい気持ちになってしまう事だった。

 そんな事を考えながら結三郎は隣を歩く祥之助と共に寺の門をくぐった。

 覚証寺も照応寺と同様に門柱や壁等が古く傷んでひび割れていた。

 そんな門の内側の参道の両側にも幾つか屋台が並んでおり、相撲大会目当ての客への食べ物や土産物等が売られていた。

「・・・ん? 何やってんだ、お前等。」

 天狗や狐、河童等の面を面白そうに眺めていた祥之助が、お面屋の店番に春太郎が座っているのに気付いた。

 春太郎だけではなく、精介も含めて他の四人も焼鳥屋や蕎麦屋、飴細工屋、力士の絵姿や相撲に関する錦絵等を売る店等の店番に座っていた。

 少し前まで屋台の設営を手伝っていた筈の皆が、そのまま店番になっていた事に祥之助と結三郎は首をかしげた。

「あ、結三郎さん!」

 生姜水や夏ミカン水を売る屋台から精介が結三郎へと声を掛けてきた。

 何人かの客が金を払って紙コップ入りの飲み物を受け取ると、昼からの相撲頑張れよと精介達に声を掛けてから楽しそうに話しながら境内の方へと去っていった。

 精介が少し顔を赤らめながら嬉しそうに結三郎を見ると、結三郎の横でほんの少しだけ祥之助はむっとした様だった。

「た、武市様・・・も、どうもです・・・。」

 祥之助の様子に気付いた精介は、思わず謝る様な勢いで頭を下げて挨拶をした。

 祥之助は祥之助で精介の好きなタイプではあり、結三郎に劣らない相撲の強さと明るく親しみ易い性格に憧れは持ってはいたのだが、精介からの好意は祥之助には余り伝わっていない様だった。

「あ、いや、そこまで頭を下げなくても・・・。」

 決して精介の事を敵視している訳ではなく、結三郎に色目を使われるのが単純に気に入らなかっただけなので、精介の何処か怯えた様な態度に祥之助は困惑してしまった。

「お、俺は決して結三郎さんを取ろうとかですね、武市様を差し置いてその様な事は・・・。というか武市様も俺の好みのタイプというかですね・・・。出来れば武市様ともお近付きになれたらとかですね・・・! 」

「ああ! 判った! 判ったから!!」

 言い訳をまくし立てる精介の言葉を祥之助は慌てて手を振って遮った。

 今、結三郎とのお付き合いがどうとかいう事を人前であれこれ言われるのは、祥之助としては気恥ずかしかった。

「――それはそうと、何でまたお前さん達が屋台の手伝いをしてるんだ?」

 無理矢理誤魔化す様に祥之助は話しを変えて、近くの屋台を見回した。

 よく見ると、少し離れた場所の屋台にも商売人というよりはいかにもな力士の見た目の大柄な者や太った体格の者が、精介達の様に店番をしていた。

「今日の屋台の人達、お年寄りの人が結構多くて~。ここのお寺の和尚さんが、相撲大会の他にも客寄せにって知り合いの按摩さんとか鍼灸師さんとか呼んだらしくて、一応お金はかかるんですけどみんな本堂で治療してもらってるんですよ~。ちょっと留守番頼まれてしまって。」

 祥之助の問いに、明春が焼鳥屋の屋台から顔を出して答えた。

「後、向こうの屋台の方は、今日の対戦相手の科之川(シナノガワ)部屋の人達です。まあ、俺達と同じ感じで留守番ですね~。相撲大会は昼からなんで、それまでの留守番ですけど。」

「そ、そうなのか・・・。」

「大変だな・・・。」

 何とも大らかな屋台の者達と相撲部屋の力士達との遣り取りに、祥之助も結三郎も何と言っていいのか少し戸惑った表情で互いの顔を見た。 

「あ、良かったら如何っスか?」

「ああ、そうだな。夏ミカンの方を頼む。」

 精介から飲み物を勧められ、結三郎はそう言って小銭を屋台の隅へと置いた。

「じゃあ俺は生姜の方を。」

 祥之助も着流しの袂から小銭を取り出した。

 小振りな木の台の上には三つの大きな樽が置かれていて、それぞれ生姜水と夏ミカン水の原液が入っていた。それをもう一つの樽に入っている水で適宜薄めて販売しているのだった。

 三つの樽にはそれぞれ一つずつ小さな柄杓が突っ込まれていて、精介が多少ぎこちないながらも中の液や水を汲んでいった。

「ど、どうぞ。」

 精介が結三郎と祥之助に紙コップを手渡した。

「へえ。紙コップなのか。ここの店主はなかなか新しい物好きだな。」

 夏ミカン水の満たされた紙コップを手にして少し珍しそうに結三郎は眺めた。

 日之許で最近になって流通し始めた紙コップをここの屋台では使っていた。それまでの屋台では小さな枡や湯呑が使われており、その場で飲んだり後で返しに来るというやり方が多かった。 

「何か多過ぎないか?」

 コップの縁ぎりぎりまで満たされた生姜水を見て、祥之助は訝し気に精介を見た。

 結三郎の方のコップも言うまでも無く同様だった。

「気にしないで下さい。サービスッスから! ほんの気持ちッス!」

「いや、気持ちは有り難いがお前さんの店じゃないだろ? いいのか?」

 馴染みの無い外来語に祥之助も結三郎も少し首をかしげ、店番が勝手な事をして大丈夫なのか心配そうに精介を見た。

「大丈夫っす。後でその分俺が払っとくんで。」

 それは大丈夫なのかと思ったが、精介の気持ち自体は理解出来たので一応有難く受け取る事にした。

 そうしている内にも小さな祭りとはいえ少しずつ客も来始めたので、商売の邪魔にならない様に結三郎と祥之助は離れる事にした。

「商売もいいが、後の相撲の方も頑張れよ。」

「うっす!」

 結三郎が声を掛けて離れると、精介は嬉しそうに元気良く返事をした。

「それなりに客が来て賑わっている様で良かったな・・・。」

 参道の屋台や本堂へのお参り等、段々と賑やかになり始めている様子を見て、結三郎は一先ず安心した。

 参道から離れるとすぐ小さな広場があり、そこに大小一つずつの土俵があった。

 覚証寺は小さな寺ではあったが、一応は土俵が二つあり手入れもされており、四つの寺社の中では何とか相撲大会の体裁が取れそうな所だったので夏祭りの会場をこの寺にしたという経緯があった。

 出場する力士達の姿はまだそこには無かったが、掃き清められた土俵の隅には塩の入った桶が置かれていたり、個人戦・団体戦の取り組み表が大きな板に貼られていたりと、既に試合の準備が出来ていた。

  小さな大会の良い所でもあり、土俵と観客席が近く、一番前に座ればすぐ目の前に土俵が迫る様な位置だった。

 席と言っても精介の世界の様なパイプ椅子等がある訳ではなく、茣蓙や筵を敷いただけの観客席を横切り結三郎と祥之助は取り組み表の掲示板の所へとやって来た。

「小さな大会だから仕方無いけど、やっぱ参加人数は少ねえなあ・・・。」

 出場者の名前を書いた貼り紙を見ながら祥之助は残念そうに溜息をついた。

「そうだな・・・。」

 結三郎も残念そうに答えたが、お抱え力士として大きな大会にしか関わった事の無かった結三郎にとっては、こうしたささやかな規模の大会というのも興味深く面白く思えていた。

「団体の方は・・・。」

 祥之助は団体戦について書かれた貼り紙の方へと視線を移した。

 精介達の「春乃渦部屋」、そして先刻別の屋台の手伝いをしていたと明春が説明した「科之川部屋」――相撲部屋らしい団体の名前はそれだけで、後は「船宿なすび有志の会」、「科ヶ輪地域神社子供会」と、全部でその四つが団体戦に出ると書かれていた。

「そ、そうか・・・。四つか・・・。」

 祥之助と共に貼り紙を見ていた結三郎は、出場団体の数の少なさに少し残念そうに呟いた。

「まあ、大手の有名な相撲部屋は流石にこんな小さな夏祭りの大会には出ないだろうしなあ。余興で呼ばれたんなら兎も角。」

「そうだなあ・・・。」

 祥之助の言葉に結三郎はそっと溜息をついた。

「でもその分、明春達の優勝の可能性も高くなったしな。――余興で飛び入り参加とかさせてもらえねえかなあ。」

 自分の思い付きに楽しそうに笑顔を浮かべながら祥之助は背後の土俵を振り返った。

「――俺はもう、当分は真剣勝負は遠慮しとくぞ。」

 覚証寺や照応寺の和尚や他の神社の宮司達が少しでも承諾したらまた引っ張り出されそうな予感――いや、悪寒もしたので結三郎はきっぱりと断った。

 そんな風に結三郎達が過ごしている内に、昼になり――相撲大会の時刻となったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る